川崎フロンターレ

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「1位じゃなきゃダメなんですか? 2位ではダメなんですか?」
川崎フロンターレ について、蓮舫
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川崎フロンターレ(かわさき - )とは、神奈川県川崎市を本拠地とするプロサッカークラブ。応援団は川崎華族である(自称)。愛称はkwskイルカなど。チームカラーは「ゴミ収集車ブルー」。

概要[編集]

簡単に言うと「残念」である。が、実はリーグを面白い展開にするために頑張っている・・・・のかもしれない。

具体的に言うと、とにかくここ一番の勝負に弱い。強豪扱いされているのになぜかリーグ戦であろうとカップ戦であろうと優勝できない。いつも二位とかそんなもんである。そのため優勝争いでは「シルバーコレクター」の呼称で親しまれている。残念。

どうやら勝たせたくない「何か」が働いている模様。一説には中位王に敬意を払っていないためとされるが、実はそれ以前から残念病である。

高火力高機動力を備えているが、装甲が残念。元日本代表DFや、代表GKを擁しているのに残念なことである。

フッキが復帰し、念願のタイトル獲得は間違いないであろうと思われた年はわずか2試合で東京ヴェルディに復帰して残念。 今シーズンは、稲本や小宮山といった大型補強を行って優勝候補の一角とされていたものの、主力の相次ぐ負傷や、ワールドカップ後に鄭大世と川島が海外へ移籍し、シーズンを通してベストメンバーが揃うことはなくなった。

kwskはあっちを参照。

童貞の歴史[編集]

1997年(JFL)
勝ち点差1で3位となり昇格を逃す。準加盟の時点で既に勝負弱かったらしい。残念。
1998年(JFL)
J1参入決定戦でアビスパ福岡に敗れJ2からのスタートとなる。残念。
1999年(J2)
J2優勝、素人童貞に進化した。
2000年(J1)
入れ替え戦以降では初の1年での降格となるも腹いせにセレッソ大阪の優勝を阻止、元祖ドリームクラッシャーの誕生であった。
しっかりナビスコカップでは準優勝。
2001年(J2)
昇格失敗の腹いせに山形の昇格を阻止。
2002年(J2)
昇格失敗。残念。
2003年(J2)
また勝ち点差1で3位となり昇格を逃す。残念。
2004年(J2)
勝ち点100、得点100を達成し2度目のJ2優勝。
2005年(J1)
賞金圏の7位に勝ち点で並んだが得失点で1及ばず。残念。「何か」が働いた。
2006年(J1)
2位となりJ1リーグ戦で最初のシルバーを獲得。残念。
2007年(J1)
ナビスコカップでは決勝に進むも敗れる。要するにまた準優勝。残念。
2008年(J1)
最終節で怨敵東京ヴェルディを倒すもまたリーグ戦で2位となる。残念。
2009年(J1)
またしてもリーグ戦2位に(ry。ナビスコカップも3度目の準優勝。残念。
2010年(J1)
ある雑誌で「ついにナビスコ優勝へ」とか書かれたにも関わらず、しっかり準決勝で敗退。つまりベスト4。残念。
更にリーグでは2位どころかACL圏外に。天皇杯でも優勝できなかったので翌年のACLには出られなくなった。
2011年(J1)
ACLどころか一時期J2転落の危機に陥り、11位でフィニッシュ。1の位だけ見れば「1位」であったが、余計な2桁目を切り離すことが出来なかった。ナビスコカップはベスト8で敗退、天皇杯でもJ2の湘南に負けて良いところが全くなかった。残念。
2016年(J1)
ファーストステージで安定の準優勝。セカンドも3位止まりでステージ優勝すら果たせず。年間勝ち点は全体で上から2番目に終わるもCSの結果、正式に3位で終わった。
気を取り直して臨んだ天皇杯で、初の決勝進出を果たすが敗れる。やっぱり準優勝。残念。

おくりびと川崎[編集]

川崎はシーズン終盤の降格争いをしているチームを追い詰めたりトドメを刺すことに定評がある。そのため、某掲示板では「おくりびと川崎」の名で親しまれている。

2006年(J1)
セレッソ大阪の残留を最終節で阻止。
2007年(J1)
33節のホーム最終戦で広島の入れ替え戦ほぼ確定に追いやった。
広島が入れ替え戦を回避するためには、最終節で広島がG大阪に勝利し、大宮が川崎に敗北。さらに両チーム間の得失点差9を埋めなければならないという厳しい条件であった。
しかし、川崎はその広島の望みを断つために大宮との試合で引き分けることに成功する。これにより広島の入れ替え戦を確定させた。
2008年(J1)
名門()であるところの東京ヴェルディに川崎を裏切った恨みを晴らすべく残留を最終節で阻止。しかしこれにより千葉の劇的な残留劇をお膳立てしてしまった。残念。
2009年(J1)
昨年の汚名を返上するべく、千葉のJ2降格を断行。そして見事に31節にてこれを成し遂げた。
2010年(J1)
期待されるのは29節の京都戦、31節のFC東京戦、そして最終節の仙台戦である。しかし京都の降格は浦和が決め、FC東京は京都に道連れにされたため、「おくりびと」川崎の出る幕はなかった。残念?
2011年(J1)
日程を見る限り、終盤の対戦相手に降格が期待できるクラブがいないのが実情である。残念?・・・と思いきや、あろうことか後半戦で7連敗して自分達が「おくりびと」されそうになり、誰かをおくりびとする余裕が無いままシーズンを終えた。残念。
2012年(J1)
まだ9月の27節に史上最速の偉業コンサドーレ札幌のJ2降格を断行。残り試合にG大阪、新潟、C大阪と下位が残っておりまだまだ「おくりびと」川崎の出番はありそうだが、下手をすると自分たちが「おくりびと」になりそうだが果たして・・・。

愉快な仲間[編集]

お仕置きキボンヌ

Jサポーターの間では「川崎のファン感はバカ(褒め言葉)」として有名である。

ここのファン感は「フロント、選手一団となってバカ(褒め言葉)をやる」ということをモットーに行われる。そして選手はフロントの企画どおりに変な踊りをして笑いを取りに行ったり、謎の寸劇をして笑いを取りにいったりと、試合中には(多分)見られないバカ(褒め言葉)な行動に出る。

そのため「ここまで羽目を外すフロントがいるのか」と、バカ(蔑称)フロントを抱えるサポーターからはうらやましがられている。

そしてそんなバカ(褒め言葉)祭りを彩る選手たちを紹介しよう。

現仲間[編集]

井川祐輔
秋葉原でスカウトされる、オタクで女装趣味。ユースの選手にDisられる程度の能力を持つ選手。
中村憲剛
「けんごう」ではない。なでしこの国民的兄貴澤穂希様の子分。代表に呼ばれ続ければファン感を回避できるので必死。
大久保 嘉人
得点王になって犬をもらう。まぁ、ヨシトしようじゃないか。

2017年 瓦斯に移籍。これはヨシトはできない。

田中裕介
横浜のみなとみらいでトナカイに変装していた時にスカウトされて川崎に移籍。移籍先では女装。
中西哲生
最初のJ1昇格時の主将、コラムニスト、現チームアドバイザー。タレント活動で磨いた話芸を応援番組やファン感で発揮している。
リーマン・ショックの影響か焦点が定まっておらず目が死んでいる。ある種のファンにとっては、彼の残留が毎年オフの最大の関心事。
ふろん太はJ1を焦土にするようです。
ふろん太
公式マスコット。そうは見えないかもしれないがイルカである。
風間八宏
フジテレビからシーズン途中に強奪した現監督。でも仁義は切ったので、今でも山口素弘&キングカズのいる隣町のレトロ趣味な方と一緒に大きく扱ってもらえる。
理論派タレントから監督になったのは北の国の棒球団クリさんと一緒に見えるが、ヤッヒーは筑波大学の監督だったので混同不可。

元仲間[編集]

てんけんくん
犬。相撲をしてヅラがとれそうになったことも。
岡山一成
選手兼任のプロサポーター。等々力でノブリン教徒になり、その後の自分の生き方を見出す。水かけ祭り・小麦粉まきなど、川崎の「バカ(褒め言葉)」路線のパイオニア。
川島永嗣
失点シーンでの横っ飛びは絵になると評判である。
ワールドカップでは世のホットガイの視線を釘付けにした結果ベルギーへ旅立った。
鄭大世
パンスト王子。(`ε´)ノ、炭鉱送りになる前にドイツへ渡った。でもファン感では母親と一緒に今でも参加。
山岸智
よく分からないままからに流れていった。
フッキ
レンタルから川崎に復帰したがチームに合わずレンタル先の東京ヴェルディに電撃復帰、その後ジュニア時代を過ごしたポルトガルへ復帰。
レナチーニョ
自分のチャントを試合後に歌うほど愉快な奴だったか、チームの輪を乱してフッキと同じポルトガル行き(レンタル移籍)
ヴィトール・ジュニオール
偶然にも秋葉原に買物に来ていたところスカウトされる。twitterのアカウントや公式HPも何気にある。しかし2011年の契約更改で揉めて失踪。
ジュニーニョ
輝ける川崎の太陽。川崎限定では絶大な人気を持ち、チームをタイトル一歩手前まで常に引っ張る。
2011年に契約非更新を通告したクラブは盛大なお別れイベントを開催。2012年は鹿島国へ国際移籍。
森勇介
度重なるラフプレーや暴力行為から「MQN」と呼ばれていた一方、道端に咲いている花を愛でるなどツンデレの要素を持ち合わせていた。しかしMQN要素が強すぎてクビになり稲城に島流し。残念。

愉快なイベント[編集]

ファン感謝デー
川崎フロンターレのファン感謝デーにおけるステージは川崎の夏の風物詩とされており、多くのサポーターがこのステージを一目見ようと訪れる。
このステージが認知されるようになったのは2007年のファン感がきっかけである。選手達がステージ上でオタク風の格好をしてヲタ芸ならぬンタ芸を披露し、これが大成功を収める。
これに味を占めたフロントは翌2008年はンバ芸という、おばさんの格好をしてヲタ芸をするという高等テクニックを選手達に披露させた。さらに2009年、舞踏部の協力の元に水着でヤッターマンハレ晴れをBGMにダンスを披露する荒技を、2010年はスモーニング娘。「恋愛レボリューション21」で肌色のタイツの上に褌を着用して上半身は裸という姿でヲタ芸をそれぞれ披露。このステージのダンサーは新人、キャプテン、ベテラン、スタメンや控えなども問わずに選ばれる。元日本代表フィジカルコーチや、コーチであろうとお構いなしである。
また、とある選手によるところではこのステージの参加は契約内容に盛り込まれているということであり、選手、スタッフの拒否権は一切ない。ただし、監督はこのステージにおける審査員になるのが通例であり、また代表選手に選ばれると代表合宿の時期と重なるということでこのステージに参加しなくてもよいとされている。2010年に川崎に移籍してきた稲本は「自分はファン感のステージで踊らなくてもいいように、どうしても代表に選ばれなくてはならない」と代表に選出されることに必死だという気持ちを明かしている。
算数ドリル
川崎市を征服するための一環としてフロントが編み出した小型兵器。小学六年生の算数ドリルにママチャリに乗ったり、魚を釣り上げたり、走ったりする選手のありえない姿と問題が満載でこれを学習することで、いたいけな小学生も自然にフロンターレサポーターになるというひねり技である。ファン感のステージは逃れた稲本も結局ママチャリを力走することになった。

関連チーム[編集]

関連項目[編集]

  • 富士通
  • 動物愛護団体 川崎のマスコットはイルカであるため、ここの保護の対象となっているらしい。
ラモスタブ 冗談じゃないヨ!こんな記事じゃお察し下さいしてるのと同じだヨ!この川崎フロンターレカヒツシュッセしてくれる協力者求めてるヨ!でも、ガム噛みながらやっちゃダメだヨ! (Portal:スタブ)