広島東洋カープ

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カープのメンバー。美化500%アップ(当社比)。半分以上はもういないけど

広島東洋カープ(ひろしまとうようかーぷ)は日本のアパレルメーカーである。社内に野球同好会を持ち、選手が頑張ると記念Tシャツを販売して即完売させるといった商法で売り上げを伸ばしている。他にタオルふんどしトイレットペーパー樽酒ギター台車化粧筆、投げやすいベース盤などの幅広い商品を取り揃えているがあくまで赤いTシャツにオリジナルプリントを施して販売するのが生業である。以下は野球同好会についての記事が主体となる。

歴史[編集]

プロ野球チームも結成時は貧乏だった

結成時は非常に貧乏で、樽募金で資金を集めたとか、移動は寝台車の屋根にしがみついていたとか、バットの代わりにぴーを使ったとか、ユニフォームは後ろ半分裸だったとか、食料確保のために平和記念公園の鳩を捕まえようとした選手がいたりだとか、ボールボーイを雇う金がなくなったので代わりに犬を使ったりだとか窮乏ぶりを表す逸話が残っている。

1970年代後半から1990年代前半にかけて才能豊かな投手陣を擁し黄金期を迎える。外木場、池谷、北別府、川口、大野、津田、安仁屋、その他多数の豊富な投手陣に恵まれ、投手王国と呼ばれていた。

しかし、その後は長い暗黒時代を迎える。1998年以降15年間Aクラスに縁がなく、常に実業団横浜ベイスターズ最下位5位を争っていたほどである。ちなみに実業団横浜ベイスターズは1998年リーグ優勝、日本一、2005年にAクラスに入っている。特に第二期XXXXX政権では広島王国国営放送にすらボロクソに貶される始末。現在12球団で最も日本一から遠ざかっているチームである。(2016年現在)

ただし、これについて書くと長くなるので、詳しくは要出典の編集合戦百科事典を見て欲しい。

なお、2011年は原子力発電所事故が発生したためリーグ優勝は確実との噂が巷で流れていた。これは、過去のリーグ優勝6回(1975年、1979年、1980年、1984年、1986年、1991年)のうち3回が、原子力発電所で事故が発生した年(1979年はスリーマイル島原子力発電所事故、1986年はチェルノブイリ原子力発電所事故、1991年は関西電力美浜原子力発電所事故)だったためである。しかし噂は噂であったことは言うまでもない。

選手を育てるのは、スパルタしかないと思っている。血が濃いから何も疑問に思わない。金が無いから育てる→キャンプで猛練習→怪我かやる気ゼロ→負け越し→契約更改で薄給提示→薄給でやる気がなくなる、高給求めて他球団移籍→チームが弱くなる→弱いからキャンプで猛練習→やる気なくすか、怪我→薄給・・・このスパイラルは野球では金が無きゃやっちゃいけないことを痛感させる。

鯉の季節というチームのキーワードが存在する。これは1968年初めてAクラス入りしたとき、恋の季節という曲がヒットしていたため、それにあやかった。だが鯉の季節は5月5日までで終了してしまうため、5月上旬までは好調だがそれ以降は弱くなる、という暗黙のキーワードとなっている。しかしそれだけの意味ではない。錦鯉→にしきごい→にしき5位(ごい)・・・そう、もう一つの意味は5位になるという意味が隠されている。1998年以降14シーズン中11回も5位になっている。これじゃあ季節というか・・・

現在は阪神の三軍としていい選手は皆阪神に引っこ抜かれる。(例:ヤニキ辛いさん)

2013年はノムスケ、バリントン、大竹、マエケンの活躍によって69勝72敗と負け越したものの、16年ぶりのAクラスと初のCS進出を決めた。 CS初戦は2位阪神タイガース相手に3戦全勝をし、見事虎退治に成功した。 しかし、ファイナルステージのゴミ売りジャイアンツ戦は3戦全敗であっけなく敗退。なんじゃそりゃ。 シーズンオフ、大竹はカープ愛がなかったのか勝手に巨人へ移籍。 さらには代打の神様が引退してしまい絶対絶命のまま2014年に。

2014年、5月末までは異常事態と思うほど勝ち続け、巨塵犯珍を差し置いてまさかの首位。しかし、とある外国人選手が「広島はヤンキースより強い」などと発言したこともあってか交流戦で大失速。その結果、交流戦の順位は犯珍やハゲワシと並んで最下位。交流戦後も目立たないような失速を見せつけ、ナニワの黄色軍団に抜かされ3位転落。 その後は盛り返して2位を保っていたが、最終戦でまさかの自爆。去年と全く同じ3位になってしまった。しかし、前半の貯金が幸いし16年ぶりの勝ち越しを決めた。しかしCSでは全く点が入らず1敗1分で犯珍にあっさり敗退。いつものお約束を破ってしまった。2年連続3位に嫌気がさしたのか、シーズンオフにノムケンが責任を取って辞任。後任にはまたしても無能な緒方孝市が監督に就任。 さらに渡米していたはずの黒田博樹がまさかの緊急復帰。さらにさらに阪神タイガースにいたはずの辛いさんがまた広島に帰って来た為、球団およびカープファンは混乱状態。

2015年、新生緒方カープは大躍進するかと思いきやこれまでと変わらずの迷配で大失速し、序盤から7連敗したり鯉打線がクソになったりでいきなり最下位。ファンのストレスは溜まるばかりの戦いっぷりを披露。優勝する気ある? 一時は優勝争いになっていたが、ファンの期待を完璧(見事)に裏切り最終戦であっけなく負けてBクラスに決定。優勝がないまま広島を出ることになったエースのマエケンが24億円ものお金をおいてシーズンオフに渡米。

横浜ベイスターズとは仲が良く、2000年代はしょっちゅうドベ争いをしては最終的にボコボコに打ち砕いて5位を死守するという汚い戦い方をしていた。 しかしここ最近は自らを強豪チームと勘違いしたらしく実業団チームである横浜相手にデカい態度をとっているが、15年シーズンの対戦成績はお察し下さい。 15年5月16日マツダスタジアムでの試合では、横浜側のビジター席を球団で買い占め東京からのツアー客に配るという禁則事項ですを行っている。もちろんこの仕打ちに横浜サイドは憤慨、横浜以外のセ4球団も口を尖らしているが、当のカープ球団サイドはこれからも機会があれば企画してみたいと考えているようだ。


2016年、今年も迷配するのかと思いきや、マエケンが抜けたことに危機感を感じたのか序盤から巨塵と首位争い。結果的には広島に軍配が上がり、1991年以来25年ぶり7度目の優勝をしたもんだから広島市内は大騒ぎ。おめでとう!!
ちなみにその後の結果については実はもう記入済みである。気付かずにここまでの記述に期待を持った方は歴史の前半部をよく読み直してみよう。

本拠地[編集]

旧広島市民球場[編集]

市内中枢部、世界遺産原爆ドーム、最大の大手デパートにはさまれながら、常に金欠。
多様な虫類が生息するため、昆虫採集に適し、夏休みの自由観察が行える。広島での通り名はファーブル昆虫球場。 修繕費をケチってたら、大規模な補修工事を繰り返す隣のドーム以上の廃墟になってしまった。しかも箱庭だのクーラーがないだの芝生がはげているだの11年BクラスでFAで選手が逃げる赤貧だのと他球団から馬鹿にされるので移転を決意。 現在は取り壊されて跡形もない状態であり、跡地利用をめぐり平和とサッカーとコンサートが仁義なき戦いを繰り広げている。

新広島市民球場[編集]

上記を踏まえ、親切なカープファンから樽募金が行われ、集めた金で作った楽天も真っ青の格安球場。新しくしても万年5位を運命付けられている。 お金がなくて球場名まで売りに出したので『MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島』という恥ずかしい名前になったが、全部言ってると舌を噛みそうになるので『ズムスタ』とか『新球場』と呼んでいる人も少なくはない(最近は『マツダスタジアム』が一般呼称に定着している)。ネーミングライセンスを売り払った時、マツダとイズミが名乗りを上げたそうで、選考にはスタジアム名も評価の対象になったが…。いったいどんな名前をつけようとしたんだ、イズミは。 市民からの募金はなぜか5円が多く、地元銘酒、賀茂鶴の樽を使わなかったために、あっという間に底が抜けてしまい、またもや金欠に悩む。 結果的に樽募金は1億円ぐらい集まったらしいが、新スタジアム建設費用にサポーターから30億円の寄付金が集まった予定のガンバ大阪と一桁×3も違うことから、ファンも球団も貧乏だったという微笑ましいエピソードである。 リーズナブルながらも身の丈以上の球場を作ったせいで選手たちは食べるものにも困っており、球場ではビッグになったら腹一杯食いたい料理を選手らが考案し高額で販売しているが、お世辞にも豪華な料理とはいえない。それでも大御馳走を堪能しようと熱心なファンが日銭を握り締めて列を作るさまは、戦後すぐを思い出させるノスタルジックさがある。また、空腹のあまり大量失点している大竹投手に食べてもらおうと、熱心なファンが貴重なお弁当を怒りに任せて投げ込んで差し入れした事件も有名である。 百数億円ともいわれる新球場効果で儲けた泡金のうち1億円弱をかけて、内野スタンド屋根の太陽光パネル選手(9000万円)と球場正面玄関前屋外トイレ選手(1700万円)を補強した。

スタジアム完成から五年以上過ぎた今でも進化を続け、ライト側にスポーツジムを建てたり、矢鱈とBBQ場を増やしたり、球場外に室内練習場を新設したり、エルドレッドを以ってしても届きそうにないエディオンゾーン(ここにノーバウンドで打球を当てたら100万円贈呈される)を設置したりしている。

ちなみに『MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島』の「Zoom-Zoom」は日本語に直訳すと「拡大-拡大」になるが、本命は赤ちゃん語でいう「オギャー、オギャー」というらしい。

選手[編集]

広島東洋カープの選手一覧を参照。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「広島東洋カープ」の項目を執筆しています。
第34回 (1975年
エクストリーム・謝罪準優勝プレイヤー


書きかけじゃ 隆太「ラわーん! あんちゃん、この広島東洋カープはまだ書きかけじゃあー! シゴウしたるぞ!」
元「なんじゃと! くやしいのう、くやしいのう。お、おどりゃなんとかせんかい! 誰でもいいけえ、加筆してつかあさい。」 (Portal:スタブ)