怨霊

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怨霊とは、権力者たちの脳内に存在する得体のしれない反逆者のことである。

概要[編集]

日本では、古くから生前に深い恨みを抱いたものが死後に復讐をなすと考えられてきた。その始まりは奈良時代末期の早良親王であり[1]藤原種継暗殺事件の首謀者として嫌疑をかけられ、これを濡れ衣であるとして絶食死したものである。以後、都では疫病等の不幸が次々と起きたため、これを早良親王の祟りとして非常に恐れた。しかしこれは表向きの話であり、当時日本にも伝来していた儒教的な価値観(易姓革命)によれば、天変地異や疫病は天が無能な君主に対して示す警告であり、王朝交替の前兆であると考えられたのである。これに対し、怨霊はこれをスケープゴートとすることで、天皇の不徳を簡単に覆い隠す事ができるという、皇室に非常に都合のいい存在であった。神社を一つおったてれば天皇家の滅亡を避けられるのだからずいぶん安上がりである。ついに日本では易姓革命の思想は定着せず、以降悪いことは全部怨霊のせいにされた。その結果、皇室が現在まで存続できたのはご存知のとおりである。故に怨霊は皇室の守護霊である。天皇家がこれら怨霊を祀る神社を厚く信奉したのは、このような感謝の気持ちがあったからだという有力説がある。

いろんな怨霊[編集]

しかし怨霊は皇室にとって守護霊でも、普通の貴族にとっては脅威以外の何者でもなかった。日本で有名な怨霊といえば、上述の早良親王の他、菅原道真平将門崇徳上皇が挙げられる(怨霊四天王)が、この中で殺されたのは将門だけで、道真に至っては左遷されただけで勝手に怨霊になってしまった。薬子の変以来、せっかく怨霊が出ないように死刑を停止したというのに、こういうメンタルの弱い人が現れては大変迷惑である。このように怨霊化のハードルはどんどん下がり、上司や夫や友人や後輩がいつ怨霊になるか分からないのでろくに文句も言えないという時代が到来してしまった。この時代、戦乱はなくても飢饉や地震(と役所の怠慢)で大勢の人間が死んでいるのだが、その人達が化けて出るなどという発想は微塵もなかったところに、貴族たちの脳内ワールドの狭さを感じ取ることができる。

アンサイクロペディアの怨霊[編集]

怨霊思想は近代化の中で消えていったが、この21世紀になっても怨霊に日々怯えている場所があるのをご存知だろうか。ここ、アンサイクロペディアである。無念の思いを抱えながら無期限ブロックされていった人間の怨霊が度々出現して管理者たちを悩ませている。とりわけかつて管理者として名を馳せるも処刑されてしまった有力者の怨霊の執念はすさまじく、七せ…七生報國とばかりに何度でも蘇って管理者の間に疑心暗鬼な空気を醸成しており、悪霊の影に怯えた管理者によって幾ばくかの無実の人々が犠牲になっているのではないかという風説が絶えない。一刻も早い鎮魂社の建立が望まれている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 長屋王という説もある。