宮崎駿
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ 宮﨑駿 について、月島雫
宮崎駿(みやざき はやお)とは、日本で大成功したロリコン。京急オタクでもある。
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[編集] 概要
1941年誕生。宇都宮市で空襲を体験しており、やたらと戦車、軍艦、軍用機にこだわる軍事オタク。
その後、少女へ執着し始める。そこで自分の妄想をアニメ化して発信したところ、国内外で大ヒットした。日本のロリコン文化を世界に認知させた大功労者である。
ちなみに少女だけでなく熟女にも執心しているようだ。
作品の色使いがアメリカの「ミュータントタートルズ」や「スポンジボブ」みてーにごてごてなのも話題である。
いろんなキリスト教の神話や神の名前が作品に出てくることから、おそらく宮崎はキリスト教の信徒らしい。 未だに中二病って可能性も有るけど。
[編集] アニメーター
「太陽の王子ホルスの大冒険」や「未来少年コナン」でその作画能力を認められ、ついに「ルパン三世 カリオストロの城」で映画監督に就任。ルパンがカリオストロの姫クラリスに異常に執着するストーリーは、ルパンまでロリコンにさせたとしてルパンファンから猛烈なバッシングを受けた。しかしアニメ界はロリコン文化が開花し始めたときであり、宮崎は概して評価が高かった。
1980年には新ルパンを容赦なくバッシングし浄化作戦を開始する。
1984年にはトップクラフトを率いて「風の谷のナウシカ」を制作。ここでも少女を主人公に起用して成功を収めた。これに気をよくしてスタジオジブリを設立した。
さらに「天空の城ラピュタ」のシータ、「となりのトトロ」のサツキとメイなど、自分の妄想をアニメ映画によって現出させ、大きな反響を呼んだ。このやり方に気分を害して、原徹などがスタジオジブリを去った。しかし、サツキ役を担当した(サツキと同い年である)日高のり子にマジ惚れして結婚を迫ったものの拒絶され、庵野のもとに去られてしまった。この事がきっかけでプロ声優に対して拭いがたい拒絶意識が宿ってしまい、プロデューサーの鈴木はそれ以降プロ声優を起用する事が出来ず、苦労を強いられる事になる。
その後も宮崎のロリコン的制作意欲は衰えず、「魔女の宅急便」のキキ、「耳をすませば」の雫などでも彼好みの少女を登場させている。そうやって密かにロリコン描写と倫理のセーフティラインを探っていた彼は、ついに念願の企画「千と千尋の神隠し」を完成させる。この作品は雄琴ばりの広大なソープランドで家出少女がソープ嬢として働くという、もうどう考えても野田聖子さんなんかを激怒させるに足る作品だったが、これが国民的大ヒット。なんだかんだいっても日本人はロリータ好きだということが白日の下にさらされたのだった。なお、「紅の豚」は趣向がそれらとは異なるが、彼の軍事オタクぶりが発揮された傑作。主役のポルコ・ロッソのモデルは宮崎本人である。気障なわりにその本質は豚であるあたりが、皮肉にも宮崎そっくりである。
ちなみに彼のもう一つの性癖である熟女への愛情も多くの作品で垣間見ることができる。「風の谷のナウシカ」における大ババ様、「天空の城ラピュタ」におけるドーラ、「となりのトトロ」におけるカンタの祖母、「魔女の宅急便」におけるバーサ、「紅の豚」におけるバアちゃん、「千と千尋の神隠し」における湯婆婆などが挙げられる。この両者を同時に満足させるべく考案したキャラクターが「ハウルの動く城」のソフィーである事はよく知られている。
[編集] ワンマン
スタジオジブリでの彼のワンマンぶりは有名である。制作プロデューサーで、旧トップクラフト代表だった原徹を「ロリコンが理解できんやつはやめろ」と解任したことを皮切りに、少女を否定する構成員を次々に解雇した。
スタジオジブリに在籍する高畑勲は自分が同じ目に遭うことを恐れ、宮崎のご機嫌を取り続けている。そのため、彼が発表する作品はいつも宮崎のものほどヒットしない。
また、部下に対しては「血ヘド吐くまで描け」など、非人間的扱いをしているようである。そのわりに、「もののけ姫」公開時にまだ48歳の鈴木俊夫を年寄り扱いし、引退を勧めている。
「もののけ姫」公開時に一旦引退宣言を出したが、うやむやにして事実上撤回。その後もスタジオジブリに居続けているため、若手が成長しないのは悩ましい問題である。
[編集] 評価
彼に対する評価は早くからなされていた。すでに「ルパン三世 カリオストロの城」から彼の制作能力は絶賛されており、それが彼を調子に乗せたといえる。しかし今では「スタジオジブリという工房があれば誰でもあの程度のアニメを作れる」との声が多く、それが事実である事は後にド素人を監督に抜擢して製作した「ゲド戦記」によって証明されている。
「もののけ姫」ではベルリン映画祭銀熊賞を受賞。しかし金熊賞を受賞できなかったのは、ヒロインであるサンがあまり童顔ではなかったためだと思い込み、「千と千尋の神隠し」でしっかり千尋を童顔にしている。しかし驚くべきことにこの作品は金熊賞に選ばれた。ドイツ人も彼のロリコンぶりに深い理解を示しているようである。
彼は日本のロリコン文化を世界に発信したという意味で、高く評価されるべき人物である。昨今の萌え文化の形成にも一役買っているかもしれない。
[編集] 関連人物
- 母親:熟女好きの宮崎にとって、性愛の対象であるらしい。
- 妻:駿とともに二馬力を設立。設立趣旨は、「夫婦で一馬力ずつ出し合う」。この夫妻は怪力である。
- 宮崎勤:同じ苗字のロリコン。もしかして弟?
- 宮崎なぎさ:弟子。血縁関係は不明。かのXEBEC版魔法先生ネギま!の監督としてかんたん作画の腕前を披露した。
- 宮崎吾朗:息子だったが、ゲド戦記の出来栄えに憤慨した駿は彼を勘当。駿にとって上記四人よりも重要度は低い。
- マイケル・ジャクソン:アメリカで最も成功したロリコン。宮崎と仲がいいのはもちろんである。

