平成最後

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ウィキペディア専門家気取りたちも「平成最後」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

平成最後(へいせいさいご)は、平成30年(2018年)5月1日ごろから平成31年(2019年)4月30日まで日本で使われた流行語。「平成最後の○○」といったように、主に出来事に対して用いられた。同義語に令和最初というものがあり、こちらは令和元年(2019年)5月1日から流行するかと思われていたが、平成最後に比べてそんなに流行しなかった。なんでだろ。

概要[編集]

読んで字のごとく、西暦1989年から2019年にかけて用いられた元号「平成」の期間中最後の出来事に対して使われた言葉である。大したことではないどうでもいいような事象であっても、この「平成最後」という言葉を使うことにより何となく凄いように感じさせる効果を持っていた。

平成30年から31年冬にかけては、平成最後の日本ダービー、平成最後の終戦記念日、平成最後の夏の高校野球、平成最後の天皇杯、平成最後の年越し、平成最後の箱根駅伝というように年に1度の定例行事やスポーツイベントなどに多く使われた。

31年春、とりわけ4月に入るとバカの一つ覚えのようにマスコミが頭に使い始め、それを受けた一般人までもバカの一つ覚えのように使ったことにより日本中に「平成最後」が流行することとなった。これを付けたからといって大して価値が上がるわけでもなく、むしろ苦笑いするしかないのだが、それでも使ってしまうのはいかにも同調圧力に弱い平成時代の日本人を象徴していたと言えよう。

流行に至るまでの過程[編集]

平成28年(2016年)8月、第125代天皇・明仁によりビデオメッセージが発せられた。詳しい内容はウィキペディアの象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことばという長ったらしい名前のページを見ればわかるが、要するに「天皇辞めてぇんだけど」というものであった。

これを受けて政府は有識者会議を設置し、一代限りでの天皇の退位を特例的に認めるに至った。その後、平成29年(2017年)12月に、平成31年4月30日に天皇が退位、翌5月1日に皇太子徳仁親王が天皇に即位することが決まった。これに伴い、2019年5月1日から元号が変わることが決まったことで、「平成最後」という言葉が使われる土壌が整った。

明治以降では初の天皇の生前退位となったことから、「昭和最後の○○」と言おうものなら非国民も同然、場合によっては命すらあるか分からないような扱いを食らうこととなる前回の改元時と異なる様相を呈した。今回の場合は逆に「平成最後の○○」と言わない者が、皇室や元号制度に対して何らかの不満を抱えている人物とみなされるような雰囲気が醸成された[不要出典]ことも、平成最後という言葉が流行する一因となった。

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外部リンク[編集]