山菜採り

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山菜採り(さんさいとり)とは、一般的にに行われる娯楽の一つであり、主に老年世代におけるトライアスロンの総称である。なおかつ、日本全国に存在する消防団に存在意義を与えるためにも存在し、場合によってはヘリコプターで送迎するような場合も起こりうる。なお、実際問題として、山菜のためならば命を捨てることもいとわない人々は多い。近年では熊との遭遇率の高さからエクストリーム・スポーツとして見なされる。

概要[編集]

一般的に知られている山菜採りとは、主にに行うメジャーな行楽といった形で語られる場合が多い。それは決して間違いではないのだけれども、これはバブル時代の後に、いわゆる都会の人々と書いて金づると読む人々を観光で地元に引っ張ってくるために、地元の旅館やガイドたちが必死になって現実を隠した上で、親子で楽しむ遊び感覚でイメージを糊塗したためである。特に、新潟県魚沼市にある旧入広瀬村のように、「山菜共和国」を自称し国歌まで作成した自治体も存在。手軽な山のレジャーとして、多くの観光客をひなびた山村に招くことに成功した事例もある。

しかし、現実の山菜採りとは、そのようなものではない。その実態は、人間の業の深さと自然の驚異、何よりもという季節が人々の心を狂わせることを教えてくれる、嫌になるほど教えてくれる、そんな田舎の生活の一部である。

ある山菜採りの現実[編集]

以下に述べる話については、あくまでも信じられる話を中心にピックアップする。それとも何か。80代後半の老婆が最大で20キロもの山菜を背負って10時間以上山の中を駆けずり回って帰宅、翌朝にもう一回、別のグループと一緒に違う山へ行くなんて話をして、現地住民以外、信じてくれる人間がいると思うか。というわけで、あくまでも、信じられる世界の話を中心に列挙する。

  1. 平均年齢75歳の女性たちが、午前5時から山の中に分け入って、2時間かけて家族で朝食に食べる山菜を採取。勾配が40度を超える山の斜面で。てゆうか、ガケで。
  2. 平均年齢65歳、最高年齢84歳の地域の仲間が、一日かけて奥山に分け入って、サンバー×2の後部座席一杯の山菜を8時間かけて採取。今日はあまり取れなかったとぼやく。
  3. お願いだから、米寿を超えて山に入るのはやめてくれと、67歳になる息子にお願いされるおばあちゃん。もちろん、ガン無視。てゆうか、卒寿を超えても、危ないからといって付いてくる息子を運転手代わりに山へ入っていく。
  4. 取れすぎた山菜をどうしよう?→そうだ、遠い親戚に贈ろう。このように、閉鎖しているように見える田舎の社会は、常に関係者の胃袋をわしづかみにすることで、外部に広がっていく。
  5. (現代)一杯取れたから贈るわ→タッパー×3→わーいありがとう&即日消費。(昔)一杯取れ(略)→ダンボール×3→わー(略)&即日隣近所へ爆撃開始。近所の胃袋をわしづかみ。

山菜[編集]

一般的に、山菜というものに分類されている食材には、一つの共有点がある。それは、平地だと取れないという大変に大きな欠点である。もちろん農業の進歩によって育てることのできる山菜も存在するのだけれど、田舎で売れるわけがないという話と、味の違い、さらには基本、農家が多いのは田舎、というごくごく当たり前な話が、山菜の農業化を妨げている。

そのため、一部都会に面した地域で山菜を栽培している場所も存在するのだけれど、圧倒的な田舎及び農家が、ただで取れる食い物を作って売れる作物とは考えていないのが悲しい現実である。そのため、いつまでもいつまでもフキノトウウドタラの芽といった山菜は春にしか食卓に供給されない。その上、コゴミアケビの芽といった、絶対に都会には出回らない食材は、いつまでもいつまでも田舎の特産品として君臨し続ける。

そこに、イナカビトたちが命を賭ける価値が存在する。まぁ、それに、美味いし。

命の危険[編集]

山菜採りには、様々な命の危険がある。特に、マムシイノシシといった自然動物と鉢合わせした結果、多くの老人たちの命が奪われたことは確かである。それがどうした。その上、老人特有の疾患である心臓麻痺脳溢血といった病気の発症が命取りとなるケースも多く、運よく病院に運ばれても、年相応の体力の問題で命を落とすなんて話も多々あるそれがどうした。また、には雪崩の危険や悪天候による低体温症、さらにはいい天気すぎて脱水症状になるなどといった自然の猛威も潜んでおり、多くの人々の命を奪っていそれがどうした。 更に、山菜自体にも命の危険がある。毒キノコを食べられるキノコだと思って持ち帰り、なべぶたパーティーでも開けば参加者全員が食中毒になるなどの事がある。若い女性が山菜採りのお年寄りに貰ったキノコを食べ、そのまま亡くなったなどという山菜採りにとって危機一髪であった。

そのほかにも、うっかり獣道に入り込んでの遭難や沢の斜面に生えた山菜を取ろうとしての転落、夢中になりすぎて夕闇で帰り道が分からなそ・れ・が・ど・う・し・た。このように、人間の歴史は、うまいもんを命がけで取ってくる歴史であるため、イナカビトたちが命の危険を顧みずに山へ突き進むことを誰も止めることは出来ない。

山菜レジャーの盛衰[編集]

バブル時代、多くの山村が簡単なトレッキングと田舎独自の味を提供することを目的とした山菜採りツアーを企画、多くの観光客を集めた後、急速にしぼんでいったという話がある。実際、前述の入広瀬村でも、山菜共和国の名は遥か昔のものとなっている。これは、レジャーの多様化とか、根こそぎ山菜を採取したせいで取れなくなったとかいう話もそうだけれど、もっとも強烈な一撃が存在した結果、多くの若者が春の山に寄り付かなくなってしまったためである。

ぶっちゃければ、スギ花粉である。

無論、2013年になってようやく存在が明らかになったPM2.5やそのほかの外来性の原因を抜きにして、バブル以降、2000年代前半を通して、花粉症はすべてスギのせい、というイメージが流布。春の山から観光客が大幅に消えていってしまう。しかし、そのような人々の中には、一度知ってしまった山菜の味を忘れることが出来ない人も多く、いわゆる田舎の味に恋焦がれる人々が根強い山菜ファンとして、干しゼンマイ100g1300円とかワラビいう田舎のじっちゃんばっちゃんが目の玉ひっくり返してショック死しそうな金額でごくごくわずかに都会へと提供される山菜を争奪していく。

そこに存在する中間業者の話はえぐすぎるのでカットします。彼らのせいでレジャーが終わったという話もいくつかあります。せっかくなので、そういった中間搾取について、色々と思う側からてけとーな呪いの言葉を一つ提供するだけでこの話は〆たい思います。覚悟を決めてどうぞ。

福島県の某地域の山で地元民すら採らなくなって採り放題になった山菜が腐るほどあるんだけれど都会で流通してなきゃいいな

関連項目[編集]