山内一豊

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山内一豊とその妻。妻と一緒でも長宗我部元親が怒るぐらい影が薄い。

山内 一豊(やまのうち かずとよ)とは、山内一豊の妻の旦那の略称である。一見硬派で無骨な武士だが、実際は妻に操り糸で操られていた戦国時代のマリオネットであり、影が薄い人物である。山内一豊自身は仮面ライダー戦闘員役が張れそうな程度の少し渋いだけの凡人だったと言う。

やまうち かつとよと読むのが正しいらしいが、前述の通り山内一豊の妻の旦那が正式名称であり、やまうち かつとよ の つま の だんなと読むべきである。

影の薄い人物なので生没年も知られていない。当然のごとく、幼少期はどうやって過ごしていたかもわからない。また、かつては織田信長と対立していたということは一般人には知らない。そしていつの間にか信長の家臣になっていたということになっている。これだけ影が薄いと本当に実在していたかということも疑うほどである。

2006年の大河ドラマの主役にもなったが所詮、影が薄かった為、翌年の「風林火山」によって、彼の様々な活躍は、全部なかった事にされた。どうせ主役は妻だったし。

ただ、1000年ほど前にいた敏達天皇に比べれば、「影が薄い」で微妙なキャラ立ちをしているので、まあ、もって瞑すべし

人物[編集]

山内一豊は有名になるべく高知城を建てたが影は薄いままだった。
  • 妻のへそくりを使って名馬を買おうとしたが、何をトチ狂ったか牛を二頭買ってしまった。しかしこのことが派手好きな織田信長や豊臣秀吉の目に止まりそれ以降一目おかれるようになった。
  • 凡人であったため出世に難を要したが、頭の切れる妻の千代が他人の手柄を横取りしたり一豊の活躍を捏造したりしたおかげで土佐24万石の大名に昇りつめた。千代は一豊が目立つ為には他人の手柄を横取りでもするしかないと考えていた。
  • 武勇の面においてはガチの状態の三沢さんと渡り合えるほど強かった。それにも拘わらず何故後輩達に追い越されたのかと言うと、それは彼が器用ではない凡人であった事と致命的に影が薄かったためである。
  • 土佐に領土を得た際、旧領主である長宗我部盛親の元家臣らが「あんな影の薄い奴に土佐を治められてたまるか!」と反乱を起こした際、一豊の部下達は長宗我部旧家臣を誘い出して謀殺せしめんとした。一豊は反対したがあまりに影が薄かったため家臣達にまでその存在を無視された。結果、長宗我部旧家臣団は誘い出されて謀殺されたが、これにより土佐は安泰となった。しかし一豊の影は薄いままだった
  • 晩年は影が薄い薄いと言われ続けたことによるストレスで髪まで薄くなった
  • やや無骨で怖そうだが実際に話してみると親しみ易い人柄であったといい、皆から「近所の山内さん」あるいは「千代さんの旦那さん」と呼ばれ親しまれていた。しかし一豊さんと呼ばれたことは一度も無かった。それぐらい一豊は影が薄かった
  • 功名を得る事にこだわっていたようだが一豊には功名の意味が良く分からなかった。しかし妻から「功名を稼げ」と言われ続けているうちに功名を得ることにこだわるようになった。早い話が妻の尻に敷かれているだけである。功名を稼ぐことによってもっと目立ちたいという思いも密かに抱いていたようだ。
  • 一豊は用心深い性格でもあり影武者を5人も用意させた。しかし影武者は5人とも(少なくとも一豊よりは)個性的な人物であったため一豊をさしおいてちやほやされ一豊はすっかり(元からだが)空気になってしまった。嫉妬した一豊は影武者5人を闇討ちにかけて皆殺しにした。
  • 一豊の妻はエスパーでありまたノストラダムス級の予言者でもあった。そのため歴史における重要な局面、出来事が何時起こるかを知っており、その度に一豊を目立たせる為にその場所へと急かせたという。
  • また一豊の妻は自分達の人気取りに常に気を使い、表向きは戦を嫌う反戦平和主義を装っていた。一方裏ではドラえもんなどから武器や秘密道具を闇取引で手に入れ、間者の六平太をこき使って暗躍した。しかし妻がここまで出世の為獅子奮迅しても相変わらず一豊の影は薄かった。
  • 戦前の国定教科書には一豊の妻のエピソードが記載されていたという。したがって戦前に教育を受けた人々で一豊の妻を知らぬ人はいないが、やはり一豊は影が薄いままであった。
  • 土佐に入った後に生鰹ばっかり喰って食あたりを起こしてる、学習能力の無い領民にブチ切れて「生鰹喰ったら殺すぞ」と脅したら、領民が鰹をあぶって鰹のタタキを作り文句が言えなくなった(実話)。
  • 末裔の山内容堂は土佐入りした後の山内一豊のような悪役ポジションに次ぐも、倒幕前になると坂本龍馬を持ち上げるなどし、手のひら返しが早い奴だと揶揄されたという。

関連項目[編集]