徳川綱吉

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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「こやつがしっかりしていれば、浅野内匠頭吉良上野介が争うことがなかったであろうに…。そして赤穂浪士も無駄死にしなかったであろうに…。」
~ 徳川綱吉 について、織田信長
「血を見ただけで失神するとは情けないのう。戦国の世に生きていたら速攻で死ぬな。」
~ 徳川綱吉 について、足利義昭
「ツナちゃま、おやつの時間ざます」
~ 徳川綱吉 について、綱吉の母桂昌院
「剥いだばかりの犬の新鮮な毛皮、宅急便で送るから、腹巻にでもして使ってくれ。」
~ 徳川綱吉 について、徳川光圀
「これがのちの犬神一族の始まりである」
~ 徳川綱吉 について、犬神佐清

徳川 綱吉(とくがわ つなよし)は江戸時代のである。犬の癖に江戸幕府の5代将軍になったある意味凄い人、いや凄い犬。種類は多分柴犬。いや秋田犬かもしれない。まぁとにかくブルドッグでないことは確かである。後世における彼の評価は極端に分かれており名犬将軍とも狂犬将軍とも呼ばれた。

目次

[編集] 生い立ち

3代将軍徳川家光は極度のホモで女嫌いとして知られていた。ある日家光は「人間の女とやるくらいなら雌の犬とやった方がマシだ!」と言って一匹の雌犬を犯してしまった。すると翌日その雌犬は子供を生んでしまった。生まれた子犬は生まれるなりいきなり「余はお犬様である、わんわん」と叫んで周囲を仰天させた。後の犬公方綱吉である。

綱吉は犬でありながら人間以上の知能を持っており鬱病将軍と呼ばれた病弱の異母兄徳川家綱を良く支えたと言う。しかしその反面犬の性なのか江戸城の柱に小便をかけたり城内で脱糞してしまうなど問題行動も多かった。その為常時オムツを装備していた。

[編集] 将軍として

兄家綱が病死すると5代将軍の第一候補となるが一部の幕僚から犬が将軍になるなど言語道断と激しく非難された。これらの幕僚に対して綱吉は噛み付き攻撃を食らわせて彼らを狂犬病に感染させ死に追いやった。晴れて将軍となった綱吉は荻原重秀柳沢吉保などの側用人を登用して散歩のお供や糞の始末などをさせた。

綱吉は学問好きであり最初は善政を敷いた(もっとも兄家綱の時代に決着がついたはずの越後騒動を個人的感情から蒸し返し、名家老の小栗美作を切腹させた挙句に後世まで「悪徳家老」の汚名を着せるというトンデモ裁判を行ったが、噛まれて狂犬病になるのが怖いので誰も諫めなかった)。しかしやはり犬が将軍である=人が犬に使役されるという事に対して抵抗や反感を感じる者も多く、各地で犬の虐待、虐殺(→動物虐待)が相次いだ。

これを悲観した綱吉は人間も動物もゴキブリもいかなる生き物も皆平等であるという有名な生類憐れみの令を発布した。この生類憐れみの令により動物も人間と同じく学問を学んだり職につくことが出来るようになり、ハトの室鳩巣、牛の汚牛徂徠、小鹿の山鹿素行などの有名な動物儒学者が現れた。

[編集] 治世の腐敗と晩年

しかし後継ぎに先立たれるなどの不幸に見舞われた上「犬に小便かけられても名誉毀損で訴えることが出来ないのは不平等だ」「生類憐れみのせいでゴキブリが殺せなくなって台所が無法地帯に」「動物雇う余裕があんなら職に就けない人間の救済方法考えろ」「お犬様にもドックフード税ぐらい課せよ」「鹿と交尾したらPTSDになった」hydeの身長は156cmなど生類憐れみの令に対する苦情、糾弾が次々寄せられるようになり段々現実が嫌になっていった綱吉は大奥でエロい調教師さん達とあんなことやこんなことをしながら酒池肉林に溺れた晩年を過ごした。

[編集] 綱吉と忠臣蔵

この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
あとは適当に頑張ってください。(Portal:スタブ)

[編集] 著書

  • どうぶつ妄想天外
  • 生き物基地外奇行

[編集] 関連項目

江戸幕府将軍
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先代:
徳川家綱
次代:
徳川家宣