手直し

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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ウィキペディアンがとても偏っている証拠に、「手直し」の項目はまだありません。アンサイクロペディアンとの格の違いを見せつけてやりましょう。

手直し(てなおし)とは、よきアンサイクロペディアンが陥る地獄の一つである。しかし、良記事と呼ばれるためには必ず行わなければならない作業であるため、半ば気が狂いそうになりながら昔の記事に手を加え続けるのが、悲しい投稿者の性(さが)である。

概要[編集]

世間一般的に認められる面白さと言われるもののほとんどは、常に揺れ動く水ものである。そのため、ある程度時間を経過した記事においては、古臭い内容を削除し、なおかつ、目新しい内容を追加していかなければ、どんな面白い記事も古臭く、なおかつ見飽きた一記事と成り果ててしまう。ただし、時事ネタを含まない完成された記事においてはその限りではないが、そんな記事は1ヶ月に1つか2つ見つかればいいほうである。よって、アンサイクロペディアを常時良質なネタで埋め続けるには、手直し、もしくは修復という作業が必須になるのである。

めんどくさい話だけれど

おまかせ表示[編集]

まず、画面左に存在するナビゲーションの中にある「おまかせ表示」の項目を5回連続でクリックしてみて、明らかにこの記事の寿命は尽きているという記事にぶち当たらなかったとしたら、あなたは幸運である。ちなみに、こんな文章を書いた手前、別窓を開いて、ためしに5回クリックしたところ、5回目にこんな記事にぶち当たったことを報告しておく。大体において10回クリックしたら、その内1回は明らかに記事というよりもゾンビといったほうが正しいような存在とめぐり合えるのが、現在のアンサイクロペディアである。

流行り廃り[編集]

アンサイクロペディアが、過去の記事を残していくシステムである以上、数年前の大ヒット作の記事もしっかりと残っているのがいいところ。しっかりと残りすぎているともいえるが。そのため、Category:エロゲーの項目を見ると、栄枯盛衰盛者必衰死屍累々、とにかく、まぁ、なんというか、えぐいとしか言いようのない、今見ると痛すぎる記事が目白押しである。

まぁ、エロゲーなんてものは出た当初からすでに痛いものがほとんどだけどね。

このような記事群を前に、良心的なアンサイクロペディアンは目を背けるしかないのが現実である。併せて、このカテゴリには199もの記事が存在しているため、だいたいおまかせ表示を99回押すと、1回はこれらの記事にぶち当たる計算になる。

ゾンビが現れた! どうする?

抹殺作業[編集]

アンサイクロペディアにおけるゾンビは、「生き返らせることができるかもしれないゾンビ」と「既に手遅れで、もう生き返る見込みの無いゾンビ」の2種類に大別できる。前者への対処については後述することにして、ここでは、後者のゾンビを発見した場合の対処法を簡単に記しておこう。

fixタグの貼付に励む某アンサイクロペディアン(2017年8月撮影)。

既に手遅れなゾンビは、抹殺し、アンサイクロペディアから消し去るしかない。幸いなことに、我々アンサイクロペディアンには、ゾンビを抹殺するための護符が与えられている。それは、一般にはfixタグと呼ばれているものだ。fixタグは、表向きには「作成から30日以上経ったどうしようもない記事」に対して貼り付け、改善を要求するタグであるとされているが、実際には、ゾンビを抹殺するための護符として用いられている。このタグを貼り付けられた記事は、30日間かけて少しずつ少しずつ衰弱してゆき、やがて消滅することになるのだ。

Uncyclopedia:管理/Fixというページを見てほしい。そこには、fixタグを貼られた記事が、貼られた日時が古い順に整列させられている。既に30日が経過して生気を完全に吸い取られた記事は太字で表示されており、これらの記事は、管理者たちの手が空き次第、死体も残さず(といっても元々死体だが)完璧に消滅させられることになっている。文字通り、殺されるのを待っているのだ。まるで、保健所に捕らえられた野良犬や野良猫が、捕獲から1日が経過する毎に隣の部屋へ移され、ガス室へと段々と近づいていくようではないか。実に効率的なシステムであると言って良いだろう。

この護符を使うには、特別な力は要らない。記事の冒頭――人間型のゾンビだとすればにあたる部分――に、呪文と共に、以下の書式で貼り付けるだけである。

{{fix|~~~~|fix=(ここに呪文を記入。)}}

なお、どのような呪文を記入すれば良いかについては、特に手引書などは存在しない。ゾンビの存在を識別できる状態にまで成長したアンサイクロペディアンであれば、特に考えずとも、適切な呪文は指先から自然に叩き出されている筈だ。

呪文を記入せずに護符を貼ることも可能ではあるが、一部の屍体愛好家によって護符が剥がされてしまう惧れがあるため、可能な限り記入すべきである。もしも剥がされてしまった場合は、それまでの経過日数はリセットされ、再度貼り直したとしてもまた30日間待たねばならなくなる。屍体愛好家どもの反撃を封じるためにも、呪文はできるだけ凝ったものを長々と書くのが良い(記入例)。

このように、護符を貼るというごく簡単な作業で、アンサイクロペディアに棲むゾンビは比較的簡単に抹殺することができる。これもまた、アンサイクロペディアというサイト全体から見れば、一種の“手直し”であり“修復”であると言えるだろう。

復活作業[編集]

生き返らせられるゾンビ記事への対処については、現在のアンサイクロペディアが陥っている現状について記述するにとどめる。

投稿されてから時間が経過した記事の多くは、ある程度のレベルを持った書き手が少しでも時間をかければ、あっという間に立ち直ることができる。つまり、ザオリクKADORTOとまではいかないまでも、ザオラル、もしくはDIレベルの呪文の使い手がいれば、あっという間に解決する話なのである。そのため、もしアンサイクロペディアにおけるテンプル・オブ・カントがあるならば、手直しを待つ死体であふれかえっているのが現状である。

しかし、残念なことに現在のアンサイクロペディアには、その記事が生きているか死んでいるかを判断するにたる項目が存在しない。そのため、現在、生きているか死んでいるか分からない記事が復活するには、運良くおまかせ表示である程度のレベルを持った書き手に発見され、なおかつ、その書き手にMP(やる気)が残っているかによるのである。そんな状況は、まずありえないけどね

もしあなたに良心があるならば、そんな記事を見かけたときに、そっと延命措置を施してやってください。

しちめんどくさいことこのうえないけどね

そのため、前節で述べたような既に手遅れな記事は置いておくとして、実際にまだ生きている記事を修復するのは良きアンサイクロペディアンにとって、必須事項とも言える作業にしなければならない。まぁ、何事にも体調によるけれど。それでも自分が初版を投稿した記事を手直しすることぐらいは、当然のこととしなければならない。。めんどくさいけれど。併せて、日々クソ記事化されていく秀逸な記事の手直しも、ぜひとも行うべきである。ほとんどやったことはないけれど。また、最近更新したページだけではなく、なるべくおまかせ表示を見ることで、過去の記事と触れるよう努力しなければいけない。正直やってられないし、思わず{{fix}}を貼ってしまうこともあるけれど。

そういった小さな改善を積み重ねることで、おまかせ記事を開いた瞬間にゾンビが現れることが少なくなっていきます。もっとも私はする気はないがな。

取り消し[編集]

簡単な手直しの方法として「取り消し」という名の魔法が存在する。これはMPが低いIPユーザーでも簡単に行使できる。この魔法の素晴らしいところは、実際に編集画面を編集せずに邪魔な厨房どもが書いたクソ文章をあたかもなかったように簡単に抹殺できる。つまり、ゾンビ菌に感染した人間にワクチンを投与するのと同じことである。

日頃からこの魔法を行使すれば、ある程度良記事の劣化は防げる。ただし、なるべく早くこのワクチンを投与しなければ、ゾンビ化が加速度的に進行してしまう。ワクチン投与を怠ればその記事は全面的な手直しを強いられ、それは外科手術並みの大作業というほかない。しかし、尊厳死という名のオプションもアンサイクロペディアに実装されていることをお忘れなく。

誰でもこの魔法を行使できることから、この魔法同士による戦い、すなわちリバート合戦が発生する。この魔法同士による戦いはまるでパリポタのようであり、事象としてとっても興味深い。しかし、リバート合戦の舞台となっている記事はワクチンの大量摂取による薬物中毒に陥り、最悪死に至る危険性もある。ただし、ほとんどの場合上級魔法使いがさらに強力な魔法を当事者に行使することで終結する。

最悪な話[編集]

おまかせ表示で出てくる記事や、初版投稿した記事を直すような作業はまだ楽な話である。世の中には、記憶喪失で失われた記事を復活させなければならない、そんな不幸な人間もいるのである。正直なところ、同じネタをもう一度書く作業ほど嫌なものはないのである。大体において、一度目にしたネタを再掲載するような状況は、何をしたって笑えるようにはならず、このような作業はアンサイクロペディアンとしての義務というよりも、ほとんど罰ゲームに近い。しかも、場合によっては、それが何万バイトも存在してるとなると、本当に厳しい。このような作業に比べれば、ゾンビ記事に手を出すほうがまだマシともいえる。

改悪[編集]

自分が精魂込めて執筆した記事に{{語録 (ムスカ)}}を貼られてしまい、やる気を失った某アンサイクロペディアン(2017年9月撮影)。

アンサイクロペディアにある数々の良記事には、すでに完成されていて、まったく手を入れる必要のない記事も多く存在する。しかし、世の中には、このような完成された記事がどうしても気に食わない輩が存在し、いらん改悪をすることによって、秀逸な記事を秀逸だった記事へ、良記事をクソ記事へと変貌させるのである。

分かりやすく言うと、ムスカである。

全く関係のない記事にムスカを貼り付けることで、何度でもよみがえるラピュタをゾンビと認定させたこの改悪は、残念なことに、ある程度昔の記事に必ず出てくる存在である。どうしようもない存在である。なお、ムスカ関連の記事も、語録が用いられているものだけ数えても74件存在することから、おまかせ表示を265回押すと1回は出会ってしまう計算になる。さらに悲しいことに、その割合は、良記事になればなるほど高くなる。

よきアンサイクロペディアンとして[編集]

上記のような、明らかに終わっている記事、もしくは、存在すら知らないほうがよかった記事群、さらにはムスカが取り付いた記事について、どのような対処を取ればいいか。これは、かなり大きな問題である。一番いい方法は、見なかったことにする。これもある意味ただしい。しかし、それでは、毎日毎日、ゾンビのような記事が増えていく状況であることに変わりはない。
また、上述のように護符を貼ることは極めて有用な手段ではあるが、あまりこれに熱心に取り組んでいると、次から次へと目の前に現れてくるゾンビへの対処に忙殺されてしまい、他の作業(執筆など)をしている暇が無くなってしまう。また、時には、タグを剥がそうとする屍体愛好家への対処もしなければならなくなるが、これはあなたの体力・精神力・ユーモア力の全てを奪う作業である。そんなことをしているうちに、いつの間にか、あなたが護符を使っているのではなく、護符があなたを使っている状態になってしまうだろう。護符の使用は、程々にしておくのが良い。

低質な記事の乱発や、完成された記事を破壊する加筆など、問題行動を繰り返す執筆者について、追放のための策謀を巡らしているアンサイクロペディア運営委員会の面々(2017年10月撮影)。
よきアンサイクロペディアンを自称するならば、自分の笑いの幅を広めることで対応するのが一番である。たとえば、「姉弟妹相姦」や、「淫妖蟲〜凌触学園退魔録〜」などの記事を見たときに、「あー、こんな内容でも売れてる時代があったのか」や「うん、クソワンパターン」などと、軽くスルーする能力を身につけることで、見てしまった際の精神的倦怠感を避けることができる。併せて、まったく考えのないムスカ語録についても、笑顔で取り外してあげるのが優しさというものである。

クソめんどくさくてやってられやしねえが

というわけで、やはり、良きアンサイクロペディアンたるもの、常時精神的な耐性を強化し続け、ゾンビをいかにスルーするかを次代へと継承していくことが重要である。直せりゃそれもいいんだけどね。

使ってほしくない言葉[編集]

記事を書く際に気をつけなければならないこととして、使用すると後々手直ししなければならない言葉がある。特に、時事ネタを書く際に散見される「去年」や「先ごろ」などの言葉は、10年後、20年後にもこのサイトとその記事が残っている危険性をかんがみるに、使った段階でアウトに近い。ただし、エクストリーム・謝罪のように毎年やっている記事や日記のように過去ログへ送られる記事においてはその限りにない。以下に示すとおり、これらのワードが使われた記事は2017年現在においては、明らかに内容が間違っている記事となっている。

いつか誰かが、上記の検索に引っかかった記事を直す作業を行わないといけないと思うと、気が遠くなる。ちなみに、ウィキペディアにおいても、これらのワードの使用が散見されている。こっちは、正直なところ笑いをこらえるのが大変である

関連項目[編集]