富士宮市

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富士宮市(ふじのみやし)は、日本聖地。周辺の市で、いちばん富士山の面積を占めている。だから、山梨県とかはうらやましいと思っちゃってる。

概要[編集]

宗教と暴力団によって武装された、要塞のような都市である。

自分が病院に行くべきだった教祖が足の裏を診断していた病院があり、天声が聞こえるという約束の地富士に隣接し、新興市民の大半は創価学会を信奉していた。勲章やディプロマミルを買い漁ることが奨励されており、多くの勲章を購入した池田大作は、とくに新興市民の崇拝対象となり、名誉市民の称号を与えられている。

創価学会は1991年に日蓮正宗から破門され大石寺を去ったが、以降もオウム真理教無量壽寺をはじめ、多数の宗教がこの地で聖地づくりに励んでいるため、巡礼者が後を絶たない。

2000年代より、富士宮やきそば学会という新興宗教が発生し、入会した者は無条件にやきそばG麺と名づけられてしまうという厳しい掟がある。そして以後、天下分け麺、三者麺談などなど、「町興しは駄洒落が命」と洗脳され、逃れられないメビウスの輪にはまることとなる。う宮(うみゃあ)という格言があり、だいたいどこの店でもその格言が描かれた聖旗を飾っている。

2008年頃に富士宮市では、富士宮にじます学会という新興勢力が発足したらしく。2010年になってからは、にじます村という村を政府に申し出ずにつくるという大胆極まりない行動をするようになり、加えて鱒民という名で現実、ネット上で信者を集め続けている。また、市長、副市長はすでにここの信者らしく、某大型ショッピングセンター内で布教活動を行っているところが目撃されているため富士宮は政治の面で実質この二つの学会(新興宗教)に制圧されているようだ。信者は鱒コット・ホルダー(通称:マスオさん&サザエさん)と呼ばれ、ホルダーはホルダーではないものを勧誘していたが2015年前後から活動の消息が不明になっている。

歴史[編集]

原始から中世[編集]

富士宮の歴史は、まさに日本の宗教観の体現ともいうべきものである。

古来には、アニミズムに立脚した鬱蒼とした神秘世界が定着していた。やがて仏教がもたらされると、密教的世界が生まれ、森とともに行動する生活者たちに、秩序がもたらされた。

平安時代には、富士山噴火を神様パワーにより鎮火させようと勘違いしてしまった痛い使節が朝廷からはるばるやってきて、社を建てていった。これが、後の富士山本宮浅間大社である。

同時代には、かぐや姫と名乗る”自称:月星人”が不老不死の薬を置いてゆき、その時代の天皇が「かぐや姫がいないならこんな薬いらない、かぐや姫はどこだ」と子供のようにだだをこね、この薬は大変もったいない事に、富士山の頂上で焼かれた。

浅間大社の宮司は、そのうち軍隊をも組織し、城までたてて戦国大名のようになった。武家化したことで仏教的観念も取り入れられることとなり、仏教と神がセックスして独自の神仏融合を果たした。中世にはその宗教パワーを利用せんと、徳川氏・北条氏・武田氏が神社勢力を懐柔した。

明治維新[編集]

明治維新がはじめると、国家概念の輸入とともに廃仏毀釈はこの地にまで強力に浸透した。国家という概念は、目に見えないあらゆるもの、それは「世間意識」という社会と対話することで自己を律してきた人間の精神さえも可視化・管理しようと試み、そんなことは富士宮の大衆ごときに理解できるはずもなく、有無いわさずに浸透していく。そのなかで、原始宗教的な祠にあった仏像は排除され、神秘的だった祠には鳥居が立てられ、人々の目に映る神秘は可視化・象徴化され、体系化された。ごちゃ混ぜだった富士宮の宗教は、徹底的に分別され、一部は粗大ごみに出されてしまう。

同じころ、浅間大社の宮司も、地元民の焼き討ちにあい、家族と一緒に靖国神社へ捨てられた。彼は後に、靖国初代宮司となった。また、多くの新興宗教が生まれ、聖職者が支配者層として君臨し始めた。

戦後[編集]

戦後には、神々のラッシュアワーが訪れる。土地が安価であり、宗教の誇示的消費にニーズが符合したため、人々はここに多くの聖地を築いた。前衛的でおよそ理解できない建造物が、突如として建設され、これにより土建屋と地上げ屋はさぞ儲かったことだろう。創価学会も、戦後に東京で多くの信者を釣り上げ、大石寺に大作センセーがかなり寄付したので、かなりチヤホヤされ、地元にも信者を増やした。さらには公明党に市政を握らせて、反対するものは後藤組に鎮圧させた。貧乏根性丸出しの学会員は、公明党員のもたらす福利厚生によって、大いに利益を得ている。

また、浅間大社は司法武装化し、国や自治体から富士山頂上の土地を奪い返してしまった。これをもって、宗教の高度知性集積が開始されたと考える専門家も多い。

抗争の勃発[編集]

バブル期に入ると、かのオウム真理教がやってきて、聖地「富士山総本部」をつくり、日本を支配しようとした。拳銃と日本刀の創価フロント暴力団に対し、彼らはアキバでオタク用品を売りつつハイテク武装化を試み、教団の広報部によると一時は富士宮が世界のパソコン産業の頂点に君臨していたほどである。また教団の広報部によると、アメリカやロシアの軍用ヘリが教団を強襲するほどであり、このことからも、オウムの脅威が国際的に広がっていたことが伺える。また教団の広報部によると、尊師に従わない者はポアするそうである。

オウムは日本支配の手始めにと、富士宮の支配を目論んだ。その頃、指定暴力団創価学会もカルト・先鋭化し、国民の10人に1人にまで膨れ上がった構成員の数と比例し、もはや親玉である指定暴力団日蓮正宗の手に負えないほどであった。彼らはフランスからも、セクトとして危険視されていた。

オウム真理教の麻原彰晃は、VXガスで創価学会名誉会長の池田大作センセーを殺害しようと試みたが、失敗。腹いせに全国各地でサリンを散布し、日本中が光化学スモッグで大変なことになった。

オウム真理教が東京でサリンをばら撒いて以降は、教団は創価学会に屈し、隣接自治体の法の華も摘発された。また、創価学会も親である暴力団日蓮正宗から破門され、日本国首相との間に手打ちが行われた。しかし、富士宮の名産である宗教は、今も社会に第2第3のヒット商品を生み出そうと、日夜頑張っている。もちろん、彼らが頑張れば頑張るほど、われわれの社会生活はアルマゲドンにまた一歩近づくのである。

ハムの人[編集]

布教活動での実績は、ときに宗教の範疇にとどまらず、企業活動にも生かされた。

富士宮出身のハムの人による布教法の発明は、従来行われていた電波に乗せて大衆を洗脳する方式をより洗練し、カリスマ性とメディアミックス的手法を取り入れて発展させた。彼の「ハムを持って知人親戚を回る」というスタイルは、ハムの人の持つカリスマ性から中高年を中心とした熱狂的フォロワーを生み出し、お歳暮にハムを持っていくという文化さえ定着させた。

一方で、ハムの人の専売特許は模倣に弱かったため、同業他社が運営する野球チームの選手に真似されると、ハムの人の中の人の権威は一気に底を打ってしまうこととなった。

救世主・水戸黄門による三文芝居[編集]

政治が宗教に汚染され、市民は搾取の構造から脱することが出来ず、救世主の存在を待望していた。そんな折、富士宮市で育った里見浩太朗が、テレビ電波を通じ時空を超えた絶対的権力者として知られる水戸光圀の右腕として、印籠を所有するまでの出世をする。その後里見は第一線を退くが、1993年には隣接する芝川町出身の佐野浅夫が3代目黄門を襲名、水戸黄門が富士宮の悪しき宗教を駆逐し、脱会者を支援してくれるものと、宗教に搾取されている市民は期待した。

しかし、水戸黄門による成敗は無いまま時は流れた。2002年に里見が黄門を襲名すると、黄門は富士宮を訪れたが、隠密の旅という理由から判決を領主に託し「追って領主から裁きが下されるであろう、心して覚悟せよ、ハッハッハッハッハ…。」という台詞を残して消えてしまった。 ところが、領主である市長も公明党所属の創価学会員であったため、宗教側は事なきを得た。このため、宗教による支配は今も続いている。

産業[編集]

  • 学会員専用身延線ホーム
  • 学会員専用民宿
  • 学会が認定しないと店を開けない焼きそば(←それは、焼きそば学会。創価とは無関係。)
  • 学会員専用バス
  • 学会員専属暴力団
  • 霊感商法
  • 名誉市民というディプロマミル
  • サリン精製
  • DOS/V
  • やきそば
  • にじます
  • 地元の商店から客をさらった某大型ショッピングセンター

また、某局某ドラマ関連で町おこしを企てるも、山梨勢に信玄を売られ山本勘介一人で名を売らなくてはならなくなり失敗した。

交流都市[編集]

創価学会の機嫌によって、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタモニカ市と姉妹都市提携している。

関連記事[編集]