吃音症

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吃音症(きつおんしょう)とは日本においては存在しない架空の障害である。

日本人に吃音症が見受けられない理由[編集]

合理的理由[編集]

世界の他の国で見られる吃音症の典型的な症状は、発声困難等で上手く意思の疎通が測れないという症状であり、それが原因で社会生活が困難になるという障害である。

日本においては吃音者が何を言っているのか分からないという理由からこの障害は存在しないことになっている。なるほど、理解できないものは存在しない、合理的である

具体的にはこんな感じ[編集]

吃音者
「あ、あああ…ああえーと…き、きっつ音をしゅ、障Gaiとすっ、てみと…」
聞いてる人
「すみませんがもう一度お願いします」
吃音者
「あう、あ…あっ…あ…」
聞いてる人
[あの、ごめんなさい。今忙しいのでまた今度お願いします」

または

吃音者
「あうっあっあの…」
聞いてる人
「なんですか」
吃音者
「…(声が出ない)」
聞いてる人
「ためないでもらえますか」
吃音者
「たったったためってないん¥deす…」

他には 

吃音者
「吃音のせいで社会生活に不利益を被っています。これは障害として認定して保護するべきです」
聞いてる人
「だけどあなた今ちゃんと話せてますよね。そんな不利益なんて被ってないでしょ」


誤解されがちだが吃音者は普通に話せる場合もある。しかもそれゆえに話せない場合に余計変な目で見られるのであるし、このように逆に周囲の理解を得られないのである。

吃音症の歴史[編集]

概論(てか総論)[編集]

こういう障害は存在しないので書きようがない。これはアンサイクロペディアに相応しくないが嘘偽りのない真実である。かなり頑張って存在しないものをあたかも存在するかのように書いている某使えない百科事典も、殆どが米国の研究結果を輸入して項目を埋めているだけであることに注意して欲しい。日本の研究は文字通り存在しない。もしもあなたが暇人ならぜひとも調べてみて欲しい。そして愕然として欲しい。一般向けの本どころか、学術文献も、あってしかるべき症例研究すら殆ど見つからないという事実に。

見つかるのはせいぜい吃音ですが努力して普通に話せるようになりました。というゴミみたいな本くらいである。 筆者はこれを黒人にメリケン粉を与えるようなものと表現する事にしている。 付け加えると、吃音で保険適用されると某使えない百科事典に書いてあるが、これを実際に受けようとすると上記のやり取りが行われるので吃音者の皆さんは注意して頂きたい。研究が進んでいないせいで治療法が存在しない障害を治療してもらいに行って二次被害を受けて帰ってくるだけになるのがオチである。実際に全く効果のないインチキ治療法がネット上では公開されており、これをなくしたら吃音者は社会的にログアウトしてしまう。

国営放送での取り扱われ方[編集]

受信料詐欺で有名な某テレビ局がよく発達障害性同一障害という障害の特集をしている。 しかし、吃音症が特集されたことは事実として一度もない。 もちろん日本において吃音など存在しないのだからこれは当然である。存在しないものをどのように公共の電波で放送しろというのか。 あのさあ、発達障害の二次障害に吃音が出るって場合もあるんですけどそれについてはどうお考えなんですか? 尚、他のテレビ局も同様に吃音症の存在については沈黙するのみである。 繰り返すがこのような障害は日本において存在しないのだから当然である。 というよりも、吃音者の奇妙な喋り/聞き取りにくい音声がテレビ・ラジオ等で流れると不快に感じる人がいるという極めて差別的な理由からオンエアされないだけじゃねえの。

言語聴覚士[編集]

話は少々飛ぶが、流石に吃音者の声が無視できなくなってきたのか政府は少し前に言語聴覚士という資格を作成した。 これは吃音に限らず、それまで福祉の面から軽視されがちだった言語障害を見直すという観点から導入された資格なのであるが、 これこそが吃音者にとっての本当の悲劇の始まりであった。

言語聴覚士[編集]

予め断っておくがこの項目は特定の国家資格を非難するものではない。 国は言語障害を軽視していたのを見直すというポーズのために言語聴覚士という資格を創設した。 ここで言語聴覚士が導入される前、吃音者はどのような治療を受けられたのだろうか。

勿論、こんな障害は存在しないので具体的な治療法は無きに等しい(実際のところ吃音が存在する他の国もまだ治療法は見出していない)のだが、資格導入以前は一部で結構好き放題に治療を行なっていた。語弊のある表現だが、そうやってわりかし何とかやってきていたのである。

だが、国家資格導入後、事情は激変した。 まず、有資格者でないと治療及びそれに準じる行為は取れなくなった。 無資格で治療できた以前が異常だったと思うのは吃音という障害の理解を妨げる危険な発想である。拡大解釈の仕方にもよるが

吃音者
「あ、えっと、ぼ、ぼく…なまえは…ええ、ああ…」
付き添い
「彼の名前は○○といいます」

と、助けてあげるだけでも治療とみなされる場合がある。「何だ、車椅子を押すようなものじゃん。そんなわけ無いじゃん」と思ったあなたはこの国では吃音なんて存在しないという事実を今一度思い出して欲しい。障害の研究が進んでいないせいで、どこまでが治療に当たるのか具体的な線引きが出来ないのである。故にこういった状態に陥ったのである。

もう少し詳しく見ていく。 資格導入以前は、実は障害なんて存在しないことを盾に医療行為染みたことを民間レベルで勝手に行っても文句は飛んで来なかった。吃音症は社会において障害として認識されていないからである(現在形)。 しかし、資格導入後は吃音症は存在しないが言語聴覚士という資格は公的に存在するという奇妙奇天烈な体制になってしまった。すなわち、以前行なっていた勝手な治療法を資格導入後にも行おうとしたら、資格を取得するしかないのである。さもなくば治療者は国家権力によって処罰を受けることとなる。

勿論これを聞いて「怪しげな民間療法より、ちゃんとした治療を受けられた方がお互いに幸福だろう」と思ったあなたは正しい。だが、この障害は、この障害の存在を認めて真面目に研究してきた他の国ですらまだまともな治療法を発見していないことを思い出して欲しい。実はちゃんとした治療も民間療法も同レベルなのである。

もう一つ重大な問題がある。言語聴覚士は国家資格だが、その習得にあたって医師免許も看護師免許も必要ない。言語障害の治療において様々な治療法が他の国では研究されているが、その殆どがれっきとした医療技術である。無論、医療行為を無資格で行うわけにはいかない。じゃあ言語聴覚士って何出来るの? これもはっきり書いてしまおう。何も出来ない。資格が存在しないことを盾に行なっていた医療まがい行為も現在では殆ど行われていない。おいおい、ますますひどくなったぞ。

社会への不適合[編集]

もう一つだけ書いておくと、吃音は社会的には障害として認められていないので法的には吃音者は全員が社会に適応できていることになっている。 実際、吃音者はその圧倒的な不利にもかかわらず、周囲の人間からはせいぜい「頑張って話してるなあ」とか思われている程度である。しかし、吃音者は言葉をうまく話せないがゆえにそういう誤解を言葉で正すことが出来ない。なのでずっと、誤解されたままである。話すという行為が苦痛を伴うのに話すことを強要される日々を繰り返し、なまじ社会に参加できているという理由から拷問が執行され続けるのである。

結び[編集]

本稿は筆者が独断と偏見と憶測で編集した。 本当に資料が存在しないので憶測で書くしかなかったのです。 繰り返しになるが、障害であるにもかかわらず、資料が存在しないがためにそれについて記述することすらままならないという異常な障害こそが吃音症の正体である。 このことを伝えて、筆を置きたい。 あ、それともうひとつ。そのことに気づいているのは吃音者自身くらいなものだが、彼ら彼女らは言葉でそれを人に伝えることが著しく困難であるということをお忘れなく。

関連項目[編集]