嵐の英雄
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
このセクションに書かれていることは黒歴史です!
できることなら見ないでおいてあげて!!
嵐の英雄(あらしのひーろー)は、名古屋共和国国民や中日ドラゴンズファンから存在を拒否された黒歴史の一つである。
目次 |
[編集] 概要
中日の応援歌としては燃えよ!ドラゴンズが著名であるが、この曲の起源は名古屋共和国の誇る偉大なる作曲家がラジオ番組で演奏したことが好評だったため、レコード発売したという経緯で生まれた曲であり、また、その後も毎年のオーダーによって歌詞の変わる曲であり、虎や燕などの動物虐待を正当化する歌詞の内容もあって動物愛護団体からの抗議もあり、中日はこの曲を公式応援歌としては認めていなかった。
1997年のナゴヤドーム完成を受け、中日はそれまで本拠地だったナゴヤ球場からプロ野球地域保護権(フランチャイズ)を移した。これに伴い、公式応援歌を作ることになった。これが「嵐の英雄」である。作詞はかの有名なかにし礼で、作曲はこれまた有名な小林亜星で、曲はボニージャックスが歌った。ナゴヤドームのバックスクリーンのオーロラビジョンを使って7回裏のラッキーセブン攻撃前に演奏され、1997年11月21日にはCDも発売されるほどになった。
[編集] そして黒歴史へ
ところが、この曲はスタッフ陣が予想していたよりもはるかに不人気だった。ファンの声からは「燃えドラがあるからいいじゃん」とか、「『(歌詞の)今東海の朝ぼらけ』が愛国行進曲の『見よ東海の空開けて』を連想させて軍靴の足音が聞こえる」などの不評の声が相次いだのである。またラッキーセブンの時でも、卒業式で歌われる君が代よりも歌唱率は低かった。特にとある試合では応援団全員が不起立だったときもあった。
そして5年後、監督が1001から山田型潜水艦に交代し、この年の燃えドラの新作のボーカルにあの有名アニソン歌手が務めることになり、完全に存在が消失されてしまった。現在、この曲はよほどの中日ファンでも無い限りJASRACの職員にも知られていない。
[編集] その後
それからはというと、以下お察しください。

