巨人・大鵬・卵焼き

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巨人・大鵬・卵焼き(きょじん・たいほう・たまごやき)とは、1961年堺屋太一記者会見の席で披露したコピー。実際はかなりへっぽこなコピーだったが、昭和を愛する老害たちからなぜか過大評価されている。

誕生[編集]

時は昭和中期。読売ジャイアンツは世界のホームラン王・王貞治とミスタープロ野球・長嶋茂雄の活躍により[1]黄金時代に入りつつあった。相撲界では後の大横綱大鵬幸喜が入幕から1年6ヶ月で大関への昇進を果たした。一方、はまだ庶民にとってはたまの贅沢品。卵焼きは滅多に食べられない、お弁当のおかずにおける憧れの存在であった。そんな3つの「憧れ」をひとまとめにしたのが、この「巨人・大鵬・卵焼き」である。

発表したのは堺屋太一[2]。しかし実際に考えたのは、通商産業省の同僚だったと言われている。もっともこれは「仲間内の冗談」から誕生した言葉であった。ゆえに、標記の3つを挙げるに際して、とくに裏づけや検証を行っているとか、社会的影響を考慮したとか、そういったことは全くない。そんな冗談を、あろうことか26歳の堺屋が経済報告の会見でアドリブで口にしたのだった。若気の至りとしか言いようがない。

意味[編集]

一般には、人々(とくに子ども)に人気のあったもの3つ、という捉え方がなされている。しかしその真意は「大人になっても子供と同じような物が好きだと大騒ぎしている『半人前で子供っぽい使えない大人』を揶揄した言葉」であった。前述の冗談とは、通商産業省の役人が一般庶民を馬鹿にしたブラックジョークだったわけである。

この言葉は記者会見の席上、どのような文脈で使われたのか。堺屋はこう語る。「当時は高度成長時代だったが、経済優先だなどと批判もあった。だからマスコミ向けに『高度経済成長はみんなに好まれる。それは巨人、大鵬、卵焼きが好かれるのと同じことだ』って言ったんですよ」。上の意味と合わせて解釈すると、「高度経済成長は、半人前の使えない大人が訳も分からずありがたがっている」といったところだろう。ますます問題である。

そうした真意も知らずに、マスコミはこの言葉をこぞって使った。堺屋をはじめ通商産業省の役人たちは、一般庶民の馬鹿さとあわせて、マスコミの馬鹿さも鼻で笑っていたに違いない。 また、一部では史上最強のプロ野球選手人気に勝てないもの3つの意とも言われている

大鵬が死去した2013年に、堺屋はインタビューで「大鵬さんは強いだけでなく、見た目も美しかった。V9の巨人もそうだったが、みんなが同じように憧れる圧倒的な存在が、今はいないんですよ」と答えている。たしかに今は圧倒的な存在がいない。一般庶民が圧倒的な存在に踊らされてくれた頃は、官僚としても世論操縦がやりやすかったのだがなあ……堺屋の嘆息が聞こえてくるようではないか。

拡散[編集]

しかし、堺屋の真意を知ってか知らずか、この言葉は当時の流行語となった。高度経済成長の真っ只中にあって、強い人間への憧れから多くの人の心を捉えたのである。

もっとも、一般庶民もその真意に薄々は気づいていた。お役人の最高峰と目される通商産業省の官僚が、記者会見の席上で、意味もなく「巨人は強いね!大鵬も強いね!卵焼きはおいしいね!」などと言うわけがないのである。

実際、一般庶民は「長いものには巻かれろ」と解釈していた。巨人(あるいは王・長嶋)、そして大鵬は、全日本国民が応援すべき存在とされた。「俺は国鉄ファンだから」などということは憚られたわけである。営業マンは巨人ファンであろうがなかろうが「昨夜も巨人は快勝でしたね」と言い、対する客も野球に興味があろうがなかろうが「長嶋のホームランは痺れたね」と答えていたわけである。

昭和時代の日本企業は、個人主義とは縁遠い存在であった。社長が、世間が、右に倣えといったら右に倣う、そういう世界であった。世間が巨人といったら自分も巨人ファンを装った。世の中が大鵬贔屓ならば自分も大鵬を応援するふりをした。サラリーマン一人ひとりに、さらには主婦や子どもたちにもそういう思いが強くあったからこそ、「長いものには巻かれろ」を含意する「巨人・大鵬・卵焼き」は、多くの人の共感を得て受け入れられたのである。

当事者[編集]

もっとも、当事者が困惑した面もあった。巨人や大鵬はたしかに強かった。しかし、「全日本国民は巨人ファンであり大鵬贔屓でなければならない」というニュアンスを含むこの言葉を、当事者たちが素直に受け入れられるわけではなかった。純粋にファンでいてくれるなら嬉しいが、世間体や強迫観念からファンになってもらっても気分の良いことではないからだ。

とくに大鵬はこの言葉を嫌がった。巨人と一緒にしないでくれとでも言いたげであり、その後は巨人嫌いになったとも言われる。

巨人は大鵬とそりが合わなかっただけならばまだ分かるが、卵とも相性が悪かった。王はのちに生卵をぶつけられたことがあるし、大の卵好きとして知られる板東英二は巨人キラーとして活躍した。

派生[編集]

一方で、この言葉と対をなす派生語も生まれた。有名なのは、大人の男性から人気が高かった「大洋・柏戸・水割り」である。大洋ホエールズ川崎球場の狭さも味方につけた一発攻勢で王・長嶋を擁する巨人に打ち勝つほどで、1960年には日本一も達成した。柏戸強面でぶっきらぼうだが涙もろいという昭和の親父にありがちな一面も見せた。大鵬がもろ差しからの手堅い取り口を得意としたのに対して、柏戸は豪快な速攻を持ち味とした。そして水割りである。酒と言えば日本酒かビール、でなかったら焼酎が当たり前で、ウイスキーなど高価な洋酒は金持ちしか飲めない時代が長く続いていたが、国民生活が豊になったこの時代は、ようやく庶民も水割りくらいなら何とか飲めるようになったのである。大洋や柏戸、水割りの方が、世界経済の中で一気にのし上がる日本の高度経済成長期のイメージと合致する。そういう意味ではこの「大洋・柏戸・水割り」はよく出来たコピーだと言えるが、裏を返せば「巨人・大鵬・卵焼き」はいかにも素人的なコピーであったと言える。

また、子どもたちの嫌いなものとして「江川・ピーマン・北の湖」というものがあった。巨人・大鵬・卵焼きのパロディではあるが、子どもたちに嫌われているとレッテルを貼られてしまったほうはたまったものではない。江川・ピーマン・北の湖と3つ列挙するこの言葉自体はあまり定着しなかったが、それぞれは負のイメージが定着してしまった。江川は空白の一日のイメージを最後まで払拭できず、高校時代の活躍から期待されるほどの成果はプロでは挙げられなかった。北の湖は今なお、相撲界の薬物問題や八百長問題の負の面の象徴として見られる向きがある。ピーマンクレヨンしんちゃん野原しんのすけの最も嫌いな設定となされるなど、いまだに子どもの嫌いな食べ物の王道扱いである。当事者にしてみればまったく迷惑な話だ。

評価[編集]

こうした人気者はなぜ選ばれなかったのか?

「巨人・大鵬・卵焼き」。声に出してみると、七五調でたしかに言いやすい。しかしあまりに雑多ではあるまいか。とくに卵焼きがいただけない。巨人と大鵬はスポーツで繋がるが、卵焼きはまったく別のものである。

昭和時代の日本人は、「ミュンヘンサッポロミルウォーキー」など、語呂が良くてテーマ性もある多くの言葉を生み出した。その意味では、「巨人・大鵬・卵焼き」は随分と未完成である。これは洗練されたコピーでも標語でもなく、内輪の冗談を堺屋が口走ったという誕生の経緯の信憑性を高めていると言えよう。

また、巨人も大鵬も卵焼きもたしかに子どもたちから絶大な人気を誇ったが、他にも子どもたちから愛されたものはいくらでもある。なぜウルトラマン仮面ライダーが入らなかったのか。なぜ力道山ジャイアント馬場ではいけなかったのか、なぜハンバーグやたこさんウインナーは入らなかったのか。考えてみると興味深い。

力道山の活躍のピークは1955年から63年である。しかし59年から62年頃はややマンネリ感があった。ジャイアント馬場が本格的にスターレスラーとなったのは1966年以降である。ウルトラマンは1966年、仮面ライダーは1971年。庶民が買える安価な肉製品としてマルシンハンバーグが発売されたのは1962年。ウインナーソーセージで最も人気が高く長い日本ハムのウイニーの発売開始は1966年。振り返って、巨人は1961年に6年ぶりに日本シリーズを制覇。大鵬も同年に大関に昇進し横綱も見えてきた。1950年代までは非常に高価だった卵も、50年代末から徐々に価格が下落し、60年代に入る頃にはようやく庶民が日常で食べられる食品となった。つまり、1961年というピンポイントな時期において、もっとも人気を博したのが巨人と大鵬と卵焼きだったわけである。

昨今では、この言葉は高度経済成長期を通しての人気者を挙げた言葉として認知され、昭和ノスタルジーを呼び起こす言葉として定着している。しかし実際は1961年というある特定の年の人気者を挙げたに過ぎないわけであった。

大鵬の死去[編集]

2013年に大鵬が心室頻拍で死去した際、「あの『巨人・大鵬・卵焼き』で有名な大鵬が死去」という解説が随所でなされた。しかし、これは「1961年というある瞬間に、半人前の使えない大人に持て囃された(あるいは、世間体のために多くの庶民から表面上支持された)大鵬が死んだ」と言っていることと同義である。大鵬は、優勝32回を誇る歴史的大横綱であり、また人格者として知られ、相撲界を支えた功労者でもある。それを「あの『巨人・大鵬・卵焼き』で有名な大鵬が死去」で片付けてしまうのは甚だ失礼なことではあるまいか。

脚注[編集]

  1. ^ 厳密には1961年は王はあまり活躍できていない。
  2. ^ 堺屋はのちに「団塊の世代」などのコピーも発表している。


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