安倍辞任
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
安倍 辞任(あべの やめとう 生没年不詳)は平安時代の武将。陸奥に穢れた朝廷の干渉がない美しい国を建国しようと大望を抱いた安倍頼時の十三男で、要所となる晋三柵(すすみのさく)を任されたが、頼義軍の来襲を前に敵前逃亡したため柵は突破され、安倍氏滅亡の一因をなした。逃亡の動機には諸説あれど、この背信の為に実の父を裏切り一人敵前逃亡した愚物、チキン野郎との評価が定着し、今日に至るまで扱き下ろされている。
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[編集] 生涯
頼時の末子であった辞任だが、国語力が欠乏していたり叩かれて三秒してようやく痛覚を感じるなど、他の兄弟達と比べると愚鈍で頼りない人物であった。脳に障害があるのではないかと危ぶんだ頼時は、昭恵(しょうけい)という僧侶を招き祈祷をさせ、辞任の心中に巣食う邪念を払わせたところ、見事奏功、辞任は真っ当な人間となった。それでも尚他の兄弟に及ばず、二文字の漢字である「責任」を一文字の漢字だと思い込むなどノータリンの片鱗をしばし見せ、また落雷程度で震え上がって硬直し部屋から一歩も出れなくなるなど、生来の臆病さに磨きがかかってゆくが、頼時は「どうせ十三男だし少しばかりヌケたところがあっても安倍一族に害を為す事はないだろう」と放置を決め込んだ。
しかし矯正されなかった辞任の臆病な性格は結果として頼時や貞任の足枷となった。前九年の役において、頼時は源頼義に誑かされて離反した一族の安倍富忠を討伐すべく軍を差向けたが、道中富忠の奇襲を受ける。この時、辞任は最前線を任されており、本来ならば父を護り戦わなければならない立場にあったにもかかわらず、突如降り注ぐ矢の雨に恐れをなしてパニックに陥り真っ先に逃亡、そのため指揮系統が乱れ、頼時はこの混乱の最中流れ矢を受けこれが原因で死去する。この一件に貞任は激昂し、平謝りする辞任をその場で斬罪しようとしたが、辞任を格別可愛がっていた安倍宗任と人格者で知られる藤原経清の取り成しもあり辞任は許された。
その後、源頼義は陸奥の豪族清原光頼を味方に引き入れ、厨川柵に総攻撃を仕掛ける。そして辞任は再び取り返しの付かない失態を犯してしまう。要所の一つであった晋三柵の防衛を任された辞任であったが、よりにもよって晋三柵に押し寄せたのは頼義の嫡男にして若くして武勇の誉高い八幡太郎源義家であった。怒号を飛ばし肉迫する義家に辞任は狼狽し、事もあろうにその日のうちに一人晋三柵から夜逃げしてしまう。このため晋三柵はいともたやすく陥落し、突破口を開いた頼義の軍が晋三柵から一斉になだれ込み、厨川柵は陥ち、安倍氏は滅亡する。
敵将であった源義家は「比類なき親不孝者にして、かのものほど羞恥弁えぬ漢未だ嘗て知らず」と憤慨し、逃亡した辞任を草の根を分けてでも探し出し八つ裂きにせんとした。しかし結局辞任の行方は知れなかった。
[編集] 人物
- 辞任が幼い頃に彼の祈祷を勤めた僧侶の昭恵(しょうけい)は彼の教義の師でもあり、辞任はこの僧侶に師事していた。しかし一方でこの昭恵は「平安時代の細木数子」と呼ばれるほど胡散臭い人物であり、源頼義と内通していた疑惑も浮上している。辞任はこの僧侶に洗脳されており、夜逃げも全て昭恵の指示によるものであった可能性が高く、辞任はむしろ昭恵に振り回された憐れな被害者であったのではないか、と同情的見解を示す史家が、前九年の役から2000年近く経過してからちらほらと現れるようになった。
- 彼は頼時の死因を作ったことと、夜逃げをしたことの二点のみで必要以上に貶められていると言わざるをえない。局地的な合戦では武功を挙げており、また国府軍との外交などにも赴いている。また夜逃げや敵前逃亡に関しても、部下達が辞任を煽った、また混乱する部下達を纏めきれずにその混乱に巻き込まれてしまっただけの可能性が高い。しかし一流の将であれば周囲に流されず、自軍を纏め上げる指揮能力と冷静さは持っていて当然のものであり、辞任に将才が欠如していたことは否定できないだろう。カイザー・ラインハルト曰く、無能であることが悪徳とされない平和な時代に生まれていて、国家や軍を率いる役職に就いていなければ、汚名を着る事はなかったかも知れない。
- 毛利小平太など、赤穂浪士の脱藩者達にその境遇を重ねられることが多い。しかし、大石内蔵助らの独断に巻き込まれただけの脱藩者たちと、責任ある立場にありながらそれを放棄した辞任を同列に語るべきではないとする厳しい見解もある。
[編集] 「炎立つ」における辞任の活躍
高橋克彦作の時代小説「炎立つ」において、敵前逃亡どころか辞任は事前に頼義らと内通して敵陣に投降し、寝返っている。しかしそれは頼義達の眼を欺くための偽りの投降であり、厨川総攻撃前夜勝利を確信し弛緩している頼義の寝首を掻かんとする。結局義家に察知され辞任は斬り捨てられ、安倍一族の勝利を願いながら息絶える。広く膾炙している人物像とは異なった男気のある辞任が見れるので、未見の人は是非読むべし。[1]
[編集] 関連項目
[編集] 注釈
- ↑ 他の小説家もそうだが、とりわけ高橋克彦は人物をカッコよく見せるためなら平気で史実無視を行う為、これが史実だと鵜呑みしないように。また史実と違うなどとケチをつけないように

