小西洋之

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小西洋之(こにし ひろゆき、1972年1月28日 - )は日本の参議院議員民主党(現・民進党)のクイズ王国会クイズ大会事件の犯人として有名であり、国会答弁でクイズを出題するという民主党のお家芸において代表的な人物として知られる。

勇敢に戦う小西洋之(写真左)

クイズ王への道[編集]

徳島県徳島市で誕生した。彼が10歳のときに父親が脳卒中を患ったため、小西一家は21年間にわたって介護を続けていた。父親を救いたかったと考えた小西は医者を志し、徳島の市立高校を卒業した後は徳島大学医学部に入学。しかし、2年生の頃にひょんなことから小西は医者ではなくクイズ王を志すようになり、そのために徳島大を中退、東京大学教養学部に入学した。さながらも、東大在学中にクイズ王という職業が存在しないことを知ったため、小西は国家公務員を志望して4年次における1年の留年の後に合格を果たした。そうして小西は郵政省の通信政策局総務課に所属するようになったが、それでもクイズ王への道を諦めることが出来なかった。そのため、農林水産省経済産業省への出向、コロンビア大学での研修を経るなどしてクイズ知識の幅を密かに広めていた。

国会クイズ大会事件[編集]

2010年7月に千葉県の選挙区から民主党の公認によって出馬し初当選した小西は、以降参議院議員としての道を歩むようになった。一方、2012年末からは自由民主党などを与党とする第2次安倍内閣が発足。このとき内閣総理大臣となった安倍晋三は圧倒的多数派によって高い支持を受けていたが、野党に属した小西は安倍首相を正しい政治家として決して認めなかった。

彼からすると、同首相は医療やいじめ問題、原発事故の救済制度に関しては真面目な政策を行っていたものの、その実態としては、自分のやりたいことのためには手段を選ばず、立憲主義すら理解していない、というように目に映ったのである。彼にとってはどうしても、このような「恐ろしい政治家」を許すわけにはいかなかった。安倍首相の歪んだ憲法観や資質、政治手法の急所を突くにはどうすればよいかと、深く考え込んだ。そこで最も適当な手段としてついに考え付いたのが、自身の得意としたクイズだったのである。

そして2013年3月29日、小西は参院予算委員会において安倍首相を相手に「憲法の中で最も大切な、個人の尊厳を包括的に定めたのは何条か」というクイズを出題した。これが有名な国会クイズ大会事件である。このようにクイズを出題した小西には、安倍首相を挑発してマスメディアに取り乱した姿を晒させるという狙いもあり、そのために彼は安倍首相に対して指を差して威圧し、何度もこのクイズについて問い詰めた。彼の言うことには、総理は「追及されると質疑者への人格攻撃を繰り返す」性質があり、質問が自分に対するものでないときも「座ってぶつぶつと文句を言っている」ときがあるという。そのことから小西は、こうした実相は普段テレビに映らないものとしてむしろ今後明らかにしていかなければならない、というようにこれを目的として強調したのである。結局のところ彼の狙い通りに安倍首相はいきり立ち、「うるさいから黙っていてもらえますか、小西さん。子供みたいですよ、あなた」といって応じており、またその後においても、翌年の2014年3月12日には彼を相手に「先輩として申し上げると(震災の)追悼の言葉を述べるときは前のボタンを閉めた方がいい」といっており、完全に小西を目の敵にしているものとして報道されていた。小西の狙ったような効果が正しく現れていると見た民主党議員たちもこれを有用な手段として捉えるようになり、このために第3次安倍内閣が発足した後に至っても国会では「クイズの出題」が頻繁に見られるようになったのである。

クイズ王、敗北[編集]

こうしてマスコミを相手にも「今後も総理の実相を明らかにしていく」と意気込んでいた絶好調の民主党クイズ王だったが、いつの間にか最強の敵が間近に接近していたことに関しては夢にも思っていなかった。それは2016年2月26日深夜のことであった。小西はテレビ朝日系の番組「朝まで生テレビ!」に出演。番組は「激論!“憲法改正”是か?非か?」という題において、田原総一朗がパネリストと憲法9条の改正や集団的自衛権について議論するものであった。そして小西はそこで、田原からクイズを出題され、回答できなかったのである[1]

このとき小西は集団自衛権に関する議論において、自衛隊は専守防衛の実力組織であるべきだという旨を論じたが、田原から「専守防衛なんてインチキなんだよ」と一喝され、「専守防衛は誰が作った言葉か」というクイズを出題されたのである。そして小西は、「えーっと、まぁ…どっかの大臣の答弁…」と言葉に詰まり、結局明確な解答を示すことができなかった。田原はすかさず正答を示し、1970年に防衛庁長官であった中曽根康弘がこのような言葉を作った、という旨を説明したのであった。

このようにクイズ出題によって相手の粗を探るという小西の考えたはずの手法においては、実は田原総一朗のほうが何枚も上手だったが、小西にとってはそんなことなど知る由もなかったのである。それはこの件での出題の鮮やかさを考慮するだけでも十分に頷けることではあったが、もっと印象深く「クイズ伝説」として称されるほどの出来事が10年近く前の同番組にて起きていたからである。それは2004年6月25日放送、「徹底討論!皇室とニッポン!」という題においての議論の最中、白熱した討論の相手であった著述家の四宮正貴に対して田原が突然クイズを出題したことであった。そして、そのクイズの内容とは「聖徳太子とは誰か」というものだったのである。田原はこれについて、四宮に「聖徳太子!知ってる?聖徳太子って知らないかって!」と何度も問いかけたため、四宮は「当たり前でしょそんなこと!!!」「聖徳太子を知らないなんて、そんな無礼な質問があるか!!」「デラウェア(謝れ)!!」などと声を荒げながら捲し立てた。このとき田原は「おこんナッツ」と言いながらナッツを差し出しダジャレで場を和ませつつも、「だって知らないんだって、ピンとこないんだから」と返答し、そうしながらも四宮から返しに出題された「イエス・キリストとは誰か」というクイズに対しては「関係ない」と一蹴。トドメには四宮に対して「そういうこと言うからあなたね、人格破綻なんて言われるんだよ」と言い放ってクイズを締めくくっていた。小西洋之を「クイズの王」であるとするならば、田原総一朗は紛れもなくクイズの神だったのである。

ちなみに小西は安倍総理に対するクイズで出題した人物の名前を自分で間違えたことがあり、憲法学者の高橋和之(かずゆき)の名を「高橋かずひろ」と発言したことがある(自分の名前で混同したのかもしれない)が、今回の出来事をいくつかのメディアに報道された際にはその間違いを掘り返され更なる恥を晒されたという。

脚注[編集]

  1. ^ 参考: 民主党の小西洋之氏 田原総一朗氏の質問に答えられずうろたえ - ライブドアニュース


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