和歌山市

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和歌山市(わかやまし)は、大阪民国の南隣にある和歌山県の県庁所在地であり、事実上大阪民国の恩恵と支配を受けている。とはいえ、江戸時代は徳川様のお陰で繁栄をなしたことから、陰で東京に親近感を持っているツンデレ要素も持ち合わせている。

概要[編集]

日本のチベット、近畿のおまけなどと言われる和歌山県の言わずと知れた県都であり、総人口四捨五入で100万人(100万人を割ったことは記憶に新しいが、見栄を張って100万人と言わせてくれ)のうち、4割ほどが住んでるいわゆるプライメイトシティ。…その割には、同朋の大阪神戸京都に比べて、盛り上がりの少ない都市である。伊勢奈良より酷いかもしれない。しかし昭和初期までは近畿屈指の大都市であり、1876年の調査(出典:明治大正国勢要覧)では日本第11位の人口を誇っていた。(札幌や福岡、川崎、堺、北九州などの政令市よりもスゴかった)市内に156件はあるといわれる中華そば屋やhydeを生産したことで有名である。ちなみに東日本の人には「和歌山ってどこ?日本」とか「和歌山って確かオタクの聖地だよね?」とか言われる始末。あれはkey半島だ、和歌山市はあまり関係ない!実際、和歌山県民の大半も「いや、まあうちは田舎だから…なんもないで…」と実情をさらけ出しているのが事実である。

地理[編集]

が多いのと若干の平地にあるのにもかかわらず、が意外に高いところにあるくらいであとは特筆すべきことが無い。しかしラーメンと鞠だけは全国的に有名なのだが、路面電車もなければ地下鉄もない、鉄道網も脆弱と交通の便の悪さは全国随一というなんともいえないところである。このため、みんながマイカーを持つ。和歌山ではちょっと外れに行けば、一家に一台ならぬ家族一員に一台、これも決して非常識じゃない。そのくせ、道路事情は江戸時代の城下町の名残の堀割や立ち退きを嫌がる県民性などが原因で、最悪そのものである。どう見ても片田舎というような場所さえ、ラッシュアワーを体験しない人は居ない。ようやく最近色々と道ができてきたけど。さらには和歌山市と海南市の市境に位置するマリーナ市国(首都ポルトヨーロッパ)が市制を経て、日本から独立し、2013年7月にはクロアチアと共に29番目の加盟国として、欧州連合に加盟した。マリーナ市国の独立は記憶に新しいところだが、実はこれ以前に和歌山から独立した国に、イノブータン王国がある。なお、それはいわゆる紀南に位置する(らしい)が、これは県民間でもあまり知られていないほどの知名度である。アラ残念。

観光[編集]

さて、関西の県都というからには観光施設も充実しているのかと思えば、これが笑えるほどに何もない。これではいかん、と一念発起した戦後の和歌山市民が建設したのが、ナショナルの看板を付ける予定だったが、却下された和歌山城である。コンクリート製だがそれなりに見栄えはするので、数少ない和歌山市民の、心の拠り所になっている。だが、田舎レベルは相変わらずであった。城のふもとには市立の動物園があるとかなんとかだが、これも田舎レベルは相変わらずであるらしい。

そこで「和歌山をもっと都会にしやんか」と計画した結果生まれた街が和歌山マリーナシティである。しかし、コマーシャルは相変わらず戦隊物やプリキュアのヒーローショーしかイメージに焼き付かないので、リア充や小さな子連れ家族はともかく一般市民は、「えーと、とれとれ市場あるとこやっけ?」と記憶から遠退きつつある。

ほかの観光地として関西随一の早咲き桜として知られたが、近年の異常気象で関西のあちこちが一番開花になってしまったため、取り柄のなくなってしまった紀三井寺と、伊勢にも一目置かれるほどだったのに、地味すぎる上、なぜか神社の敷地に高校や中学ができてしまった日前宮、子供の頃の遠足のせいで「暑い」「遠い」「虫が多い」というイメージしか焼き付かない紀伊風土記の丘などがあるけど、司馬遼太郎の紀行文片手に探索するじーさんばーさんや一部のマニアしか出向くぐらいである。あと、かつて宇宙回転温泉という名温泉やゴーストハウスがあった和歌浦があったが、市民の浄化運動により取り壊されたため何も取り柄がなくなってしまった。でも、まだ海を見た事がない奈良の人や大阪の汚れた海よりは綺麗だろうと期待してやってくる大阪の人がなぜかGW時には大群で押し寄せてくる。

かろうじてちょっと都会的なのがスタバやシネコン、本屋もある「ガーパ」とVINVOと揶揄られつつ、華麗に天王寺に次いで二番店となった和歌山MIOぐらいである。ぶらくり丁?ドンキホーテがあるよ、うん。

和歌山市民はテレビのお台場や浦安、渋谷の光景を見ては「江戸時代はそんな差なかったはずやのに、なんでこんな差付いてしもたんやろ…」と嘆くのが日常である。そして都会を求めてキタやミナミに出向くが、帰ってきた時に相変わらずの田舎ぶりに落胆する。これに嫌気がさした若い和歌山市民はどんどん大阪へと逃げるようになってしまう。

夏はじめじめして暑いし雨も多い。では冬はどうかというと、やはり寒いことには変わりが無い。時々雪が降るが、たかが3cmほどの積雪にキャッキャウフフするのも国民性である。ヤシとか生えてるのはもっと南の方だ。ヤシが見たいなら沖縄に行くことをおすすめする。

歴史[編集]

和歌山というと徳川吉宗の出身地なのだが、吉宗関連のイベントは殆どやっておらず、「真に吉宗はここにいたのか?」と疑問視したくなるような印象を受ける。むしろ歴史マニアにとっては、雑賀衆という武装農民の本拠地で、鉄砲の生産地であり、鉄砲の扱いに長けた武将を多く輩出した市というイメージが強い。紀ノ川を遡ると、工房大使空海ゆかりの高野山があるのだが、わざわざ和歌山から行く人なんかいないだろう。灯台下暗しというか、そもそも認知度が低い。大阪府から参拝する人が大多数である。実際、和歌山人でも、高野山へ御参りするときは南海を使って一旦難波から特急を使った方が早い。車を使えば行けないことはないけど、間違ってもシーズン時に使うべきではない。

名物[編集]

近年ではラーメンの町として知られており、ここのラーメン(もちろん和歌山にある全てのラーメン店であるが)は食べた後、平衡感覚がおかしくなることでも有名。中には、店が傾いたまま修復もせず、挙句の果てにはよりいっそう傾かせて営業をしている店も見られる。嘆かわしいことに、周囲の人間はそれが名物であるとさえ考えている。あとは地元の人は通り過ぎるだけという検閲により削除商店というラーメン屋は相変わらず観光客(えっ)が多い。

あとはこれといった名物などない。現に和歌山市の土産物屋に行っても有田みかんとか湯浅醤油とか南高梅とか和歌山市ではない土産で埋め尽くされているのが現状である。

でも和歌山水了軒の小鯛雀ずしと阪和第一食堂のえびずしは食って損はないよ、うん。でも、そのまま改札降りずに白浜行くとかやめて。

治安[編集]

ホント和歌山は地獄だぜフハァーハハァー

和歌山市民は約50%が雑賀衆で残りの約50%が根来衆である。傭兵集団であった彼らは織田信長に加勢する際に3000丁の鉄砲を持参して信長を驚かせたというほどのものであり銃砲の扱いには歴史的に長けている。そして宗教的な信念から本願寺に加勢し織田軍を苦しめ、結果織田信長と豊臣秀吉に一回ずつ滅ぼされているほどの危険人物ぞろいである。

現在でも和歌山市は銃刀法の治外法権的な町であり、銃の普及率は90%近くに上っており、これは銃社会アメリカ合衆国を上回るものである。市民は幼稚園時代からありとあらゆるチャカを扱うことを社会的に義務付けており、町は硝煙のにおいが絶えない。年に一回は本願寺派の雑賀派市民と真言宗の根来派市民の間で発砲を伴う抗争が起こり、年に数人の警察官ヤクザ・治安出動した自衛隊員が殉職している。

近年ではこれに対抗できるのは種子島島民や薩摩隼人だけと言われており、旅行者は防弾チョッキを忘れてはならない。なお「畿内人だから和歌山人の間にいても目立たない」と思うのは早計である。和歌山人は畿内辯と和歌山辯の微妙なニュアンスの違いを理解しており、不審な言語を話す貴方を念のため銃殺するに違いない。

なお、和歌山での銃殺事件がそれほど大きくニュースに出回らないのは、死体や証拠を隠滅するための山が腐るほどあるからである。また海に面していることもあって証拠は海に始末することもでき、漁師は裏で大量の証拠を隠滅しているとかなんとか。

さらには近年、南のクジラ狩りが世界で問題視されているが、当の本人たちは何ら気にしていない。これを書いている執筆者も何ら気にしていないが、このせいで紀南では常にアメリカオーストラリアイギリスフランス・その他諸々の諸外国と常に戦争に発展しそうな触発状態である。らしいけど、まあいいんじゃない?

関連項目[編集]

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