報われない労働

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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報われない労働(むくわれないろうどう)とは、全ての労働のうちで、対価が支払われず、またその功績も評価されず、加えて後始末も自分で行ない原状復帰を求められる仕事のことである。

概要[編集]

この種の労働の、最も端的な例は「を掘って、埋める」である。(→道路工事

例えば、原野の真ん中に行って、穴を掘る。1hydeの深さになったら穴から出て、埋める。埋め終わったら、掘った穴の隣に、穴を掘る。掘り終わったら、また埋める。これを10セット50時間繰り返すあいだに、君は多分悟りに達するか、あるいは涅槃に達する。

これに類似する行為としては、「ウィキペディア関係者(ウィキペディアン)らが行う荒らしへの対応」「刺身にたんぽぽを乗せる行為」が挙げられる。これも相当に報われない。

他にはローグライクゲームにおけるレベル上げが同様である…というよりもコンピュータゲーム全般が、そもそも報われない行為の一つといえる。 ただし、コンピューターゲームは行為の過程で(その種類によってさまざまなベクトルの)快楽を得ていることが多いため、すでに報いを受けているという見方もある。楽しくもないのに習慣でしている場合ならば酒タバコドラッグとともに報われない労働に含められる。

とにかく、報われない労働は、ひたすら報われない。そういう意味では、オヤジの会社勤めも結構報われない。最後にリストラされると、更に報われない。あるいは親からほめられたい、からもてたい、恋人や配偶者の理解を得たい、人かどの人物になりたい、こうした類の多くは実際ひたすら報われないことがありがちである。

それでもやめることが出来ない、というシステムに基いた仕事である。

総括して、報われない労働の多くは他人から強制されて、または他人からの強制が始原的原因となってしている行為であることが多い。 端的な例である「穴を掘って、埋める」にしても、幼稚園児の「砂遊び」が成長の過程においてはなはだ有益であるように、強靭な自らの意思によって行う行為であれば宇宙から降り注ぎ脳内で受信されるハッシャマンダーラニパーリの作用で楽しくなるし、ことによると桂林館あたりの高等学校教科書の「木を植えた男」の隣に「大地を耕した男」となって残るかもしれない。

報われない労働の報われ対策について[編集]

  • なぜ自分の労働が報われないのか考えてみる:考えるだけ時間の無駄、考えることすら報われない、という貴重な参考意見もある。報われない労働者の大半は、参考意見にしたがって(参考しているのか?)報われない労働を停止せず効率化すら試すことは、ない。       
  • 報われない労働を一切やめてみる
そんなことをして生活が営めるのかというクイズを、代償として与えられる。
次ぎのステップ、ステージへの課題であるが、報われない労働をしたがる人々は回避する傾向が強い。
34歳以下なら専門用語でNEETというが、それを越えた場合何というのかは定義がないヒッキー
  • そもそも、労働が報われなければならないという考え自体が卑しく、そのような考えを抱く時点で労働者として失格だという見解もある。この見解は多くの意識の高い学生や経営者によって支持されており、労働は報われるべきという卑しいを一刻も早く労働者達から払拭させるべく、「働かせてもらえることに感謝しろ」をスローガンとして、経営者達は労働者を洗脳して立派な社畜に育て上げている。立派に教育された労働者達は、やがて自ら回天のパイロットに志願するようになるだろう。

関連項目[編集]