奥州市

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奥州市(おうしゅうし)とは、建前上は岩手県内陸南部に存在する自治体の一つである。しかし、一般的には東北地方の太平洋岸全域、県をまたいだ広大な領土を持つ広域連合自治体であると理解されている。

建前上の概要[編集]

かつての岩手県南部は、北上・水沢・江刺といった中堅都市が密集し、各々しのぎを削る経済的激戦区であった。ところが、北上市金ヶ崎町が他市に先駆けて自動車産業を中心とした工業系の企業を誘致し、企業もこれに応えたことで市街は発展。これらの自治体は一歩抜きんでた経済発展を遂げ、周辺市町村は羨望と嫉妬のまなざしでこれを見つめていたのである。

これに対抗するべく、かつての水沢市江刺市は、アテルイの里としての歴史的側面や、南部鉄器・江刺りんごなどの特産物を積極的にPRし、文化的側面からの攻勢を強めていったが、やはり大企業の経済力には到底かなうはずも無く、人の流れは相変わらず北上市に流れていく様相を崩さなかった。

そこで、水沢出身の小沢一郎氏をバックとして、水沢・江刺及び周辺町村が大同団結して北上市に勝負を挑む構想が持ち上がり、2006年に「平成の大合併」という形で実現した。合併後の奥州市は県下でも第三位の人口・面積を持つ大都市(あくまで岩手県基準で)となったが、そもそも肥沃な胆沢平野にある奥州市は主要産業が農業であり、唯一盛岡と並ぶ商業の拠点であった水沢も、商店街キラーが次々と進出していく中で衰退し、今や見る影もないような状態である。

工業は言うまでもない。

実情[編集]

ここまで建前と称して奥州市の現状を記してきたが、あくまでもこれは建前である。

本来の奥州市は、「奥州」という陸奥国の別称が使われている通り、「青森県、岩手県、宮城県、福島県の全域」、いわゆる「みちのく」の全域を領土とする。「奥州市」が誕生した際にはこの名づけに対し、他の市町村からの反発も多かったのであるが、そもそもそういった反論を行っている他県の市町村においても、看板や市の観光パンフレットなどで「奥州」や「みちのく」といった表記が散見されることから、先述の県一帯が「奥州市」に含まれていることは明白な事実である。 また、この「奥州市」が誕生する際、偉大なる小沢一郎殿下によって「奥州市」民への宣誓が行われたが、市民らは全員諸手を挙げてこれを喜んだとされており、市民の意識という点でも先述の県一帯が「奥州市」に含まれることが何ら違和感のないものであると裏づけられている。

建前上は「北上市に対抗する」という目的で合併したとされる奥州市であるが、これについて偉大なる小沢一郎殿下は、「これは地元の支持を集めるための発言であり、本来の目的は東北地方の統一統治である」と仰せになられた。道州制の概念をいち早く実行された殿下の行動に対し、日本政府は厳しい非難を浴びせ即刻合併の取り消しを求めたが、殿下は「いずれ道州制やるんだべじゃ?」と伊達弁で一蹴した。

経済は、かつて東北一の都市と謳われた仙台や、福島・盛岡など名だたる東北の大都市を有していることから非常に栄えているが、首都圏や近畿圏と比較するとやや劣っている感が否めない。領土が広すぎて経済拠点がばらけているためであり、偉大なる小沢一郎殿下JR東日本に対し、東北新幹線の高速化を求めているが、現在のところ時速320kmに留まっている。

また、その広大な領土、長い海岸線から農業や漁業も盛んである。特にりんごや、お米や、牡蠣や、さんまなど、挙げれば枚挙にいとまがない。さらに、世界遺産である平泉白神山地を有し、歴史的建造物の数多く残る「奥州市」では、観光業も盛んである。それに付随した名産品も数多く有する。

先ごろの震災では、「奥州市」全域にわたって甚大な被害を受けたが、現在では一部海沿いを除いては復興が進んでおり、今後一層の発展が期待される。

地域[編集]

先述のように、奥州市は東北地方のほとんどの地域を合併した。その地域の詳細についてここにすべてを列挙すると大変なことになってしまうため、ここでは建前上の奥州市に存在する地域について紹介する。

水沢[編集]

偉大なる小沢一郎殿下のおひざ元にして、奥州市の中心地域である。かつては盛岡と並ぶ県南の商業の拠点として名を馳せたが、今やその面影は見る影も無く、新幹線もやまびこしか停まらない。もっとも、この新幹線駅も殿下のお力添えによってようやく作られたものであるが。

唯一の売りは特産の南部鉄器である。と言っても盛岡と双璧を成すような状態であるし、そもそも水沢は伊達藩である。盛岡と水沢では鉄器技術の源流が異なっているので、実際はこの二つは別物と言えるのだが、パッと見ではその差異が分からないため一緒くたにされてしまっている。

江刺[編集]

水沢とは北上川を挟んで対岸に位置する。かつては「江刺県」という名で行政中心が置かれていたり、奥州藤原氏の祖である藤原清衡の生まれた地であったりと、何かと歴史的な土地である。藤原氏誕生の地という事を生かして作られた「えさし藤原の里」は、よくNHK大河ドラマにロケ地として登場するので、是非一度スタッフロールに注目してほしい。

特産は岩谷堂箪笥と江刺りんご、及び岩谷堂羊羹が代表的である。前者二つは超高級品として一部で有名であり、特に江刺りんごは、初競りの際100万円で落札されたことが毎年全国ニュースとなるほどである。

前沢[編集]

何といっても前沢牛である。それだけ。

胆沢[編集]

胆沢平野と同じ名の付く街であるが、特に何もない。強いて言えばダムがある程度。坂上田村麻呂がアテルイを征伐するために築いた胆沢城は当地にある…と思われがちだが、実はこれは現在の水沢に存在する。

衣川[編集]

特に何も以下略

交通[編集]

これもすべてを列挙するにはあまりにも多すぎるため、建前上の奥州市を通る主要幹線のみ記す。

鉄道路線[編集]

建前上の奥州市内に水沢江刺駅が存在するが、やまびこしか停まらないため不便。一部はやてやはやぶさも停まるが、仙台まで各駅停車なのでほとんどやまびこ扱い。
車社会の奥州市においても一定の乗車率を保っている主要な通勤通学路線。水沢を始発とする快速アテルイもある。水沢駅と水沢江刺駅には特産の南部鉄器の風鈴がいくつも吊るされているが、はっきり言ってうるさい。

道路[編集]

奥州市の生命線。冬にはしょっちゅう吹雪で通行止めとなり、市内の物資輸送に支障をきたしている。
前沢SAでは前沢牛のハンバーグなどが楽しめる。
地元民にとっての東北自動車道である。中途半端に出来上がったバイパスでは岩手ナンバーの車が遠慮なく飛ばしており、観光客や帰省家族を恐怖させている。
パッと見県道と変わらない。唯一107号だけは、遠野市を経由して三陸沿岸へ至るメインルートとして交通量も多いが、江刺のちょっと飛び出ている所をカスるだけなので地味。

観光[編集]

これも以下略

名所[編集]

水沢や江刺、胆沢といった地域は、かつてのアイヌ指導者アテルイが拠点を置き、大和朝廷の侵攻に対抗して戦闘を行った由緒正しい地である。また、近くに平泉があることから藤原文化の発信地としても名高く、先述のように藤原秀衡生誕の地である。高野長英後藤新平の出身地でもあり、水沢を中心に博物館記念館が点在している。

また、水沢には国立天文台水沢VLBI観測所、江刺には宮沢賢治が愛した種山高原など、種々様々な観光地が存在する。もはや何を売りにしているのか分からない。市公式の観光サイトでも、観光スポットは列挙されているだけなので、市としても何を売りにしていこうか迷っているらしい。

特産[編集]

全国区の知名度を誇る前沢牛を始め、りんご箪笥南部鉄器など全体的に高価な物品が目立つ。一般的に観光客は財布のひもがゆるくなる傾向にあるが、箪笥1つでウン十万円とか、鉄瓶1つでウン万円と言われたらさすがに手が出ないであろう。前沢牛ぐらいなら手が出るかもしれないが。

ともかく、高価なものばかりで観光客が手を出しやすい安価な物品がほとんどなく、あっても特筆性に欠けるような、たとえばうどんやそうめんのようなものばかりで、また前述のような高価な物品はわざわざ現地で買う人は少なく、大体高島屋とか三越のようなデパートで、または通信販売で買う人のほうが多いため、特産品はほとんど集客に結び付いていないのが現状である。

しかしながらやはり高級品だけあって各々のクオリティは高く、富裕層を中心にリピーターが多く存在するのもまた事実である。

関連項目[編集]