山本弘

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山本弘やまもと ひろし 1956年 - )は、日本ロリコン

概要[編集]

山本弘は、SF作家、ファンタジー作家、ゲームデザイナーであり、ロリコンである。年齢は『心はいつも15歳』(本人談)。なお、自分も制作に関わっているのでホラーとファンタジーとSFの区分法を自ら研究し、「幽霊を見て逃げるのをホラー、友達となるのをファンタジー、捕まえて研究対象にするのをSF」と定義した。

1956年京都府に生まれ、京都市立洛陽工業高等学校電子科を卒業。 と学会会長としても知られるが、日本を代表する、または日本でもっとも著名なロリコンの一人として知られ、ロリコンに関する著作も数多い。

山本は、漫画家であり、あまりにもロリコンにのめりこむあまり失踪してしまった吾妻ひでおコミックマーケット主催者であり、あまりにもロリコンにのめりこむあまり病に倒れた米澤嘉博、日本を代表するアニメ作家であり、あまりにもロリコンにのめりこむあまり超大作を乱発してしまった宮崎駿と並び、日本におけるロリコンの論客として知られる。その言動の数々が単刀直入で饒舌、かつ電光石火とも言われるほどの毒舌であることから、主にトンデモと呼ばれる研究者・自称科学者や、熟女派と呼ばれる先鋭的な老年女性を対象とした性的嗜好をモットーとする勢力などから激しい非難や誹謗・中傷を浴び続けているが、本人は至って気にしていないどころか、それらをウェブサイト上のネタにし、あまつさえ恬然と笑い飛ばしてしまう始末。精神力の強さでは天下一品との評も多い。

活動分野[編集]

山本は、数多くの分野で活動を行っており、その範囲は広い。しかし、「本職はロリコンである」と言うのが山本の公式なステートメントである。以下、各分野の活動について述べる。

と学会会長として[編集]

山本は、これらのトンデモ派・熟女派とのさまざまな戦歴が評価され、トンデモ派の殲滅をスローガンに掲げる圧力団体と学会を結成し、会長に就任している。平素では自らを「楽しむことと批判することに快楽を見いだすロリコン変態」と揶揄しているが、SF大会で定期的にトンデモ本を紹介し、トンデモ派への批判を公に発し続けるなど、その活動は広範囲である。

トンデモ派との抗争は時に壮絶を極めた。特に日本のインターネットの歴史の中でも特に悪しき活動を残したトンデモ派の刺客『AGLA』との死闘は、数々の掲示板や2ちゃんねる、ネットワーカー研究所などの有力サイトを巻き込んだ大規模な騒動となった。この騒動は「無重力・磁力靴の戦い」と呼ばれ、現在に至るまで語り草となっている。

その一方、海外系トンデモ派の一大勢力であるラエリアン・ムーブメントの集会に突入し、その関係者と談笑して帰ってくるといったトリッキーな戦術も得意としており、数々の戦術を巧みに操る軍師としても定評がある。

とは言うものの、自身のトンデモ率もかなり高いのは公然の秘密である。 南京大虐殺の実証でも知られる。

2,014年4月に、と学会会長を退任。今はただのロリコンである。

トンデモ批判と多重人間原理[編集]

山本氏がトンデモ批判にを続けている理由として、氏が著書『MM9』において提唱した「多重人間原理」が挙げられる。

多重人間原理によれば、多くの人々がトンデモ理論を信じるようになると、人間が過去において信じていた物理法則に支配される神話宇宙の物理法則が優勢になる。神話宇宙では、アポロ11号は月に行っていない、水に「ありがとう」と言うと綺麗な結晶ができる、南京大虐殺はでっち上げ、といったことに加え、ロリコンは犯罪者予備軍、二次ロリ絵が犯罪を助長するといった物理法則も成立している。そのため、ロリコンである山本氏は大多数のロリコンが平和に暮らしており、メディア有害論が迷信であるビッグバン宇宙を優勢にすることを目的にトンデモ批判をしているのではないかという説がある。余談であるが、山本氏は『空想科学読本』への批判を行っていることから、神話宇宙とビッグバン宇宙の中間であるが怪獣は存在できない宇宙、いわゆる「柳田理科雄宇宙」も山本氏に都合の悪い物理法則を持っているとされている。

SF作家として[編集]

また山本は1978年にSF作家としてもデビューしている。同期の作家には意外なことに新井素子がいる。

初の長編作品として、1988年に『ギャプラスの魔』(角川書店。PCゲーム版には関わっていない)を発表、現在も精力的な作家活動を続けている。

近年では『神は沈黙せず』『アイの物語』などの硬質な作品(少なくともライトノベルとは見なされない類のハードSF)を発表して評価が高まり、日本SF大賞候補によく挙げられている。しかし元来のロリコンが作風にも遺憾なく発揮されており、それが審査に悪影響を及ぼしているのか、なかなか受賞まで至っていなかった。2011年に本人が『去年はいい年になるだろう』で受賞するよりも先に、2007年暗黒星雲賞で次点に輝いている。

ゲームデザイナー・ゲームシナリオライターとして[編集]

ゲーム、特にTRPGの分野において山本の活躍は顕著である。特にソード・ワールドRPG関連の設定を数多く手がけているが、「システムに関わるのは面倒だったので手を出していない」(本人談)とのことで、もっぱらゲームシナリオの執筆が主である。

実は2006年になって『ロードス島戦記』の第一部テーブル・トークRPGリプレイで、エルフを演じていたことが匿名の文書告発によって明らかになった。このことは長い間機密事項にされていたが、この告発によって全てが暴露されたことにより、多くのエルフマニアを絶望させた。

このリプレイは、検閲により削除のため、現在は入手できない黒歴史になっている。

ネットワーカー(死語)として[編集]

山本は古くからのパソコン通信マニアとしても知られている、ニフティサーブ(現在の@Nifty)のフォーラム「FSF」の古株としての活躍などが有名。

その議論スキルは一流で、並大抵のデンパ系論客では歯が立たない、との評価すら存在する。

冒険家として[編集]

また山本は2001年に「山本弘探検隊」を結成。『世界各地の幼女を発見すること』を目的として、主に森林の多い山間部を中心とした世界各国を冒険した。

この冒険体験を元に執筆したのが、後のサーラの冒険シリーズである。

漫画家として[編集]

さらに、山本には「漫画家」としての活動実績がある。

あまり知られていないが、日本初のアドベンチャー・ゲームブック専門誌と銘打たれた雑誌『ウォーロック』にて連載を持っており、その独特かつ独自な解釈によるロリコン表現がごく一部のファンから熱狂的な支持を受けた。また、かつては雑誌『ファンロード』の投稿常連でもあった。現在でもその才能の片鱗は公式ウェブサイトにて見ることができる。

ロリコンとして[編集]

このように幅広い分野で活躍しているが、本職はあくまでロリコンであると山本本人は主張している。 新井素子に振られたショックで、抵抗できない幼気な女児に興奮する変態になってしまったというのは周知の事実だが、彼の理想のロリコン描写として「巨大化され、氷漬けにされた金髮アマゾネス幼女が、意思を持った無機物とからむ」シーンを上げており、そのような描写を含んだSF小説が出版されるのを待ち望んでいた。しかし、いつまで経っても誰も書いてくれないので、自ら執筆することを決意した…、というエピソードが残っている。このような性的嗜好を元に書かれたものとして時の果てのフェブラリーギャラクシー・トリッパー美葉などが上げられよう。

関連項目[編集]