宮根誠司
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宮根誠司(みやね せいじ、1963年4月27日 - )は、島根県大田市出身のフリーアナウンサー。大阪民国人の父親と石見人の母親を持つ。尚、母方の曾祖父はドイツ系オーストリア人である。関西で、人気があるにもかかわらず、大阪駅前で踊っていても、変な眼でしか見られない。普段はどんな顔をしているのか気になるところである。
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[編集] 生い立ち
[編集] 少年時代
- 島根県大田市でクリーニング屋を営んでいた大阪民国出身の父·義明(1931年 - 2007年6月28日、満76歳没)と石見国出身の母(1927年 - )との間に生まれる。
- 父·義明は第二次世界大戦の最中に米軍による度重なる空襲を逃れて石見国に疎開し、終戦後もそのまま住み着いたとされている。その後、4歳年上の石見国の女性と結婚、一人っ子長男·誠司が生まれた。
- 「誠司」と言う名前は第二次世界大戦で戦死した伯父(母の兄)から取った。
- 1968年4月、私立アソカ幼稚園(2008年度を持って休園予定)に入園。
- 1970年3月、私立アソカ幼稚園卒園
- (この間の詳細不明)
- 1979年4月、島根県立大田高等学校入学。
- 1982年3月、島根県立大田高等学校卒業、同年4月関西大学経済学部入学。
- 大学2年の時、自分が高齢出産の初産で生まれた事に悩んで鬱病になり、留年。
- バレンタインデーに初恋の人に青いセーターをプレゼントされる。
[編集] ABCアナウンサー時代
- 1987年3月、関西大学経済学部卒業、同年4月大阪朝日放送にアナウンサーとして入社。
- 1990年4月、おはよう朝日ですにレギュラー出演。
- 1994年4月4日、おはよう朝日ですの単独メイン司会に就任。
- 島根からアナになりたくて不合格しまくり→ABCに入社するが訛りがとれず先輩に「可愛がられ」る →「おはよう朝日です」司会で夜遊び出来なくなる→ABCの昇進試験などでへこむ→将来を危惧し、たかじんに相談しフリーへ→何とかレギュラー確保→「ミヤネ屋」司会→ネット局増える(←今ここ)→全国ネットで司会
[編集] フリー転向以降
- 2004年3月31日、大阪朝日放送をアナウンス部課長級を最後に退職、フリーアナウンサーとしてフロムファーストプロダクション大阪支社に移籍。
[編集] 特徴
- 髪型によって日本人離れした顔立ちになる事もあれば少年の心を持った顔立ちになる事もある。
- 前述の通り、大阪民国人と石見人とドイツ系オーストリア人のトリプル混血である事からミヤネ屋では斜め45度の姿勢を取っている。関西では男·滝川クリステルと呼ばれている。
- 自分が生まれた当時の母子手帳をお守り代わりに肌身欠かさず持っている。
- 大阪民国一セレブが集まる超高級住宅街のあいりん地区では、昼間から仕事もせずに競馬観戦したり将棋打ってる富裕層の紳士淑女の間でかなり有名である。
- ただし出演番組がいずれもバ完済ローカルであったため倒狂国ではその存在がまったく知られておらず、「ミヤネ屋」という番組名の由来となっているにも関わらず日本テレビの丸岡いずみは“みやねや”という名字なのだろうと誤解していた。
- しかし、森富美の老朽化に伴う「ザ·ワイド」の終焉と「ミヤネ屋」の全国ネット化をきっかけに倒狂進出を虎視眈々と狙っており、周5回は大好物の串揚げ食いながら倒狂進出狙ってますんで日枝会長その辺よろしくお願いすます。
- 阪神タイガース教信者を自称しながらも「倒狂進出したら巨人ファンになる」とも公言しているが、バ完済塵としての過去を捨て倒狂国市民権を取得するには、入国審査で納豆と生卵を混ぜた「卵納豆」をどんぶり一杯食べる「卵納豆検査」に合格しなければならなため、納豆嫌いをどう克服するかが課題である。
- ミヤネ屋で「35歳を回ると羊水が腐る」発言をした倖田來未を庇う発言をしたが、母親が宮根以外の子供を産んでいない事と宮根が大学受験を控えた頃に更年期障害を患っている事から、実は宮根本人も母親が36歳の時に生まれた子供ではないかと言う疑惑がある。現在、日本産婦人科学会が事実関係を調査中だが、もしそれが事実だとすれば、リスクの高い高齢出産(35歳以上は高齢出産)の初産の母親から生まれた数少ない男子アナと言う事になる。これに関して吉村泰典日本産科婦人科学会理事長は「もし高齢出産が事実なら是非宮根さんに会って講演会をやってほしい。」とコメントしている。
[編集] ミヒャエル·エンデとの因縁
- 宮根の母親とエンデの母親·ルイーゼ(1892年 - 1973年)は36歳で年下男性(前者は4歳年下、後者は9歳年下)、と結婚し、高齢初産かつ帝王切開で一人っ子長男を出産した。いずれも難産だったのは言うまでもない。
- 「ネバーエンディングストーリー」(「はてしない物語」の実写映画化作品)の日本語版主題歌を歌ったのは嘗て宮根と同じ芸能事務所(フロムファーストプロダクション)に所属していた羽賀研二(現在は不祥事で解雇)である。
- 宮根は前述の通り、髪型によって日本人離れした顔立ちをする事もあるのは母方の曾祖父がドイツ系オーストリア人だから。
- 名前が「み」で始まっている。
[編集] 家族
[編集] 父親について
- 前述の通り、大阪民国(大阪府堺市)出身である。第二次世界大戦の最中に空襲を逃れて島根に疎開し、終戦後もそこに住み着いたとされている。
- 石見国で父親(宮根の祖父)とクリーニング店を営んでいた頃に客として来ていた4歳年上の小学校(中学校説もあり)教諭(大田市役所職員説もあり)の女性を強引に連れ込み、過激な行為に及んだ。これに関して父親は生前おは朝で「大阪民国の血が騒いだ。相手が年上だと興奮する。」とコメントした。それから約2ヶ月後に母親は勤務中に突然倒れ、妊娠が発覚。そのまま退職した。
- 32歳の時に一人っ子長男·誠司が誕生。
- 2007年6月28日午前9時40分、心不全の為、島根県内の病院で死去。満76歳没。
[編集] 母親について
- 1927年、旧日本領朝鮮·京城府(現在の大韓民国·ソウル特別区)近郊に生まれ、第二次世界大戦終戦間近に島根県出雲市に引き揚げる。母方の祖父がドイツ系オーストリア人。
- 兄·誠司は弁護士を目指して(旧制)関西大学に入学したが、第二次世界大戦中に学徒出陣で召集され、そのまま帰ってこなかった。母は後に生まれた男児に兄と同じ名前を付けた。
- 小学校(中学校説もあり)教諭(大田市役所職員説もあり)時代に4歳年下のクリーニング店経営者の息子に強引に結ばされた。それから約2ヶ月後に母親は勤務中に突然倒れ、妊娠が発覚。そのまま退職した。
- 嫁ぎ先がクリーニング店だった為、誠司を妊娠中も出産ギリギリまで働いていた。
- そのストレスがお腹の中の誠司にきてしまい、胎盤剥離を起こしてしまい、帝王切開での出産となった。
- 更年期障害を患っていた頃、当時実家の2階に寝ていた当時大学受験を控えていた誠司に蹴りを入れた。
- やしきたかじんが自身のラジオ番組放送中に宮根の母親に嘘電話をした為に、母親が入院してしまった。
[編集] 元妻について
- イラストレーター黒田征太郎の娘。
- 2005年にたかじんのそこまで言って委員会でたかじんに離婚を暴露される。従って結婚期間不明。
- その際、宮根は「カミさんに逃げられた。」としか言っていない事から子供はいない模様。
[編集] 出演番組
[編集] 現在
[編集] 過去
[編集] ABCアナウンサー時代
- 聞けば聞くほどやしきたかじん
- サタデーたかじん
- ABCラジオファンキーズ
- ABCラジオシティ
- 食卓の大冒険
- 氷点
[編集] フリー転向後
- っちゅ~ねん!
- 劇テレ★金曜日
- 脳内活性!クイズファクトリー
- 宮根誠司のED恐れるに足らず
- 誰がパパやねん
[編集] 出演映画
- ミスタールーキー
- キチン·リトル
- 劇場版HERO
[編集] CD
- 今日は最高やね
- 海こえて
[編集] 著書
- 母よ、日本海の夕日を見よう(自伝)
- フジテレビ月曜午後9時枠連続ドラマ(月9)で本人主演でドラマ化が決定。
[編集] 関連項目
[編集] アナウンサー関連
- 山本モナ - ノルウェー人の父親と日本人(広島県)の母親を持つハーフ
- 滝川クリステル - フランス人の父親と日本人の母親を持つハーフ
- 梅田淳 - 元関西テレビアナウンサー。あの欽ちゃんファミリーの一員だが、無謀なる東京進出の失敗で都落ちした上に何もかも失っちゃいました。今はラジオ大阪で細々とやってます。
- 桑原征平 - 梅淳と同じく元関西テレビアナウンサー。

