平城遷都1300年祭

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平城遷都1300年祭(へいじょうせんとせんさんびゃくねんさい)は、 2010年1月1日から12月31日まで奈良県で開かれている遺跡の式典。「古の都も1300年経てばただの草原と化す」という無常感を全体的なテーマとして押し出した、大変シュールな祭となっている。

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会場[編集]

ほら! 何もない!

中心となるのは、奈良中心部にあたる広野、平城宮跡である。ここは四方120ヘクタールに渡って、何もない。1300年のうちに平城宮は農地と化し、明治時代から保存運動はなされたものの一面芝生野原となった風景はここが日本の中心であったことなど微塵も感じさせない。

1300年祭開催にあたって朱雀門と大極殿が復元されたが、なにもない原っぱに不釣り合いに立派な門と建物だけが隆立する姿はシュールな中にもどことなく寂寥感を漂わせる。

イベント[編集]

頭の固い方の百科事典でもうんざりするほどの箇条書きで占められたイベントの数々が一年中、奈良に来たあなたを待っている。このうち、「なら燈花会」「バサラ踊り」「平城宮探訪ツアー」をはじめとする多くのイベントは、1300年祭で見逃してもまた来年開催してくれるというサービスがあるので安心である。元からあったイベントを1300年祭に無理矢理組み込んでいるだけとかそういうのではないので注意。

マスコットキャラクター[編集]

アイツの項も参照。

1300年祭に2年先立つ2008年、彼は現れ、日本中の話題をさらった。登場時は「気持ち悪い」「こんなので作者は500万も稼いだのか」「身長は頭までで測ってるの? それとも角まで含んでるの?」などといった批判が相次ぎ、一時は「ヤツを潰すことが1300年祭を救う唯一の方法」などと主張する勘違い野郎達が「平城遷都1300年祭を救う会」なる会を結成、まんとくんというキャラクターを投入し全面戦争となったが、所詮は彼にぶら下がってしか生きられないキャラクターに勝ち目はなく、「救う会」もろとも粉砕した。

その後、弱点とされていた「話題になるのが早すぎて、本番までに忘れられてしまうのでは」という評判を見事にはねのけて全国区に登場。2008年の大晦日には深夜の廃病院に出没して浜田・松本を恐怖のズンドコに落とすなどの活躍をした。

実行委員など[編集]

総合プロデューサーは東大名誉教授の木村尚三郎、実行役員には顧問として平山郁夫河合隼雄といった奈良の文化財に造詣の深いそうそうたるメンバーが集結し、1300年祭を盛り上げるために活動した。まぁ、3人とも死んじゃいましたが。その他推進委員会には、森喜朗二階俊博中川昭一など衆参両方の自民党議員が多数名を連ね、奈良県にカネを引っ張って来ていた、のだが、今は、もう……

一応、潤沢な道路財源は貰うだけ貰ったため、主要道の拡張や駅前再開発、駅の地下化・高架化などやりたい放題。より便利になった奈良の今後にご期待下さい!

これから[編集]

2010年でこの式典は終了することになっているが、実は1300年祭の本当のテーマはそこからである。平城京が1300年かけて成した奈良の廃れ具合を、1300 年祭終了後、少なくとも1年以内に再現するという荒行に挑戦することが秘密裏に計画されている。実行委員では半年で平城宮跡を人っ子一人いない広野にすると息を巻いているが、識者の間では半年という期間は長すぎであり、実際には2ヶ月も持たないのではないかと言われている。

関連項目[編集]


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