囲んで棒で叩く

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囲んで棒で叩く(かこ-ぼう-たた-)とは、人類が紀元前より習得している原始的でありながらもっとも効率の良い集団戦法である。人類史初期は棒であるが、時代が進むにつれてこの語句も変動して往く。

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ウィキペディア専門家気取りたちも「囲んで棒で叩く」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

概要[編集]

人類生誕より幾年の月日が流れ、兵器は日々進化していった。二足歩行をする猿の時代に棒切れや骨などを持ち、その棒が時代を経て石器や青銅、鉄などに進歩し、斧や刀、近代では銃器へと移り変わった。一見どんどん進化しているように見えるが、いつの時代も戦法は変わっていない。その戦法こそが囲んで棒で叩くということ、すなわち包囲殲滅戦である。

この戦法は如何なる戦法よりも有用であり、姿を変えて現代でも使用され続けている。このような野蛮な戦法を現代でも用いているという事などにわかに信じがたいかもしれないが事実である、その実例についていくつか挙げる。

軍事面[編集]

有史以前[編集]

人類がまだ石器を持って狩りに出かけていた時代には既に行われていた。複数人で獲物を追い立てて穴などの罠に落としいれ、大勢で取り囲んで棒や石器で叩いたり突いたりした。獲物の例として有名なものはマンモスなどが挙げられるが、基本的に取り囲んでメタメタに暴力を振るうという野蛮なスタイルには巨大なマンモスも太刀打ちできなかった。

この頃には既に人間同士の争い、と言っても小競り合いや喧嘩程度ではあるが、そういったものは存在していた。人間同士においても数の多い側が少ない側を取り囲んで棒で叩くのが定石であり、史上最強の生物と呼ばれる範馬勇次郎によれば「一度にかかってこれるのは4人まで、つまり4人に勝てるなら全人類に勝てる」[1]との事であるが、普通の人間は4人相手に太刀打ちできる事はまずないため、有効な戦法であることが良く分かる。よほどの達人、精鋭でない限りは基本的に争いごとは数で決まるのである。

青銅の時代[編集]

人類が石器から青銅という鉱物にステップアップした時期は概ね日本においては邪馬台国があったとされる時期と同一である。この頃には既に政治的な要因を発端とする戦争が存在しており、兵器も剣や槍以外に弓などの飛び道具が使用された。しかし時代が進めど基本的には大人数で取り囲んで棒で叩いた方の勝ちであり、戦法としては石器時代からまったく進化していない。

邪馬台国といえば女王である卑弥呼が有名であるが、卑弥呼が肥大化させた邪馬台国も民衆によって囲まれ、棒で叩かれて滅亡した。政治の世界においても囲んで棒で叩くという行為が有効であるということを証明した瞬間であった。

鉄器、武者たちの時代[編集]

甲冑の一例、これほど着込んでも囲まれてしまえば無力となる。

青銅の時代が終わればついに鉄器の時代が到来する。鉄の装備が本格的に導入された状態の戦争でイメージしやすいのは源平の争いだろう、歴史の教科書などでもおなじみの馬に乗った甲冑姿の武者が戦う戦場を思い浮かべると理解し易い。軽装の兵士たちに比べて格段に防御が堅固で、それに加えて馬上という位置的有利、移動速度の速さなどで圧倒的な力の差があった。しかし、いかに馬に乗って強力な甲冑に身を包もうとも囲まれてしまえば鍬を持った農民にすら敵わない。落馬させられ、囲んで棒で叩かれる事となる。やはり如何に装備が強力であっても数に囲まれると単機ではどうしようもないことが良く分かる。

将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」という諺のとおり、馬上の将を直接狙わずにまず馬を射殺すとより効果的に囲む事ができる。どれほどの猛将であろうが地上で重量のある甲冑を着た状態であれば疲労も蓄積し、囲み続ければいつかは屈服する。依然、個よりも数の時代である。

一方で騎馬の快速は、敵の周りを囲む際にも有効に機能する。これを活かしたのはカルタゴの名将ハンニバルであり、カンエナの戦いにおいて、数的に優勢なローマ軍団の周囲を完全に包囲する事に成功し、勝利している。しかしこの戦法は、ローマの将軍スキピオにあっさりと真似されてしまい、ザマの戦いでハンニバルが完敗したのは、『ドリフターズ』に描写された通りである。

カルタゴに勝利を収めたローマ軍はカルタゴを完膚なきにまで駆逐するために草木に対してすら塩を撒き、包囲殲滅及び土壌破壊を行った。これは当時として最高級の叩き方であったが、これを行ったローマもオスマン帝国にコンスタンティノポリス(コンスタンティノープル)を完膚なきにまで破壊される事となる。血の輪廻とでもいうべきか、大国であろうともその時代の趨勢次第ではたやすく滅びるものである。棒で叩く事は容易くとも叩き続ける事が容易いとは限らない。

「ともあれ、カルタゴは滅ぶべきであると考える次第である」
カルタゴ について、大カトー

結局のところ、両方既に滅んだ文明であるのは確かである。カルタゴ存続すべしとしたスキピオがカルタゴを滅ぼすというのはなんとも皮肉な結果であったが、どちらにせよ終わった話である。スキピオの夢が叶ったのかは誰にも分からないが、後世が習うべき事は「棒で叩いたものはいつか棒で叩かれる」という事であろう。

鉄砲の時代[編集]

日本は諸外国と同じく、長い鉄器の時代を過ごす事となる。戦争といえば剣と槍、そして弓が基本であった。しかしその状態も戦国時代に新しい展開を向かえる事となる、それこそが織田信長による大量の鉄砲導入[2]である。鉄砲を使用したもっとも有名な例としては長篠の戦いが挙げられるが、この戦いで武田の騎馬軍団は鉄砲の脅威にひれ伏す事なる。長篠より急激に鉄砲に対する関心が集まる事となるのだが、それは同時に小規模戦闘において囲んで棒で叩く必要性が薄くなった事を意味する。[3]1000年以上の時を経てようやく前進を見せたのである、しかし、小規模戦闘の話に過ぎず、中規模以上の戦闘であればやはり囲んで叩く方が優位であるのは確かである。これ以降、囲む規模と概念が大きく変動してゆく。

日本において馬上での戦闘は常に有利であったが、長篠の戦いではそれが覆りが鉄砲を持った歩兵が騎兵よりも優位となった。しかし当時使用されていた火縄銃の有効射程距離は精々100m程度であり、配置やタイミングなど戦略次第では騎兵が有利であるため必ずしも鉄砲が最強というわけではない。騎兵での囲い込みが成功すれば壊滅的な被害を与える事ができ、逆に鉄砲隊を囲めずに終われば騎兵は壊滅する。雨天での運用や費用などに難がある鉄砲も、馬草や調練など維持が厳しい騎馬も共に長所と短所があり、肝心なのはそれを生かす用兵術である。

なお、日本においても馬上筒が考案されたが、諸外国のように主流にはならなかった。

戦争の近代化[編集]

幕府が黒船に言いたかったが、勝てそうにないので言えなかった。

長い近接戦闘の歴史に終止符を打つが如く、急激に鉄砲を始めとした遠距離での戦闘が主体となっていった。中でも海外からもたらされた大砲の威力は凄まじく、古くは大友宗麟ポルトガルから仕入れたフランキ砲(所謂『国崩し』)があり、フランキ砲自体はそれほど活躍を見せなかったがその驚異的な火力は兵を萎縮させるのに充分なものであった。

徳川家康が戦乱の世を制覇し、幕府を開いてからは長らく戦争のない安寧の世が続いた。しかし平和な幕府に突如強大な外国勢力による干渉が行われた、黒船の来航である。黒船の正体は大航海時代でも有名なキャラック船であるが、未だに安宅船を使っていた日本の海軍力で勝てる相手ではなかった。これは大いに幕府を揺るがせた、囲んで技術力の差で叩く時代の始まりである。これにより日本は開国、のちに諸外国に囲まれて金欲しさに威圧され続ける事となる。

近代戦争[編集]

開国により日本は急激な西洋的発展を遂げ、それに伴い装備も侍の文化から銃の文化へと完全に移行する。もはや刀など指揮用の飾りに過ぎず、ライフリング化や弾道学の発展などにより銃器は急激に進歩した。そして銃器と共に戦車や戦艦、戦闘機の時代に突入する事となるのだが、やはり囲んで銃撃・砲撃・爆撃で叩くのは軍事力による掃討で一番効率的であったのは言うまでもない。歩兵だろうと機甲師団であろうとも囲まれてはいけないというのは常に戦いの鉄則である、戦争の大規模化に伴い情勢を計るのは難しくなったが、基本は常に同じである、包囲殲滅は王道にして最高の戦法であることが良く分かる。

第一次世界大戦においては、「敵に囲まれてなるものか!敵を囲んでやる!」と、ドイツ軍フランス軍の両軍が戦線を左右に伸ばした結果、大西洋から地中海に至る長大な塹壕が掘られ、戦線はこう着状態に陥った。

それを戦訓としたフランスは「だったら予め塹壕を掘っておけば、敵を包囲できるじゃん!」と、ドイツを囲むための陣地線を構築した。これがマジノ線であり、時間をたっぷりかけたために、ただの塹壕ではなくコンクリートで固めた要塞線となった。真っ青になったドイツは、あわてて対抗するためにジークフリート線を構築したが、時間と金がかけられず、塹壕線に毛が生えたようなショボイものとなった。フランス人はこれで安泰と喜んだが、実は「俺まで一緒に包囲する気か?」とベルギーがイチャモンをつけてきたため、アルデンヌの森を空白地帯とするしかなかった。おかげで第二次世界大戦では、ドイツはここから普通にフランス入りを果たし、逆に戦車の機動力でフランス軍を包囲し、壊滅させた。

イタリア軍が砂漠でパスタを食っていたというホラ話が広がったせいでイタリア軍はアホだという誤った教えが広まったが、事実は異なる。アホなのはフランス軍である。何故こんな話をするのかといえば、囲んで棒で叩くのは非常に有用な戦術ではあるが、時には囲んで棒で叩く必要性の無い相手も存在しているという話である。そしてこれも当然の話だが、最高の戦術が常に最上の最適解では無いという事は言うまでもない。

現代[編集]

パトリオット一発の威力に対して値段と外交問題を天秤にかけた場合、当然この一発は高くつく事になる。

世界的戦争が終結した現代では、軍事的な包囲攻撃など行う事はできない。その理由は酷く簡単なものであり、軍事的行動が悪と見なされ世界各国に包囲され外交的に袋叩きにされるからである。昔から外交的包囲網は重要であったが、現代では軍事活動を行った国を各国が自動的に、それも一斉に叩く包囲が常に形成されている、これを『出る杭は打たれる』という。現代で重要なのは軍事的に敵を叩きのめす事ではなく、軍事力をチラつかせながら外交力で叩くのが主体となっている、重要なのは自身が杭を打つことで杭になってはいけない[4]という事である。

近代よりも兵器が進歩し、地球の裏側まで極めて高火力なミサイルを発射したり、無人機を送り込んだりできるようになった。しかしそれは外交的包囲を行った側、つまり囲んでカツアゲを行っている側の特権である。大義名分を得る、もしくは作る事なくこのような行動をしてしまうと包囲される側になってしまうため、細心の注意が必要である。大義名分を作る事ができる時点で治罰綸旨を行っていた時代から進歩していないともいえるのだが。

WW2ののちにもっとも大義名分を振りかざして軍事力を振るった国といえば考えるまでもなくアメリカしかない。このイギリスから渡りインディアンを蹂躙した蛮族はいまや自称世界の警察を名乗り、それを大義であるとして世界各国の問題を抱えた脆弱な地域に戦争を仕掛けている。このような蛮人を征伐する方法は各国が連携し、囲んで棒で叩くのが一番なのだが、成敗するにはかの国は肥大化しすぎた。棒で叩く事は人類史上未だに越えられていない戦術であるが、あまりにも戦力差がある場合は成立しない事もあるということである。

政治面[編集]

軍事面で大いに猛威を奮った囲んで棒で叩く戦法だが、政治においても同じ事が言える。物理的に包囲する軍事とは違い、政治は水面下で進むため発見しづらいが、それは確かに如何なる時代でも行われている。戦争をするとなれば自国の軍備力で他国を打倒しようとするのが基本だが、当然味方が多い方が有利である。そこで同盟や連合などを組むのだが、規模が大きくなるほどこれが絶大な効果をもたらす。場合によっては小さい勢力が大きい勢力を取り囲んで棒で叩く事が可能となる。

そこに至るまでの経緯に必要となってくるのが根回しというものなのだが、Aが自分よりも強大な勢力であるBを倒そうとするとき、CとDにタッグを求める場合は水面下で速やかに行うのがもっとも効果的である。これによってBは「自分よりも弱いと思ってたら敵の総合力の方が高くなっていた」となるため、戦力の増強を行う暇を与えずに攻撃ができる。正面から囲むよりも、物陰から一斉に囲んだ方が楽に成功するという事である。

このような水面下での進行を止められなかった代表的な人物を挙げるとすれば、古代ローマのカエサルであろう。このガリア戦争で屈強なゲルマン人を下し、ローマ内戦をも終結させた英雄はシェイクスピアの描いた悲劇のようにローマ元老院内部でめった刺しにされて命を落とした。この陰謀の影にはローマの帝王にならんとするカエサルに対して危機感を持った元老院の面々がいたわけだが、このようにして政治的な確執は時に命を奪う。ちなみにこの際にカエサルは囲んで棒で叩かれるどころか、23回刺されるという凄まじい最後であった。なお23回も刺しておいて致命傷になったとされているのは2回目である、死体蹴り、ダメゼッタイ。

しっちゃかめっちゃかなしばき合い[編集]

『囲んで棒で叩く』話をするための題材としてこれほど相応しい人物もいないと思える人がおり、その名を福島瑞穂という。この人物はわけの分からない連中が跳梁跋扈する政治界のトマソンといえる社民党なるヘンテコな政党の親玉を務めた人物である。何故社民党がトマソンかといえば、主張発言行動全てにおいてしっちゃかめっちゃかデタラメな代物だからである。主張で扉を作れば入れないし、発言で梯子をかければ繋がってないし、行動で橋をかければ対岸まで届かない。何故にこんな政党が他のデタラメ政党を差し置いて生き残ってきたのかといえば、一種の大道芸か何かとしかいえない。

そんな大道芸人集団のトップで舵取りをしている福島瑞穂は囲んで棒で叩く、いや、叩かれる事に関しては相当な手だれである。国会で意味不明な戯言を喚いては自分を餌としてマスコミを釣り、釣れたマスコミを他所によこして炎上させるという一種の炎上マーケティングの発展系ともいえる業を得意としている。文字通り囲んで棒で叩くことを生業としているマスコミをコントロールし、他人にまで波及させる戦術は一種の自爆行為である。

文字通り燃える女、福島瑞穂の冒険はまだまだ続く。炎上爆破イリュージョン『従軍慰安婦問題』に挑戦してからはその業もより鋭さを増し、福島瑞穂の真骨頂ともいえるフェミニスト精神を大いに爆発させた。従軍慰安婦というものは要するにまぁ、文字通りの代物であるがこんな明らかに存在しえないものに対してフェミニスト精神を爆発させてしまったもんだから面白いことになるのは必然である。精神を高揚させ、棒を構えて、一斉に叩き込もうとした福島瑞穂であったが本人にとって予想だにしない、周囲にとってはそりゃそうだろという結果を見舞う事となる。

現地で原告になってくれる従軍慰安婦を募集し、裁判に乗り込んで「日本軍は最低だな!」と叩き付けた福島瑞穂であったが、色々と残念な結果となってしまった。詳細をいえば書いたドラマの脚本と演じた内容が違うんだから面白い、脚本的には親に売られて日本に来たはずの慰安婦だったが、何故か報道ラインに乗ると軍に連行されて従軍慰安婦になったという事になっていた。こんなウォーリーを探せよりよほど簡単な間違い探しに気づかないほど世間も馬鹿じゃないので、気づいてしまった国民が一斉に福島瑞穂を叩き出したのである。その乱戦に今まで福島瑞穂の味方をしていたマスコミ、いやマスゴミ連中も手のひらを返して福島瑞穂叩きに参戦すべくバット片手に乗り込んだ。いやこのバット持ったマスコミ連中は国民にゴルフクラブだの灰皿だのでぶん殴られる運命にあるわけだが。

身近な包囲[編集]

弱き者のために。
囲めばマイナー派閥でも勝てる。

ここまで例を挙げてきたが、実は身近にも同様の行為が存在する。

イジメ[編集]

「囲んで棒で叩く」という行為をまさに行っている事例のひとつである。自分よりも弱い者を数人で取り囲んで殴る蹴る棒で殴るなどするのは完全ないじめ行為、もしくは集団リンチであり、幼少であろうともひとりの人間を完膚なきにまで破壊するのにはこれほど手っ取り早い方法は存在しない。太古は同じ行為を生きるために狩りとして行っていた行為だが、現代ではただの娯楽に近い感覚で行っているため性質が悪い。

囲んで棒で叩くのは弱者が強者に行使してこそ正当性のある手段である、その逆を赦してはならない。

マスコミ[編集]

所謂報道による包囲網は主に政治家や芸能人を始めとした「時の人」に対して行われる。物理的に包囲してマイクを向け、情報で包囲し、それに先導された市民たちによって包囲させるものであり、ありとあらゆる手段を用いて行われる。囲んで情報で叩くのはもはやイジメの上位と言っても過言では無いほどに苛烈を極め、時には人の人生を転落させ、死に追いやる。最大の問題点は行っている者たちがこれを正義として行使している点である。情報という棒よりも酷いもので人様をタコ殴りにしておいてそれを報道の自由だのなんだのと正義を主張するのはあまりにも滑稽であるし、そんな犯罪者は囲んで棒で叩くべきである。

時代による推移[編集]

囲んで棒で叩く

囲んで剣で斬るor槍で突く

囲んで鉄砲で蜂の巣にする

囲んで悪者にしてからミサイル攻撃や爆撃を行う。


このように手段以外ほぼ進歩していないことが良くわかる。

脚注[編集]

  1. ^ 残念ながら現実では近接戦闘にこだわらなければ4人以上同時も可能である。
  2. ^ 文献の記載数があまりに不安定であるため「大量の」がもっとも適切な数。
  3. ^ 薄くなっただけで効果的な事に変わりはないが、弾込めの時間などを考えると散開させて運用するには難がある。
  4. ^ あえて出る杭になった国もあるが基本的に叩く側が優位。

関連項目[編集]