幸福の科学

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幸福の科学(こうふくのかがく)とは、自己矛盾を多く抱えた日本の新宗教である。教祖大川隆法

幸福の科学のシンボル。ORは大川隆法のイニシャルであり、ものすごい自己顕示欲である

概要[編集]

幸福の科学は大川隆法(本名:中川隆)の「ぼくがかんがえたさいきょうのしゅうきょう」である。キリスト教仏教神道宗教チックな所を多大に取り入れ、自分がになりたかった「宗教ごっこ」をしているのである。

本尊[編集]

自分を拝ませることで、大川の承認欲求はこれ以上無いほど満たされるのである

本尊は「エル・カンターレ」であり、教祖の大川隆法のあの世での霊体である。大川隆法は各支部・家庭に自分を形どった「エル・カンターレ像」を下賜し自分を拝ませるというかなり強気な姿勢の持ち主である。エル・カンターレ像の造形は、30代の頃の大川隆法がとてもふくよかだったことは無視されて、かなり美化されている。

エル・カンターレの偉さ[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「エル・カンターレ」の項目を執筆しています。

大川隆法は自分が釈迦の生まれ変わりであると主張することから始まり、その主張は次第にエスカレート、1991年には「地球エル・カンターレである」と宣言した。エル・カンターレは仏典(書籍)によっては「大宇宙根本仏と同源」とされており、「自分が偉い」と思う人は多かれど、「自分が宇宙一偉い」「自分が宇宙を創った」とまで思った凄い人である。

イエスが「天にまします父」としたヤハウェも、ムハンマドイスラム教徒が絶対視したアッラーも、仏教が宇宙の根源とする大日如来(毘盧遮那仏)も、神道の根源神である天之御中主神を上回る天御祖神(ホツマツタヱに記載)も、全て自分のことであるとし、全宗教に対して喧嘩をふっかけている

経典[編集]

大川が仏教に対抗意識を燃やし、「仏教っぽいこと」をしたかっただけかもしれない
正心法語
根本経典は「仏説・正心法語」であり、霊界の釈迦意識と同通して大川隆法が自動書記したとされる。釈迦意識より霊格の高いエル・カンターレ意識の方が有り難いのではという気もするが、信者は特に意識してないようである。内容についての深入りは避けるが、テンポの良さは随一である。
功徳は「般若心経の一万倍」と謳っているが、大川曰く「そもそも般若心経の功徳がゼロなのです」とのことなので、なんじゃそらである。
太陽の法
基本三法の代表格である「太陽の法」は1997年に大幅に書き換えられており、大川が心酔した宗教家である高橋信次が霊的に大幅に格下げされ、大川隆法がより神聖化された。書き換えられたのはおそらく大川隆法の悟りが進んだためであって、書き換え内容があまりに大川の都合に良いのは気のせいである。
また、創世神話では「ビッグバンは400億年前」「金星人がいた」「人類の誕生は3億年前」と書かれており、現代科学に対して真っ向から喧嘩を売っている。「科学」の名を冠する両者であるが、現代科学が多くの研究と実証と反証の積み重ねで事実を示すのに対して、幸福の科学の実証の仕方は「大川隆法がそう感じたから。信じなさい」である。

会員数[編集]

会員数(正心法語の発行部数)は「全世界で1200万」と公称している。海外での知名度、拠点の規模などを考慮すると、1200万人の大半が国内によるものと推測される。

つまり、日本人の10人に1人は幸福の科学である。あなたのクラスや職場に30人いたら3人は幸福の科学であり、お昼休みには気軽に幸福の科学トークが飛ぶのが普通である。

そして幸福の科学がグループを挙げて推進している幸福実現党の獲得票数は概ね30万票程度であるので、40人に1人しか投票していないことになる。会員はこれでもかというぐらい政治に興味がないものと思われる。

もし実際の会員数が幸福実現党の獲得票数の30万人程度であったら、大罰とされる「大妄語」である。

教義[編集]

霊界カースト[編集]

幸福の科学における霊界観は、悟りの段階をベースとして四次元~九次元までの6段階ある。歴史に並び立つ偉人はいずれも七次元以上であり、上であれば上であるほど偉い。このため信者同士には上下思想に基づく悟り合戦が生まれ、「悟りの低い者」を見下しがちである。

愛の発展段階説[編集]

の発展には段階がある」として、「愛の発展段階説」を提唱している。下位から順番に述べる。

奪う愛
「愛されたい」と願う心を「奪う愛」として最下層の愛としている。
愛する愛
人を愛する愛である。
生かす愛
人を生かす愛である。
許す愛
人を許す愛である。
存在の愛
人類の歴史に並び立つ偉人の持つ愛であり、「如来の愛は公平無私」としている。
救世主の愛
愛の理論としては「許す愛」で完結しているような気もするが、それでは大川が単独で最上位に立てないので、「救世主の愛」を設置し、自分がそれの持ち主として最上位に君臨するのである。

四正道[編集]

幸福の原理として「四正道」を提唱している。

愛の大事さを説いているが、悪魔を許しておらず、悪魔を愛していない。
知をとても大事にする。逆に言えば、知の無い馬鹿を貶しているのである。
反省
日々、自分の悪い所を反省するように促している。「許す愛」を唱えていながら、自分を許していないのである。
発展
一見して聞こえは良いが、「許す愛」なら「発展しないことも許す」のではなかろうか。

教義における矛盾点[編集]

上述したように、「許す愛」を唱えているが、教祖の大川隆法は「~はいい」「~はいけない」の論調ばかりでいろいろなものを許していない。特に悪魔を徹底して許しておらず(というより大川が許してないものを都合よく悪魔認定する)、それでは「如来の公平無私の愛」とは言えないのではなかろうか。大川隆法の魂の境涯は六次元以下かもしれない。[1]

霊言現象[編集]

えーと・・・、どうも・・・

大川隆法が審神者(さにわ)として、あの世の霊人たちを降ろしてしゃべらせるという「霊言現象」を特徴としている。霊言の特徴として、高潔とされる霊人の論調は決まっており、幸福の科学に対して口を揃えて「君らのやってることはとても正しい。幸福の科学の時代が来る。私も応援している」である。あの世では幸福の科学は大人気である。イエス・キリスト天照大神を始め、他の宗教家や神様も幸福の科学を応援している。決して高名な霊人の知名度とステータスを味方にしようという魂胆ではない。

また霊言には、後から明らかに間違ったことを言っていたことが発覚することも多く(後述の過去世の書き換えなど)、幸福の科学の広報チャンネルはこうした霊言の矛盾点について「霊人は嘘を言うこともあるので注意しないといけない」と説明している。大川隆法が何のための審神者(神を審理する者)なのかよく解らない

過去世の書き換え[編集]

大川隆法の認定する過去世は書き換わる。

例えば、大川隆法の元妻である大川きょう子氏の過去世は「アフロディーテ、文殊菩薩、ナイチンゲール」という錚々たるメンバーであったが、大川隆法と離婚した途端に「イエスを裏切ったユダ」に書き換わった。

過去世とは書き換わるものなのかとか、やたら都合の良いように設定されている、というツッコミは信者ならしてはいけない。

祈願[編集]

何でもあるよ

数千円~数万円の奉納を目安として、各種祈願を行っている。祈願の種類は数百にも及び、教団の収入源の1つとなっている。教団の第一義が「正しき心の探求」であるなら、幸福とは正しき心で引き寄せるものと考えるのが自然であり、お金で現世利益を求めることとどう整合性が取られているのかは不明である。

宝具[編集]

欲しいーー!

ペンダントの「正心宝」を始め、正心法語CD、家庭用本尊など、信者のコレクター魂をくすぐる各種グッズが充実している。費用価格を大きく上回る数万円以上の価格が付いてるグッズも多く、霊感商法である。信者の間では、どれだけ奉納してグッズを揃えているかという争いも発生している。

映画[編集]

現実ではこんなこと起こらないよ

幸福の科学は多数の映画の制作を行っている。他に目ぼしいヒット作がない場合は、興行ランキングで1位を獲ることも多い。しかしその内実は教団をあげて「グルグル回転菩薩」と呼ばれる熱心な信者たちに映画館に何度も足を運ばせ観客数を稼いでいるのである。「多くの人に真理を触れさせるため」という大正義のもとには、姑息で強引なことを行ってもいいという教団の姿勢の現れであり、「妄語(嘘)」にもならないし、八正道の「正業(正しい行い)」にも違反しないらしい。

映画ではUFO心霊現象が華やかな光の演出と共に描かれるが、現実世界では一向にそのようなことが起こる気配はなく、虚しいばかりである。

エル・カンターレ・ファイト[編集]

カッコイーーー!!

幸福の科学の降魔の秘術は「エル・カンターレ・ファイト」である。「ラーイトクロース、ラーイトクロース、エール、カンターレー、ファイト!」の掛け声のもと、十字と五芒星を切るのを大真面目に行う。格好いいと思うかダサいと思うかが信者かどうかの分かれ目である。説明では眉間と胸(正心宝)と手の平から光が発せられ悪魔を撃退するとされ、映画でも凄い光の演出が施されるが、実際にやった場合は見た目には何も起こらず、信者の信じる力が試される

エル・カンターレ・ヒーリングもあるよ。

脚注[編集]

  1. ^ 大川は「善悪二元の世界で反省を深め、光一元の世界に入る」とはしている。

関連項目[編集]