大豊田連邦

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

画像:Exploding-head.gif この記事は情報が多すぎてグダグダです。
全部読むと頭が爆発してしまうかも。
内容を削るか記事を分割することで爆発の危険を抑え、ご家庭での使用に適した記事になります。
Disambiguation この項目では名古屋共和国が設立した共和国連邦について記述しているばい! 宗主の自動車メーカーにつ・い・て・はトヨタ自動車CHECK IT OUT!! はい!!!
大豊田連邦
大豊田連邦(でゃーとよたれんぽう)
(国旗) ――
国の標語 : ジャストインタイム
大豊田連邦の位置
公用語 名古屋語
(三河語、美濃辯、遠州辯など)
首都 豊安京(連邦議会、行政機関、最高裁判所)
最大の都市 中京都(名古屋共和国首都)
大統領 河村たかし(暫定)
元帥 落合博満
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第どれ位
16,225km²
0.1582%ぐらい
人口
 - 総計(2008年
 - 人口密度
世界第どん位
10,000,000
616人/km²
政府 名古屋共和国
長良共和国(傀儡国家)
イオン共和国(傀儡国家)
天竜川共和国(傀儡国家)
国民的な英雄 つボイノリオ
宮地佑紀生
東海併合 2008年5月1日
通貨 東:ドエリャー 西:ダラァ (Der./Dla.)
時間帯 UTC +9 (DST: : なし)
国歌 おいでん
宗教 トヨタ生産方式
国際電話番号 0565 

アンポータル 国 アンプロジェクトアンポータル 国


大豊田連邦(でゃーとよたれんぽう/だいとよたれんぽう)とは、名古屋共和国東海併合岐阜県三重県静岡県長野県の一部を併呑した際に設けた連邦である。

連邦議会、行政機関、最高裁判所の所在地は「豊安京」(ほうあんきょう。旧豊田市)。

目次

[編集] 地域分布

[編集] 名古屋共和国(地図:赤)

詳細は「名古屋共和国」を参照すること。

[編集] 長良共和国(地図:緑)

[編集] イオン共和国(地図:青)

面積が狭い為に、県を設けていない。

[編集] 天竜川共和国(地図:黄)

[編集] 通貨

地域によって異なる。なおそれぞれの通貨に関しては名古屋共和国の通貨を参照の事。

  • ドエリャー/セントリャー:名古屋共和国の中京都と尾張州、イオン共和国、ながら共和国
  • ダラァ/ジャンリン:名古屋共和国の西三河州、天竜川共和国

[編集] 連邦歌

旧豊田市の頃から歌い継がれた「おいでん」が採用された。

7月になると豊安京中心部に数多くの人々が集められ、連邦歌に合わせて踊るマスゲームが行われる。

[編集] 連邦設立に至った経緯

名古屋市は自らを「中京都」「東海」と称し、近隣地域を東海道とは何の脈絡もなく「東海」と称している。「東海併合」と称した近隣地域の併合は、当初は名古屋共和国が各地域を併呑するつもりだった。その方が記事を編集するのに統治するのに楽だと思った為である。

しかし様々な歴史の違いにより民族間での相違から混乱を招きかねない事が解り、連邦として統治する事になった。

[編集] 言語の違い

連邦内には「名古屋語」だけでなく、大きく分類すると「三河辯」「美濃辯」「遠州辯」「伊那辯」「伊勢辯」が存在する。更に細かい分類では、名古屋語をベースとした「知多辯」も存在する。

さすがにここまで言語が異なると、一国で統治する事は困難である。

[編集] 名古屋のワガママ

大豊田連邦議会場
大豊田連邦議会場

この辺りの大企業の町と言えばお判りだろう。豊田市。そこが刈谷岡崎などと手を組んで名古屋共和国から独立しようと考えていた。

しかし、トヨタ様あってこその名古屋共和国…じゃなく、単に首都名を付けた「大名古屋帝国」や「大名古屋連邦」を検討していたが、「豊田市の物は名古屋の物?ぱくるな!!」っていう豊田市からの苦情によって、「大豊田連邦」に決まった。

[編集] アメリカからのクレーム(守衛さんの話)

あれは「大名古屋帝国」か「大名古屋連邦」で揉めてた頃の事さ。

俺はいつもの様に仕事をしながらうたた寝してると、突然電話が鳴ったんだ。

ボーっとした頭で出てみると、アメリカの…街の名前までは忘れたんだが、そこからだったんだ。

彼からは「そんな名前を付けるな。乗っ取る気か?」なんて言われたんだ…かなり流暢な日本語で。

それを河村さんに話したら、外交的に支障が出る恐れがあるって事で、急遽見直しが決まったんだ。

あれは何て街だったっけなぁ…あぁ、今思い出したよ。マイアミだ。

[編集] 娯楽

[編集] 中日ドラゴンズ

大豊田連邦内は中日ドラゴンズの地盤。ただし、中日スポーツは、東は掛川・駒ヶ根から、西は敦賀草津潮岬までの広い範囲で購入できる。伊勢熊野・琵琶湖若狭湾浜名湖は中日の物って事か。

一方で、名古屋は、浜松や飯田よりも、津市彦根や敦賀の方が近い。このため、中日戦に観戦に来る三重県民や滋賀県民は、遠州辯を「ダニみたいでウザイ!!」って見下している。

[編集] 日本プロサッカーリーグの地盤

元々、濃尾(名古屋共和国と長良共和国)は鯱軍の地盤であり、三遠南信(天竜川共和国)は歓喜軍の地盤である。メインスポンサーは鯱軍がトヨタ自動車で、歓喜軍がヤマハ発動機となっている。

ところが、鯱軍は西の紀伊半島三重県東牟婁郡奈良県)に地盤と加入選手を開拓しているが、歓喜軍は東の富士山麓(特に藤枝から清水までの地域)に地盤と加入選手を開拓している。藤枝は歓喜軍の地盤だが、清水は鼓動軍の本拠地でありながら鼓動軍と歓喜軍の両方に多くの選手を出している。

つまり、鯱軍は南近畿のチーム、歓喜軍は今川武田のチームとも言える。銀行の分布を見ても、鯱軍の地盤には中京銀行と第三銀行が多くて、歓喜軍の地盤には静岡銀行が多い。

又、日本サッカー協会のエンブレムは八咫烏(やたがらす)だが、八咫烏のお膝元は熊野三山である。鯱軍は、この熊野三山に最も近いJリーグチームである。熊野三山の新宮までの距離を見ると、大阪より名古屋の方が近い。

そう言えば、J2にFC岐阜とか言うチームもあったか…まぁいいや。名前ぐらいしか知らねぇもん。

[編集] 今後の動き

[編集] 紀伊半島への侵攻

名古屋共和国軍
  • 常滑航空隊(通称:セントレア航空隊)
  • 伊勢進駐部隊(通称:八咫鏡部隊)
  • 新宮進駐部隊(通称:烏狩り部隊)
  • 奈良進駐部隊(通称:近鉄方面隊)
  • 橿原進駐部隊(通称:天皇教制圧部隊)
三重・奈良連合軍(指令本部:鈴鹿

紀伊半島に当たる三重県(含東牟婁郡)と奈良県に向けてのインフラは、道路では名四国道東名阪自動車道が、鉄路では関西本線が整備されていた。名古屋と那智勝浦を結ぶ「特急南紀」も健在である。

狙うは桑名を越えて鈴鹿から潮岬奈良への侵攻である。豊田軍は、紀伊半島侵攻のうち、四日市以北を侵略してイオン共和国という傀儡国家を建設した。尤も、イオン共和国の成立以前から、三重県と東牟婁郡と奈良県は、霞ヶ関の理屈を振りかざす名古屋の横暴に苦しめられていた(→新宮市#論争・対立)。

名古屋の横暴と和歌山の強請りに苦しむ東牟婁郡を救援すべく、三重軍は伊勢神宮熊野本宮を結ぶ「熊野古道」を道の世界遺産にまで押し上げた。この動きにより、観光客の増大を目論む伊勢と新宮は、「熊野三山の観光ガイドには、紀伊半島の付け根である名古屋と大阪、それに名古屋~大阪の間に位置する京都がアクセス拠点として掲載されている。名古屋・京都・大阪が、新宮に逆らえるはずがない!!」って名古屋への懲罰的言動を強めている。

この紀伊半島の統一を分断する為に、名古屋国軍は中部国際空港を開設した。ところが、蓋を開けてみれば、中部国際空港は三重県民(含東牟婁郡)と滋賀県民(含若狭)には利用されているものの、肝腎の観光案内には滋賀県が掲載されていない。一方で、早くに開設された関西国際空港は、観光案内で三重県(含東牟婁郡)・滋賀県(含若狭)・福井県の全域が観光案内でキチンと掲載されているなど、阪神淡路大震災からの教訓に学んで、紀伊半島・琵琶湖岸・若狭湾岸を一体的に「迂回路」と見ている。

名古屋国軍の地理感覚の無さから、伊勢が率いる三重軍は、「三種の神器のある伊勢が名古屋支配圏で畿内じゃないなら、信長や秀吉の領土だった京都も名古屋支配圏で畿内じゃないだろ?!」「尾張と美濃が連絡線で繋がってるのに、三重県と滋賀県が連絡線で繋がってないのはおかしいだろ!!」って、名古屋国軍をバッサリ斬り捨てた。そして、同じ近鉄王国の奈良県民からも、「大阪の猿真似は止めたらどうや!」「奈良を『大豊田連邦』に入れるって言いながら、中部国際空港には奈良の観光案内が無いぞ。これで奈良が『大豊田連邦』だって?アホ言うな!!」って嘲われる始末である。この点からも、中部国際空港は確固たる信用を得ていない事を露呈して終った。

更に、2008年2月23日には、鈴鹿と草津を結ぶ新名神高速道路が開通し、伊勢(紀伊半島東岸)から敦賀(若狭湾岸)までが高速道路で結ばれる事になった。これにより、新宮から敦賀までが実質的に一つの道となり、京都から伊勢志摩への観光客も増えた。又、豊田軍は「甲賀は名古屋の家来になる」って軽く見ていたが、実際には名古屋から甲賀へ行く観光客が増える逆の結果になって終った。

しかし、ここじゃ默ってないのが豊田軍。熊野三山はサッカー日本代表のマークである八咫烏(やたがらす)のお膝元であり、三重県への復帰を願っている為、「(高校サッカーでは)四中工を応援してるんだろ?!」という説得や、「豊田スタジアムで日本代表戦があるなら、入場券を優先的に配ってやるぞ!!」という人参作戦に出ている。

[編集] 近江・若狭・越前への侵攻

名古屋共和国軍
  • 常滑航空隊(通称:セントレア航空隊)
  • 長浜進駐部隊(通称:秀吉部隊)
  • 安土進駐部隊(通称:信長部隊)
  • 敦賀進駐部隊(通称:気比神宮部隊)
  • 福井進駐部隊(通称:勝家部隊)
滋賀・福井連合軍(指令本部:長浜

琵琶湖若狭湾方面に当たる滋賀県福井県に向けてのインフラは、元々あった名神高速道路東海道本線に加え、1988年には京都から福井まで北陸自動車道が通り、2008年2月23日には前述の新名神高速道路が開通した。更に、福井軍・滋賀軍・舞鶴軍・京都軍が手を結んで、2014年を目処に舞鶴若狭自動車道舞鶴から敦賀まで開通させる予定である。滋賀県(近江・若狭)と福井県(越前)は、戦国時代にも「浅井朝倉連合」という反尾張の同盟軍を結成していた地域で、現在では「東近畿三県同盟」という形でこの同盟軍が復活している。

狙うは関ヶ原を越えて長浜から京都・敦賀・福井への侵攻、列びに木曽三川を越えて鈴鹿から近江八幡への侵攻だが、滋賀軍は2007年に恐るべき兵の存在を公表した。彦根城を居城とする「毘古尓庵」である。一見ゆるキャラである為に、相手へ油断を与ひこにゃんえたら最後。「井伊の赤備え」着用を認められている毘古尓庵は、仲間の「刺魔裟古尓庵」らと共に一気に攻め立てると言われている。

更に、長浜は豊臣秀吉石田三成の本拠地であったため、織田信長・豊臣秀吉・琵琶湖との関わりが深い地域で結成する「琵琶湖若狭湾友好同盟」の会長代理である。なお、「琵琶湖若狭湾友好同盟」には名古屋と敦賀も加盟しており、長浜にとっての「琵琶湖若狭湾友好同盟」は、いずれも秀吉との縁が深い京都・名古屋・敦賀・大阪を丸め込んで、「大近江王国」の盟主になって三つの海岸(太平洋の名古屋・日本海の敦賀・瀬戸内海の大阪)と紀伊半島を制することである。後述の「滋賀県庁移転期成同盟」は、「大近江王国」の樹立への前触れである。

毘古尓庵の登場と長浜の確固たる知識に恐れる豊田軍は、警戒して手が出せない状況である。名古屋が率いる豊田軍は、「長浜は豊臣秀吉の本拠地だったから、名古屋の家来で『大豊田連邦』だろ。」って攻めたが;長浜が率いる滋賀軍は、「バーカ!豊臣秀吉は名古屋で生まれて、長浜や大阪を本拠地にして、首都の京都で死んだから、名古屋・長浜・大阪は全て京都の家来だ!!」「名古屋の理屈なら、浜松も長浜も京都も『大豊田連邦』なんだろ!?長浜と浜松なんぞ、地理的にも歴史的にも何の縁も無い!!」って反撃し、豊田軍の無知をコテンパンに撃破した。

しかし、ここじゃ默ってないのが豊田軍。「大権現様へのご恩を忘れたのか?!」との説得や、好物の「おだんご」を贈呈するなど、実は毘古尓庵に近付いているとも噂され、既に関ヶ原の戦いで西軍だった刺魔裟古尓庵を消す約束をしたとも言われている。

[編集] 京都への侵攻

京都市大津区に滋賀県庁があることで不便を食らっている長浜・名古屋・敦賀の住民と中小企業は、「滋賀県庁移転期成同盟」を結んでおり、京都市役所と滋賀県庁にも県庁移転要求を叩き付けている。

敦賀には新快速が京都や長浜から乗り入れしているが、名古屋を本拠地とするJR倒壊が「京都の物は名古屋の物」であるような宣伝をしている為、長浜・名古屋・敦賀の中小企業は、「JR倒壊の商法は京都を敵に回すぞ!」「京都から名古屋へ新快速を乗り入れさせろ!!」と火消しに躍起になっている。又、敦賀市役所は「若狭の総意は畿内州へ入る事。」と宣言しているが、長浜と若狭の商工団体は、敦賀と同じく「近江の外港」でもある名古屋を畿内州へ引き入れるつもりである。

このように、霸権主義的な「大豊田連邦」を志向する名古屋共和国の政財界と、地理と歴史を重んじた「大近江王国」を志向する住民と中小企業とでは、考えが食い違っている。尚、「大豊田連邦」を主張する有名人は奥田碩が、「大近江王国」を主張する有名人はワッキーがそれぞれ代表格である。

[編集] 飛騨・北陸への侵攻

東海北陸自動車道の全線開通(予定:2008年7月5日)と同時に、岐阜県飛騨地方・富山県石川県福井県越前地方への領土拡大を開始する見込みである。これらのうち越前には、敦賀経由と郡上経由の2路線で挟み撃ちする腹積もりである。

もし北陸が大豊田連邦に併呑されると、日本は東西分断の危機に直面する。

この東西分断の危機を回避する為、富山軍は「さらさら越え作戦」という作戦に出る算段である。これは、戦国時代に、佐々成政徳川家康へ同盟の締結を求めて富山から浜松へ行った歴史に因んだ名称で、富山と浜松を結ぶ連絡線を通す作戦である。具体的には、富山~下呂~中津川飯田~浜松のルートで、連絡線の鉄道と道路を整備する。富山と浜松は東京京都から等距離で行ける為、富山県にとっては是非実現したい路線であるが、岐阜と名古屋の行政屋が桎梏になっている。

そこで、浜松に対しては、以下のように説得するつもりである。

「名古屋と同じ『織田豊臣組』の長浜や敦賀から、紀伊半島の津市や新宮から、『名古屋とは地理的・歴史的な縁も有るが、浜松なんて何の地理的・歴史的な縁も無い!!』って苦情が来てるぞ!!」
「天竜川共和国には兵越峠があるけど、兵越峠は武田信玄の軍勢が通った道だろ。だもの、浜松は今川武田組だ!甲府からも、『織田豊臣組の名古屋や長浜と一緒になるな!』って苦情が来てるぞ!!」

又、長良共和国の分割を希望しており、西濃を長浜と一緒の織田豊臣組に入れて、東濃木曽を紡績工を送り出した諏訪と一緒の組に入れるつもりである。

岐阜と名古屋に対しては、「織田信長や豊臣秀吉なんか『愛知都民』『滋賀都民』だろ!」「長浜や敦賀や京都の方が圧倒的に近いだろ?それなら『大近江王国』に入ったらどうだ?!」って言い放ち、浜松とは縁を切って長浜や京都と一緒になるようよう説得するつもりである。

[編集] 関連項目