天動説

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天動説(てんどうせつ 英:geocentric theory, Ptolemaic system)とは、歴史の原初とも言うべき大昔に唱えられた、スパイシーでフルーティな天文学の仮説である。地球中心宇宙説とも呼ばれる。

概要[編集]

二世紀ごろに体系化されたというこの説は、「地球は宇宙の中心である」という至って明快な思想である。人間は神の子であり、その足下に広がる大地は不動の物であり、宇宙ではその周りをあらゆる星が回って、地球の威信を保っていると考えられた。もちろん太陽も例外ではない。

この思想には宗教的な意味が強く、大地が不動にして不壊の存在であり、人類は神の下で守られているという思想から、広く人々に信仰されていた。つまり、神とその創造物たる大地・人類の偉大さを表す、謙虚で純真無垢な思想なのだ。

今となってはこの天動説は、人類の自己中心性を示すものとして笑いものにされる事もあるが、全くもってその通りである。

この説が一般化してから幾年か経ち、ガリレオ・ガリレイが地動説を主張した時に様々な問題が起こるのだが、それよりもっと前に大きな問題が発生していた。(後述)

成り立ち[編集]

この説が誕生したのは遥か昔の事である。およそ人類発祥とほとんど重なる時期だったと見られる。

が地球の周りを回っている事は、当時の誰もが知っている事だった。その月の対となる存在なのだから、太陽は逆に回っていてはおかしいのだが、当時の人々はそこまで考えず、回っている事にした。そのうち、クセになってしまったらしく、何か新しい星を見つけるとまず、回っている事にした。この原因について、当時の人々は馬鹿、つまり「頭が回らなかった」ので、逆に頭以外の全てを回してしまえ、という考えに至ったとする説が有力である。

かくして太陽を含め全ての惑星が地球の周りを回っているという説は、ごく早いうちから信じられていた。この説が一種の常識となった上で築かれた文明なのだから、宗教でもこれが肯定され、あらゆる物が回っている事にされたのは当たり前である。「頭の回転が速い」などと言うが、これは頭が常に回っている事にされたものであり、本来は「衛星のように付属物的な頭」という意味の、侮辱の言葉であった。他に、イスラム教の事を「回教」と呼ぶのも、イスラム教は常に激しく回っている、つまり「衛星のように付属物的な宗教」という意味の、キリスト教徒が用いる蔑称なのである。

この他にも、様々な物が回っている事にされていった。ただし地球だけは、動いてしまったら大地が不動で人間がいくら好き勝手しても環境破壊も天変地異も起こらないのだという教義に矛盾するため、これは回っていない事にした。

こうして生まれたのが天動説であった。そしてこの天動説も、その後回っている事にされた。

天動説の大問題[編集]

前述の通り天動説は、「地球は宇宙の中心である」という説である。だがこの説が一般的となった頃、至上稀に見る大問題が生じた。それは、宇宙の中心が地球であるなら、その地球の中心は何処なのか?という、至極当然の疑問だった。

世界の中心に宇宙があり、宇宙の中心に地球があるなら、地球の中心には何があるのか。そこにアンサイクロペディアがあると知っている我々にしてみれば珍妙な疑問であるが、当時の人民は激しい論争を繰り広げた。この論争は後に回っている事にされ、有名になった。

最初に出た仮説は、地球の中心にローマ教皇がいるという説だったが、今のはともかく当時のローマ教皇は動いていたため、それもすぐに否定された。次に、地球の中心はローマであるとも言われたが、不覚にも「地球の中心はローマである」という言葉は文字数が偶数であり、中心には何もなかった。

やがて地球が球体であるという事実が世間一般に広まると、地球の核には楽園への入り口があるという噂が出回った。もちろんこの噂は回っている事にされた。そして驚くべき事に、地球の核の中へ入っていこうという凄まじいチャレンジャーが後を絶たなかったという。彼らは回っていた事にされてしまい、救出に向かう者は一人もいなかった。その理由について、みんな回っているからだという結論が下された。当然、この結論も最後には回っている事にされた。

最終的には、地球の核を除く全てのものが回っている事にされ、中心を探すのは無意味であるという教皇の話により、議論は終結した。結局、この教皇の話は回っている事になり、話題を呼んだ。

地動説の証明[編集]

ガリレオ・ガリレイは、「地球は宇宙の中心ではなく、太陽の周りを回っている」という「地動説」の理論的な証明を発見した。彼はすぐさまそれを発表したが容れられず、「地球は不動である」という宗教思想を崩してしまい、その教授行為を禁止されてしまう。その後、著書『天文対話』がきっかけで裁判に掛けられる。この裁判は最高裁に回される事はなかったが、回っている事にはされた。

地動説で最も問題となったのは、地球が回っているという点であった。すでに地球以外の全てが回っている事にされていたので、「地球までもが回っているなら、一体何がそれらを回しているのだ」という問題が発生したのである。この時、すでにも回っている事にされていた。ガリレイは「それでも地球は回っている」と反論するも、この反論は回っている事にされ、ガリレイは回されてしまった。

かくして天動説は地動説を迫害し、回っている事にした。この頃の人々は何でも回っている事にする習慣が付いており、回したり回ったりするのが楽しくてたまらなかったため、どうしようもない。社交ダンスやマラソンなどと適当な口実を作って、人々は回るのに夢中であった。

ガリレイは晩年、地動説を捨てる事になり、軟禁状態で当たり障りの無い科学の研究に精を出した。残念ながらしばらくのうちは、それらをまとめた著書は世に回っている事にされ、あまり受け入れられなかった。

天動説の滅亡[編集]

ガリレイを見事に辱め、天体望遠鏡の信頼性まで脅かすほど、天動説は人々の意識の中へ浸透してしまった。だが、ついに訪れた破綻はとても劇的な出来事だった。

天体望遠鏡は大方の学者には回っている事にされ、ある学者はこれを「カレイドスコープ(万華鏡)のようなものであり、映っているのは本物の宇宙ではない」と主張した。ところが、この主張が大きな問題となっていく。この問題は世界中に回っていった。

人々は一斉に天体望遠鏡を持ち、必死でそれをくるくる回しながら覗き込んだ。しかし、どんなに回しても映っている風景は全く変化しない。望遠鏡はカレイドスコープではなかったのである。これがきっかけで望遠鏡は多くの一般人に広く用いられるようになり、そこに映っているものは本物であると誰もが認めざるを得なくなった。そして、望遠鏡を通した風景がいくら回しても動かない事から、「不動のものは地球だけではない」という説も出された。

その頃、アイザック・ニュートンはトイレの中で、ぴーが絶妙な弧を描いてトルネードするように便器へ注がれる様子から万有引力を思いついた。(現在では教育上の観点から、リンゴの木で思いついたとの説明もされる。)

この万有引力によって地動説に科学的な説明が可能となり、また天動説は、望遠鏡によって完全に否定された。同時に太陽中心宇宙説の方の地動説も否定され、宇宙の中心が何処かという議論は忘れられてしまい、ただ単に地球が回っている事になって解決するのだった。

その後[編集]

地動説に取って代わられた天動説であるが、現在では錬金術生類憐みの令のように、歴史家たちの間では一定の敬意を持って扱われる。当時の人類にしてみれば宇宙はまだ未知の世界であり、想像に委ねざるを得なかった。現在の我々のように宇宙人反地球を想像するほどの基盤すら無く、地球中心にならないように考える事ができなかったのである。

逆に軽率な民間人の間では侮辱と嘲笑の標的になる事もあるが、これは五十歩百歩というものである。当時の人々が地球中心に考えてしまったように、我々も現代人中心に考えてしまい、過去の人間の頭脳がいかに未発達で馬鹿であったかという至極明瞭なハンディキャップを見落としているのである。

昔の日本人にいくら牛乳を飲ませたって、一代で欧米人並みに身長が高くなるわけじゃない。ゆっくりゆっくり成長していくのが生命だ。

関連項目[編集]