地学

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地学(ちがく)とは地球宇宙に関するすべてを扱う学問である。

歴史[編集]

地学の起源は、路傍のを拾った物好きたちにまで遡る。路傍にはときどき美しい石がある。これに魅せられた者たちは、山に入ってハンマーで石を叩いたり、スコップで地面を掘っていた。そうした興味が高じて、石や鉱物を分類する学問が生まれた。ただこの頃は、博物学の一分野としての鉱物学岩石学くらいなものであった。

しかし博物学者が岩石の調査をしていく中で、様々な化石を発見。古生物学という分野が拓かれた。とはいえまだ化石の分類くらいしかすることがなく、博物学の一分野にとどまっていた。

あるとき博物学者は火山の存在が気になった。火山からは溶岩が噴き出す。それは石の誕生の瞬間なのではないか。そこで学者たちはこぞって火山の観察を始めた。こうして火山学が加わった。

たしかに火山は、地上の岩石の供給源であった。しかし火山だけが石ころを作るのではないらしい。崖崩れ地すべり洪水、……。いろいろな出来事によって岩石が形成され、また変化しているのではないか。こう考えた学者たちは、地形学にも取り組み始めた。さらに断層の存在に気付いた学者たちは、それがなぜ生まれるのかを考えるようになり、地震の存在に気付いた。こうして地震学が生まれた。

いっぽう、岩石の成り立ちについて調査を進めていると、どうやらとかといったの働きが重要であるらしいことが分かってきた。そこでまず手近な川による土砂の堆積について研究を始めた。層序学堆積学である。

しかし川から流れ出た土砂は、最終的に海に辿り着き、海底に積もっていくことが分かってきた。そこで研究者が海に繰り出したのだが、広大な海に魅せられた彼らは、海そのものに興味が移ってしまった。これが海洋学の誕生であった。もっとも、当初は土砂の堆積について解明することが目的であったから海洋地質学が主であったが、そのためには海水の動きを知らなければならないと海洋物理学を始めた。ただ、水がどう動くかはよく分からなかったので、海水中の塩分有機物を調べているうちに海洋化学が生まれ、海水中の有機物の供給源を追っているうちに海洋生物学が生まれてしまった。

こうして川と海の動きはだいたい分かってきた。じゃあ、水の流れを総合的に理解しましょうということで、水文学が誕生した。だが川と海と湖沼だけでは水の循環を把握するには不十分であった。極氷や大気の存在があるからだ。そこで雪氷学大気力学大気化学を始めることにした。

大気中の水について研究してみると、雨がいつ降るのかが分かるようになってきた。気象学の始まりである。当初は明日の天気を言い当てるくらいだったが、だんだん欲が出てきた気象学者は1年先、100年先まで予測し始めた。こうして気候学環境学が生まれた。

研究者は山に海に極地に砂漠にと、地図磁石を片手に世界を駆けまわるようになった。このときある者が気付いた。方位磁針とは何なのかと。こうして地面に磁石を当てて調査を始めたところ、地球電磁気学という分野が出来てしまった。磁石を当てて電流を流せば地中の金属(鉱床)も分かる。これは鉱床学となった。また、地球の磁力について考えているうちに地球内部物理学も誕生してしまった。いっぽう、地図についても興味を持った者が測地学を始めた。

ただの鉱物学から派生に派生を続けたこれらの学問の数々を一括りにすることは不可能に近い。ただし、地球上の学問であることにはかわりない(もっとも、天文学などを除けば学問のほとんどは地球上の事象を取り扱っているのであるが)。そこでこれらを総称して地球科学、すなわち地学と呼ばれるようになった。

学問的概要[編集]

歴史的経緯はともかくとして、地学はいくつかに細分化される。

地球物理学
地学業界でも多数派を占める学問で、気象学や地震学など世間の注目を集めやすい学問である。純粋な物理学を研究するほど物理を知らなくても、「世の中の役に立つ」「防災のためにぜひ必要」と言って研究費をせびることができる美味しい学問。おまけに自然災害が起こるたびに学者たちがこぞってメディアに露出して適当なことを言うので、一層モラルがないと批判される。
地球化学
地学業界で第二の勢力を誇る学問。岩石学や鉱物学などの博物学から脱皮を目指し、とりあえず石を構成する元素を調べて見ようというところから始まった。
岩でも石でも化石でもなんでも、まずは薄片を作って顕微鏡で覗いて、そのあと砕いて化学組成を分析して、放射性同位体を調べようとする。純粋な化学を研究するほど化学を知らなくても、とりあえず手当たり次第に分析してしまった者勝ちである。
地球生物学
地中に眠る化石や、今に生きる太古からの生物を調べる学問。大昔の生物の暮らしや環境を解明することを目標にしている。
最近では純粋な生物学者たちはDNA研究に代表される分子細胞学や生物化学に傾倒しているので、昔からの生態学に近い研究を行っている地球生物学者はある意味で貴重な存在である。
地球数学
地球数学という学問は存在しないが、地学の中には統計学だけで成り立っているような学問分野が多い。とりあえずデータを集めて、それを統計処理してしまえば(地学に限っては)立派な研究成果だ。とくに後述の帰納法重視型の学者に好まれているが、統計と言ってもExcel処理程度のものだったりする。純粋な数学者は今さら古典的な統計学などに手をつけないため、昔ながらの統計法をせっせと用いる地球統計学者はある意味で貴重な存在である。

演繹法と帰納法[編集]

地学者には2パターンある。演繹的手法を好むのか、帰納的やり方を重視するのか、と言えば聞こえは良いが、両極端なのが問題だ。

そのうち前者―なんでも法則と定理で解けると思っている学者が大手を振るっている。たとえば地球物理学者の場合、物理法則に反する観測結果が出ると「それは誤差の範囲だ」と主張し、さらに質が悪くなると「観測の仕方がおかしい」「観測を続ければやがて物理法則に合ってくる」とひねくれる。そもそも観測データは、彼らの説を検証するための材料に過ぎず、彼らの説に反するデータはゴミでしかないと思っている。しかし複雑系の自然現象をごく僅かの物理法則ですべて説明できると思ったら大間違いだったりする。また、様々な場所に赴き時間をかけて観測データを収集する苦労をまったく理解しておらず、「データは空から降ってくる」と勘違いしている人が多いのも特徴。この一派の亜流として、コンピュータの性能を高めれば何でもシミュレーションできると主張する者もいるが、やはり科学と技術への過信は否定できない。数値予報でいつ何どきの天気でも完璧に予報できるという顔をしながら、日常的に明日の予報を外す気象台の職員はまさにこの一派だ。

もう一派はなんでも観測すれば良いと思っている学者たちだ。観測こそが重要と言っては、機材を担いで海や山や極地に出かける。たしかに観測データは貴重なものであるが、観測できる項目や時間、範囲は限られており、観測だけに頼った研究は限界がある。それに効率的な観測を行うためにも理論が必要だ。しかし彼らは「足で稼いだデータは何が起きても覆らない」という信念を持っており、何をおいてもまず観測だと、今日も作業服を着て山間や沖合いに繰り出す。ただしデータが得られれば、あとはそれをExcelに打ち込んでグラフを描いて研究は終わりである。研究者というのは頭脳で勝負する職業のはずだが、彼らはどう見ても体力で勝負しているようだ。

地球惑星科学[編集]

これまで、地学で取り扱う対象は膨大である一方で、学問的には極めて未熟であることを述べてきた。しかし地学はさらにその対象を拡大しようとしている。

まずは惑星科学である。地球のことも全然分かっていないのに気持ちだけは地球外に行ってしまった学者たちは、従来からの地学の稚拙な知識で他の惑星の研究も出来ると考えた。こうして、地球物理学者はとりあえず適当に予算を獲得してはコンピュータ上で惑星をシミュレーションして「まだ観測が追いついていない」とひねくれ、地球化学者は手当たり次第に隕石を砕いては化学分析を行い、地球生物学者はありもしない地球外生命体の生活に夢を馳せている。

また、大気の循環、水の循環が分かれば農業や住環境、地球環境問題のことも分かるのではないかと考えた学者たちは、農学建築学資源工学などにも手を広げている。ただしプロの農学者や建築学者に敵うわけもないので、「地学的にはこういう見方も出来るよ」と変化球を投げるのが精一杯だ。もちろん、生粋の農学者や建築学者には相手にされていない。

大学生と地学[編集]

まずは理学部という記事を見て欲しい。地学科は説明すらされていない。地学の扱いはこの程度である。

もっとも、教養科目としての地学は人気が高い。ひたすら行列微分積分を解かされる数学や物理学、有機物化学式の羅列に目を回しそうになる化学や生物学は、文系学生には敬遠される。しかし地学は、天気、地震、岩石、化石、環境問題、…の世界である。おまけに教員自体もいい加減なので、期末評価も「試験するのも面倒くさいし、レポート出すのも面倒くさい。講義に出席していれば合格」となりがちなので、なおさら学生には喜ばれている。

ところで理学部生は工学部生と違って就職できないなどと言われるが、その中でも最も就職に苦労すると言われているのが地学科の学生である。だが当の学生は、大風呂敷を広げることはお手の物、なんでも知ったかぶりすることも朝飯前である。ゆえに就職活動ではあまり苦労しなかったりする。たとえば、

  • 商社にて「私は地学をやっていましたから、石油やガスなどには詳しいです。買い付けなら任せてください。おまけに僻地離島にも観測に出かけていましたから、海外への転勤や出張もまったく問題ありません」
  • メーカーにて「地学は観測が命ですし、自前で観測機材を制作したりメンテナンスするのはお手の物です。下手な電子工学科の学生よりも、私のほうが余程実践的なことをしていましたし、即戦力になるでしょう」
  • 鉄道会社にて「旅客の安全な輸送には事故や災害の防止が何よりも重要です。その点私は大学で気象学や地震学を学んでいましたからお役に立てるでしょう。また、屋外での観測を通して危機管理や異常時の対処能力も身についています」
  • 銀行にて「地学では膨大なデータをいかに迅速に正確に処理するかが問われます。これは銀行業務とも相通じるところがあります。また、屋外観測で多くの人と協力し、大学に戻れば黙々とデータを処理する、これは、昼間は営業し夕方は事務を処理する銀行員の仕事と共通します」

どれも詭弁の域にあるが、企業活動に結びつくようなアピールポイントがない地学科の学生はこのようなことを平気で並べ立てる。企業の人事はこれを聞いて「1人2人変なやつを採用するのも我々の組織にとっては重要かもしれない。ここまであることないこと言える能力も役に立つかもしれないな」と感じ、めでたく採用である。

で、就職活動でこのように大風呂敷を広げないで、生真面目に自分の知識を生かす道を選ぶ変態頭の固い人間も、一部には存在する。彼らの就職先は、土木・建設業関係、あるいは公務員である。そしてめでたく志望を貫いた彼らを待っているのは、ひたすら詭弁を繰り返す仕事である。つまり、大学で学んだ知識を総動員して、土木・建設業関係に就職した者は「この建設現場は地質学的にみて全く問題が無いのだ」と詭弁を並べまくり、対して公務員に就職した者は「この現場は地質学的に大いに問題がある」と詭弁を並べまくる。時には同じ大学で仲良く勉強した親友どうしが、敵味方に分かれて、詭弁バトルを繰り返す事も、往々にしてある。この詭弁バトルは、従来は一般国民が知らない闇の中で密かに行われていたが、最近はそれが明るみに出る事となった。そう、電力会社VS原子力規制委員会の「この断層は活断層か否か」という激しいバトルである。

高等学校までの地学[編集]

ここまで述べてきたことを中学高校生向けにまとめたのが、いわゆる「地学」の授業である。おまけに、惑星科学よりもさらに広い宇宙を対象とした天文学も含める。つまり、地球のことと宇宙のことを学ぶ学問というわけだ。

あまりにも膨大である。膨大すぎて手に負えないので、理科4科目(物理、化学、生物、地学)のなかで最も影が薄い存在である。影が薄すぎて、高校での履修生はほとんどいない。地学関係者はなんとか高校生の気を引こうと、授業内容をさらに易しくしている。さらに面白いトピックを入れようと、対象をさらに拡大している。こうして、地学の「広く浅く」という性質にはますます磨きがかかっているのである。

関連項目[編集]

  • 社会学 - 人が3人集まればすべて社会と言われる。つまり社会学では人間活動のすべてを対象とする。だがやはり、手当たり次第にアンケートを取ってExcelでグラフを描かせる程度の浅薄な学問に終わっている感が強い。
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