塩野七生

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塩野 七生(しおの ななみ 本名 しおの ななお 1937年7月7日 - )は恐らく現在最古の腐女子の一人であり、最古の同人作家、最も成功した同人作家、そして(サーヤを除けば)最も高名で権威ある同人作家である。

目次

[編集] 同人作家として

塩野の同人デビューは、1970年に遡る。この年、彼女は『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で同人作家としてデビューする。何とこれは、コミックマーケットが始まる五年も前の事であった。この事からも、彼女がどれだけ歴史有る同人作家か明らかであろう。

[編集] 腐女子として

彼女が腐女子として実力を発揮し始めたのは、『コンスタンティノープルの陥落』(1983年)からであろう。この本の冒頭では、トルコ皇帝メフメト2世が少年と禁則事項ですしたことが明示的に示されている。 さらに、1992年から2006年まで執筆された彼女の代表作、『ローマ人の物語』では、ローマ人がいかにホモであったかが余すところ無く記され、世の腐女子達を萌え萌えにした。

[編集] 成功した権威ある同人作家として

このように腐女子としてキャリアを積み重ねた彼女は、今や最も成功した、権威有る同人作家と成った。日本には多くの同人作家が存在するが、両者をバランス良く兼ね備えたのは彼女くらいのものであろう。例えば、権威だけなら「皇女による王女のコスプレ」で有名なサーヤも匹敵するだろう。しかし、彼女はそもそも同人作家である事がほとんど知られていない上、彼女の本は現在入手不可能な状態にある。塩野氏の同人誌が、全国の書店で入手可能な事とは対照的である。

一方、成功した同人作家としては、池田大作氏や大川隆法氏も挙げられる。両人とも巨大なファンクラブを抱えるのだが、そのファンクラブの巨大さと熱心さ故に、一般人から奇異の目で見られることが少なくない。具体的に言うと、池田氏や大川氏の同人誌を「これ面白いよ、是非読んでみて」と友達に勧めると、理不尽にも内心で「勧誘」と思われ、その友人達はいつの間にか自分を避けるようになってしまうのである。

しかし、塩野氏の場合はそうではない。もしかしたら歴史オタの友達が出来るかもしれないし、友達が減る事は無い。これが彼女が権威有る同人作家である何よりの証拠である。ちなみに、中には『ローマ人の物語』の内容が不正確だと批判する者もいるが、これは彼女の著作が同人誌である事を理解出来ないDQNの批判であるため、全く的外れだと言える。

[編集] ヘタリア在住

多くの腐女子と同じく、彼女も自分の萌えには並々ならぬ熱意をもって臨んでいる。それは、永住権を取得してヘタリアに住んでいる事からも明らかである。『ローマ人の物語』は14年もの歳月をかけたが、腐女子の中には二十年前のアニメやゲームに萌え続けている者も少なくない事を思えば、これは極めて自然だと言えよう。むしろ、自分の作ったキャラに入れ込みすぎて公式が同人化した挙句、肝心の本編が一向に進まないままあの世へ旅立ってしまった腐女子がいる事を思えば、14年で完結できた事は、腐女子にしては速い仕事であるといえる。 たまにローマ帝国萌えが行き過ぎて、新聞や雑誌で「アメリカもイギリスも単なる野蛮な侵略国家。ローマこそ帝国」と言った持論を展開するが、これは腐女子が自分の萌えているBLカップルについて萌えを語っているようなもので、あまり深刻に捉える必要は無い。

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