宇佐美定満

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宇佐美 定満(うさみみ さだみつ、別名 : 宇佐美定行・サダミッフィー・ウサミミ、1489年 - 1564年8月11日)とは上杉謙信に取り入って電波思想を吹き込んだ一種の詐欺師であり、その正体はからやって来たウサギちゃんである。こう書くと現代の萌えオタはぱふぱふしてくれる萌え萌えなバニーガールの姿を想像するんだろうが、甘い、甘いぞ。彼は化け物です。凶暴な猛獣です。アルミラージひのきのぼうでもぶっ殺せるけど、宇佐美はエクスカリバーでも倒せない。それぐらい凶悪な生き物なのです。

ちなみに山本勘助とは電波を互いに受信しあっていたらしく、この二人は戦国時代でも数少ないニュータイプに目覚めた人物ではないかと言われている。

謎に満ちた経歴[編集]

月からやってきたUMA[編集]

当時の月は日本同様戦国乱世の真っ盛りであり、状況としては日本なんかよりもはるかに殺伐とした修羅場であった。この頃月は、火星人の侵略に晒されていた。月のウサギちゃん達は火星人と死闘を繰り広げ互角に戦い、大量の火星人を虐殺したが、火星人は数の力で攻めてくるため苦戦を強いられた。しかし、1500年ぐらいには逆に月のウサギ達が盛り返し、月面上の火星人基地は全て壊滅した。時を同じくして、ウサギたちの間で「追いつけ追い越せ太陽系列強」のスローガンが掲げられ、植民地の拡大が叫ばれた。

余談だが、夜空の月を見るとウサギが餅つきしてる姿が見えると言う目撃情報が古来多数あるが、実際にはそれはウサギが火星人を100トンハンマーで殴り殺している姿である。

宇佐美は月の工作員であり、彼の任務は地球を侵略する事と、木星人を圧倒するほどの戦闘力を持つ地球人を連れてくる事であった。さっそく宇佐美は地球へ向かったが、月のウサギちゃん達は火星人のようにUFOを所持しておらず、また扱う事が出来なったため、隕石を使うことにした。宇佐美は隕石を使って地球に向かったが、UFOと違って操縦が不可能だった為、そのまま越後山中に激突した。ちなみにその日はまさに上杉謙信がこの世に生を受けた日でもあった。

謙信との出会い[編集]

幼き日の上杉謙信、長尾虎千代はどう見てもおにゃのこにしか見えなかったが(本当に女だったと証言する者もいる)、その一方、3歳頃から既にクマを鉞一本でぶっ殺すほどの武勇を誇っており、近隣にその蛮名を轟かせていた。時を同じくして、通り魔事件が越後に多発した。人々はこぞって恐怖を抱いたため、虎千代の父長尾為景は適当にそれっぽいモンタージュを作って指名手配しておいた。しかしそれらは実は宇佐美の仕業であった。どうやら、月に住むウサギにとって人間の肉は意外と美味らしく、朝昼晩の度に、宇佐美は人里に降りてきて人間に襲い掛かり検閲により削除して美味しく頂いていたらしい。この頃の宇佐美は、己の使命を忘れ、すっかり野生化していた。

しかし、運悪くまだ幼ない虎千代に見つかってしまい、捕まえられて以降彼女のお気に入りとなる。この頃ちょうど、虎千代の父為景が亡くなっており、宇佐美はお供え物として為景の仏壇に捧げられそうになったが、脱走した。そしてそれを追いかけた虎千代と10日間あまり追いかけっこをやっていたわけだが、上杉家臣達が若様がゆくえふめいになったと大騒ぎして総出で捜索に乗り出し、宇佐美は腹が減って動けなくなった虎千代に人参を掘ってきて食べさせようとしているところを取り押さえられた。宇佐美は誘拐犯としてその場であわや打ち首にされそうになったが、虎千代がかくかくしかじか説明して宇佐美が命の恩人である事を訴え、宇佐美は一命を取り留めた。しかしこれは虎千代の策略であり、この一連の行いによって虎千代が宇佐美の命の恩人になってしまったため、それを盾に取って虎千代は宇佐美に自分のペットになるように強要した。宇佐美自身も虎千代に惹きつけられるものがあったため、まあバーベキューにして食うつもりがないならと了承した。

軍師誕生[編集]

虎千代にお持ち帰りされた定満は、屋敷の庭にウサギ小屋を建てられ、そこで暮らした。頭の良かった定満は、虎千代に兵糧の調達方法、軍隊の指揮方法、うだうだ会議を重ねるよりミサイルを落とすのが一番手っ取り早い外交戦術であることなどを、虎千代とアーン♥♥しながら学んだ、と言うのは流石に嘘だ。そんなことしたら直江実綱とか他の重臣が黙っちゃいないからね。しかし謙信は変態かつ気違いだったから、いずれにせよ一回ぐらいは定満と獣姦してたかもしれない。まあ一回ぐらいならどうでもいいでしょう。「一発だけなら誤射かもしれない」とどっかのジャーナリストも言ってるんだし。

定満は虎千代を洗脳して、地球征服のための手駒として使おうと思っていたようだが、逆に翻弄され、すっかり手下その1に成り下がっていた。しかし使役されている内にこんな生活も悪くないかと思い始めるようになる。

やがて虎千代は元服して景虎と名乗った。元服した景虎は兄の晴景に会いに行った。このとき定満も同行したが、晴景の「おかしいな、ウサギが喋ってる幻聴が聞こえる」と言う発言を聞いて、晴景はアルツハイマーであると断定。試しに晴景の目の前で1秒にも満たぬ速さで人参を食って見せたところ、晴景は腰を抜かし、腰痛で3日間寝込んでしまった。この瞬間、定満は晴景から家督を強奪し、景虎に与える事を決心する。しかしどうやって家督を景虎に回すか良い案が思いつかなかった定満は、手っ取り早く晴景を脅して無理矢理家督を景虎に譲らせる事を決意。同胞の直江実綱、謙信の親父代わりを勤める天室光育和尚を抱え込んで、その日以来、定満は晴景の下駄を隠したり、廊下を通るところを上から水をぶっ掛けたりして嫌がらせをした。しかしこの嫌がらせは危険な諸刃の剣であった。晴景は虚弱体質だった為ちょっと脅しただけでも心臓が破裂して死んでしまう恐れがあったからだ。だが当の晴景は「俺が当主辞めたら怒り狂った民達が押し寄せてきて虐殺される」と定満らの発想とはまさかの事を言ってのけた。仕方ないと定満らは強硬手段に踏み切る事を決め、越後守護上杉定実と打ち合わせて、晴景の館を強襲して彼を監禁し無理矢理景虎を当主に挿げ替えた。初めからこうしておけばよかったんじゃないのと野暮なツッコミをいれるものは誰一人いなかった。お察し下さい

各地を転戦[編集]

謙信に従い、各地を転戦した定満だが、ウサギとカメの寓話を何故か知っていた謙信は、定満に居眠りする事を許さなかった。このため定満は睡眠不足で度々貧血でぶっ倒れる事もあったが、さすがかつて火星人と死闘を繰り広げていただけあって定満は丈夫だった。小田原城攻めや川中島の戦いでは、得意の跳躍力を生かしてニンジンソードを片手に暴れまくった。

しかし1564年に突如没した。これは月に還れない事を悟った為の自殺で、一人で死ぬのも面白くないので長尾政景を道連れにして無理心中を図ったとも言われるが、図太い定満が果たして自殺を図るだろうか、近年では定満が地球に不法滞在していたことがバレて地元の警察によって月へ強制送還されたか、あるいは工作員として役立たず、用済みと判断されて始末されたと言う説が有力である。

余談[編集]

定満の曾孫にあたる宇佐美定祐は曽祖父同様地球に密入国(密入星?)し、米沢藩に仕え、藩主の上杉定勝上杉綱勝辺りを洗脳して定満同様上杉家を影から操ったとか。しかし定満ほど有能ではなかったので、たいした地位につけなかった上、当時火の車になっていた上杉家の財政を立て直す事は出来なかった。定満はそれを直江兼続のせいだということにし、さらに過去の上杉家の資料で名臣や側近と記されているのが殆ど景綱、兼続の直江2代であったため怒り狂い、畠山義真と屈託して、宇佐美一族を直江が陥れたとして兼続を徹底して批判し、あらゆる資料に兼続は疫病神、奸物の極みと表記させ、異を唱えるものはニンジンソードで撲殺した。

後年、定満か定祐のどっちかの怨霊が海音寺潮五郎憑依し、憑り付かれた海音寺は気が狂ったかのように小説「天と地と」を執筆した。しかし、現代における宇佐美の知名度や人気は、それほど高くない。山本勘助のような猫背の小男が人気あるのに、宇佐美のほうは全然ないとはどういうことだと、一部の月に住むウサギ達が憤慨しており、今から5年以内に宇佐美を全国的に有名な人物にしなければ地球侵略するぞとの脅迫文を首相官邸に送りつけた。しかし月のウサギ語で書かれていたため、誰にも読む事が出来なかった。

関連項目[編集]

Wikipedia
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