富山地方鉄道

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富山地方鉄道(とやまちほうてつどう、英語名:Toyama Chiho Tetsudo 略称:地鉄)とは、なんだかよくわからない中小私鉄である。

概要[編集]

富山県東部を走る鉄道会社のようで、バス会社のようで、ときどき、不動産会社をやっている、中小私鉄といっても路線キロは100kmを超え、有料特急や快速急行を運行し、95km/hというそこそこの高速運転を行うなど大手私鉄にも負けない顔ぶりを見せているものの、ワンマン運行や築ウン十年の無人木造駅舎が多いなど、やっぱり、名前の通り”地方”を代表する鉄道である。なんだかよくわからない。季節によってダイヤを変える。昔は国鉄JR西日本名鉄からも車両が乗り入れていたのは、今となっては鉄オタくらいしか知らないだろう。

所属路線[編集]

鉄道線[編集]

総延長92.3kmと地方私鉄の中ではトップの営業キロ数を誇っている。鉄道線の最新車両は1981年製だが、JR西日本の広島支社の最新車両と同時期であることを考えれば立派な方である。最近は大手私鉄の中古車を買い集めており、動く鉄道博物館と化しつつある。

本線 (電鉄富山駅 - 宇奈月温泉駅 53.3km)[編集]

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富山地方鉄道のなかで一番長い路線。富山市上市町魚津市黒部市などの主要な都市を経由し黒部峡谷の玄関口宇奈月温泉とをむすぶが、その長さゆえしんどくなって途中で走ることをを放棄してしまう列車が後を絶たず、東にいくほど走っている列車の本数が少なくなる。電鉄富山~稲荷町は5~10分に1本くらいのペースで走っているのが、東へ行くとだんだん本数が少なくなり、1時間の間に電鉄富山を発車した列車のうちわずか1本しか終点の宇奈月温泉までいかないことも別に珍しくない。以下、主要駅

電鉄富山駅(でんてつとやまえき)
起点。富山地鉄の電車はすべてここから発着する…と思っていたら、夏にはここを通らない特急が設定される。4線で4両対応と地方私鉄としてはかなり大規模な駅で多くの列車がひっきりなしに発着するが、ご丁寧に列車別改札を行う。やはりなんだかよくわからない。JRや路面電車は乗り換え。競泳プールに見えなくもない。
稲荷町駅
電鉄富山のとなりの駅で、ここまで複線。地方私鉄での複線はとても珍しい。新幹線の工事が始まる前まではJRと仲良く並んで複々線のようなものを形成していた。不二越線がここで分岐し、車庫や車両工場や公園や神社を併設する。特急は止らない。
寺田駅
「人」の字型に敷かれた線路の○○○の部分に駅舎を持つ駅。北側から2,1,3,4番のりばと並んでおり、やはりよくわからない。立山線はここで分岐。特急も止まる主要駅だが駅舎がとてつもなくボロイ。
上市駅
JAアルプスの施設を駅舎がわりにしている駅。特急が停車する。というか逆立ちしても通過できない。駅の構造上、すべての列車が方向転換を強要される。ここで早くも走行意欲を失う列車たちも多い。
中滑川駅
JAの指定店に併設された駅。またJAか。特急が停車する。このへんからJR北陸本線と平行し、毎日JRvs地鉄の熱い並走バトルが繰り広げられる。なお、複線と単線で並走しているので複々線のようなものではなく、強いて言えば複ふ線のようなものである。
滑川駅
JR滑川駅の隣にある地味な駅。昔はJRと跨線橋でつながっていたが、今は切り離されたためホームにタダで入れるようになった。JRの方は特急が少々停車しているようだが、こちらは通過する。急行もJR接続駅だからというだけでおまけして停車している。こちらの各駅をスルーあいの風と並行するが東滑川はスルー。
電鉄魚津駅
4階建ての廃墟デパートを駅舎とする駅だった。だった、と言うのも新駅舎が完成したためである。駅周辺もほぼ廃墟で、人気がない。付近の海岸では蜃気楼が出現することもある。とは言うものの実はおじいちゃんやおばあちゃんを中心に利用者はおり、特急が停車する。2013年6月4日に二階建てのエレベーター付き新駅舎ができて旧駅舎は完全に廃墟と化した。幽霊が出たと言う噂だが、実際はよくわからない。あ、高齢者のみなさんはエレベーターをお使いくださいね。2015年3月14日、北陸新幹線開通という、国の陰謀により、富山県唯一の高架駅という名誉は失った。残念。
新魚津駅
JR魚津駅に隣接。電鉄魚津駅よりナリはださいがこちらの方が活気がある。特急が停車する。
電鉄黒部駅
一応黒部市中心にある駅。駅舎から2,1,3番線と並んでいてやはりよくわからない。ここで多くの列車が走意を失う。
東三日市駅
二階建て家屋、あるいは銀閣寺に似ていると筆者が感じた駅舎を持つ駅。黒部市の中心にある駅らしいが駅名がそれを示していない。特急が停車す(ry
新黒部駅
2015年3月14日。例によって北陸新幹線開通という、国の陰謀により新幹線駅が誕生。その名も「黒部宇奈月温泉駅」。本線と交差するのでちゃっかり新駅を作る地鉄であった。連絡する駅のくせに、名前が違う。「こっちにはもう黒部駅も、宇奈月温泉駅もあるわい。両方ドッキングしたら困るだろう!」といったかどうかは知らないが、仮称のまま使う地鉄に敬意を表したい。
むしろ批評されるべきは詐欺まがいな看板を駅名としてか掲げた新幹線駅の方だ。
浦山駅
黒部市宇奈月町の大集落というわけで特急が停車している。
愛本駅
山奥の駅だが、なぜか特急が停車する。一面一線でとても特急停車駅とは思えない。一応駅周辺に見どころはあるとのこと。このあたりまでくるともう山奥のローカル線同様。
宇奈月温泉駅
終着駅。根性のある列車だけがここまで到達する。黒部峡谷鉄道が乗換できるが乗場へ5分とメンドクサイ。エクストリーム・高熱隧道の挑戦者は黒部峡谷鉄道へお乗換え下さい。ただし欅平からは当選者ハガキがないと行けませんよ

立山線 (寺田駅 - 立山駅 24.2km)[編集]

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本線の寺田駅から長野県の信濃大町とを結ぶ立山黒部アルペンルートの一部で、立山連邦王国が成立する前にバラバラに建設された交通機関の一つである。観光路線だが冬になると超ローカル線になる。夏場には特急が走る。以下、主要駅

寺田駅
稲荷町駅同様に富山線と分岐してからホームがある。
五百石駅
駅名の由来は駅舎が500個の石で出来ていたことから。しかしそんな駅舎も何者かに破壊され跡形もない。立山町の主要駅だが特急は通過する。
岩峅寺駅
上滝線は乗り換え。半分くらいの列車がここで力尽きる。根性のある列車だけがここから20~30‰の連続勾配に挑むのだ。なんと富山駅に変身する機能を持つすごい駅だ。ただし特急は通過する。
立山駅
終着駅。岩峅寺側からは長い橋を渡って到着する。立山ケーブルカー乗り換え。地方私鉄としてはかなり立派な駅。実はケーブルカーの方が圧倒的に利用者が多いのは内緒。2012年にここで50年もののボロ電車がキャンプファイヤーしてしまった。合掌。

不二越線 (稲荷町駅 - 南富山駅 3.3km)[編集]

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地鉄の中でもっとも観光色の薄い路線。上滝線とはセットで一つの路線として扱われている。特急はおろか急行すら走らないが、3,4両編成の長い普通列車を平日朝夕に見ることができる。いわゆる通勤通学路線である。以下、主要駅

稲荷町駅
南富山駅
終着駅。市内電車(軌道線)のりかえ。地鉄の研修センター併設。高校生がおもにのりおりする。
駅舎の上に踏切があったり、電車を通せんぼする踏切があったり、ヘンな駅である。

上滝線 (南富山駅 - 岩峅寺駅 12.4km)[編集]

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地鉄の中でもっとも観光色の薄い路線。不二越線とはセットで一つの路線として扱われている。特急はおろか急行すら走らないが、3,4両編成の長い普通列車を平日朝夕に見ることができる。いわゆる通勤通学路線である。以下、主要駅

南富山駅
小杉駅
JRの駅に併設…していない。東急やJR東日本の駅でもない。富山地鉄では新しい駅の1つ。しかも富山県内は既にJR小杉駅(今:あいの風)があり何故こちらを電鉄小杉駅にしなかったのか謎。石川県でも北陸鉄道とJR西日本で離れ離れ2つの野々市駅がある。
月岡駅
ボロい駅舎と小ぢんまりとしたホームがあり、それが某映画のラストシーンに使われたことはあまり知られていない。
上滝駅
クリーニング店に隣接。冬には眩しいほど青く光り輝く。その明るさはLED650個分くらい。
大川寺駅
ここに遊園地があったのは黒歴史である。立山の神を祀る雄山神社の玄関口でもあるが、駅名がそれを示していない。やはりなんだかよくわからない。
岩峅寺駅
1番線はここで行き止まり。

軌道線[編集]

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以下の路線からなるが、すべてつながっており、「富山市内軌道線」と総称される。軌道がガタガタで、電車が「ガガガガガ」と轟音を立てながら走っている。やはりお金無いのかなと思いきや、実は営業係数が東京の郊外路線と同レベルのドル箱路線。それなのに軌道の改良をしないあたりに、富山県民のケチな県民性が出ていると思われる。しかし、儲かっているからか、こちらには新車をちゃんと入れている。

富山市内軌道線(南富山駅前駅 - 大学前駅 7.3km)
本線(富山駅前駅 - 南富山駅前駅 3.6km)
西町では環状線から乗り換えできるが、開業当初西町はスルーされてしまっていたが中町停留所が復活し、乗り換えは、そこそこ便利になったのか?。
富山駅支線(0.6km)
富山駅に近づくと吸い込まれ、みんなスイッチバックを行う。
支線(富山駅前駅 - 丸の内駅 1.0km)
安野屋線(丸の内駅 - 安野屋駅 0.6km)
なぜか路線名が変わる。
呉羽線(安野屋駅 - 大学前駅 1.2km)
  • 大学前
大学前というが、肝心の富山大学敷地にすら遠く離れた場所にある詐欺電停。
大学より球場のが近いため球場前と名乗るべきだが、
昔は、本当に大学前に相応しく正門まで伸びていて、こっちの大学前が球場前で大学正門近くが大学前だった。
それが何故だろうか廃止され、球場前を何故か大学前としてしまう。
富山都心線(丸の内駅 - 西町駅 0.9km)環状線の一部であり、一方通行の単線。
乙の体をす路線。一方通行しかないため行きっぱなしであり、乗り過ごすと逆方向に歩かさる。

地鉄クオリティ[編集]

どうして、地方鉄道なのに、駅名は電鉄なのか[編集]

例えば、JRとかほかの駅が近くにあるときにお客さんが、間違って乗らないよう「京成○○駅」とか「京急○○駅」とかにする。しかしながら、富山地方鉄道ではそういう系の駅は「地鉄○○駅」ではなく全部「電鉄○○駅」となっている。別に不思議でもなんでもないが、よくよく考えるとおかしな話である。なぜか。これを話す前に、富山地方鉄道の歴史を語らねばならないだろう。富山地方鉄道が産声を上げたのは1943年。国のえらいさんが、鉄道会社がいっぱいあるといろいろ面倒なので一つにまとめた。そしてできたのが、この富山地方鉄道である。この地鉄の母体となったのが、富山電気鉄道。そう略して電鉄である。なるほど。これで謎が解けた。ところがどっこい。あの京急でさえ、すべての駅の名前を「京浜」から「京急」に変えたのにもかかわらず、地鉄はそんなそぶりも見せない。たぶんそこに地鉄クオリティがあるのだろう。

電化の歴史[編集]

地鉄自体は歴史が長いため、昔はもっとすごいことをやっていたりする。時は戦前、国鉄のほとんどの路線が非電化、蒸気機関車だったのに対し、あっという間に富山地方鉄道は、電化を達成していた。無駄にすごい。そのため地元の年配の方は、いまだにJRを汽車、地鉄を電車とよんだりする。まぁ、高山線とかは間違ってはないんだけど。国鉄がそんなんだったので、「じゃあ俺らで金沢まで、電化の線路つくっちゃおう!」とか考えて、加越能鉄道とか作ったんだけど、これは失敗したみたい。ちなみに用地買収したほとんどが、サイクリングロードになっている。今思うと、あんなところ線路作っても誰も乗らないだろうなと思う。

富山の動く鉄道博物館[編集]

昭和30年にはオバQ強盗慶太など大都市を走る鉄道会社に便乗するかのように、14770形(後に14790形)を導入し、14780形、14720形、10020形などの高性能電車を導入するなどオンボロ電車の殺戮に貢献した。その中でクハ90を製造した。台車は近鉄の使い回しで車体は国鉄72系全金車という、とんでも電車を購入したが、あっさりと9年で捨てた。 また地鉄は中京のスカーレットから3800系を「レンタル」してそのままの姿で運用したが、地鉄の中の人が気に入ったためか購入を決意。残存していたオンボロ電車を急速に置き換えた。1979年には地鉄の名物電車、14760形を購入し初の冷房電車として富山県民の注目を集めた。その後はローレル賞を受賞している。

時代が平成とかになってくると、そろそろ地鉄の列車もボロクなってしまっていた。しかし、時すでに遅し、自社発注するお金もなかったので、やっぱり大手私鉄から買うことになった。最初はお京阪から中古の特急型車両を購入、短編成化して導入したが、後の方になるともう貰える車両が無くなってしまった。そこで白羽の矢が立ったのが西武鉄道レッドアローである。意気揚々として、レッドアローを迎えたとき、地鉄の中の人は愕然とした。レッドアローの車体部分だけやってきて、肝心の台車や制御装置、ブレーキは根こそぎ、西武鉄道に持っていかれていた。地鉄の人は怒るどころか、じゃあ俺らで好きなように作っちゃおうということにした。なんというポジティブシンキング。そこで、いろんなところから、いらなくなった部品を持って組み合わせて、できたのが、富山地方鉄道16010形である。地鉄の中の人曰く、新しい車両作ったほうが良かったような気がした。実は最近、これらの車両の台車がJR西日本の食パン電車のものに順次交換されていってる。あの食パン電車の魂はひっそりと地鉄で生き続けているのだ。余談ではあるが、最近例の二階建て車両を購入した。さらに東京から東急8590系を購入し9月に運用を開始する予定である。

余談だが、地鉄の車両形式は14760とか10030とか16010とかなんか凄く分かりにくい。上3桁はその車両の出力を馬力で表したもので、下2桁が形式名を表しているらしいが、どうしてこうなったのかは中の人に聞かないと…いや、中の人でも知らないかもしれない。素直に60系とか30系とか10系にすればいいと思うけどね。

路面電車[編集]

日本国内で、どんどん路面電車が廃止になったり、車のいじめにあったりしているのにもかかわらず、地鉄の市内軌道は黒字経営である。営業係数が、東京メトロよりもよかったりしていたりする。だったら運賃下げろとか思ったりもするけれど、まったくそういうことは議論にもならない。だって初乗り200円がデフォだもん。おととしのクリスマス前に、富山都心線が開通したり、新型車両が導入したりして、ますます、にぎわう路面電車。ぐるぐる回っている列車が「セントラム」。大学前・富山駅前と南富山駅前を言ったり来ていたりしている新型列車が「サントラム」である。このサントラム、太陽のサンとか、富山で三番目に導入された新型車両だから、とかいろいろつけているけど、よくよく考えなくても万葉線のアイトラムを入れたらあなた四番目ですよというのは、言ってはいけない。セントラムであるが、色は、の3色から選べます。

車両紹介[編集]

14760形
1979年-1982年に地鉄初の冷房電車として登場し、地鉄の吊り掛け電車(14750形と14710形除く)を置き換えた地鉄ご自慢の電車である。
最近は映画に出演したり、鉄コレとして製品化、MMD化、地鉄グッズとして販売されたりとウハウハになっている。
愛称は「雷鳥・かぼちゃ」と呼んでいる人が多く、本社でも公式愛称として「大根でんしゃ・かぼちゃ電車」と呼ぶよう強要されている。
車内には地鉄クオリティが発動しており、一部編成の座席が新幹線の中古品を使われており、しかもロングシートまでもが使われるなど「使い回し」が見られる。
14790形
地鉄初の高性能カルダン電車として1955年に登場。地鉄高性能4兄弟としては長男に当たる。
14780形
地鉄高性能4兄弟の二男として1956年から1958年に登場。
10020形
地鉄高性能4兄弟の3男として登場。他の兄弟が147が付くのにコレは付かないので仲間外れになっている。
一時期、ミュージックホーンが付けられたが富山のお局電車と第2編成に盗まれてしまった。
14720形
地鉄高性能4兄弟の4男として登場。2012年1月上旬に14721号と171号が立山駅で火を吹いて2013年9月に廃車となった。享年51歳。
現在は第2編成が孤独な活躍をしている。
14750形
愛称は地鉄の主。1948年に日本車輛にて製造された電車。当時流行の運輸省規格型電車として登場した。
モーターが大出力で地鉄の中の人が気に入ったためか、晩年まで特急などで使用されるなどしてコキ使われた。
14710形
1967年に中京のスカーレットからレンタルした電車。元は3800系。
その後、木造車殺戮計画の始動により大量購入を決意。オンボロ手動加速車を急速に置き換えた。1981年からは車体更新を開始して前面が非貫通となり、さらに1985年以降は雷鳥(大根)色への変更が行なわれた。登場当初から10年ぐらいは2両単位での運用が中心だったが、1982年には阪急からの中古品でHSCブレーキに改造された。これにより、14760形や10020形以外の編成と連結して運用することができ、カルダン車と吊り掛け車の絶妙なハーモニーが聞くことができた。
運用は立山線や上滝線を中心に活躍したため「上滝線の主」と呼ばれた。1993年におけいはんによって殺戮された。
10030形
おけいはん3000系を購入した車両。登場当初はそのままだったが、後にかぼちゃ色になっている。
2013年からダブルデッカー車を購入しリバイバル車の中に組み込まれている。
16010形
ツツミーランドから購入した電車。ココにも地鉄クオリティが発動されている。まず、見た目はマトモ、中身は魔改造されている。運転台のブレーキ弁、運転台はハマの赤いあんちくしょう、主電動機と台車はJR九州の485系から流用、制動装置の本体は営団3000系のお古、CPは営団5000形から流用されるなど使い回しという名の魔改造を行われている。地鉄「私を甘く見ないほうがいい]
さらに2012年にはアルプスエキスプレスとして水戸岡の手で魔改造されている。水戸岡「私を甘く見ないほうがいい」
17480形
2013年に東急の8590系を5両購入した新型電車。地鉄では初めてのステンレス製4扉車である。
恐らく、稲荷町のニートレインを置き換える目的で購入したと思われる。ここにも怒涛の地鉄クオリティが発動している。足回りをいじることに定評のある地鉄だが、本系列に関しては特に何も手を加えることなく使われているため、東急サウンドを富山で堪能できる。
せっかくの4扉通勤型電車なのに真ん中2つはし~め~き~り~でなんちゃって2扉車状態。また塗装が手抜きである。
クハ170
稲荷町で寝ているニートレイン。仕事は主に朝と夕方と休日のみで普段は稲荷町で暇を持て余している。
クハ175は14760形の顔をしているが、現在の運用は10020形の相棒なので珍編成を見る事が出来る。
2014年1月をもって10020形のそっくりさんでもあるクハ173、クハ174が廃車となった。
クハ90
地鉄が誇る存在意義が全く無い迷車。車体は国鉄72系のパチモンで床下機器は近鉄から拾ってきたモノを組み合わせた制御車だった。
運用は高性能電車に連結されるかと思いきや、残存していた木造電車に併結する運用だけだった。そのため中京のスカーレットの中古電車に置き換えられ、たった9年で捨てた。

バス[編集]

地鉄のクオリティを発揮するのはやはり、バスであろう。

路線バス[編集]

塗装はどう考えても、都バスのパクリである。というのは公然の秘密。実は地鉄の中の人が、「さすがにそのままじゃ、まずいかもしれないけど、反対にしたり、曲線の位置を変えたりしたら、ばれないだろう」ということで、あの塗装になった。実はいまだに使われている旧塗装も、カタログの塗装をみて「このままでよくないかなぁ」とか思って、その塗装が採用されたりと、なんとも適当ではある。

方向幕はときどき前と、横と、後ろで行き先が違ったりしている。一番前が「67系統 藤の木循環」のはずなのに、側面が「東高校」とかになっていたりする。また、筆者は高岡線で「荻の島・ファボーレ」という幕を出しながら走っていたバスを目撃したことがある。しかしながら、住民はそれに慣れているので、だれも注意もしないし、まあ、大丈夫だろうとってバスに乗り込む。しかも、運転手に行き先を聞かなくてもだいたい分かっているので、聞くと恥ずかしいことになってしまう。まあ、それはそれでいいのかもしれない。

最近はカナチューの中古車が次々と導入されており、同時にLED式の方向幕の車両も急増。だが、ローラーの方向幕は系統によって色分けがなされているが、お金をケチった地鉄はフルカラーLEDを採用しなかったため、LED式の方向幕では色分けができなくなってしまった。軌道線のセントラムにはフルカラーLEDが装備されているのだが。やはりよくわからない。

主な路線[編集]

笹津線
地鉄屈指のドル箱路線。日中でも20分に1本は運行されている。だが、なぜか使われている車両は中型車が多い。一部のバスは笹津を超えて猪谷まで行く。かつては県境を越えて神岡まで行っていたものもあった。一部に若竹町を経由するものがある。この他、平日だけ坂本二区行きというバスが運行されるほか、不定期運行の最勝寺始発、八尾高校行というミステリアスな路線もある。
高岡線
沿線に学校が多いので利用者が多いのだが、道路が地元でも屈指の渋滞の名所なので当たり前のように遅れる。富山から高岡までの運賃はJRの約2.5倍。
新湊線
日中は小杉駅発着だが、朝夕だけ富山駅から/への直通便がある。
四方・新港東口線
子会社の富山地鉄北斗バスで運行されている路線。並行して走っとった射水線な代替バスで、
朝の富山駅行のみ内山邸〜新富山北口間は、かつての鉄路をバス専用道に改造し、その上走っていた。しかも、専用道と並行する道路は朝ラッシュを外している一方、専用道区間は朝のみ!しかも最終バスが8時代。
平成になり、田刈屋〜新富山北口間が北陸新幹線の工事で支柱が建てにくいから邪魔とされ廃止。
専用道区間唯一の停留所となった八ヶ山バス停は駅を、そのまま使用している。新富山北口バス停ともに再利用推進されたバス停であった。
残る区間も2012.03.31の早い最終便を持って廃止されてしまった。
滑川線
常願寺川を渡るまでは国道41号~旧8号線を経由するのだが、水橋~滑川間は住宅街の中の狭道を走るのでバスマニアには堪らない。一部のバスは針原や水橋東部団地で折り返す。かつては「滑川経由、ちてつ泊行」という長距離路線もあった。
福沢線
山の麓にある富山国際大学や片山学園へ通う学生がよく利用する。
八尾線
JRと競合している路線だが、運賃はJRの約2.5倍。しかし、バスは八尾の街中まで乗り入れるのでそこそこの利用があったりする。速星を経由するものと堤防を経由する急行便、また1日に1~2本だけ富山空港を経由する便もある。
萩の島循環
またの名を「ファボーレ線」。
大場・斎場線
終点が斎場という変わった路線。かつてはその手前にある霊園前が終点のバスもあった。 行先が行先だけにこの路線の終バスにはこの世のものでない乗客が多数乗車しているとかいないとか・・・。 大半のバスが大場を経由する。
藤の木循環、不二栄循環
富山駅ではなく駅裏の赤十字病院が始発である。
国立高専~興人団地線
富山駅を跨いで運行される路線の1つ。
辰尾団地~米田すずかけ台線
同じく富山駅を跨いで運行される路線。
中央病院~済生会病院・リハビリセンター線
病院同士を結ぶ路線ゆえ、利用客の多くは老人である。
中央病院~新桜谷・老人センター線
富山駅以西は利用者の大半が富山大学附属小学校、中学校へ通う生徒である。
小杉ローカル
平日のみ、1日数本しか走らない。本数は射水市のコミュニティバスの方が圧倒的に多く、土日も走っているので、なぜ地鉄の路線が残っているのか理解に苦しむ。歌の森小学校のための通学路線といってもいいだろう。平日の1日1本だけ小杉駅南口を出て太閤山団地をぐるっと1周してから中老田を経由して富山駅へ向かうバスがある(逆方向はない)。

高速バス[編集]

最近の地鉄は高速バスに力を入れており、鉄道線や路線バスではボロ車を使い続けたり、中古車を入れたりしているのに対して、高速バスには積極的に新車を入れている。特に最近は富山 - 名古屋線が好調で、当初2往復だったのが現在は12往復にまで成長。さらに2016年3月18日からは14往復に成長させることが発表されている。東海北陸自動車道が全線開通して、所要時間がしらさぎとそう変わらなくなったのを武器に、利用者を伸ばしているほか、何度も繰り返すが2015年3月14日の国の陰謀によって、さらに利用者が増えている。地鉄の高速バスが走る路線には特別豪雪地帯を走るものが多いため、高速バスの運転手は雪道走行のプロで揃えられている。内地の人間が走るのを躊躇するほどのアイスバーンを、地鉄のバスが法定速度で走っている様子には乗客が恐怖心を抱くほど。 北陸新幹線に喧嘩売るためか長野への路線を新設した。新幹線より運賃が安いため新幹線開業すると増加すると見込んでいたらしいが長野-富山という中途半端な路線なため2016.10.31をもち廃止されている。

ボウリング場[編集]

地鉄本社と道路を挟んで向かい側の超一等地に『富山地鉄ゴールデンボウリング』がある。名前に「地鉄」と入っている通り、このボウリング場も地鉄が所有しており、運営も地鉄が直轄で行っている(ここポイント)。富山県内で最大級のボウリング場らしく、レーン数が60もある。筆者が調べた限りでは、富山県内のみならず北陸地方の中でも最大級のボウリング場だと思われる。頭の固い百科事典には1ゲーム5000円って書いてあるけど、鵜呑みにしちゃダメだよ! 駐車場があまりにも広いため、最近では駐車場の一部を地鉄の高速バス利用者に提供しているが、富山駅にあるバス乗り場まで歩いて10~15分くらいかかるのであまり利用している人はいない。

自社ICカード”えこまいか”がバスや鉄道本線で使えるようになったり、いち早く、液晶ディスプレイの有効性に気がついて、ワンマン列車やバスに導入したり、ICカード限定とはいえJRよりも先に自動改札を投入したり、高速バスネットワークでJRに対抗してたりなんだかんだで、頑張っている地方鉄道。われわれはそんな地方鉄道から、目が離せない。


東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「富山地方鉄道」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)