呂布

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

この絵を見られる場合、あなたは呂布の攻撃範囲内に存在することになります。呂布に立ち向かってはならない
この絵を見られる場合、あなたは呂布の攻撃範囲内に存在することになります。呂布に立ち向かってはならない
最近は完全に開き直り、全身黒光りするように
最近は完全に開き直り、全身黒光りするように
彼の厨二病ぶりを表す一コマ。このあと、見事にやられたのは言うまでもない。
彼の厨二病ぶりを表す一コマ。このあと、見事にやられたのは言うまでもない。

呂布(りょふ)は三国無双シリーズの無敵のゴキブリである。彼の武勲は古代中国の三人の将軍が痴話喧嘩のついでに行った領土獲得戦争について書かれた伝説的な中国の長編小説「三国志演義」で記録されている。言っておくが呂布はゲイではない。彼は実際、ゲイのようにド派手な衣装を身にまとってはいるが歴史上最も強力なヤ●チンであり、その性癖に疑いを持った者は全て彼の槍による強打で即死した。呂布に立ち向かってはならない。 呂布には貂蝉という愛人がおり,貂蝉が敵に倒されると,「うおぉおぉおぉお!!!貂蝉ンンンンンン!!!!!」 と気違いじみた奇声をあげ,敵の本陣にGKBRの如きスピードで突進していく。この時の呂布は攻撃力が数倍になっているので2~3発で死ねる。貂蝉を倒した後の呂布には絶対に立ち向かってはならない。 序盤に出会ったら味方武将を囮にでもして逃げること。序盤のヘナチョコ装備じゃ絶対に勝てない おまけに最速の赤兎馬でGKBRの如く高速で近づいてくる。 逆にPCとして使うと正に無双である。無限コンボも出来ちゃうしもう大変。

目次

[編集] 誕生

呂布誕生の過程には様々な説があり、今でも歴史学者と生物学者の間で議論されている。その中でもっとも有力な説を以下に示す。

[編集] 通信交換進化説

当時中国では『GKBR』ボールを当てて捕まえ、育て、戦わせ、交換する風習があり、『GKBR』を交換する際交換する『GKBR』が進化の石を持っていたために、交換直後呂布に進化したとする説。

[編集] 人間と『GKBR』との間に生まれた説

ある嵐の日、人間界が嫌になった女性がゴキブリ界に迷い込んで『GKBR』と婚姻を結びその間にできた子供が呂布であるとする説。ちなみにこの説では2年後の嵐の日『GKBR』界に董卓軍が乗り込んできて呂布とその両親をさらっていったことになっている。

[編集] 『GKBR』に噛まれた説

ある青年が『GKBR』研究所を見学しているとき遺伝子を組み換えられた『GKBR』に噛まれたために超人的な能力を身につけ、その青年が呂布であるとする説。

[編集] 以上の冗談の数々の原点

本当は『GKBR』とは全く別の生物だが、『触角』という唯一の共通点だけをネタにされてしまった悲劇。

[編集] 略歴

第二次世界大戦で蘇った呂布。進化した兵器も呂布の進化には追いつけなかったようだ。十秒後には辺り一帯にクレーターが三つも出来ていた。
第二次世界大戦で蘇った呂布。進化した兵器も呂布の進化には追いつけなかったようだ。十秒後には辺り一帯にクレーターが三つも出来ていた。

呂布は数百万人もの人間を虐殺し、戦場に大きな名誉を得た。或る日、董卓という将軍が呂布に対し、自らの下で働くよう促した。呂布は「黙れこの粗●ン野郎」と嘲り笑い拒否したが、董卓が当時の世界最速の馬(赤兎馬)を提供すると申し出ると、呂布は即座に養父の首を刎ね、董卓の配下となった。

呂布は殺戮と破壊に情熱の大半を注ぎ込んだ。そして情熱の残りをナニに注ぎ込んだ。特に、董卓の女相手に自慢のあれを思う存分振り回していた。董卓は激怒し、呂布を非難した。彼は基本的な事を忘れていた。 「呂布に立ち向かってはならない」 董卓は即死した。後の歴史家は呂布が無双乱舞を用いて董卓の肉片をバラまいたと推察している。

歯向かえる人間は全て殺したため、退屈していた呂布は中国中をぶらつき、目に付いた人間を適当に殺しまくった。この行為は何年にもわたり続き、この間中国の人口は半分以下になったと言われる。呂布の配下は、彼が殺戮を行うのをすっかり見飽きていた。配下はスキを見て呂布を縛り上げ、曹操という武将に引き渡そうとした。しかし呂布の眼が光った瞬間、配下はバラバラにくだけちった。そのまま呂布は曹操軍をなぎ倒し始めたので、曹操は「げぇっ、呂布!」と言うヒマもなく逃亡した。(出典:「三国志 外伝~そういえばゴキブリみたいな奴いたよね?~」陳寿著)

その後もしぶとく生き延び、今現在は天安門広場地下深くに核爆弾以上の最終兵器として眠っている。ちなみに、第二次世界大戦でも呂布は日本軍を滅ぼそうとした中国軍に使用されたが暴走し南京大虐殺が発生、呂布1人によって大量虐殺が行われたことは言うまでもない。東条英機は彼をゴキブリと見間違え、あまりにも慌てたことから誤って死刑台から転落し、絶命したが、世間では東条は絞首刑扱いされていることには遺憾の意を称したい。

また、2008年に発生した四川大地震が中国政府が地下呂布実験を行った際に呂布が暴走したために発生したことは言うまでもない。

呂布に立ち向かうことは多くの国では重罪である。しかし呂布に立ち向かった人間は即死する為、刑罰が下される事は無い。
呂布に立ち向かうことは多くの国では重罪である。しかし呂布に立ち向かった人間は即死する為、刑罰が下される事は無い。

[編集] チャック・ノリスとの闘争

呂布による攻撃を生き残ったただ一人の人間が、驚くべき事に、チャック・ノリスであると言われる。チャック・ノリスは呂布のノドを狙って回し蹴りを放った。この攻撃により周囲の人間が死亡したが、呂布は笑って受け止めただけだった。その二人は極地の正反対である、火と氷、陰と陽の様である。彼らは世界中を周る。呂布は東、チャック・ノリスは西へと。そして彼らが出会った瞬間、闘いは起こる。いわゆる「天災」とされる謎の大破壊は、呂布とチャック・ノリスとの間で行われる戦闘叙事詩の結果である。チャック・ノリスは呂布との直面に対する警告 「呂布に立ち向かってはならない」を免除されている唯一の人類であると言う事が出来るだろう。だが、近年では本多忠勝も呂布と平然と戦える人物として挙げられ、呂布との死闘を演じた。さらに日本一の男こと早川健も呂布に対等に戦える人物として名を上げ、歴史に残る戦いを演じてきたが、いまだ決着はついていないようだ。だがこんなにも強い呂布だがある一人の男には小指一本で負けてしまったらしい。その男の名はトニオ・トラサルディーといい、本多忠勝でも敵わなかった。呂布がトニオさんにリベンジするのかどうかはまだ決まってないが、今後の展開が楽しみである。

[編集] 身長

色々な所がでかい。 もしかして10hydeくらいあるかもしれない。


[編集] 警告

呂布に立ち向かってはならない


絶対に立ち向かってはならない

[編集] 関連項目

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[編集] 外部リンク