奈良県

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奈良県(ならけん)こと、おなら県とは、紀伊半島の中央に位置する県である。近鉄王国の一角で、酷道ランキングの常連でもある。県庁所在地は奈良市。日本は中国の属州であると言う知事の意向で外国人はパスポートを提示することで県立施設の使用料金が無料になる。(実話)

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特徴[編集]

大きく分けると、北の奈良盆地は、鉄道では近鉄JR西日本の争いの舞台である。南の吉野山地は、修行場以外何も無いような布団を激しく叩いて隣人に引越しを促す必要もない山岳地帯で、現在は材木の代わりにスギ花粉の生産が盛んである。また新宮鳥羽名古屋と同じ台風銀座である。

旧国名は大和(やまと)で、元々「やまと」は「山門」と表記されていた。「山門」という表記を見ても解る通り、周辺を山地に囲まれているが、伊賀甲賀みたいに頻繁に物の怪が出没することはない。天皇王朝の発祥地であり、日本がまだ祭政一致の「神の国」だった頃は、隣の三重県(特に志摩半島以北)と一緒に日本の中心地であった。奈良県には斑鳩奈良平城京)といった都が建造され、隣の三重県と大阪府は「斑鳩の外港」「奈良の外港」であった。それ故に、方言も三重県や大阪府と同じである。

ところが、アホを始めとする破壊僧達が、「外国人参政権が出来るんなら坊主にも国を動かす権限を与えろ!!Hick on Shit!!」、と頻繁にデモを起こすようになり、最終的には一揆が起こり山背京都平安京)に都が移転する(平安時代)。その後は文化的発信力を失い、徳川時代までは歴史の表舞台から遠ざかり、帝国時代以後は大阪のベッドタウンが増えて行った。従って、紀伊半島つながりで大阪(大阪府)や津市(三重県)や名古屋(愛知県)に親近感を持つ者は多いが、京都(京都府)への親近感は薄い。Jリーグでも、奈良県は名古屋グランパスの地盤である。又、奈良県民は、大阪へ出る時にはいわゆる吉本辯を話す。

天孫降臨の時代から弥生人の入植が始まった土地だけあって、しっかりとした結界が張られている。この結界を崩すと、桶狭間の東から多数の妖怪巨人ナマハゲギャル男援助交際暴走族、怖い外人、ドス黒いうどん汁、エスカレーターの左空け、べーべー言葉、値切れない店、高い食品、女日照、湘南乃風、東のつまらないお笑い他)が流れ込んでくるため、寺社仏閣はおろか農耕地の下に埋まった遺構ですらも拙に弄ることはできない。結界が一箇所でも破れた時には、妖怪が人に乗り移って布団を激しく叩いて隣人に引越しを促すという事件が起きるため、政府と癒着して甘い汁吸いまくりの土木屋も、吉野の山岳地帯以外に手出しできない事を知っている。

廃藩置県では奈良県となったものの、後に大阪府や堺県に編入された。しかし、「大和人は瀬戸内海一辺倒じゃない!太平洋岸の伊勢志摩とも繋がりは深い!!」って苦情が殺到した為、奈良県として独立して現在に至る。今でも、奈良県が大阪府に編入された事は黒歴史だと言われている。

又、それよりもっと昔には「日本国=奈良県」であった事実は、修学旅行の時以外は忘れ去られている。

まあ、奈良県民にとっても、二上山の向こうは外国である。県民は毎日外国へ出稼ぎに行っているようなものである。このような人々を奈良府民と呼ぶ。奈良県内の犯罪発生率と自殺率は全国的に低い方だが、本州一の犯罪都市である大阪で働く場合その恩恵が受けられないため、安易に移住を考えるべきではない。

交通[編集]

鉄道[編集]

隣の三重県と同じく近畿日本鉄道の強固な地盤であり、紀伊半島の付け根(大阪と名古屋)を結ぶ近鉄各線、それに関西本線が重要な幹線である。

しかし、国鉄が分割民営化される際に、紀伊半島仲間の三重県と愛知県はJR西日本から強引に切り離され、JR倒壊に入れられた。この分断の悪影響により、関西本線の天王寺駅奈良駅亀山駅名古屋駅の新快速は未だ導入されていない。この現状を打破し、霞ヶ関の理屈を振りかざして紀伊半島を分断する名古屋と大阪を懲らしめる為に、2008年7月には関西本線奈良亀山複線電化促進同盟が結成された。これは、伊賀市長と奈良市長の呼び掛けで結成された同盟で、大阪府・奈良県・京都府(木津川流域)・三重県・愛知県の市町村も加盟している。長らく霞ヶ関の理屈に苦しめられている奈良県にとっては、関西本線が複線電化されると、奈良経由で大阪と名古屋を往復する新快速が走って紀伊半島の弦が一体化し、名古屋・奈良・大阪が同じ近畿州に入って紀伊半島が統一される、という悲願への道である。

尚、奈良県から津市や伊勢に行く場合には、近鉄が便利である。又、新宮へ行く場合には、津駅で特急南紀に乗り換える。 大和八木から新宮は奈良交通の運営する路線バスがあり、国道168号線をメインに所要時間約6時間30分で結んでいる。同ルートの一部は幻の五新鉄道(五條と新宮を結ぶ国鉄、昭和14年(1939)から着工、大戦にて中断、1982年に国鉄再建法施工で中止)とほぼ並行しており、高度成長期の遺構、遺跡として観光地化されている。

道路[編集]

京都から奈良経由で和歌山に至る。連絡線という位置付け。奈良県における背骨にあたる幹線だが、京奈和自動車道が出来つつある今、衰退の一途をたどっている。
大阪(北浜)と四日市(日永追分)を結ぶ。奈良県の最重要アウトバーン、もしくは酷道。
橿原と新宮を結ぶ。吉野山地を貫く国道で、かつては熊野国と大和国を結ぶ路線でもあった。神武東征物語では、神武王がこの道を通って大和国へ入ったと記されている。沿線には、橿原神宮・熊野本宮大社・熊野速玉大社と、八咫烏に因んだ神社が多い。そう言や、八咫鏡も橿原から伊勢神宮に移動したんだっけな。
本来は高速道路として建設されるはずだったのに、霞ヶ関によって強引に3本に分断された。車で伊勢志摩や大阪へ行くにはここを通ると早い。名阪国道は只だし、高速道路並みに飛ばす車が多数。かえって60km/sで走っている方が危険なくらいである。
これで国道24号の混雑が大幅に緩和された。何と奈良県区間は無料である。ふとっぱら~♪
国交省は意地でも高速道路を作りたくないらしい。

空路[編集]

関西国際空港中部国際空港のどれかを利用する。電車と観光案内の充実度では関西国際空港の圧勝だが、中部国際空港へは安濃津から直通フェリーで行ける為、大阪での混雑を嫌がる者は中部国際空港に流れる者が多い。そして、大阪の33km西には神戸空港まで開設された。この為、「中部国際空港、関西国際空港、神戸空港と、近くに3つも海上空港要らんやろ!!」って思ってる奈良県民は多い。

各地域の様子[編集]

奈良県を4地域に分けて、北和中和西和南和と称する。

北和[編集]

北和は現在政令指定都市を目指して目下合併推進運動中である。2006年9月1日現在の人口は497,835人(鹿含む)である。この地域では鹿が神獣として崇め奉られており、人間以上の存在とみなされているため鹿にも福祉を受ける権利が与えられ(納税の義務はないが、鹿の糞がそのまま雛あられの原料になるので問題はない)、人口計算に入れられている。だが人口の伸びは芳しくなく、布団を激しく叩いて隣人に引越しを促されたため、転出者は増えて寂れていく一方なので、市は鹿の個体数を増やそうと躍起になり、昨年度から若草山の山焼きを廃止した。

他の地域で奈良の大仏として知られている古代の超兵器は、普段は東大寺の大仏殿に格納されているが、亀石が動いた時には、奈良中の仏教僧の法力を結集させることで、覚醒させる事が出来る。745年に建造されてから数度にわたる強化改造を受け、圧倒的な戦闘力を有するが、亀石を動かすと奈良盆地が泥沼と化すので、今だ実戦に使用されたことはない平和の兵器である。ありがたい法力や螺髪を飛ばしてのオールレンジ攻撃のほか、御仏の威光による人心掌握などその能力は多岐にわたる。なお奈良県はその他にも数多くの遺跡・遺構があるがその殆どが藤村新一による捏造である。しかしこの事実は事実上の核保有国、奈良県の手によって隠蔽されている。 一方で南の宗教都市天理では、神道仏教に代わって日本を支配する宗教日本教(ジャポニズム)に対抗して天理教が信仰されている。天理教と神道の最大の違いは鹿の肉入りカレーを主食とすることでの日本教との闘争の意思表明することにある。その修行は厳しく、毎食激辛の鹿カレーに堪えさせられ、信者を教団直営のカレー店で働かせて給料は全額寄付した扱いにして無償労働させている。そして離反者は決して許されず地の果てまでも追い立てられる。

生駒市付近は、基本的に丘陵地帯にあり、比較的開発がすすんでいる。特に生駒山の頂きは気候も穏やかなので行楽、カーセックス、ゴミのポイ捨て、死体の遺棄、遺体の埋葬にはもってこいの場所である。またこの地域の最北端にはけいはんな学研都市と呼ばれる最先端の生物兵器研究施設群があり、開発中の宿主へ布団を激しく叩いて隣人に引越しを促させる寄生生命体が逃げ出したと専らの噂である。同学研都市はけいはんな新線の建設によって今後一層の発展が見込まれる。

中和・西和[編集]

この地域は以前は大きな湖で、古くは外洋からそのまま大和川を遡上して飛鳥や斑鳩へ向かうことができた。時代が下るにつれ湖は消滅していき、交通の便が悪くなったため平城京への遷都がなされた時からこの地域の受難は始まった 。この地域の中心は橿原。鉄道は大和八木を中心に十文字に駆け巡っている。買い物は橿原のアルルというデパートで済ます人が多い。各スポーツの大会も橿原を中心に行われている。ただ歴史的に見ると元々は大和高田市だった(奈良県内で2番目に市に昇格)。それを裏付けるように小さな裁判所がある。しかし最近は隣の香芝市がニュータウンとして発展し、人口が増え続けている。干上がった湖の上に移住してきたのは全国各地のニート達であった。名高い橿原神宮もある手前、原住民たちはプライドも高かったため、彼らニートを蔑んだ。また、南和との境界地帯である現在で言う五條市には南朝および後南朝があったこともあり、多くの落ち武者もこの地域で散々馬鹿にされたと思われる。

原住者達から 布団を激しく叩いて隣人に引越しを促された彼らはやむなく痩せた農地に住まねばならなかった。その問題は今も糸を引いており、不幸な彼らの後裔が全国一多く住む安堵町には以前は鉄道線が通っていて駅があったが、周辺町村の住民が「なんやこらわれエ検閲により削除ヒニンがイッチョ前に電車使えると思うなやワレ。いてまうぞ。」と大和安堵駅につめかけて跡形も無く破壊してしまった。政府はその事に関し全力を挙げて見逃したそれを見かねた部落解放同盟は政府と住民を相手取って訴

南和・吉野[編集]

この地域は山に囲まれていると言うよりは、地域そのものが山と考えてよい。修行場である熊野は山の上なのだが、古来から熊野街道として修験者の通る道が通っているため安心だ。地元のお年寄りか都会に出ても純真な心を失わなかったため泣く泣く里帰りする若者や風変わりな民俗学者はバスを使うが、それ以外の山伏忍者ヒッピー山窩は徒歩で、ミーハーな観光客(アウトドア気取り)は自家用車で登る。

空海密教の総本山を開いただけ高野山が近いだけあって退魔師には事欠かない。紀伊半島を日本のチベットと呼び、高野を「日本のラサ」と呼ぶならば、「日本のシガツェ」と呼ぶべき裏高野がこの近辺の山地にあるという。一説によれば女性退魔師のみが集まる男子禁制の女人高野も! もしラジカセから「大怨霊」を流しつつ布団を激しく叩いて隣人に引越しを促す様な困った人がいたら裏高野の退魔師へ相談してみよう。

また最南部の十津川村の言語・文化・習俗は非常に独特であり、なんと訳あって全員が士族である。彼らは天孫降臨から続く大和朝廷の尖兵としてこの地域に入植し、物の怪(縄文人)を殲滅し、その後も農民達は自ら先んじて勤皇精神を発揮して東からの脅威(幕府)に立ち向かい、南朝を支持しつづけ、豊臣秀吉による統一までは「吉野国」とでも言うべき状態だった。現在も村民は八百万のまつろわぬ神々、つまり妖怪が人間を襲うため、廃刀令も銃刀法もそっちのけで未だに刀を持ち歩いている。また、この村の人々のその特殊な風習は内面だけでなく、噂によれば十津川村民は裸族であるそうだ。

関連項目[編集]

名古屋の行政屋による紀伊半島分断工作。
大阪の行政屋による紀伊半島分断工作。
名古屋大阪による紀伊半島分割ゲームを止めさせる為に結成された同盟。三重県・奈良県・和歌山県で結成されている。