戦闘美少女

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出典:リ・ナイン・バース「戦闘美少女試論」『仏ソルボソヌ大学院文学博士論文集』キボンヌ出版社

戦闘美少女(せんとうびしょうじょ)とは、1980年代以降の日本の漫画・アニメ文化において急速に発達してきた、主に男性作家による独自の表現様式である。

概要[編集]

比較的恵まれた戦闘美少女
あまり恵まれていない戦闘美少女

戦闘美少女は、どうみても実際に戦場に立ったら体力不足から即座に射殺、撲滅されるだろう容姿および服装の10~20歳前後の女性が勝手に世界の運命を担わされ、否応も無く魔法などの特殊技能を持たされて戦うという表現様式である。各種ゲーム作品においては最早戦闘美少女の存在は半ばデフォと化しており、特に下半身はろくな鎧さえ装備させてもらえないままに戦闘画面へと駆り出されている。

これは様式的には、女性が前面に立って活動するという、疑似的なフェミニズムに則ったものと言っていい。以下ではこういった様式がどのようにして登場・発展することになったのかを考察する。

戦後に発展した日本文化[編集]

戦闘美少女という表現様式は、日本が第二次世界大戦で敗北し、憲法9条なる戦争放棄条項を押し付けられたことに全ての始まりがある。何を言ってるんだと思われるかもしれないがまあ聞いてくれ。

よく知られていることであるが、太平洋戦争時代の日本人は「お国のために死ね」とばかりにカミカゼ精神全開の戦闘民族であった。しかし敗戦の後、この戦闘屋どもの牙を抜いておかないとまずいと判断したアメリカが押し付けた憲法9条は、戦後に大きな発言権を得た左翼系の知識人()達によって少しずつ神格化され、そのような考え方が主流となっていった。特に太平洋戦争を前線で指揮した世代が文化前線から退場する1980年代以降、その流れは更に強まった。

1980年は世界的にみて冷戦崩壊と共に、女性の社会進出が大きな潮流となった年代でもあった。これはいわゆるフェミニズム運動の余波で、それまで男性のみの世界とされてきた業界の指導層に女性の姿が目立つようになった。世界中で多くの男たちが「このままでは俺たちの文化を女子に乗っ取られてしまう」と恐怖した。イスラムにおいては原理主義者たちが女性に教育は必要ない等として抑圧しているのはよく知られていることであろう。

しかし、日本において1980年代以降にビデオゲームという新たな娯楽形態が大いに勃興し、スーパーマリオを始めとする「敵を倒す」ことを最大の基盤とした「戦う文化」が大いに発展した。この中にいた戦闘美少女の開発者たちは、西洋で何やら大きくなっていたフェミニズムなるものを見て、新しい着想を得る。

Quote1.png 男より女ヒロインを前面に出して戦わせた方が売れるんじゃね? Quote2.png
Quote1.png ゲームとか買うの男だしシコれる女出した方がいいでしょ。女強くする分には文句も出ねえだろ Quote2.png

これが美少女戦士セーラームーン新世紀エヴァンゲリオンなどで外国にも広く知られるようになった戦闘美少女の起源である。

表現の方向性[編集]

そのような発想を起源とする戦闘美少女は、表面的には「女性の自立」やら「男の悪役を倒す女」を讃歌するという女性万歳な表現をする。しかし、それはあくまで表面上のものであり、現実にはご存じの通りコミケなど見てみれば一目瞭然、強い女性を描いた元ネタの表現などどこ吹く風で、彼女らはどこまでも性の象徴でしかない。事実、彼らの雑誌や書籍にはそういった二次元女性たちへの性行為を扇動する文句が公然と記されている。

彼らにとって、性的対象たる女性とは二次元のそれであり、現実世界の女性たちは喫茶店などで接客しているだけの存在である。それは女ばかりの漫画・アニメを批評する雑誌の書き手の大半が男性という点によく表れている。彼らの作品においては、多くの少女が一人の「客観的観察眼」を持つ「お兄ちゃん」にたしなめられるという表現形式が頻出するが、戦闘美少女を創作している男たちとは、即ちこういう「お兄ちゃん」になりたい連中なのである。

このような凌辱を肯定する表現ゆえ、世界において日本産戦闘美少女の表現は「ポルノ」という扱いを受けており、戦闘美少女の表現すべてを猥褻物として全面禁圧しようとする動きも世界的に活発である。しかし、このような表現は「表面的には」外敵との戦闘を介した女性の解放を謳うものであり、確かに彼らはその解放的行動を性行為として消費している訳だが、その表現そのものまで禁圧することは表面的な解放的要素までもの禁圧に繋がっている。

戦闘美少女の普及[編集]

戦闘美少女という表現の発現地は、東京では秋葉原であり、大阪では日本橋だった。ここは元々、電器店街の屈強な企業戦士たちが家電機器を相手に闘争を繰り広げる場所であり、つまりここもまた圧倒的な男子文化優勢の地、女子の少なすぎる社会であった。

このような極端な男女不均衡の状態においては、結婚先に恵まれない男たちが多数発生する。社会の歯車になりきれず、立派な企業戦士として自立することができない精神である。戦闘美少女の概念は、このような男たちの欲望を発散させるかのように機能する。即ち、彼女らの戦闘行為が彼らの姿を密かに代弁する存在でもあるためである。

戦闘美少女という表現を好む人々に何故かを聞いてみると、「こういう表現がツボだから」等の回答が大半であるが、その中でわかりやすく多かったのが「一般社会で称賛される熱血男たちの正義に対して、男の自分が精神的についていけないから」というものである。つまり、戦闘美少女の表現にはそうした逃避的要素と男根的欲望が色濃く混淆しているのである。

また戦闘美少女は基本的に大衆文化の商品とされているので、一般文学とは異なり、大当たりすると各種の関連商品がつくられる。最も有名なのはフィギュアと呼ばれるものだ。画集においては比較的穏健なものも散見されるが、この人形においては好色的な造形がなされることが多い。

それを一つのものとしてみていくと、そこで商品とされている女は基本的に若者の集う渋谷とかにいけばいくらでも会えそうな美形の女性であり、決して腐った女子のものではない。原作においては戦闘美少女とされている場合も、その戦闘性を脱色されることが多い。ここには商業主義的美形化作用が働いていることをみてとることができる。彼女らは本質的に戦士ではなく、少女なのである。

戦闘美少女の防衛対象[編集]

つまり、ある意味で戦闘美少女とは外敵だけではなく、内部の味方からも凌辱される存在である。彼女らが実在すると仮定した場合、何と悲惨な境遇であろうか。ならば、戦闘美少女は何を防衛しているのだろうか?

ところで日本の歴史において、世界を巻き込んだ大型の戦役は非常に少ない。大日本帝国を除いて、中国以遠への遠征を本気で検討したことはほとんどなかった。この意識は9条によって再度発達した。日本の自衛隊もカンボジア派遣以降海外へ進出したが、自分から発砲することができないと悩みを漏らしていた。つまり、内規に従う自衛隊は本当の軍隊とはいいがたい状態にある。

戦闘美少女もまた本当の兵士ではありえない存在であることを思い出してみよう。自衛隊も江戸幕府も武器を鍛錬して先制攻撃するというどこの軍でも持っている機能を封絶された似非軍隊だった。つまり、戦闘美少女とは自衛隊のことでもあったのだ。この状態は9条が改正される日まで続くことだろう。

そうした似非軍隊を本質とする戦闘美少女の表現様式は、海外からも輸出価値を認められている。欧米よりアジアにおいて人気が高く、中国においてはかなり反体制的要素の入った漫画やアニメまでが容認されている。これは商業主義の一部に過ぎぬと戦闘美少女が上層部に判断され、政治面での検閲の必要性を無視されているためである。

今後の発展[編集]

戦闘美少女の様式は、戦争タブーが強い日本において「女性を前面に出す」ことによって言論コードを軟化させることで発達した表現様式である。その表現水準はあくまで商業主義の枠内にあり、商業の枠を踏み越えた影響を持つには至っていない。また、原作者たちも商業の枠内でよいという認識を繰り返し示している。

一部ではこれに実写と同クラスの芸術的価値を求めようとする動きもみられるが、漫画・アニメの表現は活字文学に比べ、7美術、内容、批評の全面において明らかに劣っている。漫画・アニメの繁栄はあくまで欧米での「サブカルはあくまで子供のもの」という一般認識のニッチをついた故に世界的に受け入れられたものである。

しかし、近年はこうした表現を濃厚に持つ漫画・アニメ類を政府の国策として海外へ配信する動きが強まっている。徳島県鳥取県などの一部県ではこのような表現を中心とした街づくりを行おうとする動きもある。そうなれば、「漫画・アニメ的な表現が今のようなポルノの一部であり続けるべきではない」という声も高まり、より高度な表現を漫画・アニメの中に求めようとするだろう。

戦闘美少女はそうした新時代の中心にある。アジアを中心に輸出価値を認められている漫画・アニメは非西洋を代表する一大文化として広く認識されることになりうる。しかし、そうした動きを普遍芸術まで昂揚させようとする動きはいじめを擁護するまでに腐敗した商業主義とは別の場所から出現するかもしれない。