拝火教

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

拝火教(はいかきょう)とは、火を崇める宗教のこと。ゾロアスター教もその一つらしい。

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目次

[編集] 概要

およそ数十万年前、北京で興った宗教であり、その歴史は古い。創始者たちは北京原人として、信者から畏敬されている。

現在では世界190か国に信者がおり、熱心な活動を行っている。日本では東京ガス・東邦ガス・大阪ガス、そしてJTが布教活動の中心的存在となっている。いっぽう、東京電力・中部電力・関西電力は火の神格を否定し、電気こそ唯一絶対であると唱えているため対立が続いている。

[編集] 聖なるもの

[編集] 聖地

[編集] 聖獣

[編集] 聖星

[編集] 主な儀式

[編集] 喫煙

喫煙は最も日常的な儀式である。信者は聖地の富士山に向かって1日5回、決められた時間に喫煙することが定められている。また一生に一度は富士山に参拝して、その中腹を回りながら喫煙すると功徳があると言われている。

なお、喫煙に使われた焼香についての処置であるが、まずその聖なる火にこれ以上の仕事をさせないようにきちんと消す。その後、より天高い場所へ煙として昇っていただくために、天高く煙突のそびえる焼却施設、ないしは中身がそこへ運び込まれるような容器に収めることが教義により定められている。

[編集] 放火

放火は現在ではスポーツだが、元は拝火教の儀式の一つであった。明暦の大火も、拝火教の100年に一度の大祭だったのではないかと見る研究者もいる。

[編集] 根性焼き

火に対する絶対的な忠誠を約束するために、皮膚に火のついたタバコを押し付ける。

[編集] キャンプファイヤー

野外における大規模な祭典が矮小化されて伝わり、キャンプの娯楽として一般化されたもの。

[編集] バーべキュー

元々は神聖なる篝火に生贄を投じて焼却し、神に捧げる祭祀であった。

[編集] 社会問題

迫害に対する信者の一般的な反応。
迫害に対する信者の一般的な反応。

一部の過激な嫌煙運動が拝火教の礼拝時に排出される煙を根絶したいが為に、DHMOに比べ微々たる毒性の煙を即死性の猛毒と称し拝火教信者を迫害する行為が見受けられる。彼らは住み分け場所である礼拝堂の存在すら許せず、礼拝自体を問題だとして礼拝堂ごと撤去しようとするほどの凄まじい弾圧を加えてくる。拝火教信者はこの様な弾圧を試練の時と称し対抗しているのだが、ただでさえ苦行である修行があるために、無駄な論争をするなら修行と礼拝に費やすと言う信者が多い。

また、教団内部においても、これだけ一般化しているのならば何をやっても構わないとして、宗教として決して疎かにしてはならない「礼節」を欠く者が問題となっている。例としては「聖地以外での歩きながらの礼拝」「禁止されてはいないが常識的に考えればするべきではない場所での礼拝」「共存相手であるはずの嫌煙家をむやみに攻撃するような態度」が挙げられる。

また、役目を終えた焼香に対し、感謝してより高みを目指していただくどころか、その真逆に地面に打ち捨てるような当たり極まりない行為をする者も多くおり問題となっている。以上のような輩は一般の拝火教信者からさえも文字通り煙たがられており、排斥の的となっている。

[編集] 拝火教を扱った作品

  • 西遊記 - 火焔山は、当時中国西域にいた拝火教原理主義者を抽象化して描いたものである。
  • ウォーリーをさがせ! - シリーズ第3作「ウォーリーのふしぎなたび」では、赤い僧衣をまとった拝火教信者と、青い僧衣をまとった仏教徒との戦いが描かれている。
  • 嫌煙流 - 拝火教の欠点をあげつらった書物。過激嫌煙家達の陰謀から生まれた書物で、賛同する者からは絶賛された。しかし、実際の所はインターネット上の嫌煙サイトによくある記事の丸写しというお粗末な代物である。社会から迫害されている拝火教信者の間で非常に問題視された。
  • 虹北恭助シリーズ - はやみねかおるによるミステリ小説。主人公の虹北恭助は拝火教の熱心な信者であり、作中にはヒロインからのクリスマスの誘いを宗教上の理由で断ったり、タクシー乗り場に備え付けの灰皿が煙を吹き出しているのを見て反射的に手を合わせる姿や、花火に対してひざまずく姿などが見られる。

[編集] 関連項目