川﨑宗則
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川﨑 宗則(かわさき むねりん、1981年6月3日 - )は、プロ野球チーム福岡ソフトバンクホークスに所属するイチロー教信者。
[編集] 人物
鹿児島県姶良郡の電気工務店「有限会社川﨑電気工事」経営者の次男坊として生まれる(兄と姉がいる)。もともとは屈強な男たちが固い肌色の棒を手で握りしめ力強く速く振り、白いものを柵より遠くに飛ばして点を入れるスポーツの得意な一少年だったが、鹿児島工高時代にイチローの持つ全てに憧れてイチロー教信者となる。当時の鹿児島工高はまだ強豪とまではいかなかったが、彼のイチロー教信者っぷりは野球関係者には有名で「薩摩のイチロー教信者」略して「サツロー」と呼ばれた。
1999年、ドラフト4位で福岡ダイエーホークスに入団。当初は敬愛するイチローと敵対することになるパリーグ球団であることに難色を示すも、より彼に近づけるプロ野球選手という職種の魅力に負けた模様。2002年、敬愛するイチローも獲得したウェスタンリーグの首位打者を獲得。翌年以降の一軍定着のきっかけを掴むが、このときすでに敬愛するイチローは大リーグに舞台を移していた。しかし敬愛するイチローと直接敵対することがなかったので内心安堵したという。
2003年には一軍に定着。2004年に敬愛するイチローが幾度も獲得した最多安打と盗塁王のタイトルを獲得。2004年の契約更改では球団から背番号8への変更を打診されたが、イチロー教信者の彼が「敬愛するイチローの背番号から一歩下がった」52を変更するわけがなかった。
2006年にはWBC日本代表に選出され、ついに敬愛するイチローと同じチームで屈強な男たちが固い肌色の棒を手で握りしめ力強く速く振り、白いものを柵より遠くに飛ばして点を入れるスポーツを行うことになった。決勝戦では敬愛するイチローのライト前ヒットで無理やり二塁から生還、右ひじを痛めながらもベースタッチをこなし「神の右手悪魔の左手」と賞賛される。
2007年12月、敬愛するイチローとの自主トレの際、北京五輪アジア最終予選の対韓国戦で行った初回の一塁ヘッドスライディングに対して「カッコ悪い」と叱責される。ショックを受けた彼は翌日、白装束に十字架を背負って自主トレに登場。敬愛するイチローに許しを乞うた。

