宗谷支庁

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宗谷支庁(そうやしちょう)は、北海道が設置した14支庁の一つである。

またの名を「宗谷総合振興局」という。支庁・総合振興局所在地は稚内市である。猿払村はさるかに合戦の舞台として知られる。

概要[編集]

北海道が道内を勝手に分割して設置した支庁の一つである。人口10万人に満たない宗谷支庁が総合振興局となった理由は、樺太を介して大陸に進出するための生命線として位置づけられたことによる。北の大国の機嫌を損ねないよう、北方領土の存在を無視しているため、根室支庁との対立を深めている。上川支庁留萌支庁とともに上留宗同盟の一員である。

宗谷地方は「北オホーツク」とも呼ばれるが、本来オイミャコンあたりを指すであろう「北オホーツク」を、オホーツク海の南に位置する宗谷地方に用いることについて、地元住民から反発の声が上がっており、地理学者からも、日本海に面するロシア沿海地方南部を「南日本」と称するくらい突飛な用法であるとして、クレームがついている。

日本の最北端[編集]

宗谷岬は地元の観光業者によって「日本の最北端」として売り出されており、樺太千島列島は綺麗に無視されている。

実際の「日本の最北端」は、北樺太の岡本岬、樺太の北緯50度線、北千島の阿頼度島、北方領土択捉島、阿留士安列島の熱田島のいずれかであり、「北海道本島の最北端」に過ぎない宗谷岬が「日本の最北端」を名乗ることは詐欺同然の行為なのだが、観光客もこのことについて百も承知であるから、詐欺には当たらないと観光業界は主張している。

歴史[編集]

宗谷地方は、明治時代に勃発したさるかに合戦(戦国時代の猿蟹合戦とは異なる)の舞台となり、枝幸郡や宗谷郡では熾烈な争いが繰り広げられた。

さるかに合戦は、を騙して土地を不法に奪い取ろうとしたを、昆布たちが村から追放した合戦であり、「猿払村」の名は猿を追い払ったこの北海道防衛戦争に由来するものである。なお、ここでいう「蟹」とは枝幸村の毛蟹漁師を指しており、「猿」とは日本領を侵犯しようとした北方人のことである。

地域[編集]

宗谷地方は留萌支庁から過疎地域を押し付けられたことにより、自治体数が増加した。現自治体数は1市8町1村で、今後も留萌上川の自治体を取り込み、順調に増える予定である。

市部[編集]

  • 稚内市
    • 輪っかに囲まれた城塞都市。宗谷管内唯一の市にして北海道最北の市。なお「日本最北の市」の座は樺太の奧端市に譲る。よくロシア人が密航していることは有名で、市内の看板にはロシア語が併記されている。まあ、西の半島にも一応近いけど誰も相手にしない

宗谷郡[編集]

  • 猿払村
    • 宗谷管内唯一の村。北から襲来したに村を占領されそうになったが、毛蟹防衛軍によって猿を追い払うことに成功した。貧しい寒村…に見えるが、帆立で財を成した御殿、通称「帆っ立て小屋」が所狭しと並ぶ。

枝幸郡[編集]

  • 浜頓別町
    • 枝幸村(現枝幸町)から分立。屈斜路湖と混同されるクッチャロ湖や、神威岬と混同される北見神威岬がある。おまけに中頓別町と間違えられる。ちなみに住民より白鳥の方が多い。
  • 中頓別町
    • 頓別村(現浜頓別町)から分立。町内には大頓別・上頓別・中頓別・小頓別・奧頓別など頓別地名だらけである。かつては砂金が獲れたことで有名で、明治時代には一応ゴールドラッシュも起こったらしいが、それは近隣の民でさえも都市伝説だと思っている。
  • 枝幸町
    • 枝幸郡の中心地。に殺された毛蟹の子孫が生息する。江差町とは姉妹都市の間柄であったが、いまでは犬猿の仲である。

天塩郡[編集]

  • 豊富町
    • 元留萌管内の町。主な産品は豊富牛乳。一応町内に最北といわれた温泉郷があるが、石油試掘の際に発生したものなので、石油成分を含有しているため、火を付けると発火するので注意が必要だ。

礼文郡[編集]

  • 礼文町
    • 起登臼地区は臼の産地として知られる。全島が「日本の悲境800選」に選ばれた。ここで獲れる馬糞海胆は食通を唸らせる美味であるが、勘違いしてはいけない、それは本物の馬糞だ。

利尻郡[編集]

  • 利尻町
    • 昆布が有名。利尻富士町と大した違いはない。

関連項目[編集]