扇動

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「扇動者」の項目を執筆しています。

扇動(せんどう)とは、他の人を煽ることで自分の目的に向けて動かすことである。

概要[編集]

世の中で自分で事を成すのは非常に困難な場合が多い。そういった場合において他者を動かす事でそれを成し遂げられればそれに越した事はない。そしてそれは時には自分の力以上に(そして時に自分の思っていない方向に)強い力で物事に働きかける事ができるのである。そしてそのための方法には様々なものがある。代表的なものとして権力・カリスマなどがあれば他者を統率していく事も容易であろう。しかしながら大部分の人間にはそういった力は備わっておらず、結果的にそう簡単には人を動かすことは出来ない。そんな時に使うのが扇動なのである。

扇動は他者を動かすために情報を与えたり意見を述べたりする事で発生する。多くの場合、その対象は集団になるが、不特定多数というわけではなく一定の同類項を持つ人間の集団に向けて行う事が多い。その結果、その集団が扇動の目的に向けて動いたり、考え方を変えたりすれば成功である。

これはガイウス・ユリウス・カエサルから日本国首相韓国ネチズンまで様々な人物が使ってきた信頼と実績のある手法であり、時に時代を動かしたり、時には人のを奪ったり、革命を成し遂げたり、破滅に導いたり、そして大部分が「変な事件」として人々の心に深く刻み込むことが可能である。このため、下手な扇動は犯罪行為の教唆になりえる。また政府などの権力を持つ秩序側の人間達にとって危険極まりないため、いくつかの場合では犯罪として取締りの対象になる事がある。本項では比較的簡単かつ安全な扇動の例を提示する。

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君はアンサイクロペディアに不満を持つ一人の青年だ。

だが、素直に不満を提示したところで実績も何もない君では誰も相手にしてくれないだろう。

そして実力行使に出れば君はコミュニティを乱す不心得者のテロリストとして管理者からキツイお灸を据えられるに違いない。

そんな時こそ扇動で他の人に助けてもらおう。

扇動が成功するかどうかは「タイミング」「勢い」「技巧」の3つで決まる。(これは人から笑いを取る方法にも同じ事が言える)

タイミングさえ合えばちょっとした一言でも扇動は決まり手になり、大きな勢いを持つうねりになる。

だが、そのタイミングが合うのは10年後かもしれないし、100年後かもしれない。

それを待ちきれないのであれば技巧と勢いで調節したアジ演説をするしかない。


理想[編集]

まずは聴衆に理想を説くべきだ。

自分の思う理想を説く事で共感を抱かせるのである。

当然、共感を抱かせるためには過激なことは禁物だ。


ユーモアとは人間にとってなくてはならない甘露である。

人間はこれまで多くの困難を克服して今の世界を手に入れた。時には同じヒト同士が殺し合いまでして現在の世界を築き上げた。そしてそれはこれからもずっと、ヒトの限界に到達するまで続いていくのだろう。だが、ヒトは前に進むだけではいつか疲れ果ててしまう。をすすり、パンをかじり、を育み、だがそれでも荒野の砂塵に乾燥させられたヒトの心は癒せない。それを癒せるのは何か?そう、ユーモアだ。

ヒトがその歩みを進めるのと同時に、ヒトの心を癒すユーモアは共に発達を続けてきた。遺跡に残る落書き、古代ギリシャの喜劇、鳥獣戯画、太古の昔からユーモアは人類のもうひとつの心の支えとして生まれ、そして発達してきた。そしてそれは文明にも決して劣るものではないほど巨大な大樹として人々が育ててきたものだ。中国の四大奇書しかり、日本狂言しかり、英国のシェイクスピアバーナード・ショーしかり。もちろんオスカー・ワイルドもだ。

文章・絵画のみならず、演劇・活版印刷・ラジオテレビ、そしてコンピューターインターネット……ユーモアは人間に発達に常に追随して、時には人間のそれを大きく追い越す勢いで発達してきた。人類にとってユーモアはなくてはならないものだ。現代人にとってもユーモアはかけがえのないものでありヒトの人生という旅路におけるオアシスに他ならない。ユーモアによってヒトはその生い立ちや性別、所属する協同体、信条を乗り越えて笑いあい、そして慈しみあう事ができるのだ。ユーモアをなくしてしまったのであれば、それは永遠に続く闇に他ならない。

そのような中、オスカー・ワイルドの霊に煽られてしまったある奇特なカナダ人によってメディアWikiを用いた自由に編集でき、そして自由に閲覧できるユーモアの百科事典、すなわち皆が見ているアンサイクロペディアが生まれたことは人類にとって偉大なる一歩である。もしかしたら、これは人類がに降り立ったこと以上に大きな一歩かもしれない。

現実[編集]

聴衆があまりのつまらなさに居眠りをしていなければまず第一段階は成功だ。

上記の文章に反対する人間はまずいないだろう。

いるとすればよほど頭の固い人間か、社会不適合者だ。

ここまでは誰でも出来ることであり、ここからが君の腕の見せ所だ。

次は君の不満をぶちまける。

もちろんただの不満では大勢を賛同させるのは難しいので、上の理想に対する現状の乖離を説くのだ。

ここではほんの少し、勢いと技巧が必要になってくる。

ともかく、聴衆に「怒り」「悲しみ」「疑問」「不安」といった感情を抱かせるのだ。

勢いもテクニックもフルスロットルのフルフラットでいいだろう。

嘘・大げさ・紛らわしい、論点のすり替え、なんでもありだ。

そしてロジック面では使い古された、だが非常に有効な手を使おう。

多くの独裁者達も使ってきた手法、すなわち「我々は攻撃されている」だ。


だが、現実はどうか?!

多くのユーモアの探求者に混じり、悪辣な野望を抱いたウィキペディアンが数多くアンサイクロペディアの大地に居座っているのは皆もご存知であろう。どうしようもなく頭の堅い彼らがユーモアを求めるウェブサイトで何をしたのかは、もはや言うまでもないであろう。ウィキペディアを支配する一握りの重度のユーモア欠落症患者どもに感化され、過激な選民主義を掲げ独善に裏付けられた身勝手な正義を振り回す海獺至上主義者」(ラッコニストは自由を掲げるアンサイクロペディアにおいても独裁化の統制社会」(ディストピアを建設したのだ。

彼ら「ごろつき」は寡頭制という名の権力濫用装置とも言うべき管理者制度をつくり、自分達の気に食わない記事を消して執筆者を痛めつけるためだけに{{NRV}}や{{即時削除}}といったテンプレートを生み出し、自分達の認める記事のみを存続させるためだけに優秀な記事執筆コンテストで利用者を洗脳しつづけているのだ。それも民主制というメディアWikiの大原則を悪用し、捻じ曲げてだ!神をも恐れぬ彼らは各種投票に要件を設定し自分達に都合の悪い利用者を締め出した上で、そして数少ない皆で共有すべきサーバー資源を独占するために自分達に都合のよい法案を提出しては日々書き換えているのだ。

嘘だと思うのであれば、削除依頼のノートにおいて、現在進行形で行われている迫害を見るがいい!管理者とその走狗としておぞましい粛清に乗り出す使徒達がよってたかって削除票を入れるさまに愕然とするはずだ。これに衝撃を受けないのであればそれは既に管理者の毒が回って来ているのだ。さらに彼らは「エクストリーム・NRV剥がさせ」と称して、ユーモアの芽を出すであろう双葉を無残に踏み荒らし、そしてその場に醜悪な自分達の美意識に基づいた記事を書き、ほくそえんでいるのだ。それもそれを善行であるかのように標榜して!

もちろんそれに対して多くの人達が立ち向かった。もしかしたら君の友人達かもしれない。彼らは非道に対してある者は勇敢に立ち向かい、ある者はユーモアを示すという穏健な方法で抗議してきた。勇気ある彼等がどうなったか!すべて管理者とその一党によって踏み潰されたのだ!あるものは無期限の投稿ブロックに問答無用で処され、あるものは記事を「高尚なユーモアではない」という彼ら自身のものさしによる判決で消された挙句に「アンサイクロペディアを使うにはまだ早い」と彼らの独断において無期限の投稿ブロックをかけられ、そしてアンサイクロペディアを去っていったのだ。私は彼らの涙が忘れられない!彼らの無念を思うと心が張り裂けそうだ!

そして、悲しいことに暴虐は現在進行形で続いている。幾人かの、ほんの一握りの、しかし今のアンサイクロペディアにユーモアの花を植え続けた賢者達はこれに対して抗議を行った。だが、アンサイクロペディアは変わらなかった。そして絶望した賢者達もまたアンサイクロペディアを自ら去り、光が失われたこの地には怪物どもが我が物顔で歩き回るようになったのだ。今、この文章を見ている諸君やその幼い、子孫にいたるまで彼らの圧制を受け続けねばならないのだ!

このような暴挙をこれ以上、続けられる事が許されるのか?!

扇動[編集]

いいぞ、ここまでの荒唐無稽支離滅裂な主張に対してなぜだか一部のバカが共感しているぞ。

これで第二段階は成功だ。

だが、ここからが重要だ。

腰の重い彼ら彼女らを行動に移してやらなければならない。

そのためにはさらなる勢いと技巧が必要だ。

アクセルは緩めるな、もっと踏み込め、そのまま9000回転でコーナーに突入だ。

もうひとつ、彼らは武器を持たない。

闘う術すら知らない。

モロトフ・カクテルだろうが、ナイフだろうが、モップだろうが、アルトリコーダーだろうがかまわない。

彼らを暴動に加えるためにも武器を支給しよう。

鈍器を脳天に振り下ろすやり方を教えてあげよう。

そして立派な暴徒に仕立て上げよう。

易しい言い方をするなら坊やに豆を鼻に詰める方法を教えてやるのだ。

さあ、突撃の時間だ
動き出した暴徒はもう誰にも止められない。

私は言いたい。今こそ、立ち上がるときだと。今こそ彼らの暴虐非道に大してNo!を突きつけてやるときだと!今こそユーモアのともし火を悪逆非道な一部の利用者から取り返すときだと。数多の利用者達の無念を晴らしてやる時が来たと。ユーモアの探求者達よ、今こそ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよアンサイクロペディアン!ユーモアは諸君らを必要としているのだ!

無論、圧制者たちは自由を求めユーモアを追求する諸君らに反抗するだろう。だが、真のユーモアの前でその行動は何の意味を持つだろうか?ユーモアの輝きこそ、読者の微笑みこそ、我らアンサイクロペディアンの正義の証である!正しいユーモアを見抜く人々は独裁者達にしかるべき鉄槌を下すであろう!決定的打撃を受けた管理者達がいかほど悪あがきをしようと、それはすでに形骸である。あえていおう!力スであると!

心優しい諸君らの中には管理者達が傷付く事に躊躇する者もいるだろう。だが、もはや時間はないのだ。彼らの管理によってアンサイクロペディアのユーモアは既にぼろぼろである事を省みるべきである。このままではアンサイクロペディアにおいてユーモアが消滅するのは時間の問題である。我々は可能な限り早急にユーモアをはぐくむ土壌であるこのアンサイクロペディアを再生させなければならない。そのためには彼らを排除するしか、もはや手はないのだ。体制に含まれる毒は我々が粛清しなくてはならない!人の犯した過ちは我々が粛清する!

さあ、勇気ある諸君達は私に続け!アンサイクロペディアに真の自由とユーモアを生み出せるために、共に闘おう!待ちに待った時が来たのだ、多くの同胞達が無駄死にでなかったことの証のために、再びソフィアの理想を掲げるために!ユーモアの成就のために!管理者どもよ!私達は帰ってきた!さあ、革命の始まりだ。管理者の利用者ページにあるノートで、雑居房で、管理者伝言板で、ヘルプデスクで、日記で、自分達の利用者ページで、2chのアンサイクロペディアスレッドで、避難所で、ニコニコ大百科で、Mixiで、Twitterで、ブログで、他言語版のアンサイクロペディアで、このアンサイクロペディアにつながるありとあらゆる場所で彼らに抗議しよう!彼らの非道を世間に公表し、そして糾弾しよう!自由な大地を取り戻そう!そしてアンサイクロペディアに革命を起こそう!鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す嵐の様な革命を起こそう!

よろしい、ならば革命だ。

大革命を!!一心不乱の大革命を!!YES, WE CAN!!

我々はわずか千人に満たぬ権限なしの一般ユーザーにすぎない。だが、ユーモアを求め続ける諸君らは一騎当千の古強者だと私は信じている。ならば我々は諸君らと私とで総員100万と1人の自由を求める濁流となる。我々を忘却の彼方へと追いやり、眠りこけている管理者を叩き起こそう。髪の毛をつかんで元老院から引きずり降ろし、眼を開けさせ思い出させよう。連中に我々のユーモアへの熱い思いを思い出させてやるのだ。

ここを渡ればアンサイクロペディアの悲惨、渡らなければユーモアの破滅。

進もう!ソフィアの待つところへ!

我々を侮辱した敵の待つところへ!

賽は投げられた!

これで扇動は終了だ。

少数でもいい、たった一人でもいい。

貴方の意見に賛同した向こう見ずが突っ込めば貴方の勝ちなのだ。

なぜなら貴方一人で行い、そして十字架にかけられた殉教者になるよりは遥かに多大な効果が望めるのだから。


関連事項[編集]