台東区

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台東区(たいとうく)とは、東京都の中央から東北部を占める特別区の名称。「台東」という町名もあるが、この地域を代表するのは上野浅草であろう。頭コチンコチンの勉強のできるおバカちゃん御用達のトンデモ辞典には、まるで台東区を誹謗したかのような記述が見られるが、この際だから見せしめとして引用しておきたい。曰く、「面積は23区の中で一番狭い。(中略)。代官山青山のような高級感はない」。敢えて繰り返しておこう。「高級感はない」。「高級感はない」。「高級感はない」。だがそれが何だと言うのであろう。台東区民の諸君!このどこにもぶつけようのない怒りをふつふつと燃え上がらせ、無念な思いを叩きつけるようにこの項目を充実させて欲しい。

大阪民国に対抗できる唯一の区[編集]

おばちゃんというおばちゃんが示し合わせたように豹(ひょう)柄の服を身にまとい、「負けてぇな」と値切るのを日常茶飯のこととし、吉本興業仕込のコテコテのギャグがあちこちで飛び交い、たこ焼きお好み焼きをおかずに食う、あの大阪民国の住民。その姿はお茶の間のテレビを通じていたいけな全東京都民を戦慄させている。いずれあのような大阪人が大挙して襲来したら東京は一体どうなってしまうのであろうか?

東京もんがなんぼのもんじゃい」と威勢よく雄叫びを上げている彼らに対抗できる都民は実際のところあまり多くない。代官山や青山や白金のお上品な住民では無理だろう。サラリーマンの多い大手町官僚だらけの霞ヶ関にもそんな逸材は見当たらない。とはいえ有楽町には遊び人が多すぎるし、新橋にはへべれけの泥酔オヤジが多すぎる。「江戸っ子」と言えば神田が相場だろうが、べらんめえの口調はいいが、いかんせんここの住人は多くが年をとりすぎている。まさか巣鴨のじいさん・ばあさんを大阪民国襲来に対する人柱にするわけにもいくまい。

やはりお上品な山ノ手住民を対抗馬にするのは無理だろう。無敵を誇る大阪民国の攻撃を受けたら一巻の終わりである。ここはどうしても下町から対抗馬を出すべきであろう。とは言え葛飾区両津の悪名が広がりすぎているし、足立区ビートたけしの影響が強すぎる。荒川区伊集院光の名づけた中二病が蔓延しすぎている。墨田区は不祥事続きの相撲界の存在からして問題だし、江東区はその呼び名からして「えとうく」と間違われかねないので無理がある。犯罪者の数こそ都内ダントツだがそれ以外はいまいちパッとしない江戸川区も無理だろう。その意味からするといずれもキング・オブ・下町にはそぐわない。やはりここで台東区の登場である。 っていうか隅田川より向こうとかうちらからしたら田舎もんだし。江戸っ子の粋も知らないで「下町育ち」とかいいやがる大バカのこんこんちきめ、てーげーにしやがれってんだ。



大阪で事件や事故が起こると2ちゃんねるなどの掲示板では「また大阪か」のレスがずらりと並ぶ。対して東京で事件や事故が起こると、どう見ても大阪民国とその眷属らしき関西人が今までの意趣返しとばかり、「また東京か」のレスをつけていく。しかしこの行為は詳細に考えると正しくない。というのも「また(東京都の一部の)台東区か」と焦点を絞ってレスした方が正しいのである。個人的には「また上野か」とか「また浅草か」としてもよいのだが…地域紛争を殊更に煽る必要はないだろう。だから上野と浅草の連帯責任ということで…台東区…。

江戸の鬼門[編集]

台東区がかくもキャラが濃い区になったのかについては諸説あるが、天海僧正の存在を無視することはできない。徳川家康秀忠家光の三代の将軍に仕えた天海こそは、日本有数の法力を持つ異能の僧侶であり、結界師であり、風水師である。諸仏が並ぶ中で曼荼羅を広げ、火を噴いたり、護摩を焚いたりした後、袈裟を脱いで、上半身裸になると、「アチョーーーーー!」とか「キエェーーーーー!」の掛け声でバク転やら空中三回転して、汗だくになって跳び回る。こうした密教の荒行は素人にはまるで発狂でもしたかのようにしか見えないが、これが功を奏して江戸市中に見えないバリア・結界が張り巡らされたのである。ちなみにこの仕事を手がけた頃は家康が日光に葬られた10年ほど後であり、天海は80代後半だったようである。脂がノリノリに乗り切った頃である。

こうして幾度となく天海は密教呪法のパフォーマンスを繰り返すことで「気」の流れを意のままにすることが可能になった。江戸の町から見て東北の方角、すなわち鬼門に当たるのだが、不忍池琵琶湖に、上野の山を比叡山に見立て、あらゆる悪しきエネルギーを防ぐ道を作り、さらに上野の山に江戸鎮護の寺として寛永寺を置くことで、悪しきエネルギーを制御しようとしたのである。しかし寛永寺だけでは甘いと思った天海は、奈良時代から江戸にある古刹浅草寺観音パワーも統合し、ここに巨大な鬼門封じ込めの回路が整備されたのである。

こうして現在の台東区には悪から江戸を護るための遮蔽幕として聖なる寺社が立ち並び、浄化されにくい様々なエネルギーを江戸市中に流れ込まないように工夫が凝らされたのである。寛永寺・浅草寺・東本願寺・不忍池弁才天・入谷鬼子母神・下谷神社・鷲神社・小野照崎神社といった寺社を越えると、花の歓楽街・悪所の吉原があり、さらに東北に進むとドヤ街の山谷が配置されるというシステムである。さすがに108歳の長命をもってながらえた傑僧天海の風水ランドスケープは見事なものであり、江戸時代300年にわたる太平の世の礎をなしたといえようか。

かつては江戸随一のスピリチュアルな地域だったこの地も幕末維新の政治に翻弄されることになる。特に1868年に官軍と彰義隊との戦いで上野の山が丸坊主になると、天海の鬼門浄化プログラミングは破綻し、そのあおりで善のエネルギーと悪のエネルギーが混濁したまま現・台東区に残存してしまったのである。そして百花繚乱・悪行三昧・有象無象・怪力乱神・百鬼夜行・魑魅魍魎…これが台東区の現状なのである。天海さん、ごめんなさい。

長寿を誇る天海さんの祟りなのだろうか、台東区の男性の平均寿命は、東京都で最も短いらしい。東京23区のみならず多摩地区ならびに諸島部を含めての数値であり、ダントツの最下位を保持している。上野や浅草の面白おかしいおっさんたちを見てると、「こいつら長生きしそうだぜ・・・・」と思うが実際そのとおりで、山谷や上野公園・隅田川沿いで野垂れ死ぬのが統計上の数字を押し下げているのである。

台東区各地の様子[編集]

上野地区[編集]

  • 上野駅
チバラギ群馬栃木そして東北各県のおのぼりさんや避難民・亡命者が集まる。
  • 上野公園
人間のほかパンダなど動物が多く住む。台東区にふさわしくない人間は猛獣のエサになっている。2008年にリンリンが死んでパンダは一頭もいなくなってしまったが、上野動物園の職員がぬいぐるみを着て、なんとかごまかしごまかしパンダがいるように見せかけているらしい。
  • 上野公園はずれ
ホームレスが青テントで群れをなし、時々賛美歌を歌いながらメシを食っている。
日本で最も有名な廃駅。返事がない、ただの屍のような駅。でもそれがいい。
芸術家気取りが多いがアーティスト崩れはもっと多い。公園の大道芸人はここの出身が多い。
朝鮮系住民が多く住み、赤く染まった手でおばさんが「キムチもっと食え」と襲ってくる。
  • 高速道路わきのバイク街
昨今珍走団が壊滅させられたせいか、若年層より中年ライダーが多い。団塊ライダーは怖いもの知らずだ。
  • 上野駅東口歩道橋
男ビデオ高価買入」のデカい看板とその周辺のディープなホモの集まる地域がある。最近はヤマトタケル縄文太郎のコスプレで有名なみすず学苑の存在感が目立つ。若いホモは某二丁目に多いがこちらには老練なホモが集まると言ったどうでもいい住み分けが出来ているようだ。
常時線香の香りでいっぱいの地帯で、お迎えを静かに待つジジババに愛されている。山口もえはここの仏壇屋の娘。

なお京成族が住む地帯は京成上野として、全く別の地域になっている。しかも台東区の力が及ばないらしい。

御徒町・アメ横地区[編集]

スジの入ったマグロやあやしい舶来化粧品を買うならここ。ダミ声のおじさんの「千円でいいよ」は日本の無形文化財である。軍オタ御用達中田商店は斯界では知らないとモグリとされている。
東京を代表する難読地名の一つ。この読みは康熙字典にも記載がない。「アメ横のダミー」のようだがそれを言われると商店街の人々は露骨にイヤな顔をする。
「京浜東北線御徒町駅通過断固反対」の垂れ幕を見ることができる。
やたらにトンカツ屋が多いのは原理主義的イスラム教徒の流入を防ぐためとも言われている。
湯島は文京区だが湯島天神にたむろう受験生を拉致し、頭脳奴隷にするべく台東区民が暗躍しているらしい。
  • 宝石問屋街(ジュエリータウン)
出所の不明な宝石が売られていて、「呪われたダイヤ」が売り出されることもしばしば。この一角は日本ばかりでなく国際的に広く知られており、原石を売りさばくヒンドゥー教徒のインド人や、宝石については天才的な商売人であるユダヤ人が日本一多く集まっている。彼らは現金(キャッシュ)と宝石しか信用しないので、ほとんど「歩く身代金」状態である。
廉価販売ショップ多慶屋帝国のお膝元。多慶屋の大ビル群は新宿副都心に匹敵する高層建築群で、昭和通りに沿って立ち並ぶそのビルすべてが「どどめ色」に近い「パープル」で全面塗りたくられていることでよく知られる。多慶屋の背後では竹町商店街が多慶屋の徹底的な廉価販売に抵抗して気息奄々営業を続けているらしい。
アキバエクスプレス大江戸線が停車する。乗降客の9割は「ひさや大黒堂」関係者、特に薬の世話になる痔主が多い。

秋葉原地区[編集]

オタクメイドに惹かれて逝くのは本当は千代田区外神田であり、そこに近接するごくわずかな土地が台東区の真性「秋葉原」なのだが、そんなことは誰も知らない。青果市場があった頃にはここから排出されるダンボールをバタ屋のおじさんがリヤカーで引いて行く場所でもあった。そんな景色ももうない。
蔵前橋通りに沿って末広町駅に向かう一帯が千代田区と台東区の国境線である。この一帯は「日本のベルリンの壁」と呼ばれ、日本で最も厳しい監視体制がしかれ、自由な行き来が制限されている。言うまでもなくアキバから台東区へと潜り込もうとするオタクを制限しているのであり、連中は見つけたらその場で射殺しても良いことになっている。この一帯の有刺鉄線にはモズのはやにえのように干からびたオタクの肉がこびりついているし、埋め込まれた地雷で吹き飛んだオタクの脂肪分が壁にびっちりくっついている。というか、まだこれでは甘い。もっと徹底的に厳しく監視して欲しいものである。

浅草地区[編集]

世界一のどぜうの生産地。どぜうとは恐竜時代から生き残った古代魚でとても珍しい。多くは観賞用。
かつてはドブ川の代名詞であったが状況は近年大きく改善されている。とはいえ人間の手足のようなものが春先などにはプカプカ浮いていることがある。「こいつを簀巻きにして隅田川に放り込んじまいな!」は定番の脅し文句。なお「♪春のうららの隅田川~」で知られるように、隅田川の風物詩ということで「簀巻き」の季語は「春」である。
隅田川西岸に位置しアサヒビールの巨大なう○こを向こう岸に見渡すことが出来る。しかし風の流れで強烈なニオイが漂うこともあるので用心されたし。
江戸の昔より今戸焼なる焼き物の産地として名高い。2ちゃんねるでお馴染みの今北産業は、「今戸の北」に工場があったことからつけられた名前で、創業家の今北家の名もここに由来する。初代今北押江朗は旧式な窯業を近代化し、日本有数のセラミック産業に発展させた立志伝の人物である。ちなみに今北産業では、社長一族がこの地にある今戸神社待乳山聖天を篤く信仰しているので有名である。初代の名が「今北押江朗(おしえろう)」のため、社長一族はきわめつけのエロエロで、吉原の「石鹸の国」のご婦人方のお乳をハァハァしながら待っているという噂があるが、これはどう見てもライバル会社が流した今北産業への悪質な中傷である。
  • 東武浅草駅
東武伊勢崎線のホームは急カーブとなっており、きりきり胃に穴の開くような車両の軋みが激しく今にも脱輪しそうである。何かの不注意で「某人面機関車」のように駅ビルにある百貨店松屋に激突しないか見ものである。
浅草寺へのジジババ参拝客と、日本かぶれの外人と、「ひき殺すぞゴルア」でお馴染みの人力車の車夫がごった返す地帯。
信心深い参拝客は千社札を貼りまくって、線香の煙で頭さすって喜んでいる。こうしたまぬけな観光客を虎視眈々と狙う如才ない商売人がひしめきあっている。「雷おこし食べると死ぬまで落雷に当たらない」とか中にはだまされて買う奴もいる。
株式会社神社の私有地。江戸時代まではより多くの賽銭を取る為に併設した「浅草寺」と一体だったが、明治時代神仏分離のため、国の指示に従い浅草寺をとある宗教法人に格安値で売った。そのため互いにライバルとなった。なお、一度入ると神道グッズを買うまで出ることが出来ない。因みに日本初のミ濾しのイベント「三社祭」が行われている。
ネズミ大国のジェットコースターなんて目じゃない。世界一怖ろしく、世界一危険で、世界一イタんでいるこの遊園地は最高
基本的にこの駅を含め浅草界隈でアキバ直送のオタク集団は見ない。どうも浅草住民との相性が悪いらしい。
  • 国際通り
芸歴50年を超えるような天然記念物並みの芸人を見かけることができる。猿を連れた浅香光代からヅラのずれた綾小路きみまろまで多種多彩。ちなみに「浅草芸人」と呼ばれる中には、足立区が世界に誇る映画監督キタノや、欽ちゃんこと萩本欽一らもいる。彼らは国立お笑い専門学校「フランス座」で鍛え上げられたエリート芸人であり、ストリップを見に来た酒臭い飲んだくれのオヤジにしごかれてきた猛者たちである。そんな浅草芸人の最後の一人が「下町のプリンス」こと「アズマックス」である。
岩手県遠野と並んで河童が出没する地域として名高い。河童に子玉取られると死ぬ、という古来からの言い伝えが固く信じられており、河童の存在は一時この地域の住民を恐怖のどん底に突き落とした。河童の嫌う金属類を家の戸口に掲げたら河童よけに効果覿面であったところから、金属食器を主とする台所用品の売買が盛んになり、このような道具街が形成されたらしい。最近では日本ミシュラン・ガイドで星をとりまくったため、外国人の訪問者が多いらしい。河童に狙われる外国人を想定して、外国人に「ケツの穴にフォークやナイフを突き刺しておいた方が良い」との警告が当局から出されている、というのは多分デマである。
  • ひさご通り
花やしきから程近い(と言うか殆ど隣接)千束と隣接し、観光地としての浅草の最東端に位置する商店街。「街娼注意」と言った看板があるがここの街娼は専ら男向けの男の街娼である。断る勇気がないと新たな世界が開闢してしまうが、大抵がヤクザ者である為、断ったら断ったで怒鳴りつけられるなど出会っても何も良い事はない。最近はそうでもないようだが、元来ここの連れ込み旅館は大抵こういった方々がよく利用していたのである。何も知らない観光客には是非教えてあげよう。

千束・吉原地区[編集]

酉の市で有名な鷲神社があり、参拝客による勇壮な熊手を使っての乱闘・喧嘩祭りが見られる。この神事の後には中華風の熊の手の煮込みが振舞われる。三の酉の年には放火魔がよく出没するらしい。
この町の存在だけでも台東区の圧倒的な素晴らしさがビンビン分かるという吉原。ステキなおねえさん(一部おばさん)がいっぱい。性諸氏の永遠の楽園である「石鹸の国」がそこいらじゅうにあるので有名。浅草サンバに対抗した、吉原泡踊りが名高い。よく炎上するので注意。
ビンボー女流作家としては日本随一の樋口一葉女史が住んでいた場所。樋口一葉記念館では訳もなくいきなり薄幸の一葉女史のビンボー生活を想って号泣する人々がいるらしい。

山谷地区[編集]

吉原を越えて荒川区南千住に至るまでの地域を指す。「台東区の奥」という意味で「台東@DEEP」と呼ばれることもあるらしい。「山谷」の地名は現在は住所表記からは消えたが、現在のどこに当たるかというと、それは秘密です。というか、この地域に足を踏み入れるだけで、まず直感的に他の地域とは違うことを肌で感じることであろう。独特のニオイがあり、妙に街が殺風景で、簡易宿泊施設がやたらと目につき、道で寝ている人がいる…。「ヤバい」「長居はすんな」「逃げろ」という声が聞こえてもここはぐっとこらえて山谷の奥深さを味わうべし。そして運がよければ、根本敬マンガに出てくるような「いい顔のオヤジ」にガンをつけられ、殴り飛ばされたり、張り倒されたりするかもしれない。ここは、大阪の「あいりん地区」に匹敵する、東京は山谷のドヤ街、別名「世界最高峰のドヤ街」、この街をこの目で見られる幸せをに感謝すべきであろう。とはいえ、そうした山谷のオヤジたちと喧嘩をして男同士の友情を育んだからといって、別段何があるわけではないのが辛いところである・・・。
あしたのジョーが丹下のおっさんにボクシングを仕込まれたという場所。少年院から世界的なチャンピオンになるこのサクセス・ストーリーは今でも多くの若者を虜にしている。

根岸・谷中・入谷・三ノ輪[編集]

林家正蔵というより林家こぶ平として知られるあの落語家さんの家族・海老名一家が、弟子の林家一門とともに根付いた土地。弟子と言えば、派手なピンクのいでたちに、カメラをカシャカシャする林家ペー林家パー子夫妻もここいら辺の近所をうろちょろしているらしい。なお「華麗なる一族」海老名家の独特な生活様式についていけなくなった春風亭小朝が必死の脱出を試みたのは記憶に新しい。
墓地が延々と続く地域。「谷根千(やねせん)」の名で知られるように、少々ハイソな文京区の根津千駄木とはかり、チープな下町のイメージの台東区から脱却しようとしている。
駅周辺にはこの近辺のラブホテル利用客や、吉原「石鹸の国」行きのお客のためにタクシーがわんさとつめかけている。タクシーの運ちゃんのセリフ「これからお楽しみですか?」「夕べはお楽しみでしたね?」はよく知られている。
鬼女が住む土地とされ「恐れ入谷(いりや)の鬼子母神」とも呼ばれている。近年では2ちゃんねる鬼女板のオフ会がしばしば行われている。鬼女たちは「朝顔」のトレードマークをつけているので、和スイーツ(笑)を彼女たちが食っているのを見かけたら、逃げた方がよさそうだ。
殺伐とした台東区にもほのぼのとした都電が走っている。たまに三輪しか車輪がない都電が走る時もあるが、気にしない、気にしない。その一方、日本を代表するエロ写真家アラーキー(荒木経惟)の実家があるせいか、よくアラーキー本人が写真を撮っているのに出くわすことがある。アラーキーと目が合うと服脱がされて股間も露なエロ写真を撮られてお嫁に行けなくなると、ここの住人は娘たちに厳しく言い聞かせているらしい。

三筋・小島・鳥越[編集]

上腕三頭筋の発達した筋肉ムキムキのボディービルダーだけが住める地域。小島に隣接している。
三筋のボディービルダーたちに憧れて上京してきた裸一貫の肉体パフォーマー小島よしおが住んでいるらしい。
三筋のボディービルダーたちや小島よしおの憧れの的でもあるナイス・ミドル、オーマイニュースの仕掛け人である鳥越俊太郎が住んでいるらしい。

蔵前から浅草橋まで[編集]

蔵前駅は浅草線大江戸線の二つの都営地下鉄が交差する「乗換駅」になっているが。これにだまされてはいけない。ここは有名な「ニセ乗換駅」である。二つの路線は地下通路で結ばれることはなく、改札を抜けて地上を歩いて連絡する訳だが、実に不案内な連絡表示のため、多くの利用客が、30分以上も迷ったり、途中でリタイアしたり、この連絡のシステムの件で怒り狂って蔵前駅の駅員に暴力をふるったり、そのまま行方知れずになって樹海から発見されるといった事件が後を絶たない。迷える子羊の町それが蔵前である。
オタクの聖地アキバと、お相撲さんの牙城両国墨田区)の中間に位置する。そのため両駅を挟んで東西を行き来する「デブの互換性」が進んでいる。浅草橋駅に停車する総武線では、西から来るアキバのデブオタと、東から来る両国の力士がぶつかりあうことになり、一般の乗客は両者の肉厚に押しつぶされ窒息しかかっているらしい。

また、ゲリラが放火し、全焼したこともある。

  • 浅草橋問屋街
日本橋人形町とならぶ人形だらけの町。特に吉徳大光・秀月・久月・原孝洲という雛人形・五月人形専門店がここの地域の富を牛耳っていて、人形屋四天王と呼ばれる。特に「吉徳大光」は「人形は顔が命です」をCMで流しているだけあって、経営者一族も従業員も出入りの業者もみな「顔のつくり」がよくない人間は一切存在していない。お客でもあまりに顔の造作の芳しからぬ人については「お客様、お客様のお顔はお加減が悪そうですね。お顔をもう一度でご覧になってからお越しください」とやんわりと入店を拒絶されるらしい。
神田川隅田川に流れ込む一帯で江戸時代以来の繁華街。「柳橋の芸者」といえば新橋赤坂神楽坂の芸者よりも粋筋で通好みとされ、高い格式と伝統を誇っているのである。特に「フジヤマ、ハラキリ、ゲイシャ」しか日本語を知らない外国人観光客は、女性の9割がゲイシャであるこの町に来ると血眼になってコーフンし、すごいらしい。とにかくゲイシャならなんでもいいようで、志村けん柄本明の白塗り女装したようなゲイシャさんでも外人さんにはひっぱりだこだそうである。そして外人さんたちは理性をかなぐり捨て、むんむんとたぎる劣情をエロエロにむき出して、悪代官のコスプレをして帯をひっぱりまわしゲイシャ遊びに酔い痴れるらしい。

池之端地区[編集]

ガンやカモ類などの冬鳥が越冬するために飛来する東京における最大のコロニー(繁殖地)。鳥インフルエンザが流行ったら真っ先にヤられる地帯だが、最近のカモは飛べなくなるほどたんまりエサを食ってるらしく、フォワグラガチョウ並みの脂肪がついていることに目をつけた上野公園から降りてきたホームレスのおっさんに軒並みつかまって食べられているようだ。ちなみに最近はワニガメカミツキガメも多く生息しているようだから、うっかり池に手を出すと噛まれるらしい。もちろん飢えたホームレスのオッサンにも噛まれ…。
文学者森鴎外、日本画家横山大観三菱財閥の岩崎家など有名人にゆかりの土地であるが、現在は有名人代表として中尾彬池波志乃夫妻がルネッサンスタワー上野池之端に住んでいる。中尾彬は近所の人とも気さくに付き合っているようで、中尾が首に締めていたマフラーのようなねじりん棒を、どういう経緯か、不忍池のホームレスが入手し身につけていることもしばしばあるらしい。そしてどうやらその逆の流れもあるらしい。
不忍池に面した池之端に20世紀末から21世紀ちょっとまでの10年間建っていたという幽霊建築。建築界の大御所である菊竹清訓の作であり、横揺れ地震で崩壊しそうな建築として名高い江戸東京博物館と並んで、重力と美観を無視して建てる前衛精神は高く評価されていた。メタボリズム(代謝)建築の理念を生かし、いつ建てたのか、いつ潰して夜逃げしたか、分からないような施工がされ、どさくさまぎれてボルトとナットでお手軽に破壊されたことでも定評がある。何か残すとまずいのか、徹底的な証拠隠滅が図られ、案の定その跡地には今や何も残っていない。しかしルネッサンスタワー上野池之端と並んでいたため、残像が今でも背後霊のようにダブっており、霊能力者にはその珍妙な姿がくっきりと見えてつらいらしい。

関連項目[編集]

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