唐紙学志

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唐紙 学志(からかみ さとし、1978年8月28日 -)は、静岡ミカン農家。静岡だけになんとなくJリーグの審判員をやっていた。6試合の笛を吹き、うち半分に当たる3試合は愛媛のホームゲームの主審を務め、例外なくアウェー側チームにイエローカード、レッドカードを乱発した。

2007年8月、これまでのカード乱発祭りに満足したためか、わずか半年足らず(実働3か月)でJリーグ事務局から失踪し、青木が原樹海の中に消えた。結局、愛媛FCにいいように使われただけの審判人生であった。自業自得だがカワイソス。

人物像[編集]

ミカンへの並々ならぬ愛情が高じて、愛媛県の愛媛FCなどミカン生産県のサッカークラブに対しては、度を過ぎた偏った愛情を注いでいる。逆に、みかんジュースの消費量を下げるような農産物の産地のサッカーチームには容赦せず、当該試合をぶち壊すだけでなく、後に続く試合にも後遺症を残すような誤審を乱発する。試合中に、ミカン生産県の敵選手が、ミカン農家の大敵、ミカンサビダニに見えて仕方がないらしい。「汚物は消毒だ~」と叫んだかどうかは知らないが、どうしても駆除をしたくなるのは間違いないようである。

活動記録[編集]

2007年3月21日 愛媛FC水戸ホーリーホック(愛媛県総合運動公園陸上競技場)
茨城名物のさっぱりとした梅ジュースの消費が伸びるとミカン農家の経営を圧迫するとして、芽の出ないうちに叩いてしまおうと水戸潰しを決行。愛媛の選手には1枚も警告を出さなかったのに対し、水戸の選手には5人にイエローカードを乱発した。しかし、唐紙は、みかん不毛の地関東でありながら、茨城県が細々とミカンの栽培を行っていることを知っていたため、寸止めで勘弁し、試合は0-0のドローで終わった。
2007年4月21日 愛媛FC-京都サンガF.C.(愛媛県総合運動公園陸上競技場)
夏も近づく八十八夜がもうすぐだったので、宇治茶の新茶がミカン農家の経営を圧迫するとして、ついにその本領を発揮した。愛媛の選手には1枚しかイエローカードが出されなかったにもかかわらず、京都には6枚のイエローカードが飛び、選手がレッドカードで2名退場に、それに抗議をした京都の美濃部監督まで退席処分になった。京都でもミカン栽培は行っているが、関西といえば有田ミカンであるので、一切容赦しなかった。唐紙に試合はぶち壊され、愛媛が3-0で勝利した。
2007年6月13日 愛媛FC-コンサドーレ札幌(愛媛県総合運動公園陸上競技場)
ミカン農家なんか一軒もあるはずもない北海道のチームが相手だったため、唐紙は燃えた。北海道といえば牛乳・葡萄・ミネラルウォーターと、みかんジュースの敵がみんな揃った不倶戴天の敵である。しかもお中元の季節なので絶対に負けるわけには行かなかった。愛媛の選手には1枚しかイエローカードが出されなかったにもかかわらず、札幌にはイエローカード8枚(J2新記録タイ)、2名がレッドカードで退席になった。進路前方にいただけの西澤に勝手にぶつかっただけのプレーなのに退場を言い渡し、そのリスタートで、針路妨害は間接フリーキックになるべきところを直接フリーキックを指示して先制点をアシスト、イエローカードが出るほどでもない軽い接触をしただけの曽田に退場処分を下し、DF2名が抜けてフィールドブレイヤーが9名になった札幌を攻め立てて2点目をプレゼントした。
しかし、これに札幌の選手は燃え、逆に攻勢を仕掛ける。直後に1点を返し、ロスタイムに同点ゴールが決まったかと思われたが、副審の恩氏孝夫のナイスアシストでノーゴール判定をされた。試合は愛媛が2-1で勝利した。試合後、2点目を決めた青野が「愛媛勝訴」の旗を掲げ、拡声器で何事かがなりたてるなどし、唐紙の判定に怒る札幌サポーターの神経をさらに逆なでした。
この試合については、後にJリーグ事務局が誤審認定を行い、唐紙がクラックをキメていたことが公式に認められた。そしてこの試合が、彼のJリーグ審判人生の終末となったのである。サッカーの歴史に残る壮大な祭りであった。
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