太田山神社

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太田山神社(おおたさんじんじゃ)とは北海道で一番西にある神社で且つ一番古い神社である。地元では太田神社または太田の神社と呼ばれているのが一般的で、正式名称で呼ばれる事は滅多にない。太田山と呼ばれる山(というか崖)の中腹にあるのだが、「何でこんな所に神社なんて作ったんだ!?」と眉をひそめざるを得ないほどに意味不明な場所にある。

北海道で一番古い神社と言うよりは、日本一危険な神社あるいは参拝したくても出来ない神社として有名で、エクストリーム参拝のプレイヤー界においては「太田山参拝」は一種の勲章である。(後述)

歴史[編集]

1871年(明治4年)の神仏混淆禁止の布達により、太田山を太田山神社とし、山麓に大日堂を建立して大日如来などの仏像を移した。

以後、漁師が漁の無事を祈る「」を奉る神社として繁栄する。ただし、繁栄しているかどうかは実に怪しい。なお、祭神は猿田彦命ということだが、この神に海神としての性格が備わっていると示唆するような伝承は特にない(古事記に、海で漁をしている最中貝に挟まれて溺死したという記述はある。)。

参拝する前の心得[編集]

  • を覚悟する
  • 残された家族のために絶対に生命保険に入っておく
  • 虫に刺されても気にしない
  • に襲われようが、かじられようが泣かない
  • 絶対に途中で参拝を諦めない

神殿までの道のり[編集]

参拝に来ただけなんだけど……

なぜこの神社が日本一危険な神社と呼ばれるかは、実際に参拝に訪れたならば誰でも察しがつく。むしろ、「普通に参拝できるだろう。余裕じゃん」などと思う方がどうかしているほどである。そんな人物は、もはや人間のレベルを越えていると言っても過言ではないだろう。

まず、参拝者はを止め、道沿いにある鳥居をくぐることになる。ここからは既に神社の領地内、つまり聖域である。大人げない言動は謹み、粛々として参道を歩かねばならない……のだが、突如目の前に結構長い石段が現れる。ちなみに、これはあくまでも客観的に書いたもので、実際に見るととんでもない長さである。階段に足を乗せると、たいていの参拝者、もとい挑戦者は、踏み面からかかとがはみ出てしまうことに狼狽する。さらに、ふと上を見るとあまりの急勾配に愕然とするはずだ。といってもそのような反応は当然で、斜度は平均45度で最高は50度にもなる。冬季オリンピックで行われるスキージャンプですら選手が滑り降りる斜度は39度であることを鑑みれば、傾斜角50度とはいかに異常なものかがわかるだろう。勿論、普通に上がることはスパイダーマンでなければ無理なので、常人は手すりにつかまりながら上がる。「それさえも無理」、「怖くて仕方がない」と言うのであれば、綱が垂れ下がっているのでそれにつかまりながら上がるのが良しとされる。もっとも、固定されている(はずの)手すりよりも、綱の方がおそらく相当高い確率で不安定であろうことが予想される。まあ、どちらに頼って参拝するかは挑戦者の自由であろう。

まだまだ続く果てしない道のり[編集]

石段を上がりきってもそれで終わりではない。地獄のような参道はまだ続く。

最上段まで辿り着いた挑戦者が自らの足跡を振り返ってみると、改めて不自然なまでに異様な傾斜角の階段を上ってきたのだな、と思い知らされる。「帰りもこの階段を下りるのか」あるいは、「この先もまだとんでもない悪路が続くのか」などと考えてしまうと、8割の挑戦者がここで参拝を断念し帰途についてしまう。しかし、ここまで来ておいてすごすご引き返すのは神様に失礼極まりない。歯を食いしばって参拝を続けるべきである。

果敢にも命懸けの参拝を続けることに決めた挑戦者は、ここからは草木の生い茂る獣道にも似た山道を、半ば登山の如く上がって行く。夏季には多くのブヨ・・ハチとか色んな虫が何故か一緒に同行してくれる。頼もしい限りであるが、ウザイからといって無闇に手で払ったりしてはならない。むしろ同行者が増えるだけである。目を足元に転じるとニョロニョロっとした応援者に遭遇するかもしれない。この辺りはそういう応援者が多いからだ。無論、発狂して追い払ってはならない。冷静に対処するのが肝要である。彼らを怒らせないよう木の枝等で「ゴメンね。今忙しいから、ちょっとあっち行っててもらえますか」と誘導し、静かに笹やぶの方にお帰り願うのが礼儀である。自然や生き物に優しくないと、この神社への参拝は出来ないという事だ。それが出来ないような挑戦者は、たとえ階段を上りきった猛者であっても、その1割が強制的に自宅に連れ戻されてしまう(そうならざるを得ない)。

ちなみに、こういった場所で出会うようなニョロニョロした生き物は取りも直さずそのまま山の神様なので、無礼な振る舞いは自らの首を絞めるだけでしかないことを知っておかなければならない。

最後の関門[編集]

上記したような困難を乗り越えた常軌を逸した挑戦者は、ついに最終局面である北尋坊の崖を目の当たりにする。挑戦者を絶望のどん底に叩き落すかのように、無情な岩肌を剥き出しにした壁が立ちはだかっている。だが、スルーしてはならない。何故なら、最終目標である太田山神社の本殿はその上にあるからだ。一見しただけでは何の事はない、ごく自然の崖である。目をゴシゴシして二度見したって変わるわけがない。やはり崖である。ほとんどの挑戦者がこの時点で「たかだか神社の参拝のために、なんでロッククライミングなぞせねばならぬや?」と我に返り、引き返してしまう。「登ろう!」と決断できるのは、状況を素早く正確に理解した百戦錬磨の挑戦者のみであろう。そのような人は、おしなべて好奇心旺盛、または、そもそも参拝以外に取り立てて目的を持っていない。そうでなければ、よっぽどの命知らずか自暴自棄になっているだけである。崖の高さは約7mで、ビルの3階に相当する。言うまでもないが落下すればに至る事は必至、免れたとしても大ケガを負ってしまう。

恐怖心に苛まれないよう、崖をよじ登っている最中は下を見てはならない。かといって上を向いても、イタズラ大好き猿田彦がここぞとばかりに石を投げつけてくる(落石とも)ことがあるので、がんばって避けねば非常に危険である。

こうして、幾多の困難を乗り越えた挑戦者のみが本殿へ参拝する栄誉を得ることができるのだ。

またこの時、毛むくじゃらの応援者に出くわす事が多い。彼らは応援する為に駆けつけてくれたのだが、すでに疲労困憊の挑戦者にそんな事情を察する余裕はなく、見た目だけで嫌悪感を抱いてしまう。ニョロニョロっとした応援者と同様、せっかく良かれと思って来てくれたのに、容姿がキモいとかそんな理由だけで大声を上げ、彼らの気分を害し反感を買うのは得策ではない。失礼であるし、なにより逆襲を受け、命を落としてしまう挑戦者もいる。従って、そういう場合はニコニコしながらあらん限りの力を込めて相手の目にパンチし、後ろを振り返ることなくスタート地点まで競争するのが良い。誤解してはならないが、これが彼らとのごく当たり前な友好的コミュニケーションなのだ。

目的を達する喜び[編集]

最後の難関を乗り越えた勇者のみが、日本海とか奥尻島とかが眼下に広がる光景を見ることが出来る。それは何ものにも代えがたい喜びであり、参拝することができたという信仰心よりもむしろ、ここまで登り詰めたという達成感が先に起つ。ただし、「こんなところまで来て、俺は一体何をやってるんだ」などと疑問を持ってしまうと、やっちゃった感の方が強くなってしまう。

アクセス[編集]

外部リンク[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「太田山神社」の項目を執筆しています。

類似の施設[編集]

  • 三仏寺 - 仏様に文字通り「会いに行く」ことも可能な鳥取県の寺院。特に投入堂は60年間に3人しか参拝成功者がいない。