国際キリステ教大学

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ここでは、まーそのー……いわゆるひとつの世間様に最も一般的とみなされていると考えられているとされている
ICUにつきまして説明している項目です。はい。

  • どうしようもない記事(ICU)につきましてですがー、えー……Template:ICUをご覧ください。


国際キリステ教大学
Isolated Crazy Utopia
キリ大
ICU
[[Image:|150px]] [[Image:|150px]]
校章 ロゴ
スローガン:
スクールカラー:
スクールイメージ:なし
[[Image:|250px|国際基督教大学の位置]]
学校種別
偏差値 outlier(外れ値)、またはランダム5
メインキャンパス 不明
キャンパス 大沢三丁目
公用語 日本語英語Engrish
最大勢力 野生動物
男女比率 4:6
主な出身者
人口
 - 幼稚園児
 - 学部生
 - 大学院生

xxxx人
2600人
300人
校歌 The ICU song
宗教 キリステ教(調教派)
関連大学 教養学部を有する大学全般


「リベラルアーツってレベルじゃねぇぞ!
学科廃止騒動 について、モノウ・ルッテレ・ベルジャネーゾ
「SSは滅びぬ。何度でも甦るさ!」
社会科学科(SS) について、ムスカ
「"自然(中略)を科学する"」
理学科(NS) について、株式会社ツムラ
「"I live in Edュケ."」
教育学科(E、エデュケ) について、長嶋茂雄
「"「エ~デルワww~イス♪wwwエ~デルwwワ~イスwww♪」(俺のより売れやがって……)"」
語学科(L、ランゲ) について、グスタフ・ランゲ
近年改装された本館の雄姿。古い建物の上に煉瓦が張られただけというのはキミとボクだけの秘密。

国際キリステ教大学(英:Isolated Crazy Utopia (University)、中文:国際切捨狂大学)は、日本東京の大沢村にあるギフテッド中二病青年のための教養療養・隔離施設である。教養療養の過程として、Engrish教育にも大変熱心な学校であるが、近年収容される「フレッシュマン」において日常会話がルー大柴に似るという後遺症が発見されている。

ICUという略称は、決して「同大学の経営状況が非常に悪く、人間ならIntensive Care Unit(集中治療室)行きだから」という意味ではない。 であるから一般にICUをIntensive Care Unit(集中治療室)と勘違いするものも多いが、これは明らかな間違いであるので注意すべきである。

若年層のあいだでは「ICU」という略称が一般的だが、「国キリ大」と略される場合もある。


歴史[編集]

「"バイストン・ウェルの物語を覚えている者は幸せである。心、豊かであろうから。"」
「東京(吉祥寺)上空」 について、若本紀昭

設立背景[編集]

戦後間もなく、兵役から帰ってきた精神病を患った患者を収容する必要が生じ、日本国内および世界中から広く募金を募って設立された。患者のアフターケアをすべく、双方向的な講座がほとんどであるため、「むしろ大学病院だろう?」という非難の声が今も上がっている。

その一方で、戦前・戦後日本史の潮目を垣間見ることもできる。終戦当時マッカーサーもICU設置の戦略的意義を認めており、アメリカ型リベラルアーツカレッジの形式を取ることで、旧帝国大学を軸とした戦前教育制度の転換を図ろうとしていたと言える。後に詳述するが、敷地は元々航空機向けエンジンの研究開発拠点であった。その跡地上に全人的な理念を体現する場の「教養」学部が設置されたという事実は、日本人学生のアイデンティティに対する問いを「強要」しているかもしれない。

また、どこぞの内親王殿下が仮面浪人のち入学して以降「皇室御用達大学」として名を馳せたICUであるが、実は今上天皇の叔父である高松宮宣仁親王が設立準備委員会の名誉総裁を務めている。GHQと皇族が設立に携わり、その数年後ロックフェラー家の子息が留学で訪れるという、陰謀論者が泣いて喜びそうな設立経緯を辿っている大学がICUなのである。

現況[編集]

その割に現代では、ある種の牧歌的な場所として機能している。この要因として、ICUの教育体制そのものがあげられる。キリステ教はその考え方として「人間とは不完全であり、罪深い存在である。不完全であるからこそ、たとえ善なることを期しても結果として必ず悪をなしてしまう存在である。だからこそ神との正しい関係回復が必要なのだ。」という確信があり、これが全人的な教育理念に内包されているためである。


「人間は、罪を犯すことで初めて現実の人間となり、大人になります。(略)それは、たしかに神への反逆ですが、その反逆において、人間は神とのかかわりに行き、神の前に生きる存在とされます。」(森本あんり 「現代に語りかけるキリスト教」 P48より)


この信念を学生たちは数年間にわたり徹底的に仕込まれるため、痴漢冤罪もびっくり、不可避的に「悪いこと」ばかりしてしまう人間にでっちあげられちゃうのである。しかし、それでよいのかもしれない。その営みを経た彼岸で「神と人とに奉仕する」理念を体現し、皮相的な「スイーツ(笑)」「リア充」「学歴厨」などの世俗存在という邪を打ち砕く。このような「神との関係回復」の結果が、学内を牧歌的たらしめている。

翻って過去を振り返ってみると、現在、野川公園である場所も以前はICUの土地であった。ICUの土地であった際には、ゴルフ場および牧場として使われており、学内においてICU牛乳なる商品が販売されていたのだという。これまたう~ん、牧歌的

なお、この広大な土地をICUはバブルのビックウェーブが来る前に売却し、見事にビックウェーブに乗り損ねた。年間およそ140万円という高い学費はバブル時代の失策が尾を引いてのことであり、これは公然の秘密である。ただし、学費が高額であるのは必ずしもバブル時代の失敗によるものばかりではない。ELPの教師が福利厚生の保障をICUから受けていたことがバブル後のICU財政に追い打ちをかけた。その手厚い保障ぶりは天下りした霞ヶ関官僚にすら匹敵していてたとえば教師の子弟は学費をICUに負担させていた。大学経営陣としてもそのような要求をこころよくは思っていなかったが英語教育のブランドを失うリスクを恐れて手出しできなかった。そのリスクとは「福利厚生を打ち切るならELP教師が大量辞職する」というものであり実際にそのような脅し文句が発言されていたと退職した教員が証言している(この証言はQと名乗る者が伝えている)。鈴木典比古元学長(第11代)がELP教師陣の改革を行ったため現在この制度は廃止されている。ちなみに、「何故ICU祭は毎年解散し、毎年実施のためには学生の署名が必要なのか」「何故(公認の)学生新聞がないのか」「何故学生会がないのか」などはすべて学生運動の名残である。当時を物語る資料として「ドキュメント 三項目闘争(サークル協議会、1972年刊)」があり、「機動隊員により、ジュラルミンの角で後頭部殴打 ワレンベルグ氏症候群 未だ療養中」といった記述から、現在ではとても想像できないような牧歌的ではない状況がそこにあったことがうかがえる。おそロシア。いいえ、ソ連でごわす。ただし、同書には「ぱぺっと闘争委(すぐに逃走)」との記述もあり、何となく安心した。

リベラルアーツ教育[編集]

Prince Higashikuni, the first postwar premier, with great humility said: "We want you to help save us and our land. Christian love can do this."

(International Christian University: An Adventure in Christian higher Education in Japan. by Charles W. Iglehart 1964)

「学生」とは何ぞや?[編集]

ICUにおいては、その大学教育の目指すところとして、神と人とに奉仕する全人的教育を受けた「学生」(=アカデミックパーソンを示し、単なるスチューデントではない)を輩出し続けることを重要視している。日本人にとって、第二次世界大戦、いや、当時の人々にとっての大東亜戦争という彼らの人生の中で最も忌むべき記憶とその反省から生み出されたICUは、新日本建設のために国際人としての教養、平和の使者としての民主主義を体現し、同時に福音のごとき「夢=未来へのヴィジョン」を掲げることができる若者を、何とかして世に送りだすべく創設された大学なのである。

※ここでいう「夢」とは、ヴィジョン、つまり幻である。これは、
神は言われる。終りの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を、老人は夢を見る。」(使徒言行録2章17節)
の節に言われている「幻」である。大学と言う、自立した個人としての人生における出発点である場所で、彼と彼女の人生に、そして彼と彼女が責任を持つ人類の未来に神(キリスト教の神でなくてもいいけど)が寄り添っていること=「ヴィジョン」を実感することも、ICUの教育において大切なことである。ええと、つまり、ICU生は酒に酔わないのだ!


戦争の記憶と反省、神と人への奉仕、旧制高等学校への感情と学制改革、全人的教養と科学技術……。ICU設立当時の日本では、さまざまな思惑が錯綜していたと思われる。これらの矛盾を、単なる日本史上の皮肉として捨て置かずに、出来うる限りの事象を内包して、ヴィジョンを行動に移す手助けをする。そのような理想を体現する場だと換言できるかもしれない。

つまり、よくわからない人のためにガンダムに例えて説明すると、
月光蝶である!


全人的教育と教養学部[編集]

全人的教育における「全人」とは明確な定義のない用語ではあるが、玉川学園を創設した小原國芳によって「お金をため込むが、必要な時はとことん使う」「文学に傾倒しているが、理系の学問も一流である」というような表現を用いてあらわされた「偏りのない=オール・ラウンド=ジェネラリスト」な理想の人物像のことを示していると思われる。(cf.玉川学園創立50周年史)

そういった全人たるためには「教養」を身につけるべきとされており、その「教養」が目的とするのは「機械的=技術的な文明に対して、人間の主体性を回復して、正しい文化を確立」(南原繁「日本の照想」P158)することにある。その考え方には、産業革命以後、人間は文明によって自己の内部に究極的な目標を失ったという認識が根底にある。


現代人は…文明というような怪物を造り出して、自分の力で楽園を現世に実現するつもりで居る。…『向上』とか『進歩』とかいう流行の語は、その起源も結果も悪魔的である。神を離れて人間が一人で天国をつくろうとするときの人間的手段である。」(高橋三郎「歴史を担うもの 内村精神の展開」P446)

現代において教養を身につけることは、悪魔的な文明に対して本来の「人間性」を回復する努力のうちの一つなのである。


医師はたとい人間身体の有機的組織の一部分を取り扱うにしても、つねに全人間をその現実の状況において把握することが必要である。患者に対して、たとい現代医学の知識と技術の最善をつくして後、その死んでゆく場合にも、なお墓の彼方に希望の木を植えることを忘れてはならないであろう。」(Jaspers,a.a.o.)

現代医学という至高の「機械的・技術的」なものが、最終的には人間性によって支えられざるを得ず、また、私たち人間もそれを望んでいることからも「人間の主体性を回復」する教養が現代に果たすべき役割の大きさがわかる。


大学五十年の歩みは、戦後日本における稀有なる教育実験であった。(略)リベラル・アーツの教育理想の伝統を堅持し、再活性化させようとしているこの大学の存在とその歩みは、二十一世紀人類社会にとっても、一つの意義ある「教育実験」だと言えるのではないか」(未来をきり拓く大学 武田清子著 P354)

この理想の為にICUは設立当時から教養学部制を敷き、学制改革後の旧制大学のような「教養課程と専門課程の二層化」とは別な形態となった。他大学の人々の中にはステレオタイプ的に「ICUの学生は広く浅くで何も知らない」「英語バカで使えない」とイメージする向きもある。だが現在においても「教育実験」の場としての自覚は脈々と受け継がれ、崇高な理念―それでいて不可能に見える理想―への、ICUのあきらめない態度と実績を基礎づける一つの柱となっている。

つまり何が言いたいか[編集]

―そう。教養学部の学生とは須らく、「実験を強要されるモルモット」であるべきなのである。ちゅー。

現在ではこの教養学部という発想からからより一層のハッテンが試みられ、「アッー!・サイエンス学科」なるものに一本化された。これでいよいよ、大衆化された一部の学生が「四年間何をしてきたのかよく分からない」と路頭に迷い、社会からキリステられていくことになるだろう。って、本当は設置段階から学科分けを考えていなかった話は?「教養学部教養学科」みたいな漢字表記のがカッコいいかも……という感想はさておき、新たなる同志達よ、歓迎する。万歳!!万歳!!万歳!!

人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげられる。byシェークスピア

神と人とに奉仕する―God is first, You are second, I am the last.[編集]

本学は信教の自由を重んじ、学生に対し強いて改宗等を迫るものではないが、キリストの精神と教訓とに調和しうる生活に入ることを期待する…かくして本学は、日本が将来、一層、民主的な進歩を遂げる上において、独自の役割を積極的に担わんと願うものである。」(国際基督教大学要覧一九五三―五五 P15)」

民主主義とは、キリスト教と深いつながりがある。自分より強い人間に人は誰しもが無力であり、人間が人間を支配する限りそこに自由はなく、平等はなく、よって民主主義もない。今までの歴史上のありとあらゆる人物や権威、そしてこれからの歴史で現れるすべての人物や権威を超越した存在、すなわちが「人間はそうあるべき」ということを人間に示してはじめて人は自由を手にし、平等を認め合い、民主主義を掲げることができるのである(もちろん、そうは思わない人もいる。お慈悲を!)。人間の王であったファラオは神の壮絶で執拗で人知を超えた悪質な嫌がらせに屈したのである。故に、民主主義を体現し、その保護者となるということは神と人とに奉仕することなのである。

ちなみに、長子の特権は人類最初期の権利だが、人類はご飯(あつあつの鍋)を優先してしまった。神はそれ以来、熱いものを口にする前に人間が一度思いとどまれるよう、人間を猫舌にしたのである。

ICUとキリスト教[編集]

「純粋で明確にキリスト教的大学でなければならないが、普遍的、超教派的で、どの宗派にも属すべきでない。」湯浅八郎 初代学長

ICUはその早い段階においては、世界的にも著名な神学者であるエミール・ブルンナーなどを招聘し、一つの学年から半数以上の新しいキリスト者を得るなどして明確にプロテスタントの福音主義的キリスト教の布教を一つの柱においた教育を行っていた。しかしながら、敗戦のショックから日本人の脳裏に刻みつけられていたキリスト教を含むアメリカ文化への羨望の眼差しが日本の復興とともに薄れるとともに、ICUにおいてキリスト者となるものは減っていった。コカ・コーラが売れなくなったのとたぶん同じ理由である。現在では全学生のうちキリスト者の割合は10%前後にとどまっており、「お寺さんの息子・娘」も少なくない。敷地のすぐ横に中近東文化センターがあるため、実はいろいろカオスである。

鑑みるに、キリスト教の大学であることを理由にICU入学を志すというよりは、東洋経済とかAERAに載っていたから志望しましたwwwサーセンwwww、というのが多くの学生の本音であろう。大学における主なキリスト教的行事としては、毎週水曜日と日曜日に行われる礼拝(非強制)、キリスト者学生会主催で行われるC-week,クリスマスに行われる燭火礼拝などがある。

学外カルトに注意![編集]

その一方、新興宗教その他の宗教カルトセクトに準ずる団体などの学外者が勧誘しに訪れるケースも多く、そういう輩にホイホイ着いていっちゃうウブな子も少なくない。

こういう不届きな輩は、ICU特有のジャーゴンが通じるか否かで見極めろ!

学内では多くの日本人のように、無信仰である者も多いが、ICUは「信仰において差別しない」方針を明確に打ち出しているため、不可避的に生じる問題である。2006年度のICU祭においては、「手かざしをすればご飯がおいしくなる」という出し物をしていた学生と関係者がおり、大学側の注意を受けた事件があったとされる。典型的な手口としては、「ゴスペルに興味はないか」「ホームパーティーや ら な い か」と言ったものがあげられる(The Weekly GIANTS No.953 「実録!ICU内宗教勧誘の実態」より)。また、新興宗教による被害とは内容が異なるが、他の大学と同様にアムウェイなどのねずみ講、マルチ商法の被害も報告されている。

現在のICU[編集]

現在のICUの精神とその乖離[編集]

(シケプリと試験一発で単位が取れる)旧帝国大学とは違うのだよ、旧帝国大学とは!

つまるところ「卒業生が重要なポストを占めれば、それが話題となり、当然、就職を目的とした世俗的な動機の志願者が増える。(略)反面、キリストのみ心に従って生きるという本来の目的からは遠く離れてしまう。まさに、ディレンマである。」(国際基督教大学創立史 P234)だそうな。

しかし現在、国際性・キリスト教主義・リベラルアーツを軸とする大学であることを理由にして学生が集まるのではなく、就職に有利であるという理由から学生が集まるようになった。ということは、取りも直さず「ICUも市場経済に表面的に飲み込まれてフツーの大学に成り下がった」ことや、一般的な文脈を小難しく言いかえれば、「大衆化した現在の大学とは、多くのにとって、新卒採用枠に若年労働力を放り込むだけの場でしかない」ということを端的に示している。ICUの存在価値が、市場経済が求める「英語スキル」それ自体に落とし込まれる錯覚さえ覚えることもある。

寒い時代だとは思わんか?

ICUとEngrish教育[編集]

何をやっているのかよくわからない教養学部で唯一わかるのは、英語を通じた教養教育である。ICUはELA(Engrish for Liberal Arts、かつてはELPやFEPと呼ばれた)と呼ばれるプログラムを施しており、英語で知的生産のトレーニング(論文作法、専門書や論文の読解、ディスカッションやプレゼンテーション)を行う。その課題の量の異常な多さとクオリティの高さは、欧米圏の有名大学に引けをとらないらしい(ただし学生はIsolatedでCrazyなままプログラムを進めるので、だいぶ後になってこの事実に気づく)。ちなみに気違いを量産することで有名なクリティカルシンキング(批判的思考)は、このELAによって徹底的に叩き込まれる。その効果は絶大で、青い鳥症候群の患者を量産するというICUの伝統的な強みに大きく貢献している。ちなみにELA Readerという独自の教科書の一番最初にCollege Thinking ~How To Get the Best Out of College~とかいう文が載っており、その文章を読むことで青年達は、ほぼ初めてクリティカルシンキングなどに触れる。ELAで教えているネイティヴの講師陣は学歴が超絶高かったり、ICUに来るまでのキャリアが超ユニーク(e.g. 河村隆一hideに英語を教えていた 等)だったりと、割と謎が多い。

東京の西の果て、西東京市を越え、大沢村にやって来た青年達は、入学式の次の日に行われるPlacement Testと呼ばれる、キリステ教とは何の関係もないが、ICUで伝統的に行われている儀式に参加することを強要される。この儀式において青年達は、彼ら自身が現時点で持つEngrishの能力を紙と鉛筆を用いることによる極めて原始的な手段によって測定される。この儀式は、ICUにおいて青年達を待ち受ける最大2年間に渡るELAプログラムにおいて青年達がどの程度のレベルのEngrish教育を必要としているか測定し、青年達の今後二年間のEngrish教育のキツさを文字通り占うものである。無事、儀式に参加し終えた青年達はその後数日以内にStreamとSectionと呼ばれるものを発表され、それに従ってICUでの余生を過ごすことになる。Streamとは習熟度別のレベル分けのことであり、ICUにおいてはStream 1からStream 4までがレベルに応じて設置されており、Stream内において複数のSectionが設置されている。例えば、Stream 2の場合、SectionはStream内にAからDまでの4つがあり、各生徒はランダムにどれか1つのSectionに配置される。Stream 2、Section Aの場合、その生徒は2AというクラスでELAを受講していくことになる。ちなみに1つのSectionの人数は約20人である。

セクメとその重要性[編集]

余談であるが、後述のようにセクメはICU生の余生を大きく左右する。セクメと打ち解けられないと孤立した余生を過ごすことになり、バカ山でセクラン(セクメと昼ご飯を食べること)をしているICU生を心の中で罵りながら近隣の松屋へと姿を消す存在となってしまう。セクメ攻略こそがICU攻略の鍵を握っており、彼らとの絆をどれだけ維持できるのかという極めて重い重荷が非リアへとのしかかっている。特に初夏の晴天の下でバカ山に集まり昼ご飯を食べたり、だらだら話しながら芝生の上でゴロゴロする行為はICU生なら一度は体験したい行為であり、これを達成するためにもセクメとのマネジメントには細心の注意を払うべきである。幸運を祈る。

ICUにおけるサークル活動等[編集]

ICUにおける高い女性比率と、ICU自体の空気が如実に物語っているように、ICUにおいて体育会の活動は盛んではない。体育会系の部活はその大半が慢性的な人数不足に悩む弱小である。ちなみにICUで一番実績を残している部活はたぶんICU Debating Society(ディベート部)である。なんか知らないけど凄いらしいという噂があり、東大落ちの学歴コンプ(「ポジティブで自信満々」の意味。実はセンター試験さえ受験せず、ICU一般受験の単願で合格している)新入生は、ELAや、実質的に国内最強の先輩ディベーターやOBからDebateを通じて勝つための技術を叩き込まれ、東大のディベート部を粉砕することを至上の楽しみとしている(まあELAのような議論の作法を学ぶ習慣がない他大に勝てるのは、当然ちゃ当然だが)。しかしそんな彼らは海外大会において白人様に本物の英語で行う本物のDebateを見せつけられるという悲惨な状況も同時に経験しているとかいないとか。

ICUと通俗的要素~外れ値までは何ポイント?[編集]

通俗的な要素として、ICUは所謂大学入試の偏差値という観点から見た場合、トップ難関私立大学と呼ばれるような数字を叩き出している「らしい」(無関心)。しかしこの数字、模擬試験に「4択クイズ」が存在せず、英語一教科のみで算出するしかないため、定性面どころかそもそもの前提条件に大穴を抱えている。

そもそもICUの地方における知名度はどれ程のものか。0%もしくは外れ値(アウトライアー)のいずれかである。ここにおける「地方」とは「道路元標となる東京都中央区日本橋を起点とする半径10キロ圏の域外(ただし東京都三鷹市全域を除く)」を指す。地方からこの大学を受験する人間はかなりの情強か、なんとなく受験してしまった真性の情弱である。親戚に大学名を告げると、確実に「集中治療室?」「あら、神父/牧師様におなりになるの?」と聞かれるか、極ごく稀に「あれ、そこって確か少人数なんだよね?」と帰ってくる。この一連のやり取りに対するテンプレがICUの新入生には必ず必要となる。覚悟して受験しろ。

まぁ、ちゃんとしたレベルの大学受験を経ていたり、教養や学問に一家言持つ立場だったり、あるいはまともな人事担当なら「知らなきゃ恥ずかしいレベル」だから安心しとけ。その事実を逆利用してゴニョゴニョ……。おっと、知らない人を晒し者にしてしまいかねないので、他大学の事例も参考にするといいかも。

入試方式も特殊であり、学費も高い(大昔は国公立並みだったらしいが)。ICUの学生は、2ちゃんねるのスレにおいて「ICU」の表記がなされているだけで歓喜の雄叫びをあげると思われている。例え「実質MARCH以下の単科大学www就職もパっとしないwwww」などと煽られていようがどこ吹く風らしい。ちなみにICUの2ちゃんねらー率は約5パーセント、そのうち9割以上がROM専である為、2ちゃんねるに実際書き込みをしている現役ICU生は僅か5人弱(俗に学内で言うところの、抽選で選ばれて入学した「ランダムファイブ」)と推定出来るとか。2010年度はXXXXXにより、とくダネ!においてCMまがいのICU特集が組まれるなど、少しずつ状況は改善してきている……かもしれない。これからのICU生は、「あら、神父様におなりになるの?」という問いにXXXXXが在学していた学校です」と答えるだけで済むようになるのだ。それと、XXXXXの身内が設立時に関わっていた話はここだけの秘密だ。

でも、学年が進むにつれ「外れ値」を自認するため、世間の評価を何とも思わなくなったりするのが実情だとか。

Alas, the matter?
Alma mater!
Amen.

卒業生の進路[編集]

この節にはユーモアが不足しています。君の大きなお世話が必要です。
馬鹿にならないようにだけは気をつけましょう

「国際志向」「教養主義」という大学の方針により、卒業生のうち多くが結果的に英語や国際性を必要とする職を得ている。例としては、NOVAリーマン・ブラザーズ、パシフィックHD、日本IBM、BNPパリバJAL三越など。…て、あれ?とはいえ、例年実際の内定先を集計すると、金融、商社、メーカー、マスコミ……と多岐にわたり、一つの業界に偏ることなく内定をもらっていることがわかる。これも右と左に偏る(文科省から日教組まで万遍なく内定)ことでバランスを保つ全人教育の賜物である。

内定率99パーセントといっているが、これは国立、私立問わずどこの大学でもそうであr……「んなこたーない。」実際には卒業生の進路として就職以外が半分近くを占める(2007年度卒業生:689名中297名、無回答含、2008年度卒業生:607名中231名、無回答含)。2007年度卒業生の場合、就職以外の進路としては、「無回答」を除けば院進学が102名とほとんどを占める。いわゆる「就職浪人」「院浪」を含んだ「その他」は全体の8.7%(79名)ほど。しかしながら進路「無回答」者(105名)の中には「就職浪人」「院浪」も一定数含まれると思われるので、実数は不明である(PLACEMENT GUIDE 2009より)。就職に際しての「ICUブランド」はあったという人と無かったという人と両方いる。

また、やりたいことを勝手に見つけて勝手に動く人が少なくないから、人生に「終止」や「白紙」のレッテルを張りに行く人も目立つ。

まあいずれにせよ、悪質なことをやらかして「律法機関」に通報されるわけじゃないんだからいいんでない?


なお、ICUにおける「学年の数え方」は以下のとおり。

  • 一年次:フレッシュマン
  • 二年次:ソフォモア
  • 三年次:ジュニア
  • 四年次:シニア
  • 五年次:ゴニア
  • 六年次:ムニア
  • 七年次:ナニヤ
  • 八年次:ヤメヤ

(注:八年次の呼称に関しては、「金持ち」「あなたがか…」など諸説ある。)

施設[編集]

そう多くない学生数に対して非常に広大な敷地を持つ
しかしそのほとんどは大学設立当初から手付かずになっている原生林で、むやみに立ち入るのは非常に危険である。ただし、その森林浴、酸素浴の効果は絶大なもので、本学学生の平均寿命は世界一である日本人の平均よりもさらに5~10年程度長い。そのため、2007年に複数の大学で発生したはしか流行事件の影響を受けず、麻疹患者は非常に少なかった。
滑走路がある
本学の敷地と施設の多くは、中島飛行機会社三鷹研究所から転用されている。同社は太平洋戦争終戦による軍需産業解体が行われるまで世界最大規模を誇る航空機メーカーであり、近年再評価される実績として航空用ストライカーユニット搭載のエンジンである「栄(さかえ)」の研究開発が行われていたことが挙げられる。そのため、テスト飛行用の「滑走路」が今でも残っている。しかしこの滑走路、現在では大学と外界とを結ぶ唯一の陸路を兼ねているため、自転車に乗った学生や、駅と大学中心部を結ぶ路線バスが多数乗り入れており、航空機との異常接近やバードストライクなどの接触事故が絶えない。
防空壕がある
上記のとおり、戦時中は米軍による戦略爆撃の対象施設であったため、現在は本館として使われている施設の地下には調布飛行場まで通じる巨大な防空壕(というよりもむしろ地下要塞)があったといわれている。防空壕はいくつもの支線に分かれており、有事の際には調布飛行場および研究所にある軍事関係の機材をすべて格納可能であり、陸軍第十一飛行師団の司令部も併せて設置される予定であったといわれる。本土決戦に必要な飛行機を素早く収納し、メンテナンスを行い、脅威が去ったらまた元の位置に戻すのである。入口として本館の一階から地下へとつながる通路があるが、毎年フレッシュマンたちが入り込み、8年後に帰ってくるという悲惨な事故が多発している。
大理石の床がある
床がある。と書いたが、正確には本館の床はすべて大理石である。しかしながら、現在では学生の汗やら体液やらで黒ずみ、何のありがたみもなくなってしまっている。また、大理石という極端に重い素材のため、本館が地震などで崩落した際は「みんな死ぬ」と言われている。2011年3月の東北地方太平洋沖地震では、安全確認のために2週間以上立ち入り禁止になった。「信じるものは救われる」を地でいく建物であることがわかるだろう?
体育館がある
ICUの体育館は建設当初、1600名程度の学生数を想定して作られた。そのため、3000名を超える学生がいる現在のICUにおいては少々手狭である。1600名という数字は、当時ICUの売りのひとつが「少人数教育」であり、また、少人数教育を可能にする各種の助成金(文部省およびニューヨークにある財団、そしてバブル)が充実していたからである。助成金が減り、バブルも崩壊したためICUはその財政の補てんを学生に求めた。ICUの学費の高額である所以はそういったところにもある。男の中の男のような経営体制をとる本学には転ばぬ先の杖などないのである。現在の体育館ができるまではPE(体育課)のオフィスは本館の一角にあり、雨の日などは本館の中でマラソンをしていたこともあるという。
マッキントッシュがある
ICUは古くからいわゆるMacと縁が深く、以前は学内にあるパソコンの比率がマック8に対して、ウィンドウズ2というような有様であった。そのため、ICU関係者はキックバック、もとい感謝のしるしとしてマッキントッシュのパソコンを特別割引価格(十数パーセント割引)で購入することができる。この件に関するポスターがILC(総合学習センター)に掲示されていた。ただし、乱用を防ぐため、一年に一回ぐらいしか購入できない。ウィンドウズのデファクトスタンダートという現状を無視し、マッキントッシュをある程度優遇する理由は、セキュリティ上の問題とUNIX系のOSに慣れるため、そして萌えのためだといわれている。もしくは電通の陰謀である。
泰山荘がある
これは、1934年にさる実業家の別荘として建てられたものである。国登録文化財。とはいえ、場所柄からか夜な夜なカップルがいけないことをしているという噂がある。しかしながらお目にかかれることはめったにないであろう。実際には泰山荘の近くにある石ぶきの道を通り、竹で作られた仕切りを強行突破していくともう一つ施設があることに気がつくだろう(普段は進入禁止です。進入は自己責任で)。事件は現場で起こっているのである。ちなみに、そこからさらに進むと野川公園のわさびをつくっている一角へと通じている。
教会がある
学内には当然のことながら教会がある。宗派は超教派である。超教派とは、内村鑑三の唱えた「無教会主義」に端を発するものである。教会というものが元来、「祈りたいと願う人が、自由に集う場所。温かな休息所である、家庭のような場所。」であるという考えや、「風に形態の無いやうに、「霊に由りて生まるゝ者」即ち基督信者に形態がない。信者は教会員ではない、彼は神の風に吹かれて霊に由りて生まれたる者である。彼が無形たるや言ふまでもない。」(「内村鑑三全集 30」岩波書店 P437)とったような考えに基づき、形態=宗派にとらわれない教会としてスタートした。週末になると卒業生がちょくちょく結婚式を挙げている光景が見られる。ちなみに「学生同士で結婚すると学費半額」というのはガセである。毎年学生サービス部に聞きに来る学生がいるから困る。あの松田聖子も結婚式をここで挙式を試みるも、断られたという噂もある。鐘は通称「平和の鐘」と呼ばれており、ペテロの第一の手紙第3章11 節にある"Let's them seek peace and pursue it"「平和を求めて、これを追え」という文言が刻まれている。
廃止された郵便ポストがある
設置場所は本館三階であり、手紙や封筒が落下することのできる細い空間が一階までつながっている。これは現在営業が行われている郵便局が設置されるまでの間、本館一階に郵便局が配置されていたため設置された正真正銘の本物の使用されていた真の郵便ポストである。しかしその構造上、すぐに詰まってしまいあまり使い物にならなかったという。詰まった手紙には当然、ラブレターも多く含まれており、その手痛い経験からICUにおいてはEメールの普及が急速に進んだといわれている。
何故設置した瞬間に詰まると分からなかったのか。
ダイアログハウスがある
正確には「東ヶ崎潔記念ダイアログハウス・大学食堂」がある。ICUで高さが最も高い(7階建て)建物である。しかし、大部分の3-7Fへは一般学生は入れない。入ると某ラビリンス並みに迷う。学生食堂は外部にも開放されているが、無駄に複雑な決済システム、非効率的な机の配置などすでに評価は散々である。ていうか2階以上の設備も微妙。
心理相談室
応対していた大学院生が美人ぞろいで学内男子のオカズにされていた。院試の試験科目には筆記・面接・水着審査が課せられていたことが当時の資料に明記されている。
その他
また、音声による精神の安定化システム他、トランキライザーの研究施設などがある。現代では悪いことをしたいという衝動を持つ人がどうしてそういう気持ちを持ってしまったのかを考えるための部屋も作られており、部屋の中は寺のようなつくりになっていて教授もスキンヘッドが多い。

スピリチュアル症候群[編集]

「患者のコメント」

――「ICUに居た時、連日夢とも幻覚ともつかない経験をした。ハッと目が醒めると、五臓六腑の形をした岩に先祖の人が一人一人座っていて、こちらをじっと睨んでいる。こちらと目が合うとパーッと視線が光って、凄く怖い。」
――「目が醒める度にそのような事になっているので、本当に怖かった。」
――「ご先祖様がスーツを着て二人立ってたり、暗い所に引きずり込まれたり、足と手を持って引きずり込まれた。その感覚が今でも残っている。」
――「教卓の所にいつも人が居るような感じで。自分でも実際にはそんな事とはあり得ないと思うけど怖くて仕方がなかった。」
――「今でも夜に独りになると怖い。家内が家に帰ると不安になる。」

これはICUで起こる至極一般的な事柄の一部で、一説にはICU施設の8割以上の人に、この症状が見られる。

――これを書いている私もどうやらかかっているらしい。
「最早、何を書きたいのかさえも解らない。それでは皆さんお世話になりました。   さ   よう  な ら      。」
患者の実例

この患者のコメントにみられる症状は一般的に「スピリチュアル症候群」と呼ばれるものである。 国際キリステ教大学と昨今の「スピリチュアル」ブームには実は密接な関係にあり(例えば、鏡リュウジはキリステ教大卒業生である)、大学側が学生に無断でサブリミナルメッセージを用い、このような幻覚を意図的に引き起こしているのではないかといわれている。

事実、こういった一連の症状に陥る学生の多くは、より長く大学内で生活をする寮生である。

毎年四月、および九月になると恒例の「寮生による集団発作的仮装病」が学内感染し、寮生の間では「私は帰還者トーマス。君は?」「僕はタピオカパン!」と言ったやりとりが実際に学内各所で行われる。これは大学側による仕組まれたものであり、その根拠の一つとして、教授が授業中たとえ目の前に座った学生がトーマスのコスプレをしていたとしても―よしんばタピオカパンであったとしても―なんら反応を見せずに授業を続行することなどがあげられる。発作が起こることそのものが、体制側によって仕組まれていることの証左である。

自己批判せよ!!

現在のICUを取り巻く諸問題[編集]

セクメ問題
昨今の問題として若者の性的な乱れが懸念されているが、ICUの学生は皆一様に「セクメ」をもっている。これは、大学入学後男7~8名、女10~12名のグループに学生は割り当てられ、お互いに「セクメ」として一年間を共にすることを大学側から強要されるからである。男は人数が少ない時は2~3名ほどの時もあり、一説には「ICUはハーレム状態」と言われている。
ICU生にとって自転車は永遠のパートナー。いつもありがとう
自転車問題
ICUはその所在地(駅から遠い)および敷地の特異性(広い)から実に多くの学生が自転車通学を行っている。これに起因していくつかの問題が発生している。
  • 近隣住民とのトラブル…朝夕の通学時に「(自転車通学の学生が)うるさい」「轢かれそうになった」といった苦情が連日寄せられている。この問題に対しては「苦情が多く寄せられる道を通行不可にする」「高校生はバス通学にする」「自転車を登録制にする」といった対策を講じている。
  • 放置自転車のトラブル…午後四時を過ぎるといわゆる「自転車のおじさん」はかえってしまう。その時刻を過ぎた後に多くの学生主催のイベントが新D館において行われるため、あまりにも多くの自転車が新D館の前に放置されてしまい、交通を阻害する、最初のほうに駐輪した自転車が出せない(自業自得)といった現象が起こることがある。
  • 自転車手放し運転のトラブル…長年ICUに通っていると自然と自転車を手放しでこいでみたくなる。自分一人でやっていた時は俺スゲー!という感じであったが、実際に他人がやっているのを見て冷めた。
本館地盤沈下疑惑問題
上述のとおり、本館の地下には巨大な防空壕があるといわれている。戦後60年以上がたち、当時組まれた鉄筋コンクリートも老朽化し始め、本館が少しずつ地盤沈下を起こしているとの報告がある。実際、本館の2階、および3階にある通称ラウンジという場所に行き、周囲の目を気にせず匍匐の態勢をとって目を凝らしてみると斜めになっているような気がしないでもない。
段ボールショック問題
それまで学生たちに安定的に段ボールを供給していた食堂(学生キッチン、通称ガッキ)が閉鎖された。そのためICU生は段ボール不足の影響をじかに受け、学生同士の間でも段ボールを求めていさかいが絶えないという。段ボールがもともとシルクハットの内側の汗を吸い取るために使われていたこともあり、当該地域においてシルクハットをかぶる行為は非常に危険である。段ボールをかぶっていた伝説の傭兵が段ボールごと持って行かれたという目撃証言もあるほどである。11月ごろに行われるICU祭の時期に向け段ボール不足はますます深刻化するとみられ、近隣のスーパーなどではバリケードを作るなどして対応している。
無断火起こし問題
学内は森が多く、秋冬の乾燥した季節ともなるととても火がつきやすい状態になる。にもかかわらず、無断で火起こしをした跡が学内で見つかることがあり、見回りが強化される、という事件があった。キャンプサークルの関係者が首謀者ではないか、と言われていたが、真相は闇の中であった。何年も前の事件ではあるが、未だにこれに関する注意文が学内に散見される。近年行われた再調査によって、この問題の真相が解明されている。2002年11月の秋休み中に寮から少し歩いた場所で男子寮の学生二人によって計画された。作戦名は「焼き芋」であった。作戦の全容は『るろうに剣心』で描かれている京都大火に匹敵する国家転覆計画であったが、この日はことはじめにあたかも焼き芋をしているかのように装いICU全焼が意図されていた。枯葉が集められたところで三人目の学生が偶然その場に立ち寄った。この学生は首謀者の寮生とセクションメイトでありまたもうひとりの寮生とも知己であったために三者とも異常思想の輩であることが互いに了解されていた。彼は計画に誘われて三人目の実行犯になることに同意した。三人の目の前で大量に集められた枯葉に火がつけられほどなく焼き芋が完成した。カモフラージュがととのったところでいよいよICU全焼に事態が及びかけていた。しかしこの放火の際中に見回りの警備員が現場に訪れた。計画者二人は言葉たくみに「焼き芋をしていました」と警備員を説得したが闖入者がひそかに緊急事態のサインを送っていた。これに気づいた警備員は彼らを厳しく叱責し逆刃刀で三人を成敗してCU全焼は阻まれ首謀者らは寮に潜伏を余儀なくされた。この事件の翌日付けで注意文が学内に張り出されることとなった。ちなみにこの警備員は裏切った三人目が「Q」を名乗ったと報告書に記している。
図書館座席独占問題
図書館にはパソコンコーナーが設置されている。図書館の内部に設置されているため、レポートを作成する際にはとても便利な立地となっている。しかしながら、先着順、かつ使用時間無制限という何の工夫もない利用システムにより、多数のレポートの締め切りがある学期末ともなると、壮絶な座席争いが勃発する。使用時間無制限というシステムを悪用した、座席を確保しつつお昼ご飯を食べたりお昼寝したり友達とおしゃべりしたりといった悪質な行為が散見される。一時間も二時間も帰ってこない座席を見てちょっと切れそうになった、という経験をする学生は多い。この件に関する争いがエスカレートし、もはや時代遅れで会ったフロッピーディスクの投げ合いに発展したという伝説がある。図書館にあるパソコンでフロッピーディスクが使えないのはそのためではないかと目されている。
大学院問題
アーツ・サイエンス研究科のもとに四つの専攻がある。教養学部教育が売りの大学であるが、大学院にも見逃すことのできない固有の役割がある。慢性的な財政難にあえぐ同大において、大学院は熱心なキリステ教信者からバカ高い学費を巻き上げるための効率的な組織として機能している。各専攻はさらに下位分類としていくつかの専修をもっており、ほぼすべての専修が定員割れしている。例外的に臨床心理学専修はきわめて高い人気を誇った。しかし2013年7月同大のホームページ上で2014年9月から新規学生を募集停止することが公表された。これは事実上の専修廃止である。この通達には日比谷潤子大学長および佐々木照美大学院部長の名前が署名されていた。募集停止の理由は公表されていないがいくつかの理由が推測されている。大学院生がのきなみ優秀であったために学費免除され定員割れしていないことがかえって大学財政を圧迫した、同大学院が学費を寄進させる組織であることに内部批判がおこり粛正された、日比谷学長と愛人関係にあった小谷英文教授(臨床心理学)が70歳までの慰留要請を断って定年退職したことで大学院ごと潰された(この二人は同じ教会に属している)、付属心理相談室が教務グループと敵対関係にあって周到な陰謀により壊滅に追い込まれた、プロテスタント系ともいわれる同大でカトリック的な精神の奉仕を励行したために排斥された、等が有力な説とされているが実際にはどれも裏付けを欠いた憶測にすぎない。いずれにしても定員割れが著しい大学院において定員割れしていない専修が廃止されるのはたいへん異例である。
グラウンド人工芝化問題
ICUにはラグビーやサッカー、アメリカンフットボール等をプレイすることが可能な土のグラウンドがある。しかし、グラウンドは文字通り土であるため、ラグビーやアメフトなど泥と戯れるスポーツを行うとプレーヤーが泥まみれになる(当たり前だ馬鹿者)という悲しい事態になっている。雨が降った後などは文字通り最悪で、滑るわ泥だらけになるわで意味が分からなくなる。そこでICUの体育会(主にラグビー部)はグラウンドを人工芝化しようとICUの運営側と交渉を行っている。しかし超教派の精神を掲げているはずの運営側は体育会に対してグラウンドを人工芝化するのにかかる費用の半分、約6000万円(時価)を要求、体育会はなんだかハイテクで清潔な人工芝グラウンドを求めて数千万円と署名を集めるために現在奔走している。肉体を鍛え、フットボール等のチームスポーツで人間性を醸成することは極めてICUらしい行為であり、何としても守るべきものである。だから皆さん署名してください!寄付してください!!

関連していそうで無関係な項目[編集]

  • IC(集積回路)
  • 東京基督教大学(TCU、福音派基督教信者のみ受験可能な神学校。要推薦状)
  • IBU(四天王寺大学、旧称は四天王寺国際仏教大学)
  • ICC(茨城キリスト教大学、イバキリとも)
  • IDU(Injection Drug Use)
  • IIT (インド工科大学)
  • IPU (環太平洋大学/岩手県立大学/茨城県立医療大学)
  • ITU (国際電気通信連合)
  • CUC(千葉商科大学)
  • AIU(AIU保険会社/国際教養大学)