庄内県

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索

庄内県(しょうもないけん)は、東北地方(ではなく実は北陸地方信越地方)の県の一つ。最大都市鶴岡市酒田市。県庁所在地は、鶴岡市でも酒田市でも、庄内町でもなく三川町。鶴岡市と酒田市は共に10万都市であるが、両者の仲が悪く、今一つ統一感に乏しい。

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「庄内地方」の項目を執筆しています。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「鶴岡県」の項目を執筆しています。
Wikitravel.png
放浪癖に取り憑かれた人のために、ウィキトラベルのトラベルライター気取りたちが「庄内」の項目を執筆しています。
Chakuwiki.png
長文が読めないバカな人のために、チャクウィキバカたちが「山形/庄内」の項目を執筆しています。

基本情報[編集]

経緯[編集]

徳川時代の庄内藩に相当する県である。古代には越後国に含まれ北陸地方の一部であった。しかし、庄内藩は1868年の戊辰戦争で明治政府と敵対し、会津藩と共に「朝敵」呼ばわりされたが、戦後処理で明治政府軍の薩摩藩が「庄内は大目に見てやろう」ということで取り潰しを免れ、1871年の廃藩置県まで存続した。廃藩置県当初は鶴岡県(つるおかけん)という独立した県になったが、1876年8月21日には鶴岡県は山形県に編入されて東北地方扱いにされた。これは、明治政府内の長州閥が「庄内だけ大目に見るのは不公平だろ!」という不満を募らせたことと、山形県と鶴岡県を合併して大型公共事業をやりたい思惑の2つが原因だと見られている。鶴岡県が消滅した当時の県令は薩摩閥の三島通庸だが、実史で三島通庸が河野広中(民権派)とバトルを繰り広げた中通り会津では、三島通庸は「会津三方道路」の建設をぶち上げた。

やがて、山形県山形連邦王国として独立する際に、庄内地方民が「お願いだから、庄内を山形県から分離してくれ!!」と分離独立する形で、庄内県が成立した。まあ実際に、距離も文化も、山形県内陸よりも、同じ日本海沿岸の新潟県の方が近いんだから仕方がない。庄内地方では、分離独立派と新潟県編入派の2つの勢力が争ったが、分離独立派が勝利した。庄内だけに、しょうがなくできた県なのである。

県庁所在地について[編集]

山形県時代に、当時の県知事が「何か北海道支庁ってカッコイイ!そこにシビれる!あこがれるゥ!」とか言って、北海道の真似(俗に言うジョジョ立ち)をしようとした。結果は北海道の二番煎じどころか…お察し下さい置賜、村山、最上、庄内地方にそれぞれ総合支庁を置くことになり、置賜、村山、最上地方の支庁所在地はあっさり決まった。しかし、庄内地方はなかなか決まらない。

なぜなら、庄内地方の最大都市鶴岡市酒田市の二つあり、都市規模は互角であるからだ。昔からこの二都市は山形県時代から両者一歩も引かないガチンコレースを繰り広げているが、いずれ共倒れになるであろうことを言ってはいけない支庁をどっちに置くかということで、両都市の対立は深まり、まさに内戦勃発は時間の問題であった。しかしそこで例の県知事が「んだら中間の三川町さ置くべ。」と言い、事態は収拾した。

そして庄内県独立のとき、支庁をそのまま継承する形で三川町に県庁が設けられた。ここに「県庁所在地が」という全国にも他に例を見ないアレな県が誕生した。

地理[編集]

庄内県の形。赤い四角は県庁所在地である。

面積は988.29平方khyde東北地方にしては相当狭い(神奈川県と同じくらいではあるが)。勝手に独立した山形連邦王国のせいである。しかし、「内陸優遇、庄内冷遇」の山形県内陸とやっとさよならできて、庄内県民は清々しているようである。

日本海に面していて県内の大部分は広大な庄内平野(しょうもないへいや)であり、県庁のある三川町に至っては一つ無い(クソ頭の固い百科事典にも書いてあったんだから間違いないだろう)。山形連邦王国の下水道、最上川酒田日本海に注いでいる。東は出羽三山鳥海山などの高峰が聳え、庄内県民はこれらをネ申の如く崇拝している。

物産[編集]

お隣の新潟県と同じく、と枝豆が名物である。過去に日本食通学会の学会誌「oishinbo」で発表されている。 庄内平野は夏はフェーン現象でクソ暑くなるが、出羽三山鳥海山からの雪解け水があるから永遠に渇水の心配はない。このような気候条件から、良質の稲が育つ。

はえぬき、どまんなか等のブランド米があるが、ライバルの魚沼県コシヒカリや宮城県ササニシキと比べると、劣ってる感が否めないが、お買い得。

だだちゃ豆、ブランド・イメージ戦略のためか、だだ茶豆とも呼ばれる枝豆。本来、「だだちゃ」とは、「おとっつぁん」「おやじ」の方言。 近世、「稲子の佃煮」と共に、先住民の夏の主食であったが、近年の生産者の高齢化、知名度の上昇により、先住民も入手が困難になりつつある。(世辞抜きで、美味いんだよね。。^L^)

秋の味覚、「芋煮」、最近脚光を浴びた?、「しょ油の実」、厳冬期の味覚、「どんガラ(鱈の粗)汁」、「納豆汁」、「しょん(塩)引き」、「棒鱈煮」のほか、「カラゲ」?、「すべらんしょ」?など、門外不出の謎の未確認食材(UFM)が近年、高速道路敷設工事の際、発掘確認され成分分析が進行中であるらしい。

ここでは、紹介した場合、先住民が入手困難となり、その絶滅に拍車を掛ける可能性のある食品についてはあえて言及しない。(断じて出し惜しみではない) 例、某毒キノコの瓶詰め、某幻の米の大吟醸酒、某砂丘メロン、某稲庭うどん、某ヨーロッパの国のせんべいなど。

食文化[編集]

芋煮については芋煮会の記事を参照。

伏せ丼という「ラーメンを食べ終えた丼を伏せる」ことで敬意を示す作法がある。 本来は山伏の作法、北前船によって伝来、酒井氏と家臣が三河国から持ち込んだ風習、江戸しぐさが起源と諸説あって地元でも見解が分かれている。 敬意、感謝を言葉でなく行動で示す点が庄内人の気風に合致している。 しかし、実際にラーメン屋で伏せ丼を見る機会はほとんどない。 伏せ丼の作法が洗練、高度化され一部のラーメン通気取りが素人の伏せ丼を揶揄するようになり、最近では常連客以外は行えないようになってきている。 また、客同士の伏せ丼の作法を巡るトラブルが頻発したため、店側で伏せ丼を禁止していることが多い。

妄想汁という郷土料理がある。 孟宗を味噌で煮ただけの味噌汁であり、特別うまいものではない。妄想によって脳内で分泌される妄想物質で各自味付けするため妄想汁と呼ばれる。

市町(村)[編集]

上述の通り、最大都市は鶴岡市酒田市の二つであり両者一歩も引かないガチンコ・チキン・レースを繰り広げている。 弊政の大合併の際、両都市が合併合戦を繰り広げたためにかつて14あった市町村が5市町に減ってしまった。その結果、日本一市町村数の少ない都道府県になってしまった。5市町って…

鶴岡市[編集]

庄内一(ひとつ)の城下町。面積が無駄に広い。港町の酒田市とガチンコレースを繰り広げている。嘗ては荘内藩の城下町として栄えた?が、今の状態はお察し下さい  出羽三山という山伏の聖地もあるが、マアゾン民族資料館という良く分らないものもあったらしい。 余談であるが、日本マアゾン学会で、「庄内は日本の秘境マアゾン」という風説の流布が確認されている。(良い意味で、誤解しないでね)

酒田市[編集]

庄内一の港町。城下町の鶴岡市とガチンコレースを繰り広げている。「東の」と呼ばれているらしいが、誰も気にしない。 嘗ては最上川の水運、北前船の海運で栄えていたが、今の状態はお察し下さい  駅前のシャッター街はもはや 芸術の域である。 ちなみに、「希望ホール」というネーミングがちょっとアレで無駄に良質なホールがあるが、そのホールの素晴らしさを県民たちは誰も気にしない。 

三川町[編集]

県庁所在地。一つ無い。狭い。県庁以外何もない。でもイオンはある。 建前上、完全な政治都市である。(都市であるかどうか言うのは禁則事項です。) 実態は、鶴岡、酒田両市の仲裁?調整弁?中立地帯?バランサー?。 地政学的位置から、余立町と同様に、両市への吸収合併を免れた。

(自称)庄内町(余立町)[編集]

庄内町というのは自称であり、正しくは余立町(よりつまち)である。余目町と立川町が合併して、余目の「余」と立川の「立」を合わせたからである。 パッとしない町と思われがちだが、庄内県の防衛上かなり重要な役割を担う。

庄内町もとい余立町は庄内県の大幹線たる羽越本線から陸羽西線に通じる山形連邦王国への玄関口(裏口?)であり清川地区には県境警備隊が配置されているらしい。また、立谷沢地区は、なんと月山の山頂を所有しており、監視塔を設置し、そこから王国を常に監視している。不法越境した王国のスパイには狩川地区の風力発電のブレードに縛り付けられる等の拷問が待っているとの噂もあるので王国民は気をつけよう。そんな軍事都市ならぬ軍事町である余立町の中枢で特急も停車する余目地区は鶴岡と酒田の内ゲバ抗争のドサクサに紛れ、県庁所在地(三川町)を占領し、庄内県の政治的主導権を掌握する遠慮、策謀(妄想?)を企てているとかいないとか。

自称庄内町の命名は、鶴岡酒田三川を、大荘内市として統一し、盟主の地位を占めようとする余立町の遠大な野望(妄想)の布石とする観測も軍事評論家の一部にある。

遊佐町[編集]

よく秋田県と間違えられる。ぶっちゃけ、庄内県よりも秋田県である方が違和感が無い。マジな話、郵便に「秋田県遊佐町」と書いても実際に届くらしい。鳥海山の山頂を領有する自治体でもあり、鳥海山ネ申のように崇めている。町民は鳥海山を誉められると機嫌が良くなり、鳥海山を貶されると「このビチクソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」と豹変するので気をつけよう。隣の秋田県にかほ町鳥海山の領有権を主張しているが、町民はシカトを決め込んでいる。

交通[編集]

お零れからハブられた[編集]

国道7号線が南北を縦貫していて、国道47号線が最上川にへばり付くようにして最上王国へと通じている。国道47号線に並行して陸羽西線が通っているが、利用者数はお察し下さい 快速列車が運行されているが、やはり利お察し下さい

国道7号線に並行して羽越本線が通っており、米の運搬が専門の列車に乗り新潟駅絶滅危惧新幹線ときに乗り換えることにより、東京へ行くことができる。このことが人口流出の一因となっているが、誰も気にしない。絶滅危惧新幹線は、田中角栄のお膝元・長岡魚沼県)のみならず、新潟新潟県)まで乗り入れしている。しかし、庄内は内陸支配の山形県に入れられ、新潟や長岡とは離れ離れの県にされた為、庄内は新幹線のおこぼれから除外された。

そして、バブル崩壊後の高速道路も、新潟~庄内県~秋田の出羽自動車道は、置いてきぼりにされ、未完成のままである。原因は勿論、庄内を冷遇し沿岸都市の交流発展を妨碍することで、影響力の低下を阻止しようとする偏狭な山形県の意思にある。こうした山形県庁の交通隔離政策も、庄内県分離独立の引き金になったことは言うまでも無い。分離独立前には、「東京のお零れは下越(新潟県)だけかよ!」が、庄内県民の不満であった。

空港[編集]

  • 庄内空港(しょうもないくうこう Shomonai Airport)

誘致の背景:

新潟新幹線延伸、高速道路誘致に失敗した小物政治家の窮余の策として、(利用客を見込めない関東への交通の空白地帯の解消が本音)米穀類の輸送を建前に誘致された?。

ご多分に漏れず、庄内県酒田市鶴岡市の誘致合戦の妥協の産物として、中立地帯(非武装)に立地する地方管理空港である。 経済的にやや優位な酒田市に所在し、両市間の停戦を監視する「中立市監視委員会」と「軍事停戦委員会」の本会議場が設置されたターミナルビルには、冷やしラーメン専門店(門板店)が営業し、庄内秘境のツアー客でドット混む。 厳冬期には、地吹雪体験ツアーの物好きな都会人でドット混む様子に、先住民は眉を顰めている。

なお、空港が酒田市に設置されたため、空港近くの浜中集落(別名:砂中)から鶴岡市の湯田川温泉への直行バスは、報復のため廃止された。


鶴岡・酒田の骨肉(目糞・鼻糞)の利権・主導権争いは、県庁、大手スーパー、空港、放送局、大学など、至る所に散在し、地域経済に悪影響を及ぼしている。 その結果、両市の中立地帯にある地の利を生かし、余立町三川町が、間隙を突き、漁夫の利(県庁、税収、交通)を得ている。これを俗に余立式「天下三分の計」と呼ぶ。(天下と呼ぶにはスケールが小さいが気にしない)

名古屋共和国営地下鉄鶴舞線との関連[編集]

名古屋共和国営鶴舞線の始発駅・上小田井駅を出ると、すぐに庄内緑地公園駅に到着する。これは、上小田井から秘密の線路がつながっていてリニアより高速で走る軌道になり、庄内県へ到着、次の停車駅の庄内通を出るとまた名古屋へ戻っていく。

関連項目[編集]


Hammer and sickle.png この項目「庄内県」はまだ書きかけということを認める。ソビエトロシアでは、この項目があなたを加筆する!! (Portal:スタブ)