大宮アルディージャ

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「大宮アルジャジーラ?」
大宮アルディージャ について、勘違い
「残留王に俺はなる!」
大宮アルディージャ について、モンキー・D・ルフィ

大宮アルディージャ(おおみや-)は、さいたま大宮地区を拠点とするサッカークラブ。通称・残留争いのプロ。あだ名は「リス」、「みかか」。強い方のさいたまでもある。何かチーム名が中東っぽい。


概要[編集]

Jリーグ誕生時にお隣からあったプロ化の誘いを断ったのに、Jリーグブームが羨ましくなったことと、隣の芝が気になってしょうがない大宮市民によってNTT関東サッカー部がプロ化し、誕生。

後述の通り、残留争いの盛り上げ役が専ら本業である。

隣のURAWA本舗が様々な一発ネタを駆使し目立とうとする為、イマイチ影が薄い。さいたま市内でも大宮サポははぐれメタル級のレアモンスターであり見つけるのは至難の業と言われている。唯一の保護地域である大宮区でもその数が減少してきている。とはいえ、近年は本舗のギャグが県民に飽きられてきている為個体数がわずかながら増えてきているという噂もある。

バカップルお仕事中

マスコット(リス)がいるが、赤い方とは違って良く働く。ただし主な仕事内容はバカップルでいちゃつくことである。そのため毒男喪女からは「リア充マジウゼェ死ね」と思われており、クラブは彼らの支持を得られないでいる。それも大宮サポの個体数が増えない要因の一つになっているとか。

歴史[編集]

J2時代[編集]

ピムおじさんの下序盤戦は首位に立つなど大健闘。しかしエースFWが暴漢に襲われ失明、選手生命を絶たれるという前代未聞のアクシデントをおこしてしまう。しかもこの選手は2007年に39歳という若さでこの世を去っている。ご冥福をお祈りいたします。この穴は大きくチームは失速し、5位でフィニッシュ。後は割愛するが、2004年みうみう(迷将のほうの三浦)を監督に起用、さりげなく2位に滑り込みJ1昇格。ちなみに、この年にフレンドリーマッチでフィオレンティーナと対戦し、3-1で勝利している。

「残留争いのプロ」襲名[編集]

2004年のJ1ではある大事な要素が欠けていた。それはズバリ秋の風物詩、残留争いである。この年の降格枠は0.5。最下位のみが「入れ替え戦」に出場するというシステムだった。サポーターでもなきゃ経歴がはっきりといえないぐらいに監督を交代しまくるというどうしようもない状態だったピンクの豚が15位ながら残留。自動冷却機の影響によりチームとサポーターの仲まで冷え切った沈みかけの太陽は最下位となり入れ替え戦行きとなったものの対戦相手がスタジオ汚鰤率いる博多の埃だった為、問題なく快勝。というわけで降格チームは0でした。

このつまらない状況を重く見たチェアマンは、J1昇格を果たした大宮のフロントに対し「(残留争いを盛り上げる)仕事、お願いしますよ」と頼んだ。そして、大宮アルディージャの華麗なる仕事振りがここから発揮されるのである。

新外国人クリスティアンの活躍により序盤は勝ちまくったが、勝ちすぎた。ナビスコ杯まで予選突破してしまい、「ヤバイ、このままだと仕事が果たせない!」と焦るフロントはクリスティアンを強制追放。更には穴埋めとの建前で降格請負人も引き入れに成功。これが功を奏し、見事に順位は急下降、そして満を持して降格ダービーに参入した。サポーターからは(表向きは中断期間中にチームに無断で他チームに移籍したとされていた)クリスティアンに対し非難が集中したそうだが、その時のフロントは非常に心を痛めていたそうな。 しかし、この年に補強していた阿波踊りのプロが残留のプロを牽引することになろうとは当時のフロントも予想だにしていなかった。

サポーターは何も知らない為、当然の如く「降格」という二文字が脳裏をよぎる。サポーターがチームに出来る唯一の方法。それは、「スタジアムで声援を送る」である。続々とスタジアムにあつまるサポーター達。その数は明らかに増えていた(元々レアモンスターなので数える事が容易であったが、それが難しくなってきたので増えたと分かった)。大宮公園サッカー場の改修に伴うラストゲームも手伝い、観客動員数は飛躍的に増大し、フロントは内心ほくそ笑んでたという。

肝心の戦いのほうは、台本どおり終盤戦で勝ちを積み重ね、見事残留を果たし、降格枠は本当に沈んだ太陽ミキタニの玩具、そしてヴ(笑)にしっかり譲ってあげました。

計算通り!

その後の残留伝説[編集]

  1. 序盤好調→夏場大失速、降格圏内→終盤帳尻、残留決定!!(基本パターン)
  2. 前半戦低迷→監督調整→後半帳尻、残留決定!!(2007年、2010年、2012年)
  3. 前半戦首位争い→監督調整→後半低迷(8連敗×2)で帳尻、前半戦の大きな貯金で残留決定!!(2013年)

と3パターンを使い悠々自適にシーズンを過ごしている。その残留力は2011年に阿波踊りのプロを放出しても2年くらいは効果が残留していた。また終盤戦での他の残留争いクラブへのいじめも欠かさない。

☆9年連続残留争い生還・10年連続J1二桁順位達成おめでとう☆

2005年 第31節終了時→残留決定

2006年 第30節終了時→残留決定

2007年 第34節終了時→残留決定

2008年 第34節終了時→残留決定

2009年 第33節終了時→残留決定

2010年 第33節終了時→残留決定

2011年 第32節終了時→残留決定

2012年 第33節終了時→残留決定

2013年 第30節終了時→残留決定

2014年 最終節終了時→お察し下さい

2015年 第41節終了時→来期残留争い参戦決定

J1優勝までのロードマップ[編集]

2009年+2011年後=4020年

上記の通り2000年代序盤では「残留争いのプロ」として名を馳せている大宮であるが、プロクラブである以上「J1制覇」を目標としていることは言うまでもない。

残留決定が最終節までずれ込んだ2008年シーズンの翌年元旦、大宮はクラブ全体の士気向上を兼ねて、サポーターにJ1制覇までのロードマップを右図の通り発表した。

なんと西暦4020年までに優勝を勝ち取るという壮大な計画である。それまでにJリーグは存在しているだろうか。その前に大宮というプロクラブは存続できているだろうか。いや、人類がそこまで生き残っているのだろうか。興味は尽きない。

これからの大宮の展開から、目が離せないぜ! 

あ~でもまず、2015年はどうしよう?J2でも残留争いを盛り上げる?と一緒に昇格プレーオフを冷やかしに行く??

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「大宮アルディージャ」の項目を執筆しています。


この項目「大宮アルディージャ」は、執筆者自身は結構気に入っていますが、どう見てもクソの山です。本当にありがとうございました。彩の国さいたまに訴えられないうちにさっさととりかえることをお勧めします。 (Portal:スタブ)