山本作兵衛

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「まさか我が財閥の連行振りを描いたものはないよな」
山本作兵衛 について、麻生太郎

山本作兵衛(やまもと さくべえ)とは、きれいな教科書に記されない炭鉱の町の生活情景を水彩画に描いてユネスコの世界記憶遺産に登録された好色画家である。

画を始めたきっかけ[編集]

バラ色総理お膝元で1898年生まれた作兵衛は幼い時から労組なき中小炭鉱で長らく働いてきたが、時は次第に石炭から石油の時代へと動き、近代産業を支えた筑豊炭田にも終焉の鐘が鳴り響きつつあった。一時代の終わりを迎え、戦争で長男を亡くしたまま60代を迎えた作兵衛は自分の人生も同じ命運を辿るのかと悲嘆していた。

そこに、左翼作家の上野英信が現れてアドバイスをした。「筑豊炭田の歴史は必ず歴史教科書に記されるべき歴史的出来事として子供たちに学ばれることでしょう。貴方の絵はなかなか上手いものがありますね。私は教科書からカットされるだろう炭鉱の窮状を追うことをライフテーマにしております。どうです、現役鉱夫だった貴方も、その歴史風俗を総括し、大炭鉱の労組貴族よりも高い成果を後世に残しませんか?」

作兵衛は頷いた。教科書ではとても伝えきれないだろう炭鉱の真実をありのままに描こうと水彩の筆を握った。綺麗な厳父たちが決して語り継がないだろうアーン♥♥な風景も鉱夫のバキューン!!な光景も描いてやろうと作兵衛は筆を握った。そして、現存するだけで約2000枚の画集ができた。

なお、一般的報道では「孫世代の子供たち」のためを思ってやったことになっているが、画の内容をみる限り、そんな趣旨で描かれたのではないことは明白である。

画の内容[編集]

  • 上半身裸の夫婦や兄妹が炭坑内で助け合っている光景[1]
  • 上半身裸の女が黒い炭を一人で運んでいる光景
  • 無敵皇軍が坑夫たちを銃剣で追い払っている光景
  • 刺青の男たちが全裸で刀剣を構え、決闘している光景
  • 銭湯における大混浴のアーン♥♥な光景
  • 炭坑夫たちが愛坑無罪の名の下で軍の備品をぶち壊している光景多数
  • 賃金でなく換金切符を配給して財閥の君主が貧困ビジネスを行う光景
  • 石炭の選定士が精選された石炭にクレームをつけ、換金切符を最低2割削る光景
  • 貧困に苦しむ坑夫たちが一部の成り上がり者に嫉妬して監禁部屋でバキューン!!する光景

どれも教科書は愚かフラガールですら上映できないだろう光景ばかりである。こうした炭鉱の真実を描いたことが高く評価されて、2011年ユネスコは作兵衛の絵を世界史的価値を持つ日本初の世界記憶遺産に指定した。現代も石炭は重要資源だが、このような採掘を行っているところは世界のどこにも存在しないためだ。まこと大日本帝国の産業発展は発展途上国的労働条件の上に築かれたのである。冒頭の光景[2]がなかったら、日本で間違いなく社会主義革命が起きていたことだろう。

日曜美術館の暴論[編集]

記憶遺産指定後の2011年9月11日、NHK教育のきれいな日曜美術館は作兵衛の水彩画を特集し、上節の内容の画を番組内で公開した。美術的批評で説くにはあまりに好色的な炭鉱の日常生活の前に、放送事件が起きた。

ゲスト画家の菊畑茂久馬が炭坑内の水難事件を描いた絵を見て、「何と素晴らしい絵でしょう。特にこの流されていく人の目…」等と褒めそやした。これが事実を描いた絵であることを鑑みるに、何と残忍な鑑賞態度だろう。しかし、この発言は何事もなかったかのようにスルーされた。

ともあれ、世界記憶遺産登録のおかげで知名度があがったと判断したゆかりの田川市は小さな市立石炭・歴史博物館では足りぬと、専門の博物館でエクストリーム・スポーツに参加しようとしたようだが、登録から時間のたった現在、その必要性の是非は白日の下に晒されようとしている。

脚注[編集]

  1. ^ 一応炭坑内は真っ暗のため直接は見えない
  2. ^ 飯塚市財閥の御曹司様は恐らくここから薔薇的なものへの肯定的感情を獲得した

関連項目[編集]