大分トリニータ

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あれ?この人どっかでみたことあるような・・・

大分トリニータ(おおいた - )は、横浜からはあまりにも遠すぎる九州の東らへんにある宗教法人、兼、人身売買組織である。組織の隠れ蓑としてプロサッカークラブも運営している。

概要[編集]

台車で搬送される御神体
  • 1994年に結成。当初は「大分トリニティ」と称して新エネルギーである「トリニティ・エネルギー」の研究にいそしんでいたが、エルダー星人の攻撃に遭い研究を断念する。ゴッドシグマは未完成だった。エネルギー研究は地元企業が跡を継ぐはずだったが何を間違ったかエクストリーム・訪問販売に参戦した為にやはり頓挫してしまった、朝日ソーラーじゃけん。
  • 当初の信者はわずか3人であった。
  • 1999年に宗教法人として認可された際に現在の呼称に改めた。
  • 御神体はで、2008年に一般に開帳された。名前は「二位たん」で、万年J2落ちの危機が発生する(隠れ蓑の)チームに対して「優勝は無理でもいつかは二位に」という思いが込められている。
  • 信者は青い法衣を身に纏う事が義務付けられている。

活動内容[編集]

宗教[編集]

  • 春-秋の期間はおよそ2週間に1回、土曜日または日曜日に山の上にあるドーム型の総本山へ集まる。
  • 集会前には御神体のが動き出し、不思議な踊りを披露する。
  • 黄色い席の辺りでは90分間立ち続け、賛美歌を歌いピッチに降臨する神を称える。
  • ただし間違って進行役の人におかしなものが降臨してしまうことがよくあるので注意「して」
  • 大分からあまりにも遠すぎる関東の南の辺りにある港町、の隣の団体(緑じゃない方)の監督には「何か」が連続で降臨してしまった、お大事に。
  • かつては小室哲哉も信者としてお布施を献金していたが、途中でケチって支払いを止める。その後の彼は「大分の呪い」にかかった。
  • 参拝料は大人の場合2000~5000円程度と、宗教法人のお布施にしてはリーズナブルである。

教義[編集]

  • 結成当初の名称にあるように、キリスト教の中心教義である三位一体(トリニティ)を取り入れているとされる。一方で、かつてキリシタンにしてやられた経験のある八幡信仰や仏教勢力とキリスト教勢力との和解を示しているとも、サッカー日本代表のシンボルマークでもある八咫烏(ヤタガラス)の三本足に掛けているとも言われる。
  • 「聖なる三、三にして一」という言葉に代表されるこの教義は「宗教指導者三名が縦一列に並び、相手に一人であると油断させておいてから連続で説法する」という過激なものである。ただし異教徒からは踏み台にされることも多々ある。
  • 現在の隠れ蓑であるサッカーチームでも戦術として多用されるが、進行役の人から黄色いお布施を出されることもしばしば。

総本山[編集]

  • 大分市にある大分スポーツ公園内の、ご神体の瞳を模した建造物が総本山。通称大銀ドーム。
  • 収容人数は最大43000人だが、うち9000人分はコンクリートの上にパイプ椅子を置いただけの可動席。
  • パイプ椅子の紛失が激しく現在の可動席は6000席にすぎない。
  • 屋根は開閉式になっているが、これは総本山の換気のためのシステムである。夏場は開けないと蒸し風呂になる。
  • 開けられるだけ西武ドームよりマシ。

人身売買[編集]

経営が厳しいため、毎年のように青少年達を金持ちに売り払い生計を立てている。

  • 地元の有望な青少年を集めて養育し、一流の木人形になった時点で売り払う。
  • 他チームではいまいちだが素質ある選手を見いだしては二束三文で借りてきて、そのまま返さない。彼らも一流の木人形になった時点で売り払う。
  • 最近では人身売買への風当たりが強く、信者が離れつつある。

近年の隠れ蓑成績[編集]

1999年
東北のスイカップチームから教祖を招聘するついでに向こうの主力も強奪していく。バチが当たったのか最終節のロスタイムで山形にゴールを決められ昇格失敗。
2000年2001年
大体似たような感じなので割愛。2001途中に教祖交代、教祖の座を追われたノブリンは大分からあまりにも遠すぎる関東の南の辺りにある港町、の隣のチームでも同じような目に遭う事となる。
2002年
ディフェンスに定評のある教祖のもと、特に波乱もなく昇格。ワールドカップの調整試合でチュニジアになぜか勝利してしまう。
2003年
J1昇格の初シーズンであったが『防御は最大の攻撃』をモットーに鉄壁の布陣を敷いたものの失敗。残留には成功するが、不振の責任を取り教祖交代。
2004年
コマンドを「いのちをだいじに」から「ガンガンいこうぜ」に変更したがレベルが足りず失敗。やはり教祖交代。
2005年
開幕から絶不調で8月に不安ぼ教祖が責任をとり割腹。2年連続で決めた崖っぷち残留がヤバイということで、ラピュタ王家よりロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ大佐を新教祖として招聘。暗号解読の手腕をフルに生かしたスパ検閲により削除で勝ちを重ねていき、最終的に11位にまで上昇させる。
2006年
飛行石の力で順調に勝ちを伸ばすが、秋に滅びの呪文を唱えられて順位が急降下。かろうじて8位をキープ。
2007年
昨年の滅びの呪文の影響で低迷するが「トリニータは滅びぬ、何度でもよみがえるさ」との言葉どおりしぶとく14位で残留。
2008年
御神体の加護を得たロボット兵の圧倒的な守備力により、ナビスコ杯を制する。天皇杯ではロボット兵を温存したため敗北を喫し、協会側から全力で試合に臨んでいないと叱責されるが「事を急ぐと元も子も無くしますよ、閣下」と言いくるめて事なきを得る。
2009年
2008年の死闘に全てを出し尽くした大分は 続く2009年に前人未到の14連敗を記録。その責任をとらされる形でシャムスカ監督が解任される。「トリニータは滅びぬ、何度でもよみがえるさ」と言い残すも流石に2度目だった為か効果が通用せず王国は崩壊した。そこで、偶然布教活動のため来日していたオーストリアの神父様を、ざびえる2箱で説得し新教祖に指名。他宗教の力を借りるという脅威の策を投じた結果、今までのチームでは思えないほどのパスサッカーを披露。当時エセ王者となっていた海豚ガチな教団チームをなぎ倒し、更にはこれまで自動敗戦扱いとなっていたお犬様にも神父様が叩き込んだ犬恐怖症克服術により見事勝ち星を奪うなどリーグ終了まで10戦負け無しという成績を残した。



まあ、結局降格なんだけどね。





が!!!物語はこれで終わりではなかった、・・・・・・・・


マルハンがスポンサーをユニフォームに入れることがJリーグに認められなかったため、来期にはスポンサーから撤退。代わりにスポンサーについたのは謎のサプリメントを販売しているよつば会社である。検閲により削除商法と噂のよつば会社を、信者は試合時に弾幕で糾弾した。そのためよつば会社はこの年限りでスポンサー撤退。

そんな騒動の最中今まで隠されていた(負の)埋蔵金の存在が発覚、社長はエクストリーム・謝罪へのエントリーが噂されていたが土壇場でお釈迦様・・・?だっけ?誰?が天国から垂らした糸をたどり一人地獄から脱出しましたとさ、めでたしめでたし。


よーく考えよう。お金は大事だよ。
2010年
前述の事により、「地方クラブの希望」から「Jリーグの汚物」と化したトリニータは、一気に捨て子ミドリ集団との消滅ダービーに参戦する。その圧倒的な負債により一時は消滅確実と言われたが、そこはチーム伝統のしぶとさを存分に発揮し見事Jリーグより6億円を借りパクることに成功。一部残留こそは果たせなかったが、見事Jリーグ除名を免れ往年の残留力を見せ付ける形となった。
しかし、その代償はJリーグ主催による事業仕分けにより払われた。すっかり教祖の地位の虜となった神父様も、1.03hydeの元ベストイレブン男も、半年間のオブリ曰く飛べない奴らでの修行を終えた魔人も、ぜーんぶバッサリ切り捨てられた。有望な青少年達もほぼ全てがドナドナされ残ったメンバーは、なぜか教祖に舞い戻った不安ぼ感とプロリハビリスト等となりすっかり弱体化していまいました。そして気づいたら朝鮮人が4人も入信していた。しかも一人そのお国の代表選手としてワールドカップメンバーに選ばれていたらしい。
が、そんな人がいながら最終順位は19チーム中15位。ちなみにこのチームを下回った4チームというのは、
という面子なのだがら、この順位がいかに恥ずかしいか良く分かる。ちなみに2年前はJ14位だった。

伝説的なJ2デビューを果たしたギラヴァンツちゃん相手にも勝ち点3を獲得できない有様で当然のごとく不安ぼは斬首。新たに田坂和昭という地味でキャラが薄い人を教祖に据えた。そしてテーッハミングの若き至宝モサ松アレさえなければ今頃日本代表もみーんないなくなって、いよいよJ2くさい面子になってしまったため、このページが 加筆されることはないだろう。更なる信者離れが懸念される。

その頃、不安ぼは何故か2010シーズンのKリーグチャンピオンであるFCソウルの監督に就任。一体誰が監督にしようなどと言ったのかは最大の謎である。案の上開幕直後になかったことに。

2011年
とりあえずター坊がコンバート厨だったため、様々な選手が様々なポジションでやってた。尊師もキャリアハイとなる8得点を記録。シーズンオフには尊師がJ1個人昇格するも怪我しなければワールドカップ出てた人が加入、さらにはモサ松が復帰。少しはネタになるか?
2012年
ター坊がコンバートしまくった結果、上手くハマって昇格争いに参戦。しかし2010年のJリーグからの借入金の返済期限が迫っておりこれをクリアしない限りは成績面で結果を残しても昇格できない状況であった。あらゆる金策、借りパクを計画するも状況改善には至らなかったため大分フロントは「J1昇格支援金」と称し、サポーターから一口5000円での募金を募るという乞食作戦に打って出る。企業等からの支援も含め計3億円を集め借入金を返済しようというトンデモ計画ではあったが、これが大成功。見事3億円(内1億円以上が個人の出資)の募金を募る事に成功し見事借入金完済にこぎ着けた。大分県民すげえ。でもこれで昇格できなかったら笑い事じゃ済まねえぞという空気になってきた中、大分は最後まで昇格争いを演じるも6位フィニッシュ。去年までならここで夢、潰えるとなったとこであったがところがどっこい。今年から導入されたJ1昇格プレーオフへの出場権が6位まであった為J1昇格への可能性がギリギリで残された。よかったね!しかしギリギリの6位ということで、全試合アウェー開催、引き分けの場合でも相手チームが勝ち上がりとなるなど不利な条件での中でのプレーオフ出場であった。
初戦で調子乗らなくなった人が4ゴールと大暴れし京都を粉砕(ちなみに京都はリーグ戦3位であったため去年までならJ1に自動昇格していた。むげねえなあ)。決勝戦の相手は相変わらずの大の不得意先・わんわんお。試合は終始押され気味ながらもスコアレスで進み、迎えた後半終了間際にワラシの大分加入後初ゴールで先制。リーグ戦は5試合0得点であった為大分サポからは「何しにきたんやこいつ」的な扱いであったが、最後の最後で仕事をした形になった。そしてこれが翌年も含め大分で唯一仕事したシーンでもあるのは内緒。この一点を守りきってJ1昇格プレーオフを制覇。まさかのJ1昇格を果たしてしまった。
2013年
というわけでまさかの昇格を果たした大分であったが、シーズンオフにチーム最多タイの得点を記録した釣り人兼芸人が大人の事情で京都っ子に。借金返済を力技で乗り切ったという事で金銭面の不安は相変わらずであったため補強は黄金期のレギュラーであったファルコン等、30過ぎのおっさんコレクションが中心であった。ぶっちぎり最下位予想を殆どの解説者から予想される中、総司令官・ター坊は目標に「全てのタイトルを目指す」を掲げた。現実見ろや!
シーズン序盤こそ接戦を演じ健闘するもター坊の目標虚しく多方の予想通り降格圏に低迷。前半戦で僅か1勝しか上げられなかった。この1勝もアルビレックス新潟のCB二人が試合中に衝突しお互いがプレー続行不可となり負傷交代するというウルトラKによる影響が強かったものであり、とにかくどうしようもなかった。シーズン途中にはキング・カジを瓦斯屋から借り入れしたものの状況は上向かず6試合を残して1年でのJ2出戻りが決定。結局勝点14(Jリーグワーストタイ)、シーズン2勝、リーグ戦ホームゲーム未勝利(Jリーグ史上初)と、(悪い方の)記録づくめの一年となったが後任探すのもよだきいってことでター坊は続投・・・・!!予想外・・・!!
2014年
再びJ2に戦いの舞台を移した。とはいっても主力の戦力の流出は結婚してますます調子乗らなくなった人(あと何故かタンノタン)ぐらいであった。まあ裏を返せば元々戦力がJ2クラスであったという事なんだけどね。最も「主力」以外は結構抜けた。
昨年の惨状とは打って変わって復調し、昇格プレーオフ圏内近くの順位をキープ。最終節で勝てば昇格プレーオフへ出場という所まできたが、最終節の相手がこの年J史上最速でのJ1昇格を決めるなど異次元の強さを見せつけた湘南ベルマーレでした。
2015年
雅なチームから釣り人兼芸人が3年振りに復帰。よく知らないけど10番背負ったブラジル人東ティモール国籍の人とかでFW陣が(頭数だけは)磐石となった。反面、中盤の主力級2人が移籍したが、わんわんおの10番を獲ったりしたのでプレーオフ争いは現実的、上手くハマれば自動昇格もあるってのが大まかな評価であった。ところがどっこい蓋を開けてみると・・・。一昨年と同様精神崩壊してきたター坊を諦めたのはいいが後任候補に全て振られるという恥ずかしい自体に。結局、宗教ネタで記事を執筆した縁もあるのか3色旗教の信者が監督に。成績面はなんとJ2ぶっちぎりである。下方向に
そして、埼玉のリスと静岡のサンコウチョウのチームをJ1へお見送り。その結果、最終的に21位でぎりぎり自動降格を免れるものの、J2昇格プレーオフで町田ゼルビア相手に2試合合計1-3で敗北。J1でカップ戦の優勝経験のあるチームがJ2降格からわずか2年でJ3に降格という、初めての光景を日本のサッカーファンに見せ付けることになる。
J2昇格プレーオフでは、相手選手へのボディタッチで2枚目のイエローカードを喰らったり、何も無いところで芝に足をとられて足首をぐねった挙句、PKをはずして、いじめられっこのようにうつ伏して、他の選手の士気を低下させる選手も居て、J3降格となった。
2016年
そんな訳でJ3に戦いの場所を移すことになった。当然の如く監督交代となり代わりにOBで監督初挑戦の片野坂知宏が監督に就任。去年のチーム得点王だったカウンター製造機がJ1昇格した盟主へ移籍した他わんわんおの10番を中心に昨年の主力が移籍していった。補強では何故か広島から元日本代表がやって来たりしたが基本は他チームからの期限付きやユース昇格の若手となる。シーズンは開幕3連勝の後に失速し一時は10位まで順位を下げることになり、更に順位を2位まで持ち直したものの1位の栃木SCとの直接対決に敗れてしまう。この時点で大半のサポーターは優勝を諦めた……が、ここから栃木が大失速。29節に首位に立ち最終節でガイナーレ鳥取に勝利して優勝と1年でのJ2昇格を決めた。なおJ3記録の10連勝を果たし2位に最大勝ち点9差をつけた栃木SCは2位で入れ替え戦に回りツエーゲン金沢にホームでもアウェイでも敗れJ3残留となってしまった。むげねえなぁ。

そして、再びJ1へ[編集]

ゆかいな教団員たち[編集]

教祖[編集]

歴代教祖より一部を説明する。 基本的には隠れ蓑のサッカークラブの監督も兼ねている。 というか設定を貫き通すのも面倒なのでサッカークラブの監督としての説明を中心とする。

コバさん(2001年途中 - 2003年)
守備重視戦術を用いて大分を初めてのJ1昇格に導いた。翌年の2ndステージには守備重視というか守備極振りのドン引き戦術へと変貌したが残留という最低限の結果は残し退任。
その後はJ1昇格請負おじさんとして全国を放浪している。
ハンバーガー(2004年)
コバさんのカメさんサッカーが見てて面白くなかった馬刺し芸人ハゲが招へいした。
攻撃的サッカーを掲げたが、ドラクエで言うと「はがねのつるぎ」を買うために防具を全部売っ払ったみたいな惨状になっちゃったので1年でオランダに返品。
皇甫官(2005年 - 同年途中、2010年)
「名選手名監督にあらず」ってことで、夏に解任されました。
その後は大分FCの副社長などを歴任したが2009年の負の埋蔵金事件のせいで監督の成り手が無かったため再登板。
高年俸の選手・スタッフは軒並み仕分けされた中で何故かこの人は2000万貰ってた。
ペリクレス・シャムスカ(2005年途中 - 2009年途中)
本名・「 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
選手の能力を増強させる催眠術に定評があり、2005年には降格まっしぐらのチームを復活させ歴代最高順位に持って行った。
2008年には選手をロボット兵とすり替え超守備的戦術を取ったのが功を制しリーグ史上最少失点を達成。リーグ戦4位・更には沢口靖子杯を優勝し始めてのタイトルをもたらした。
2009年は何者かに滅びの呪文を唱えられ催眠術が解けた為、開幕から低迷した為夏場に解任。
ター坊(2011年 - 2015年)
ベンチに座ってるだけで2000万貰ってた人が放置してたため腐ったミカンの溜まり場となっていたチームの改革を実行。
腐りかけていた尊師調子乗る豚さんを復活させたり2012年にはチームをJ1再昇格に導いたりした。
が、負けが込み始めると1試合毎にあみだクジでスタメンを決めだす病気を患っていた為、2015年にJ2最下位の状況で解任となった。
三色旗の人(2015年)
長年大分FCのスタッフを務めていたが2015年に田坂を解任した後、後任を用意できなかった為自ら監督に就任。
選手に配慮し、口出しはせずスタメン固定して後はベンチで寝てたら、起きた時にはチームがJ3に降格していた。
その後は給料未払い大国に高跳びした。
ちひろ(2016年 - )
現職。日本サッカー界の新興宗教・ミシャ教の信者であり、彼が得意とするポゼッションスタイルを標榜している。
が、昇格が危うくなると方向転換し守備重視の戦術に切り替えるなど教祖よりも現実への対処は上手い。

教団員[編集]

後藤優介
モブキャラみたいな顔の現エースストライカー。
ゴールもそれなりに稼ぐが、最大の特技はゴールポスト当ての為、実力を最大限評価されていない。
さんぺい
釣り芸人。趣味としてサッカー選手をしている。
2012年のJ1昇格に貢献したが大人の事情により女性下着会社製の服着てる所に左遷。
が、豊後水道の魚が忘れられず2015年に戻ってきた。
伊佐耕平
ゴリラインスタグラマー。大分県人の33.4%は彼の投稿を見るためにインスタに登録している。[要出典]
レイチェル
端正な顔立ちで大分のアウグス子女性達のハートを掴んでいたサイドアタッカー。
結婚してからはイケメンキャラから芸人キャラへシフトしつつある、気がする。
年1回に限りゴールを決める券を発券していたが、2017年は継続利用感謝サービスで3得点も決めてくれた。

退団した教団員[編集]

モサ松
1年の東京ガスへの出向を除き、2000年から16年間教団に在籍した変人バンディエラ。
チームのエースストライカーであったが、大銀ドームよりも都町スタジアム(東京でいう歌舞伎町)での得点成績の方が優れてた、かもしれない。
2016年に引退し、市議会議員へ転身。地上波で局部を露出しても政治家になれることを示した。
マグノ・アウベス
ブラジル代表のストライカー。まともなパサーがいなかった大分で2年で29得点をたたき出した。
ジョイフルのみぞれチキンステーキが大好物であり、ドリンクバー割引券1年分で引き留めを画策したが、
ジョイフルが全国展開している事に気付かれた為、引き留めに失敗した。
おいさん
自称ブラジル出身のサッカーが上手いおいさん。嫁はモサ松
2回首になっても愛妻の為に戻ってきたお人好し超良い人。
サンバを踊り相手を惑わす隙に突破していくおいさんドリブルが必殺技。
菊地直哉
守備的ポジションならどこでもこなせるマルチロール。日本代表にも選出経験がある。
そんな選手を大分が取れた理由が知りたい人は「菊地直哉 女子高生」で検索検索ぅ!
2018年に結婚。色々あったけど良かったね。
小林宏之
ロッテの守護神。趣味として大分でサッカーをしていた。
飽き性なのかサッカーの試合中に時々踊りを披露したりしていた。
前田俊介
周囲から諦められない人。
ター坊が諦めなかったお陰で覚醒しかけた所で、味噌ラーメンジンギスカンに惹かれ蝦夷へ。
見事腹回りのビルドアップに成功してしまった為、諦められてしまう。
2017年に鳥取からも諦められたが、ターク・ハルが諦めなかった為沖縄SVに移籍。
森島康仁
一時期は諦められない人と一緒に食用豚として出荷されてもおかしくない状況であったが、
ター坊に調教されエースストライカーに成長。
ペット用として2014年に川崎市に出荷された。

関連[編集]


ExSport.png この項目「大分トリニータ」は、エキサイト不足のようだね。
さあ、君もこの記事に胸が高まるような文付け足してみよう。レッツトライ! (Portal:スタブ)