岸信介

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岸 信介(きし のぶすけ、1896年11月13日 - 1987年8月7日)は、日本史上最凶の悪魔であり、変態である。昭和妖怪と呼ばれているが、妖怪ではなく悪魔である。政治家を副業とし、内閣総理大臣にまでなったが、彼が総理大臣だった事は日本の黒歴史である。 

岸信介

経歴[編集]

悪魔になるまで[編集]

1896年11月13日、とある保守王国に悪魔が降臨する。悪魔は母の実家で人間の家系である佐藤家にて父・佐藤秀助、母・茂世の次男として生を受け、信介と名付けられる。この頃はまだ人間であったが、中学生の頃に佐藤家の婿養子である秀助の実家で、悪魔の家系である岸家に養子入りした事がきっかけで、悪魔のDNAが覚醒する。大学生の頃には、上杉慎吉大川周明等の右翼思想家の影響を受け、右翼思想を持った悪魔に進化する。大学生の頃に従妹と結婚しアーン♥♥した結果、長男・信和が生まれる。

変態になるまで[編集]

東京帝国大学卒業後、農商務省に入省。その後、長女・洋子が生まれるが、愛人とアーン♥♥した結果生まれた子とされている。 時期は不明だが、信介はSMに目覚め、中国に渡り中国人相手にSMプレイを楽しむ。しかし、現地の人々は信介のような変態ではなく、ごく普通の感覚を持った人々であった。そのため、殆どの中国人が嫌がる中でのSMプレイであった。そして、信介のドSっぷりはエスカレートし、挙句の果てに中国を支配し、支配された中国は満州国と呼ばれるようになる。もちろん、中国人はみな信介の奴隷となった。

A級戦犯になるまで[編集]

東條内閣に商工大臣として入閣した頃の1941年、東條内閣は自国民と諸外国を相手に国家レベルでのSMプレイを始める。政府は日本と諸外国の国民に対してはドSを貫き通したが、GHQに対してはドMであった。 信介は商工大臣として物資動員を担当し、物資を取り上げて日本人を苦しめ快楽を味わった。ところが、東條を相手にアッー!プレイをしようとすると、軍需次官に降格させられたため、東條内閣と対立する事になる。 その頃、同郷だが真逆の思想の持ち主である大津聖人に近づき、表向きは東條内閣の倒閣のために、保守王国が生んだ反骨政治家と親交を持った。しかし、信介の本来の目的は彼の息子を岸家に取り込む事であった。 終戦後まもなく、A級戦犯としてGHQにタイーホされ、拘置所では奴隷のように扱われたため、ドMの信介は大いに喜んだ。

間違えて首相に就任するまで[編集]

釈放後、娘の洋子が安倍寛の長男・晋太郎と結婚。その後、石橋内閣で外務大臣を務めたが、石橋が体調を崩したため総理大臣を辞任し、変態信介は総理大臣となり究極の変態へと進化を遂げる。

究極の変態プレイ[編集]

彼の変態プレイの決定版とも言える出来事が、1960年に起きた安保闘争である。この年の1月に訪米し、アイゼンハワー大統領と会談し、新安保条約の調印と大統領の訪日で合意すると、それに反対する人々が国会前に押し寄せた。そこで、究極の変態へと進化を遂げた信介は国民相手のSMプレイに精を出すようになり、機動隊は沢山の鞭で国民を大いに叩き快楽を味わった。この時機動隊に叩かれた女子大生が一人死亡し、信介は変態から殺人鬼へと昇格する。そして殺人鬼は、新安保条約の調印を果たす。ところが、前任の総理大臣の石橋湛山らからの退陣勧告により、信介は退陣。晩年はを可愛がる好々爺として静かに余生を過ごし、1987年に90歳で死去。人格者であった安倍寛は早世したのに、悪魔にして変態でもあって殺人鬼でもある岸信介はのうのうと長生きしてしまった。「憎まれっ子世にはばかる」とは、まさに岸信介のためにあることわざである。

親族[編集]

母・茂世は長州藩士の家系・佐藤家出身の人間である一方、父・秀助は悪代官の家系・岸家出身の悪魔である。弟・栄作は佐藤家の本家を継ぐが、兄・信介と同じく総理大臣になった頃に悪魔のDNAが覚醒し、ノーベル平和賞を受賞しておきながらアメリカと核兵器持ち込みの密約があった。この事実は、栄作の没後に発覚している。 従妹にあたる良子との間に生まれた長男・信和は、岸家で唯一の堅気の人間であるが、愛人との間に生まれた長女・洋子は信介と同じ悪魔であり、安倍晋太郎と結婚する事によって反戦主義の家系である安倍家を乗っ取った。 その安倍家で生まれた三人の孫は全員、祖父譲りのド変態である。晋太郎の長男・寛信は三菱重工の重役を務め、武器製造で弟たちの政治活動もとい変態プレイに協力している。晋太郎の次男は言うまでもなく、祖父を超えた変態総理の晋三である。また、晋太郎の三男・信夫は信和の養子となり、岸家の当主となる。信夫も、後に政治家となり兄と共に変態プレイを楽しんでいる。 また、曾孫の一人は反日で有名なウジテレビの記者である。結局、岸家も反日の一族であり、まさに変態であり悪魔である。

関連項目[編集]

Wikipedia
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