川藤幸三

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川藤幸三(カワトラ)
阪神の現役選手の写真集を見て目を細めるカワトラ

川藤幸三本名:開田幸三, 1949年7月5日 - )は解雇を促した阪神球団に猫かぶりし「金は要らんさかい阪神の選手をやらせて。」といい代打だけで19年間現役で居座り続けた阪神の黒幕。仲間内ではカワ(さん)、難波流通称は球界の春団治や野次将軍が有名だが、他に阪神タイガースの中のタイガーのふりする猫さん、または単にカワトラとも言われる。カワトラの由来の諸説に関しては後述する。後年には老けたアーノルド坊やとも呼ばれるようになる。86年退団後はタイガースの生けるマスコット的存在になり阪神OBの人気においては岡田彰布真弓明信掛布雅之を凌ぎランディ・バースと競いあう。現在、阪神OB会会長にして土建屋親分。

履歴[編集]

実は北陸福井県人[編集]

近畿以外の多くの人々は彼が関西の出身だと思われてるが実は福井県の出身である。誤認される理由が彼の出身地である福井県の若狭地区の言葉が北陸方言でなく近畿方言に入るためである。最もご当地の阪神をはじめとする近畿の人達は「川藤の言葉はちょっとワテラ関西人の言葉と違う。」と気づいていたらしい。

野球との出会い[編集]

野球を始めるきっかけとなったのはラグビーのドラマであるスクールウォーズのモデルの先生からの呼びかけだそうだが、ラグビーではなく野球に入れた理由が川藤のあまりにも破天荒ぶりな性格ゆえに自分と同じラグビーの道に進ませる気になれず、当時野放図で腕っ節の人間の溜り場だった野球部に放置したと言うのが真相らしい。

カワトラはそんなバンカラな世界でメキメキと力を発揮し瞬く間に投手兼遊撃手の番長になり、甲子園にも出場しプロ野球のスカウトの目に止まるが破天荒な素行に多くの球団スカウトが引いてしまう。唯一阪神球団が「チーム名のタイガー(虎)のような高校生で将来ええ選手に化けるとちゃうか?」とお情けをかけ9位で何とかめでたく(?)阪神タイガースに入団することができた。

現役時代[編集]

現役時代のカワトラ

入団当初は投手として期待されていたが殆どの阪神ファンが気づかないうちに外野手に転向、強肩かつ俊足の遊撃手として二軍のウエスタンリーグで活躍し1969年に盗塁王を獲得し一軍にあがり、「さあスタメン入りか」と期待された矢先、アキレス腱断裂など様々な怪我を頻発し一度もレギュラー取りできず球団からの解雇宣告もしばしば行なわれたが、カワトラは年俸を削ってタイガースに居座り続けた。この事で前述の球界の春団治の渾名を轟かせ上岡竜太郎ら関西の著名人の感銘を受け、その義援を渡そうとするもカワトラはそれを断り更に感銘を受けるようになるが、これは他ならぬ教職をする妻と建設業を営む妻の父の援助があったからこそできたにほかならない!!

世間には虎のように振舞うカワトラも妻と妻の両親の前では借りてきた猫のように変身するとの事。事実、選手引退直後、自宅に戻った彼は妻の元に正座し三つ指ついて「19年間好き放題させて頂きましてありがとうございました。」と言ったとか。後輩選手にはもちろん上役の監督ですら虎として噛み付いてきた彼には想像をしえないエピソードである。しかし実際に彼が家庭に落ち着き始めるのはコーチ職を辞める92年まで待たされる事になる。

現役引退後[編集]

86年に引退し暫くは野球解説を努めるも、その解説が解説になっていないことや彼の引退後、掛布やバースが球団と摩擦を起こして去り、再び暗黒時代に突入した事から90年に再度阪神球団からお呼びがかかり外野守備コーチに招聘される。しかし、代打専門だったことから外野守備コーチ職に疑問がもたれた。

阪神球団はカワトラを翌年総合コーチに昇格させたもののすでに河野旭輝チーフコーチがいたため、総合コーチとは名ばかりで実質上チームのヤジコーチとなり、選手に積極的に野次らせるだけの役割となった。カワトラの扱いすらまともにできなかった阪神球団は案の定90年、91年と連続最下位となり、当時の監督だった同い年の中村勝広とも喧嘩し辞任すると家庭サービスに専念しはじめ結婚20年目を目前にして待望の双子の娘を儲ける。因みにNHKはその頃に三倉双子姉妹(マナカナ)が有名になるきっかけとなった連続テレビ小説「ふたりっ子」が放映されるがその企画のきっかけはカワトラが双子の娘を授かった事に単を発するという噂がある。

解説者には他球団首脳陣から情報を集められる人脈が求められるが、阪神一筋しかも控えだったカワトラはそこが弱点だった。特に交流戦が始まると、パ・リーグと縁もゆかりもないカワトラはどうするのかと思ったら、西武に行ったチャラオや、日ハムに行った坪井などを試合前に捕まえて情報収集するようになり、彼らに期待の若手を紹介させるようになった。そして解説の際には、「チャラオは頑張っとる!」「チャラオに聞いたがこいつはすごい!」などと紹介し、その度に若手もテレビに映してもらえるので、どんどんカワトラの周りに各球団の若手が集まるようになった。2017年時点では、12球団の全選手がカワトラに挨拶するようになった。元監督なのに阪神の選手からも気づかれない安藤統男とはえらい違いである。

都市伝説及び噂[編集]

実は3つの姓を持つ男[編集]

カワトラの事を川藤と言うが実は彼は開田夫人と結婚して婿養子になった時から「川藤」ではなかった。ではその時に「開田幸三」になったのかというと実は違う。結婚当初は彼の母方の実家の武田家の養子に入るという約束から結婚して「川藤幸三」から「武田幸三」になり、更に「開田幸三」になったのは岳父の死の一年前の2003年になってからだと2011年に発売された「代打人生論」で打ち明けている。

カワトラの由来[編集]

  1. 上ッ皮だけの虎のニャン子
  2. 可愛げのあるチャーミングな虎

さてどちらでしょう?

野球解説の噂[編集]

代打だけで19年も現役が続けられただけでも奇跡に近かったが、更に驚かされるのは解説になってない解説であるにも拘らず日テレ系の野球解説を19年やり続け現在もクビになっていない事である。アナウンサーの問いかけに「ゴチャゴチャ言わず見ましょうよ。」とか「ワシはわかりまへん。」とか「気持ちの問題」とかその解説は大よそ技術論と程遠い。

とある巨人阪神戦で掛布との解説で序盤阪神リードの時はカワトラの口も軽やかだったが中盤巨人が逆転してから無口になり、更に傷口が広がって大量得点差となり阪神の負けがほぼ決まりかけると機嫌が悪くなり、実況アナが川藤にふると「もう知らん。ワシャ何も喋らん」と言い掛布をはじめとする周囲が苦笑していた。

これほどのレベルの解説なのにクビにならないのは日テレの巨人側の解説者が巨人びいきの激しい徳光和夫で徳光と釣り合いの取れる解説者がカワトラしかいないからだと言う事が専らの噂になっている。しかし現役さながらの阪神タイガース狂猛虎魂は多くの阪神ファンから絶大の支持と人気を得てるのも確かである。

40代まで童貞疑惑[編集]

カワトラがコーチ引退後の40代半ばにようやく双子の娘の父親になった事は前述したが、実はその時まで夫人との夫婦生活は一切なくゲイだったのではないかという噂もある。

その根拠として、川藤の男臭い風貌と常に全力を信条としたプレースタイルで、男性ファンが多かった反面、女性はそれ以上モテてもいいはずなのに女性の噂が皆無であった点が挙げられる。

また、荒く激しい言動で監督によく噛み付いたにも拘らず、阪神の先輩からは可愛がれ、後輩からは慕われるわで犬猿の仲の間柄が皆無であるという稀有の存在である事も根拠の1つである。例えば、中村勝広とはぶつかったものの後に土建屋親分になり、老いた功労者を非情に徹して強制リストラした時に中村の気持ちを理解したのか後に和解している。

写真なども女性との写真よりも男性との写真との方が圧倒的に多い事、そして給料は全額夫人に渡し遊び金は麻雀やパチンコで稼いだと「代打人生論」の最終章で語っていたが男の遊びではそれだけでは足りない点を考慮すれば、やはりその道でチームメイトと遊んでいたのではないかと疑惑が残る。

大酒飲みのヘビースモーカーにして大食漢伝説[編集]

札幌遠征時にススキノで散々飲み食いをした挙句に更に大盛りの札幌ラーメンを平らげるという、ギャル曽根に劣らない巨大な胃袋の持ち主であるのは有名だが、実は大酒飲みのヘビースモーカーと言う点では総理大臣の野田佳彦の好敵手である事は意外と知られていない。また野球に関しても野田佳彦が千葉県船橋市の出身で千葉ロッテマリーンズの熱狂的なマリサポである事から、応援合戦においても稚拙な発言や解説などをみても野田佳彦は徳光和夫と並ぶ川藤と釣り合いの取れた相手だと言える。

ランディ・バースとの因縁の噂[編集]

ランディ・バースに将棋を教えチームに溶け込ませたのがカワトラで86年の引退試合でバースが自分の守るファーストを譲るつもりでいた事は有名だが、現在もバースはカワトラに感謝しており阪神タイガースOBのライオンさんとタイガーのふりする猫さんは家族ぐるみの付き合いをしていると言われている。バースは88年の帰国後、ザックとステイシーの母親と別れ再婚し、その後添えとの間に娘を儲けるが、その娘がカワトラの双子の娘と同年代であり父親同士よりも親しいと言う噂がある。 1985年の札幌遠征の際、カワトラはバースを飲みに連れて行った。スランプだったバースは首脳陣やチームメートに対する不満をカワトラに訴えたのだが、英語の分からないカワトラはとりあえずバースにお姉ちゃんをあてがってみた。するとバースは復調して三冠王をとってしまったという。

再就職?[編集]

2000年代初頭に、どういうわけか某女優と酒類のCMに出たのだが、CM中に川藤はこともあろうに「日通の川藤」と言いながら踊りだした。「川藤は球界を追われて日通に再就職したのか?」という問い合わせが後を絶たず、それが遠因で該当商品は廃版となった模様である。その反省を生かして現在では、「菅直人、アウト!」という地元CM出演のみに留まっている。

関連項目[編集]


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