中京都
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ 名古屋市 について、オスカー・ワイルド
~ 名古屋市 について、リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ
~ 名古屋市 について、織田信長
~ 名古屋市 について、豊臣秀吉
中京都(ちゅうきょうと)とは、名古屋共和国の首都である。旧名は名古屋市(なごやし)。ベトナムのサイゴン市改めたホーチミン市と同様に、今なお旧名で呼ぶ人が多い都市でもある。
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[編集] 名称
「中京」という名は、自分が日本列島の中央だと思っている事から自称した物である。しかし、元々首都であり昔から繋がりの深い京都市の中京区(なかぎょうく)と混同される為、市民の間では定着しておらず、多くの人は旧称の名古屋を用いている。
なお「京」や「都」を名乗っているものの、実質的にはトヨタと霞ヶ関の直轄地である。名古屋駅前の高層ビルなどがそれを象徴している。
[編集] 言語
全ての名古屋共和国民は、日本国民から見ると猫が鳴いているような声で話している。しかし名古屋国民は、日本に移動すると流暢な日本語を話し、名古屋語を話す事は少ない。また、日本国を経済的従属国として従えるようになった現在は、日本国民の前では日本語を話すことが一般的である。これは名古屋人が生来持っている秘密結社性を如実に表す事実である。従って、名古屋共和国内の日本国民は、一般的には名古屋人同士の会話を理解できない。
近年、有名になった名古屋語に「やっとかめ(八十日目)だなも」がある。これは既に周知のとおり、日本語の意味は「久しぶりジャン」であるが、あくまでもお上品な方々の言葉であり、俺らみたいな下町っ子は使わない。使ってはいけない。
なお、これら言語を「縮尺された日本」だと評する向きもある。
[編集] 国歌
「名古屋はええよ!やっとかめ」
この曲は名古屋の自虐感を、逆手にとって東京や大阪に対する優位性とすべく作詞作曲されたものであり、今なお市民から注目を浴びる存在となっている。最も、他国人の前では歌うことは無いが。
[編集] 歴史
名古屋共和国正史『金鯱の夢』(集英社)によれば、建設者は豊臣秀吉の嫡男で名古屋幕府初代将軍の豊臣秀正であるといい、秀正が傅役福島正則とともに清洲からこの地に都を遷すべく、プランニングを行ったという。
共和国の歴史においては西暦1615年の江戸夏の陣に於いて、秀正の舅であった徳川家康は豊臣秀正に滅ぼされ、名古屋幕府が確立したという。名古屋幕府は一般的に江戸時代(厳密には名古屋時代)とされている時代を統治し、名古屋辯は日本の共通語であり、名古屋は日本国の首都であったといわれているが、明治時代に東京へ遷都した時にこれらの歴史は全て抹消され、書き換えが行われたという。
書き換えられた後の歴史では、徳川家康が江戸に幕府を開いた後、江戸にとって脅威になる京都の天皇と大坂の豊臣秀頼と伊勢の神宮が反乱を起こさないよう監視する為に、豊臣秀吉の出身地に名古屋城を建設し、清洲からついでに街を移転して城下町を作り上げ、和歌山・彦根・安濃津・福井・姫路と同じく、「京都に近い江戸の側近」として江戸時代を送った、とされている。
名古屋市民はこの自虐史観を余り問題視していない。又、名古屋共和国の史家らも常に著書の中で告発を繰り返しているものの、「アムウェイなみの仕事」といわれるような本業のユーモア小説の執筆に忙しかったり、龍群の軍師も兼任している為に龍群の調子が悪いときには殆ど執筆を停止するなど、あまりやる気が無いために、真実の歴史は容易に明らかにされていないのが実情である。
1959年9月には伊勢湾台風、2000年9月11日には豪雨に襲われるなど、伊勢湾沿岸とあって気候は南畿内(津、新宮、奈良など)と同一であり、台風銀座である。これらの水害では多くの家・車・堀川のヘドロが流されるほどで、これを中京都民は「名古屋911テロ」や「元祖911テロ」と呼ぶ。
[編集] 地域
元々は一般的な区(現:一般区)のみで分けられていたが、独立に伴い周囲との雰囲気が極端に異なる地域として新たに「特別区」が設けられた。なお特別区名は全て「地域名+カタカナ」の組み合わせである。 同時に一般区も、位置の明確化や呼称の利便性を図り、分割・合併・改称された。また、旧尾張旭市は中京都との結びつきが強かったため、中京都に編入された。
- 特別区
- 一般区(◎印:区を合併/☆印:区を分割/■印:区名変更/◇印:周辺市町村を編入)
- ◎金鯱区 - 旧東区の内、名鉄瀬戸線以北+旧北区の内、庄内川以南+旧西区の内、庄内川以南
- ☆楠区 – 旧北区の内、庄内川以北
- ☆小田井区 – 旧西区の内、庄内川以北
- ☆超栄区 - 旧中区の内、南北100メートル区以北で東西100メートル区以西
- ☆新栄区 - 旧中区の内、南北100メートル区以北で東西100メートル区以東
- ☆上前津区 - 旧中区の内、南北100メートル区以南
- ☆荒子区 - 旧中川区の内、庄内川以東
- ☆富田区 - 旧中川区の内、庄内川以西
- ☆稲永区 - 旧港区の内、庄内川以東で、中川運河以西
- ☆港明区 - 旧港区の内、中川運河以東
- ☆南陽区 - 旧港区の内、庄内川以西
- ☆大高区 - 旧緑区の内、名鉄名古屋線以南
- ☆鳴海区 - 旧緑区の内、名鉄名古屋線以北
- ☆小幡区 - 旧守山区の内、東名阪自動車道以西
- ☆志段見区 - 旧守山区の内、東名阪自動車道以東
- ☆白鳥区 - 旧熱田区の内、堀川以西
- ☆宮区 - 旧熱田区の内、堀川以東
- ■太閤区 – 旧中村区
- ■堀田区 - 旧瑞穂区
- ■名南区 - 旧南区
- ■藤が丘区 - 旧名東区
- ■山岳区 - 旧昭和区
- ■学習儒区 - 旧千種区
- ■てんぱっ区 - 旧天白区
- ◇旭区 - 旧尾張旭市
[編集] 地域特性
名古屋駅周辺を除き、高層ビルと呼べるものは建っていない。経済的には繁栄しているにもかかわらず無駄なところには絶対に金を使わないという堅実な国民性が現れている。この駅から西は「くそ(木曽)しながら(長良)いびる(揖斐)」という、あずまんが大王の名台詞でも知られる木曽三川を越えないと、経済的に豊かなところがない。
また、愛知県と呼ばれるところが名古屋の中には存在する。決して名古屋が愛知県のなかにあるのではない。だから他国の人に名古屋県と呼ばれることがあるがそれは決して誤りではない。念のため。
[編集] 名古屋城
町の名物として豊臣秀正が築城した名古屋城がある。裕福さを象徴するその姿は、「派手」というステレオタイプなイメージとは異なり、いささか保守的。しかし、非常に特徴的な姿であり、特に天守閣の巻き紙は全国的に有名である。一般的な名古屋城の派手なイメージは、保守的な姿を常に派手な外装で擬装していることからイメージされるものだろう。
この外装は、だいたいがシャネルやエルメスなどのブランド物。にも関わらず、保守的なイメージが付きまとうのは、外装の決定を実際にしているのは、城見物にくる客の親世代であり、どうしても世代的なギャップから保守性を醸成するためであろう。
しかし、比較的に建築年代が浅い城にまで、上品かつ保守的な雰囲気を持たせるためには莫大なコストが必要であり、このコストをまかなうための人頭税(娘を持つ各家庭に対し、娘の人数分が課税される)は、裕福な名古屋人にとってもかなりの重税だと言われている。
[編集] 地下迷宮
名古屋には前述したように高層ビルが少なく、都市機能の多くは地下に潜っている。特に名駅、栄の両地下迷宮の難易度は世界屈指であり、最深部に関しては全く情報公開されていない。
その広さ、深さもさることながら、方向感覚を失わせ、行くたびに経路が変わる「不思議のダンジョン」であるため、風来の試練の愛好者がよく地下に降りていくのが目撃される。が、非常に難易度の高いダンジョンであるため、無事に生還できる者すら極めて少なく、現在では同競技においてAランク以上のライセンスを持つプレイヤーのみが挑戦を許されている。
このため生粋の名古屋共和国民でさえ、中学生くらいまではリアルに迷子になるという。地下迷宮を無事突破できて初めて一人前と認められる。
また名駅のエピスタ界には名古屋国民の経済感を象徴する有料トイレが存在する。
最深部への挑戦者(公式な記録がある者のみ)
[編集] 名駅
中京都の中心駅は、名古屋市が中京都に改称した今も「名古屋駅」を名乗っている。さいたま市にあるJRの駅が未だ大宮駅・浦和駅を名乗っているのと同様であるが、改称しなかった背景には地名の問題があった。
名古屋駅やその周辺のことは古より略して「名駅」と呼んでいたが、それが1981年には地名となって、完全に市民からは駅周辺の一帯を指す通称として定着していた。それをもし「中京駅」とでも改称しようものなら、周辺の地名も「中駅」などといった呼称に変更する必要を生じるのである。
冒頭で記したように、未だ「中京都」ではなく「名古屋」と地元で呼ぶ人が多かったこともあって、駅名改称を実施することができず、独立前の状態を維持することが当面の策として決められ、今日に至っている。
昨今は後述するように、栄から繁華街としてのパワーを奪い取ろうとする動きも見られる。
なお名古屋駅は東海道本線の開通時には設置されず、枇杷島駅や熱田駅より一月遅れての開業で、しかも開業時の位置は現在地よりも南側、今の笹島交差点の辺りであった。開業時は熱田の方が港(江戸時代の東海道の宮宿)があった関係もあって栄えており、名古屋駅が開業しなければ広小路では無く大津通が名古屋のメインストリートになった可能性もある。
もちろんここには前述の地下迷宮が存在し、名古屋駅を挟んで放射状に広がっている。名古屋駅と完全に融合しているため通路が入り組んでいて階段が多く、挑戦者は自分が現在どの階層にいるのかを撹乱されてしまうダンジョンである。
[編集] 栄
名古屋最大の繁華街は、名古屋駅より地下鉄で東へ2つ行った所にある栄である。ここには有事の際、飛行機が離発着できるように設計された100m道路の久屋大通が通り、名古屋テレビ塔と共に名古屋のシンボルとなっている。間違っても札幌市の大通公園(道路幅120m)に似ているとか、近いうちにテレビ塔なのに放送電波が出なくなるとか言ってはいけない。
中心駅から地下鉄で2・3駅離れた場所に繁華街がある構造は、札幌の大通・すすきのや福岡の天神と同様であるが、昨今は「名駅へ繁華街を集結させてしまおう」という合理主義的な市民思想が影響し、百貨店の売り上げなどが名駅近くの店に食われるなど、若干地盤沈下の兆しも見られる。栄の人にこれをいうのは禁則だが。
ここの地下迷宮は名駅のそれとは違い、完全格子状である。だが格子状だからといって侮ってはいけない。油断していると東西南北の方向感覚が麻痺し、自分がどの方角に向かっているか分からなくなる高等テクにハマる。
[編集] 大須
繁華街として知られる栄の南方には、異様な雰囲気が漂う若者&老人の街こと大須がある。単に大須観音がある門前町だと思ったら大間違い。老人から若者、おばちゃん、ヤクザ、オタク、外人など、様々な人種が一つの商店街に集まっている異様なカオス空間である。
浅草かつ巣鴨かつ上野かつ秋葉原かつ原宿…と東京の様々な地域の雰囲気に加え、大須の独自アイテムを一度で味わえるお得な地域といえるが、慣れないとそのブレンドざまについていくことが出来なくなる危険地帯といえる。
[編集] 霊峰
名古屋は大阪と同様に平野ばかりの単調な所だというイメージがあるかもしれない。しかし大間違い。東部には八事山などといった山がいくらか存在し、起伏に富んだ地形を形成している。
そんな中、八事山に近い所に名古屋を始めとする食通が霊峰とする山がある。その山頂には喫茶店があるというが、登頂の過程でかなりの人が遭難し、行方知らずになってしまうという噂がある。真偽は定かではない。名古屋市民は単に「マウンテン」・「山」と呼び、その事実は正にこの山が名古屋を代表するものであることを指し示している。
[編集] 名古屋走り
車線跨ぎで走ってる、どこへ行くのかはっきりしない迷惑車のことを指す。車の信号は福井や大阪と似ていて、「青は進め、黄色は急いで進め、赤は注意して進め」である。ただし、青になった瞬間に0~400mダッシュを決めないと後ろから追突される。全速で交差点を突っ切らないと、また全赤のうちに渡りきらないと側面からの攻撃を受ける。もっとも注意すべきは黄色である。黄色になったからといって停止することは、後続車から追突されるため禁忌であるが、同時に側面からの発進してくる車輌への注意も必要となる。→信号が設置されている場合にはさらに危険度が増す。
赤信号で先頭で停止してしまった場合は、後続車輌のドライバーが降車してきて攻撃してくる場合があるので、ドアロックを忘れてはならない。
8時以降駐車規制が解かれる夜間には、飲食店が立ち並ぶ市内ご自慢の100m道路が超巨大駐車場と化す。
又、名古屋は伊勢志摩や琵琶湖や若狭湾に近いため、三重県内や滋賀県内でも名古屋走りが多く目撃されている。三重県民と滋賀県民は、名古屋走りに眉をひそめている様子だ。
[編集] 名古屋打ち
名古屋基濃尾地方出身の人間なら誰でもできるテクニック。シューティングゲーム(主にスペースインベーダーとか)などによく用いられる。また、サイボーグクロちゃんがこの技が使えるのでも有名。名古屋打ちができると尊敬される。
[編集] 生活
名古屋城に象徴されるように、街には保守的な雰囲気が漂い、風紀を正すための条例までも存在する。夜9時を以って全ての店は閉まる事になっている。尤も、昨今は守らなくなった闇店鋪も増えている。又、鉄道の運転時間も朝6時から23時台まで(大阪でも5時から0~1時台)と、マクドナルドの「もう開いてる、まだ開いてる」を、キャッチフレーズに反した行為もポリシーとしている。飛行機も東京に飛ばさない。これらは名古屋を「大いなる田舎」と蔑んで呼ばせる要因の一つにもなっている(てゆーか東京なら新幹線のが早いし・・・)。
余談であるが、奈良に至っては夜8時を以って全ての店は閉まる事になっている。まぁ、名古屋から奈良は近いし、同じ紀伊半島で近鉄王国だもんな。
喫茶店を好んでおり、朝昼晩の3食を喫茶店で済ます者が多い。コーヒーチケットと言うコーヒーを飲むための回数券が存在する。コーヒーを含むドリンクには豆菓子(揚げたもの,ピーナツなど)がついてくるが、さらに午前中にコーヒーを注文すると、パンなどの朝食がついてくるのが暗黙の了解となっており、名古屋でのモーニングコーヒーはこのことを指している。又、喫茶店は重要な会議場としても機能しており、国家レベル(笑)の会議を行うことすらある。東京で流行っているスターバックスやドトールコーヒーは、過去には名古屋に進出したが、おしぼり、雑誌、おつまみ等が無いということで客足が途絶え、1年足らずで撤退した。 また、喫茶店では小倉トーストやシロノワールなど名古屋発症の「都市伝説化した食べ物」が普通に販売されている。
名古屋市民はとんでもなく強欲な上、吝嗇(どケチ)であり、ワガママである。これは、名古屋に限らず霞ヶ関の出先機関で焼け太りした都市に見られる特徴的現象だが、名古屋はこの傾向が特に強い。畿内辯をまくし立てる滋賀県民と三重県民を、「滋賀作」「三重作」って嘲ったり、属国呼ばわりするのは朝飯前である。しかし、敦賀にだけは頭が上がらない。
東の東京や、西の伊勢・奈良・京都・大阪に行く際は、新幹線を使わずに鈍行列車やバスを使う。近隣の伊勢志摩や琵琶湖や若狭湾に行く際には、自家用車を乗り回す。新幹線が名古屋駅を外す現象は「名古屋飛ばし」と呼ばれるが、名古屋が畿内地方から外される現象も「名古屋飛ばし」である。冒頭のリュシータの発言にもある通り、名古屋は長浜や敦賀と同じく、織田信長や豊臣秀吉の地盤で京都の家来だったし、熱田神宮に三種の神器の一つが祀られている事で解る通り、伊勢の家来だった(外の地方で似たような現象には、「沼津飛ばし」もあるが)。しかし、JR倒壊の宣伝を見ると解る通り、名古屋人は母たる京都や伊勢の恩を忘れて、京都や伊勢の観光地を名古屋の私物であるように宣伝するため、名古屋人のワガママに対して京都人と伊勢人はカンカンに怒っている。紀伊半島仲間で、伊勢と同じような扱いを受けている奈良人も、名古屋人のワガママに手を焼いている。
ただ新幹線を使わないわけではなく、新幹線のような兵器で遠出に行くことがある。又、名古屋市民の家は、どこでも家の下を掘れば日本円の札束が出てくるといわれている。しかし婚姻の際には、派手に金を使う。開店祝いの花輪が、開店と同時に奪い去られることは有名である。そして、葬式の花輪も、出棺後に参列者が抜き取って持ち帰る風習がある。
名古屋人は新奇なものには金を使わないので、パイロット店鋪として名古屋を利用(名古屋で売れるなら他国でも売れると推測)する企業は多数ある。しかし、その多くは豊富なチャレンジャー精神を満たしただけで終わることが多い。例えば、メリケン・ケンタッキーの唐揚げ屋が日本国より先に名古屋に出店しているが、僅数ヶ月で撤退に追い込まれている。
都市と市民の象徴ともいえるものが、名古屋テレビ塔とナナちゃん人形である。名古屋市街地の中央にそびえるアナログ地上波放送の送受信塔は、その付随民間放送局と共に日本国より先に建築されている。又、名古屋でのチャリティはこのテレビ塔で予告無く行なわれるのが慣例である(慈善活動を志す篤志家はテレビ塔から現金をばら撒く)。テレビ塔を利用する篤志家達をテレビ党と呼ぶ。
一方、ナナちゃん人形の衣装は、名古屋人に季節が変わったことを知らせる広報塔として利用されている。なおナナちゃんと愛称が呼ばれるようになったのは岡田奈々、もしくは水樹奈々がもっと身長が大きくなったらいいのになー、と嘆いたことから建てられたとも言われる。ちなみに榮倉奈々は何こんな馬鹿でかいもの作っているの??ホント、訳わかんないよ、これ作った奴、馬鹿じゃないの、と自分の身長が高いことをいいことにこのナナちゃん人形の存在すら否定している。
また、ナナちゃん人形は衣服を着ていない事も多く、その時は全裸である。名古屋に初めて来た他県の男性は必ずと言っていいほど全裸のナナちゃんをその開いた脚の下から見上げるが、結局すぐに失望したような顔になる。理由は直接見て確かめてほしい。
なお、名古屋市民は「中日」と付くものを崇拝しているが、その中でも新聞と竜群は神聖な存在とされ、拝まなければこの地にいられない程である。日本経済新聞だけを定期購読することはできず、常に中日と抱き合わせを強いられる地域もある。
近年では、モリゾーとキッコロという、新型生命体の誕生によって名古屋は変わりつつある。
[編集] 教育・就職
名古屋市民は余り外へ出て行かない傾向を持っており、地元で一貫して生活するのが正しいような風潮もある。又、「名古屋は京都の家来」と言われる通り、京都市民の引き篭り根性をごっそり継承している都市でもある。これを推し進めるための秘密結社に、名古屋ひきこもり協会がある。
学業や就職に関しても、縦え京都や東京へ出て行った所で、最終的にはブーメランみたいに帰って終うのが定番である。私立高校よりも公立高校の方がレベルが高いという地域性もあり、国粋主義者が多く育っている。彼らはトヨタを筆頭とする名古屋共和国内の企業や官署に就職し、名古屋の富国に貢献している。まれに国外追放ないし流入もあるが余り気にしないように。
一方で、名古屋市内には「東山」「伏見」など京都の地名が多く存在する事で解る通り、京都にルーツを持つ学校も多く存在する。
- 名古屋共和国ないし名古屋市直属の国民養成高等学校
- A格:旭丘、明和、菊里
- B格:向陽、千種、瑞陵、名東、天白、昭和
- 高校卒業各:河合塾
- 名古屋市にある貴重な高水準私立高等学校
- 東海
- 名古屋市の国立大学
- 名古屋市の公立大学(短期除く)
- 名古屋市の有力私立大学
- その他
[編集] 食性
また、料理に関しては何から何まで醤油やソースの代わりに八丁味噌と呼ばれる高貴な味噌を用いる。味噌の原料は豆にかぎるでかんがね。米や麦を使うなんてとんでもにゃ~でかんゎ。味噌カツや味噌煮込みうどんが有名である。さらに、この地方にも白醤油やこいくちソースのような特産品がある。
名古屋人はきしめんを愛好する。丸いうどんや灰色の蕎麦を食う人間の気が知れない。
「スガキヤラーメン」があるのでラーメン屋は流行らない。
名古屋コーチンという、文字を並べ替えればなにかとエロイ食材があるのも名古屋の名物である。 単に高いだけという見方が強く、地元の人が食べることは滅多にない。
味噌煮込みうどんは、八丁味噌でよ~く煮込んだうどんである。うどんは塩分の少ない特製うどんを用いる。よく噛んで食するので名古屋人の顎は強いがね。
名古屋人はすべての料理に味噌をかけて食べるのは当然だが、フランス料理においても同様である。なぜなら、フレンチみそという味噌が、実際にスーパーに売っているので誤いない。
蟹道楽など、蟹すきといった蟹鍋が盛んである。意外にも、質の良い蟹がスーパーで手に入りやすく、市販のたれ(ダシのもと)も地元の厳しい舌に鍛えられて、上質のものが出回っている。これらは都心などには出回らないため、隠れた名産品ともいえる。
文明堂の白黒CMは放送されていないので、三時のおやつの定番は「大須ういろ」である。
どて(どて焼き)と天むすを郷土の名産として自慢しているが、実は発祥はそれぞれ大阪と伊勢である。前述の八丁味噌の発祥地も岡崎であるが、「八丁味噌の発祥地は名古屋」であるかの発言をする名古屋人に対して、岡崎人が抗議している。又、滋賀県民と三重県民は、ワガママな名古屋人を「味噌作」って嘲り返している。
又、日本海に最も近い太平洋岸でもあり、名古屋港から敦賀港までは115kmで行ける。名古屋と敦賀の市街地となれば僅110kmだ。週末にもなれば、敦賀の「日本海さかな街」を訪れる者も多い。水上レジャーでは琵琶湖に行き、夏の海水浴では若狭湾に行く。
[編集] インフラ
交通インフラに関してはあまり発達していない。そのため、インフラ整備よりも手段の改良(改善)が行なわれ、宗主国であるトヨタ王国製の機織り機械の仕組みを利用した、オートモービルと呼ばれる移動手段は異常に発達し、他の交通手段を排除している。そのためか交通事故が非常に多く、今ではアフリカの国を抜くワーストクラスである。
鉄道に関しては、今のところは東京や大阪に比べて便利とは言いがたい。ただ、現在の鉄道とは異なり、昔は昼間であっても1時間に1本しか来ないダイヤであった時期がある。それに比べたら随分とましである。なぜ1時間に1本しか来ないのかというと、単に名古屋が東京と大阪の間に過ぎないと、というか、紀伊半島の付け根であり、伊勢湾の奥まった所で敦賀の太平洋版みたいな位置だから。
そしてそのせいで遅い、来ない、すぐに混むという短所ばかりの選りすぐりであった。近年では電車の本数は数段に多く、待たなくても乗れることが出来るが、今度は電車の編成車両が東京や大阪よりも格段に少ないため(2006年10月のダイヤ改正で東海道本線の快速は6両になったが、中央本線の10両や名鉄の8両に比べてもまだ短い)、乗るだけでぎゅうぎゅうになっており、今も昔も変わらず不便である。
いまだに都会のど真ん中を名鉄やJRの2両編成の電車が颯爽と走り抜ける。時代遅れもいいところである。
海路ではトヨタ王国の工業製品は元より、滋賀県の工業製品の輸出入も担っている。滋賀県が信長と秀吉の地盤だった歴史も加わって、物流業者の間では敦賀が「滋賀県敦賀市」と呼ばれるのと同じく、名古屋も「滋賀県名古屋市」と呼ばれている。
[編集] 関連項目
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