埼玉西武ライオンズ

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埼玉西武ライオンズ(さいたませいぶらいおんず)とは、所沢にあるプロ野球球団である。誤解されがちだが大西ライオンは所属していないし、某CMでお馴染みのさよなライオンは西武の専属マスコットではない。

概要[編集]

戦後すぐ、当時の西鐵帝国が立ち上げた「西鐡クリッパース」なる球団が元祖。その後、西日本新聞の「西日本パイレーツ」と合併してかの「西鉄ライオンズ」が誕生。西鉄ライオンズは1950年代後半に黄金時代を築くが、そのあと八百長がばれて急激に戦力が低下し、経営難に陥って西鉄が売却。その後「太平洋クラブライオンズ」や「クラウンライターライオンズ」というように名前が目まぐるしく変わったが、とうとう西武鉄道グループに売却されて福岡を離れる。

歴史[編集]

黒歴史

このセクションに書かれていることは黒歴史です!
できることなら見ないでおいてあげて!!

  • 埼玉西武ライオンズという球団には、一瞬だけ手のつけようがないほど強かった時期がある。それは1980年代後半から1990年代前半にかけて、クリーンアップを秋山清原デストラーデ(AKD砲)が構成していた時代である。当時のスターティングオーダーを丸暗記しているという人も少なくない[不要出典]
  • しかし1995年、ほぼ不動の1番であった石毛宏典がよりにもよってダイエーに移籍、翌年オフには不動の4番だった清原和博がこれまたよりにもよって巨人に移籍。結果として選手層が一気に薄くなる。しかし、その後も松井稼頭央髙木大成松坂大輔などの活躍によって毎年にように優勝争いに加わり、実際に1997年1998年にはリーグ連覇を達成している。当時の日本シリーズは10月末にデーゲームとして開催されており、学校から帰ってきて、もしくは隠れて日本シリーズをテレビやラジオで観戦しようとしたら、中継先が必ずと言っていいほど西武ライオンズ球場だったという20代後半~30代のファンは多いはず。
屋根付きに見える球場だが…
  • そしてそれからも優勝したり、しなくても上位に入るシーズンが続く。そんな中の2003年、球団は経営改善のために西武ドームの施設名称と二軍のチーム名称について命名権を売り払い、その結果「インボイス」という企業が買い取った。その為、2005年からの2006年にかけての本拠地名称は「インボイスSEIBUドーム」となった。なお、2005年には球団自体を売り払う計画も出ていたようだが、結局まとまらなかった模様。
  • 2007年には、「インボイスSEIBUドーム」は「グッドウィルドーム」に改名。そのせいか2007年は低迷し、25年間続いていた連続Aクラス(1位~3位)の記録が途切れ、最下位から僅差の5位に終わる。さらに11月6日には、来年からの球団名を「西武ライオンズ」から「埼玉西武ライオンズ」へと変更すると発表され、さらに約1ヵ月後にはグッドウィルの不祥事が発覚。結果的に本拠地の名称も「西武ドーム」に戻る。
  • 2008年地味に日本一になるものの、翌年はまたBクラスに転落。前年日本一からのBクラス転落は、球団として実に50年ぶりとなる快挙だったが誰も気にしてくれなかった
  • しかし2010年は何事も無かったように首位で折り返す。と思っていたらいつの間にかソフトバンクに抜かれて2位になっていた。市民の目はどうやらそちらに行ってしまった模様である。
  • 2011年の夏場にはいつの間にか最下位に転落していた。しかし地味ながらにも盛り返して4位につけ、最終戦の勝利によって3位だったオリックスの勝率を0.00005上回ってCS進出を決めた。
    • CS進出は果たしたものの、ダルビッシュ糸井武田がいる日本ハムに勝てるわけがないと思われていた。しかし、初戦の対ダルビッシュ戦にゴミを投げつけたら勝ってしまい、次戦にじーさんを投げつけたら勝ってしまった。
    • だれもが予想していなかった2連勝を収めたことで「もしやソフトバンクにも勝てるのでは」と思われるようになったが、ストレートの3連敗という壮絶な現実を見せてくれた。
  • 2012年にも、前半戦を5位でターンしたものの最終戦まで首位を争うという偉業を成し遂げた。しかし結果は2位であり、市民の目は栗山英樹監督就任1年目で優勝を遂げた日本ハムに行ってしまった。
  • 2013年は何度かBクラスに後退するものの、結果は2位。前年に引き続き、やはり市民の目は初優勝した楽天の方へ行った
  • 前年までと打って変わり、2014年はいつの間にか最下位街道を独走していた。大部分はこいつのせい。その後も一昨年のような快進撃には至らず、結果は5位。当然、注目されたのはソフトバンクとオリックスとの優勝争い。この球団は勝っても負けても注目されないことが判明した。
  • 2015年は24年ぶりの開幕5連勝を成し遂げるなど、開幕ダッシュに成功。苦手の交流戦も無難に勝ち越し、ソフトバンク・日本ハムに次ぐ3位で前半戦を折り返す。しかし後半戦には大失速し、球団ワースト記録を36年ぶりに更新する13連敗を喫した結果、4位に転落。その後は持ち直しロッテとの熾烈な3位争いを演じるも、最終的には力尽きて4位でシーズンを終えた。2年連続Bクラスは34年ぶりであるが、前年に引き続き注目されなかった。
Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

チームの特徴[編集]

SeibuDome25.jpg
  • ホームラン数は多く、先発投手も駒はそろっている。それでもいまいちパッとしないのは、2000年代後半からの課題であるリリーフのレベルの低さや三振数の多さからだろうか。一軍と二軍を往復する一部投手には、「俺達」という不名誉な称号がつけられてしまった。
  • 週刊プレイボーイも認めるほどに選手の育成能力が高い。そのためかトレードが巧く、黄色いお祭り球団こと阪神タイガースとの間で多くのトレードが行われていたが、いつも西武側が得をし阪神側が損をする結果となった。これを「レオレオ詐欺」という。最近はヤクルトともトレードが多い。福地寿樹平尾博嗣石井義人のような、実力に疑問符が付く選手をもらってきては育て上げるため、「再生工場」の別名を持っている。
    • しかしこれによってスターになった選手は、実動7年ぐらい(育成期間を含めておよそ10年ちょっと)でどこかへ行ってしまう。清原和博の実動12年は奇跡であり、「生涯西武宣言」の西口大先生は神とまで呼ばれていた。そのため現状で最も生え抜きのレギュラーが多い球団である。2015年時点で、スターティングオーダーの半分以上が生え抜きの選手からなる。
  • FAを宣言した選手からも無視される。内川聖一新井貴浩村田修一がFAしたときに「Aクラス争いがしたい」って言っていたのにも関わらず、西武は無視された。しかし2016年には、FAを宣言した木村昇吾をテストを経て獲得するという珍事が発生した。
  • 歴代監督は、清原や松坂や涌井などの大物即戦力ルーキーをドラフトで引き当てる運の強さとジンクスを持つ。渡辺久信に至っては2年連続では6球団競合の当たりくじを引き当てる驚異の強運を誇る。
  • 牧田和久は自動車に追突、浅村栄斗は接触事故、2012ドラフト2位のは無免許運転で警察の御厄介になり保護観察処分を受けた。西武鉄道を経営しながら、選手の車両事故が絶えないのは皮肉なことである。

主なマスコット[編集]

レオライナとあと何匹か
レオは手塚治虫の作品『ジャングル大帝』の主人公であったが、作品中のレオよりも背が高い

関連項目[編集]

埼玉西武ライオンズの選手一覧を参照。