川越市

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川越市(かわごえし)は、入間県に属する、都市のひとつである。古来より日本人に似た土着の民が暮らしており、これら川越人と呼ばれる民は小中華思想に似た小江戸思想(こえどしそう)に取り憑かれている。

概要[編集]

地名の由来は川に囲まれているので、川を越えないと行けない所、という説明がされる事が多いが、これはウソチクである。古代の英雄、河越太郎に由来するというのが本当らしい(ところがその当の河越氏も元は秩父の山猿もとい豪族で、川越へきて『川越えたところに住むか』ってことで名乗り始めたという説もある)。

この地の住民は、江戸っぽさを失った東京はもはや江戸の後継とは言えず、真に江戸を継承すべきは小江戸たる川越であり、江戸を名乗ってよいのは唯一川越の地のみである、とする小江戸思想を強く信じている。中には東京湾を川越まで拡張して、「江戸前」を「小江戸前」に変えようとまでする原理主義者も少数存在するが、大半の人は商売のキャッチに使ったり、時々思い出したりするのがせいぜいである。ちなみに、古来の東京湾の北限は川越あたりにまできていたようだ。


彩の国内の各都市との関係[編集]

廃藩置県後に川越県庁→入間県庁(現在の埼玉県の7割を占める)を置いてもらったが、弱小の旧埼玉県と一緒になった時、文化も何もない糞田舎の浦和に全部かっさらわれて以来熊谷市・岩槻・行田市と組んで蛇蝎の如く浦和を敵視している。

何事もトップでなければならない孤高の川越原理主義者の気位の高さは関東有数で、埼玉では宗教都市である大宮以外を全て見下げている。大宮のことも腹のうちでは『なり上がり』程度に思っているものが大半である。事実、それらの都市を差し置いて埼玉県で一番最初に市制を敷いた。

衆院小選挙区はふじみ野市富士見市とかぶっているが、どうみても候補者は川越にしかいません。本当にありがとうございました。

共産主義のメッカである上福岡(現・ふじみ野市)やゴーストタウン化し始めている富士見・三芳町とは波長が合わなそうでそうでもない。

というか、川越街道沿線・新河岸川流域の市町村(練馬市板橋市含む)がすべからず川越に反抗的ではないのは不思議なものだ。


東武東上線沿い下り、とりわけ坂戸市鶴ヶ島市川島町は非常によい川越の下僕である。

住民は知らないらしいが、坂戸と川島は何度か川越に合併の申し入れをしては門前払いを受けている。川島町のページには『川越と冷戦下にある』と書かれているが、これは門前払いを受けていることを町民に悟られないための涙ぐましい努力であろう。

人口30万人以上だと中核市(通常は県の行う業務の一部が市へと委譲される。100万人以上でなれる政令指定都市の下位互換と思っていい)になれるのだが、川越市は既に35万人ほどいて中核市に指定されている。川越からすれば「政令指定都市になれるのなら兎も角、わざわざ他のしょぼい所と合併とかする意味ねえじゃん(笑)」状態なのである。

同様に東武越生線沿線の毛呂山町越生町もまた川越信者で、坂戸ともどもナンバープレートまで『川越』にしたが、川越原理主義者曰く『山梨の飛び地が川越を名乗るなど笑止』だそうだ。

狭山市日高市とは市街地が繋がっていることもあり、非常に仲がいい。つーか基本、空気。市内に川越信者以外に所左派信者が潜入しているけしからん一面がある。

飯能市東松山市入間市上尾市まるひろ(後述)つながり。川越に盾突いた日にゃ、ただちに検閲により削除

所左派市は、何かにつけて川越に無駄な対抗しているトトロの里北部。プロ市民の巣。ひとが住める地域は所沢駅周辺だけで、川越原理主義者たちは指をさして笑っているが、寺山や鯨井や上戸あたりを見るとあまり人のことを言えない気がする。

さいたま市は旧4市で認識が違う。

大宮市はさすがに川越原理主義者でも川越と並んで埼玉の二天王として認めるのに吝かではない。ぶっちゃけ都内の人に『どこ住んでるの?』って言われて、すぐ名前も場所も分かってもらえるのが大宮か川越くらいだし。小生意気な浦和を叩き潰す野望の前では大宮との同盟も辞さない、つうのが川越原理主義者。敵の敵は味方って言うしね。産業も何もない「浦和の金蔓」にされてる大宮を見ると涙を禁じ得ない。

与野市は……(苦笑)

浦和市は、川越から県庁を奪い去った根っからのなり上がり。相川家の世襲王朝で、日本屈指のプロ市民の聖地。川越からは甚だ不便である。つーか浦和に県庁があって便利に思ってるのは浦和市民だけだろうが。中核駅である浦和駅は複雑すぎてもはやダンジョンだし……。

岩槻市は川越の兄弟。こっちは親藩、あっちは譜代。お城的な意味で随分仲はいい。でも大宮の向こうは遠すぎるよ……パトラッシュ……。

秩父市は河越氏のルーツで親近感はあるが、なにぶん「埼玉のチベぴー」……。

熊谷市は旧県庁奪還同盟の同盟都市である。北の八木橋・南のまるひろという埼玉の誇る二大百貨店の本拠地同士としても有名だ。たまに新幹線が羨ましくなるが、1時間に2本残して全部通過を見て思わず涙が出てしまう。実は熊谷県時代に県庁を奪われた相手でもあるがそんなことは誰も気にしない。そして熊谷県はなかったことにされている。

つーか京浜東北線より向こう側って何があるの?人が住んでるの?という感覚であり、交流はない春日部市草加市以下略などと言われても同じ県内という感覚はさらさらなく、 もはや県外の観光地と同じ感覚で関心なく語られる。

前橋市は今でこそ群馬県の県庁所在地であるが、江戸時代は100年間も川越藩の領地で川越藩の代官が治めていた植民都市である。前橋に通じる関越自動車道をお年寄りは「藩道」といい、川越ナンバーで前橋市内を走ると原住民がグンマー語で挨拶して迎えてくれる。


総括すると、よくある「プライドだけは高いけど友達がいない」タイプである。

主な名所[編集]

商店街[編集]

川越駅東口に近い商店街。昔はサンロードと新富町通りという二つの商店街の集合体だったが、近年変形合体し、クレアモールという名称になった。1990年代まではゲームセンターが数多く存在したが、2000年代に入りアーケードゲーム市場の冷え込みとともにその数を減らしている。

中程にクレアパークなる小癪な名称の公園があるが、ここは元々銭湯で周辺住民の憩いの場所であったが、土地をお上に召し上げられ、程なくして公園となってしまった。公園内に噴水が設置してあるので、今でも無料の銭湯として利用する者が存在する。なお、最近この公園の前にてよく分からない本を暇そうな学生相手に押し付けるという非情に凶悪な事件が発生している。大半が道端に捨てられている。目標は馬のぬいぐるみ。近くには眼鏡店(シネイドウ)、閉店詐欺店舗がある。

名目上は埼玉で1番の賑わいを見せる商店街ということになっているが、その実は単に道幅が3hyde(約5メートル)と狭いため、人が多く見えるだけである。

……と思っていたら、いつの間にかどこかのランキングによると関東でも1位2位を争う集客力を持つ商店街らしい。(この場合の『商店街』は純粋な商店街(○○商店街、○○銀座etc)としてであり、アメ横みたいな場所や各寺社の仲見世通り(浅草etc)は除く)

過疎りまくってシャッター通りと化した商店街の関係者達がこぞって日本全国から視察に来ているとか。

市内に高校が多いため、平日休日問わずに学生がやたら多いのも特徴。川越のクレアモールで遊ぶか、電車で池袋に出るかしか遊び場の選択肢がないとも言う。特にクレアモールに何かがあるわけでもないが、何となく休日になると友人ときたくなる魔力を持つ。基本的に結局何もせずに帰る。

まるひろ[編集]

川越市を統率する影の総統[不要出典]。まるひろ様に逆らったり大百貨店が川越に進出しようとすると、川越市内でのみ有効のスペシャルパワーによって粛清される。三越百貨店がまるひろ様に歯向かったがゆえに、見せしめに雑居ビルの一角に封印されてしまった事件は有名である。

この様に、まるひろ様に楯突いた名門百貨店&専門店には三越だろうがマルイだろうが容赦が無い。その為か、百貨店&専門店ビジネスも展開している当地の鉄道事業者(JR東武西武)は空気を読んで自前の百貨店を立地していない。

『まるひろ様に逆らえば』という恐怖政治をしきつつも、クレアモールの繁栄はまるひろ様のスペシャルパワーのおかげなので、市民に不満を述べるものはいない。まあ、不満を述べれば死だし。

川越高校[編集]

埼玉県立川越高等学校男子校で、通称川高(かわたか)。川越近辺の市町村から優秀な受験奴隷が集まって来る名門進学校である。最近はノーベル症に罹患している。

文化祭の規模が大きく、またウホッターボーイズのもとになった男子シンクロでも有名。一時期川越高校を共学にしようという提案があった時、生徒の側から反対運動が起こった。理由はお察し下さい

川高の女子版の川越女子高校との交流はあったりなかったりするが、川高が{{{1}}}なのと同程度に川越女子高校の方も{{{1}}}なので、ややこしい関係となっている。

近年、同市にある市立の川越商業高等学校(通称川商、かわしょう)が市立川越高等学校に改名された。単に「川越高校」と呼ぶと県立川越高校とややこしいので、市立の方は「市立川越」と呼ばれる。しかし、「川越高校と名乗れるのは我々だけである!」という信念をもった「県立川越高校」と「市立川越高校」とのOBをも巻き込んだ、激しい戦いが連日繰り広げられている。

実は、その昔存在した「川越高校入間川分校」などいくつかの分校には女子の生徒もいたのだが、すっかり「なかったこと」にされている。

マグマ[編集]

川越一のゲームセンター。あの河越太郎もバトルガレッガをプレイしに足繁く通い、「鳥! 鳥め!!」「勲章!!くんしょっアッー!!!」などと叫んでいたという言い伝えが残されている。

モナコ[編集]

かつては「タコペル」といわれ、ゲームとたこ焼きを一度に楽しめる(そのかわりレバーやボタンがたこ焼きソースでべたべたで、高いグリップ力を誇っていた)ことや、大型機も1プレイ50円というリーズナブルな設定だったことから、地元の小学生の溜まり場であった。しかし今は、浦安鼠のぬいぐるみばかりが目立つありふれたゲームセンターとなってしまった。かつて河越太郎が幼少のみぎり、口の周りをソースまみれにしながらXXミッションを遊んでいたのは遠き昔の話である。

藤沢会館[編集]

現在はパチンコ屋のみになってしまった藤沢会館だが、かつては半分のスペースはタイトー系のゲームコーナーであった。今はなき地球会館(通称テラ)同様、マニアックなシューティングゲームが多く、河越太郎がサイバリオンに覚醒したのも地球会館と藤沢会館であった。

ソフマップ[編集]

ソフマップが出来るまでは川越人はエロゲーやパソコンの部品を秋葉原まで買いにいかねばならず、人々は不便を強いられていた。しかし、数年前に川越にソフマップが建立されてからはわざわざ首都まで出かける者も減り、元々引きこもり体質かつものぐさだった川越土着の民族は、ますます川越の中に引きこもってしまった。おかげで東武東上線は収益にかなりの打撃を受けたと言われる。なお、埼京線はもともと置換(高貴な身分の者がその地位を平民以下の最下層のそれへと置き換える行為)のマッカとして知られている事や、わざわざ無人駅の西川越駅まで乗り過ごし、まんまと無賃乗車をする不届きものが減少した事などを理由として、さしたる打撃は受けていない模様である。

ガンジャラーメン[編集]

本川越駅にほど近い場所にあるラーメン屋。味はそんな美味しくはないっていうかむしろマズい部類に入るが、食後に大麻草をサービスしてくれるので、これを目当てに多くの大麻愛好家が通いつめているといわれる。飯時前から店の前には長蛇の行列がでるほどの繁盛っぷりで、交番のすぐ近くなのに摘発される事も無く、むしろ警察関係者も大麻目当てに来店するほどである。ラスタカラーの暖簾をくぐるとレゲエが流れる店内で客達が大麻を吸ったりラーメンをすすったりしている光景は一種独特の物があり、さながら和製コーヒーショップとでもいうべき雰囲気を醸し出している。

やきとり ひびき[編集]

東松山名物のやきとりを売る店。しかしやきとりを名乗りながら焼いているのは豚肉で、東松山名物を名乗っておきながら本社は川越にあるという、二重の意味で偽装している焼鳥店。それゆえか店はクレアモールではなく、一本奥の寂れた裏通りに店を出している。

蔵造りの町並み[編集]

川越の家屋はその約90%弱が土蔵のような構造をしている。これは初めからそうだった訳ではなく、江戸時代に大規模な火災があったとき、普通の家屋は全焼し、そこで暮らしていた普通の人々も全員焼死してしまったが、土蔵だけは焼けずに残り、土蔵の中でエロゲーをやったり漫画を読んだりして世捨て人同然の生活をしていた引きこもり体質の人々のみが生き残り、結果火事の後に生き残った人々が蔵っぽい建物しか建設しなくなってしまった、という経緯があっての事である。このような歴史的な理由もあり、川越の一部の地域では建物を蔵っぽくするとお上から補助金がもらえる。 80年代になると川越一番街はサンロード商店街に客を奪われすっかり寂れてしまったが、現代にふさわしいイベントを開催することで一番街を盛り上げようということから川越一番街を屈指の自動車道とし、バス、自家用車、DQN車、人力車vs観光客のエクストリームスポーツを呼び物したところいろんな意味で大当たり。現在では年間約700万人もの人が観光に訪れるようになった。


トキの鐘[編集]

トキの鐘は、川越のシンボル的扱いを受ける事も多い。周りの建物より一回り高く、周囲を見下ろすような塔状の建物で、最上階に鐘が取り付けてある。現在では決まった時刻になると鐘が鳴る為、時の鐘と表記される事が多い。しかし、もともとはこの土地を持っていた店の若旦那が、自分の趣味に没頭する為に引きこもる為の建築物であったらしい。取り付けられている鐘は若旦那に食事やおやつの時間を知らせるための物であったという。若旦那は漫画マニアかつ鳥マニアだったので、「トキ」は北斗の拳の登場人物からとったという説と、鳥類のトキからとったという説があるが、お隣の鶴ヶ島市に松ジャギがいるため、その侵攻を食い止める守護神という意味でも北斗神拳のトキである可能性が高い。

喜多院[編集]

川越市街地から見て鬼門の方角に位置する寺院。現在は解呪や復活はやっていないようである。地中深くに河越太郎によって封印された邪悪なドラゴンが深き眠りについている。

徳川家康の影の腹心として知られる天海が家康に呼び出されるまでいた寺で、中二度もなかなかに高い。

ドラゴン
喜多院の地下には広大なダンジョン(地下迷宮)が広がっている。
大昔、このダンジョンを観光地化しようとする試みがあり、ダンジョン内のモンスター狩りが行われた。その際、妖怪やミュータント等の貴重な固有種なども乱獲されてしまった。そして、そのせいでダンジョン内の生態系のバランスが崩れ、最深部にいたドラゴンが獲物を求めて地上まで出て来てしまったのである。愚かなり人間。高い知能と鋼より固い鱗を持ち、古代魔法や岩をも溶かす灼熱のブレスを操るドラゴンに人間どもは歯向かうすべを持たなかった。
しかし、聖剣エクスカワバーを持った河越太郎なる一人の男が、なんだかんだあってダンジョン内にドラゴンをおびき寄せ、どうにかこうにかドラゴンを眠らせる事に成功した。その際、聖剣をどのように使ったのかは記録には残されていない。そしてドラゴンは今もダンジョンの最深部で深い眠りについているのである。
なお、ダンジョン探索の際は現地のガイドと一緒に行動しないと二度と脱出する事が出来なくなる可能性が高いので注意が必要である。
どろぼう橋
境内の一角にかかっている、変わった名前の橋。その昔、地域振興の為に、有名な絵師に依頼して橋に萌えキャラを書いてもらった所、一晩で橋が忽然と消え去るという不可思議な怪異が起きた。絵があまりに上手かったので橋が命を持ったのだとか、天狗の仕業じゃ、天狗が盗んだんじゃとか、様々な噂が流れ、誰呼ぶとなくどろぼう橋という名で呼ばれるようになったそうな。現在は味も素っ気も無いコンクリート製だが、当時は木製だったらしい。
五百羅漢
敷地内には五百羅漢と呼ばれる無数の石像があり、笑ったり、泣いたり、座禅を組んだり、内緒話をしたり、うたた寝をしたり、寝っ転がったり、鼻くそをほじくったり、筋トレをしたり、エロゲーをプレイしたり、フルスクラッチでフィギュアを制作したり、パンツをかぶって変態仮面の真似事をしたりと、あたかも生きているかのごとく生活感あふれる姿の石像群である。それもそのはず、これらは元々は生身の人間で、喜多院で修行をしていた羅漢(阿羅漢)たちが、邪悪なドラゴンの石化魔法によって石にされてしまった姿なのである。封印されたドラゴンの魔力は衰えておらず、羅漢の総数を数えると、その人自らも石化してしまうため、大変危険であるが、石化覚悟で羅漢の数を数える行為がエクストリームスポーツとしてローカルな流行となった為、石像の数は徐々に数を増やし、現在は533〜538体(正確な数は危険なので判らない)にまで増えている模様である。

三芳野神社[編集]

昭和生まれなら誰でも知っている童歌通りゃんせ発祥の地とされる。しかし現在盲目者用信号機のサウンドをピヨピヨカッコーに変更せんとする勢力の台頭より、通りゃんせそのものの知名度が危うくなっている。

昔は神社に参拝するためには川越城の敷地の中を通らないといけなく、「行きはよいよい、帰りは(城の人が)怖い」という説による。

伊佐沼[編集]

沼の底には伊佐沼の淑女と呼ばれるおばさんが住んでいるらしい。夏は花火大会が開催されるため、おばさん帰省するらしい。河童が出るとの噂もあるが定かではない。伊佐沼のほとりには冒険の森と呼ばれる騎士の修練場がある。

川越城[編集]

地元では本丸御殿とも呼ばれている。そのため城と銘打ってはいる物の、平屋建てなので城というよりもお屋敷といった風情である。なんでも、天守閣は燃やされてしまったそうなんだとか。城周辺の道路が曲がりくねっているのは、敵の軍勢に攻め込まれにくくするための太田道灌のアイデアである。太田道灌の術中にはまり、交通事故を起こす自動車自動二輪が後を絶たない。

ロヂャース[編集]

よくロジャースと間違われる。「シ」じゃない。もともとこの建物はボーリング場だった。あ、「ボーリング」じゃなくて「ボウリング」じゃねぇかよゴルァ!過去にはかの連続殺人犯、宮崎勉も来店し、買い物をしたと言われる由緒正しいディスカウントストア。ゴミの日にはロヂャースの買い物袋でゴミを出す人も多いので、川越ではメヂャーな存在である。なぜか本社は東京都にある。

アニメイト[編集]

古い・狭い。アニメイト行った事無い人から見れば、ただのレンタルビデオ屋にしか見えない。
アクセスは、川越駅近くのクレアモールを抜けなければ着かない(駅から250hyde(約400m)くらい続いています)。
本川越駅からだと割と近いが、乗り換えなんでする気が起きないの若者が多いのでシェアが狭い。
商品は、フロアスペースは50歩100歩な池袋に気兼ねしたのかは知らんが、お世辞でも多いとは言えない。
ちなみに、アニメ・涼宮ハルヒの憂鬱のストラップは3ヶ月以上みくるver.しか売っていない。
でも、一応ビル丸ごとアニメイトなのはここ以外に池袋と秋葉原、旧・さくら屋の店舗を転用して開設された新宿にしかない。
ところが、2015年6月にまさかの川越モディ4階に移転。また、同階にらしんばんもできた。店内は広く綺麗になったが、ビル丸ごとアニメイトではなくなってしまった。川越駅から徒歩3分。
元々、本拠地の池袋へのアクセスの良さから設置されたアニメイトの倉庫だったのだが、アニメグッズがたくさん置かれているところに目をつけた子供たちが群がったため、倉庫の管理人が勝手に店を始めたのが開業のきっかけだとか。

さつまいも[編集]

川越市民は小学生になると、必ずサツマイモ掘りの授業(勤労奉仕)&さつまいも博物館(ほとんどただの一軒家)の社会化見学が義務付けられているぐらいの異常なさつまいも押しがされている。ちなみに掘ったサツマイモは学校のバザーで販売され、小学生は売りに出せないようなサツマイモしか食べれない。 かつて平賀源内が「クリよりうまい13里半」というキャッチコピーを考え、土用の丑の日にはサツマイモを食べる習慣が根付いた。 なお、現在では尺貫法の観点から「35.343キロよりうまい53.01キロ」と言い直さなくてはならないためたいへん覚えにくく、それによるサツマイモの衰退が市議会で取り上げられるほどの問題となっていない。

川越の有名人[編集]

河越 太郎[編集]

なんか伝説上の偉い人。聖剣エクスカワバーを携えて、川越を統一したり、邪悪なドラゴンを封印したりした人らしい。趣味はゲーム(エロゲ含む)と美少女フィギュア収集だったと言われる。

エクスカワバー
河越太郎が伊佐沼の淑女からもらった聖剣で、これにまつわる様々な言い伝えがある。剣だけでなくその鞘にも不思議な力があるとされる。実は二本あったとする説もあるが、一本目はカワバーンだかカワラバンだかという剣で、河越太郎がお母さんに怒られた時ムシャクシャして部屋の中で振り回すという騎士道にもとる行為を行った為折れてしまい、伊佐沼の淑女に鍛え直してもらったのがこの剣であるとする説もある。名前の響きがカウパーに似ているがこの剣がカウパー氏腺液の語源となった訳ではない。カウパーはお医者さんの名前である。
装備するとMPが現在値の0.05%ほど上昇する他、銀のエンゼルが当たりやすくなるなど様々な特殊効果がある。

太田道灌[編集]

室町時代武将。川越以外にも、旧武蔵国に拠点を張り巡らし、小江戸城のみならず、江戸城をも築城した。ただし時代は室町時代の話なので、徳川家が建てた江戸城とは何ら関係はない。 川越市役所前には大田道灌の像があるが、さいたま市の侵攻など非常事態が発生した際は銅像下のネームプレートを強く押すと自慢の弓矢で敵を撃つ。しかし用もないのにみだりに押すと五百羅漢にフルボッコにされるので注意されたい なお、市役所前の銅像の向きが台座のネームプレートと一致しているときは平時であるが、銅像がネームプレートに対して左側(旧浦和市側)を向いた場合は非常事態宣言であり、市民はさいたま市からの攻撃に備えるよう、防災無線等で告知される。

春日局[編集]

春日郵便局ではない。徳川家光の乳母。江戸城の大奥という、殿様にしてみれば性欲発散を阻害するに過ぎない整備をした人。NHK大河ドラマにも取り上げられた人なのでそれなりに知名度は高いが、未だにそれで食いつなごうとしている川越市観光課小江戸川越観光協会の必死さったら目も当てられない。

柳沢吉保[編集]

徳川綱吉の時代に老中だった人。所左派市三芳町にある三富新田の開発について高い評価がある一方、生類憐みの令に対しては特に異論せず、そのくせ忠臣蔵に出てくる赤穂浪士四十七士に切腹をさせるよう綱吉に働きかけた悪人説が根強い。

南光坊天海[編集]

明智光秀と同一人物だったのかも知れないし、春日局と関係があるのかとかいろいろな噂が絶えない人。結局の所は空気

…ちなみに、「甘藷先生」の愛称で知られ、甘藷(サツマイモ)の普及に尽力した青木昆陽は、意外にも川越とは全く関係がない。

高橋邦子[編集]

俗に”川越が生んだ鬼才”と呼ばれ、1998年に処女作「Meaningless」を発表してから現在に至るまで、常人には理解しがたいRPGやサウンドノベル、シューティングゲ ーム、そしてアクションゲームを作っている。代表作品の「エッチな夏休み」はニコニコ動画でミリオン再生を達成している。また彼女の功績を称え、彼女が作成したキャラクターの多くが川越市民権を得ており、その中でもガミジンやエミリーなどは川越市の顔としてさいたま国内・国外に向けて川越市の情報を発信するキャラクターとしても大活躍している。また、彼女が作成した川越音頭は川越市の市歌となっている。もはや川越は彼女の手中に落ちたといっても過言ではない。詳しくは、高橋邦子を参照。

川越総本部毘沙門天の玉井さん[編集]

玉井さんとは、川越総本部毘沙門天の頭(ヘッド)にしてパクられている先輩の為に頑張っている埼玉最強の男である。

主な行事[編集]

川越祭り[編集]

毎年10月に行われる祭りで、ただでさえ狭い川越の道を他人の迷惑も顧みず山車を引き回す行事である(道路交通法違反)。山車にはギターフリークスドラムマニアが設置され、コスプレをした市民が狂ったようにプレイをする。だが、不思議と死者の出ることがない。それは、河越太郎のエクスカワパーの力によって、山車から半径0・1cmからは人間が近づかないようにしているからである。

山車は全部で29台あるが、16台以上同時に市内に配置すると極端に処理落ちしてしまうので(2012年は怒涛の29台同時展開して言うまでもなく処理落ち)、通常は14〜16台がエントリーされる。ただし、川越音頭はプレイ出来ない。アレは人間が演奏するには高難易度過ぎるため、演奏技術が進歩するまで100年は待つ必要がある。

狭い川越の街中で山車同志が当然すれ違えるわけもなく、鉢合わせた場合はどちらかが後退して道を譲らねばならない。その勝負はDDRで行い、壮絶なダンスバトルが繰り広げられる。

この祭りのおかげで川越市の業務は停止し都市機能は麻痺状態になるが、川越市民はこの祭りのために生きてきたので特に問題としていない。救急車も当日は運休となるので、病に付してもそこは自己責任との認識が市から出されている。

なお、川越祭りの由来は「何で川越ほどのすばらしい町に祭りがないんだよ。とりあえずでっち上げるか」という、実にくだらない理由で360年前に始まっている。

百万灯祭り[編集]

Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]