応援

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応援(おうえん)とは、対象にプレッシャーを与え失敗へと導く精神攻撃の一種である。

概要[編集]

応援はスポーツや仕事、夜間運動など広く行われる。相手の自尊心やプライドを擽ることで実力だけで及ぶか及ばないかわからないレベルの関門にわざと挑ませ、惨敗させることを目的としている。人間の能力は確かにメンタルの上下により変動するが、その降り幅は決して大きくない[1]。そこを敢えて「全力を出せば」「頑張れば」と煽る事で無理無駄無謀なチャレンジをさせ、挫折する様を見て嘲笑するのである。

応援を行う者は基本的に狡猾であり、まるで善意からの行動であるかのように振る舞って巧みに不可能へと挑ませる。「挑戦しないことが一番の失敗[2]」などと甘っちょろく青臭い薄っぺらな言葉で吊り上げるのは、落ちたときのダメージを増やすために他ならない。安全圏から無責任に投げ掛けられる甘言に、努々惑わされてはならない。

夜の応援について[編集]

勃たない時にこのように応援されると…。

上記の通り応援は一見善意からなるが、精神に大きな傷を付ける。「万が一さえ起きなければ大丈夫」と言われれば、人間その「万が一」を警戒するあまり縮こまってしまうし「リラックスすれば出来る」と言われてもやはり縮こまってしまう。

特に意気盛んにベッドに上がったは良いが、ふとした拍子に首長竜になってしまった男性の例が顕著である。「ちょっと休めばイケるよ」などと応援されることがプレッシャーとなって、完全にEDとなってしまい男の矜持さえ傷つけられてしまう。実際男性における射精障害の一因として、女性からの無責任な応援が挙げられる事が多い[要出典]。女性の場合は応援されて不能に陥る事は殆ど無く、それ故に自分の応援が如何に相手を傷つけるか認識するのが難しいとされている。

脚注[編集]

  1. ^ 諦めなくても時間になれば試合は終わる。どんなに念じても猫耳美少女にはなれない。人間には限界がある。
  2. ^ 例えば仮想通貨で資産を全て溶かし借金苦から一家離散の末ホームレスという数え役満状態でも、彼ら[誰?]が言うには「行動したのだから失敗ではない、応援するからまた挑むべき」らしい。

関連項目[編集]